緑谷出久の限界突破(オーバードライブ)   作:Red_stone

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第55話 エンデヴァーと『エンディング』

 

 エンデヴァーは夏雄を誘拐した下手人に向かって炎を放つ。

 

「彼を放せ」

 

 手加減はした。だが、2,3日はベッドの上に居てもらうつもりで放った攻撃は、腕の一振りで散らされた。

 体温を強引に冷やすことで炎熱攻撃を無効化するのは以前に見たことがある。

 

「――ああ……ああ。会いたかったよ、エンデヴァー。俺を憶えているか、なあエンデヴァー!」

 

 両手で自らを指差すこの男は、横断歩行のようなメイクをしている。白い――肌ではなく粉の、グラウンドに引くあの白線のような色合いだ。

 ハロウィンにしてもそんな阿呆なことはしないだろう。むしろ滑稽な装束、目を隠すように割れた仮面を被っている。……それも見たことがある。

 氷河姫。残虐の限りを尽くしたプラネテスが被っていたその仮面。だが、思い出す必要もなかった。その仮面の下に隠された素顔に刻まれた縫合痕を見れば。つまり、仮面の下まで含めて皮膚ごと移植している。

 

「そうか、貴様もか! 死体を元にした脳無……その力があれば仲間が死のうと、個性だけは利用できると言うわけか。――見下げ果てたクズどもが!」

 

 そういうことをする連中だと知っていた。だが、知っていれば対処できるというものでもないだろう。

 今は息子を人質にされている。その上、親からもらった身体にメスを入れ、装飾品のように”取り替えて”いるのを見ればなお激しく怒り狂いもする。

 それはおそらく正義の怒りと言うものだろう。

 

「そう言ってくれるなよ。なあ――本当に憶えていないのか、この俺を。まあ、仕方ない。あの時の俺は憶える価値もなかった。だが、今度こそ……!」

 

「7年前だ」

 

 記憶を探る。エンデヴァーは秀才だ、一つ一つ自らの手で確かめ、復習もする。見れば忘れないなどと言う天才ではなかった分、努力を欠かしたことはない。

 

「……ほう!」

「そう、確か俺自ら現行犯で取り押さえたはず。……敵名を自称していた。名はたしか……」

 

 おぼろげながらも思い出した。自らの手で捕えた犯罪者、星の数ほど居たのだが……

 

「そう! そうだ! すごい。覚えているの、嬉しい! そうだ俺だよ! 『エンディング』!」

 

 手を叩く。子供のように純粋に喜んでいる。精神が不安定だ。まあ……脳そのものにも改造を受けているから不思議はない。

 それに言うものだろう。苦労もせずに得た力など、人格を歪ませるだけだと。今のエンディングは明らかに精神の均衡を失っていた。

 

「すまないエンデヴァー。でもわかってくれ。俺がひっくり返っても手に入れられないものをあんたはたくさん持っていた。憧れだったんだ」

 

 一転して泣き出した。

 感涙した次の瞬間のそれは、憧れた者に後ろ足で砂をかけざるを得ない苦悩だ。この男はエンデヴァーが大好きなのである。

 彼のようになれるのなら、何を捨てても惜しくない。だが、逆にこんな自分ごときが捨てられるものの価値がエンデヴァーと等しいとは思えない狂信者。彼の足下にも及ばないのだから、せめて彼の手で逝きたいと(こいねが)う。

 

「ならば、俺の手で捕らえられたことに感謝でもして奉仕活動に精を出すことだな。刑務所でもできるだろう?」

「それは違う! 俺には守るものなんてない。あんたのように家族がある人間とは違う。いわゆる無敵の人さ。誰よりも劣る人間失格なのさあ」

 

 攻撃が交錯する。白線が布の様にひらめいて、カッターナイフのように鋭く肉を抉る。ブースト薬の恩恵か、鉄柱でさえ易々と刻んでいる。反撃にエンデヴァーが炎をお見舞いするが、何一つ効いていない。向こうはまだ本気を見せていないから、攻撃を逸らして人への被害は防げているが……

 

「放せ! 今すぐ、夏雄を放せェ!」

 

 声を荒げて攻撃を放つ。

 だが、いまいち精彩を欠いている。いつもは自信満々だったが、いざ息子を人質に取られてしまうと……万が一当たったらどうしようと全力を出せない。彼は真っ当な人間だ、憎しみを力に変えるような変換器(コンバータ)は持っていない。光の亡者とは違うのだ。

 ――それではプラネテスが遺した置き土産、冷気の守りを突破できない。

 

「この男を殺すから! 頼むよエンデヴァー、今度は間違えないでくれ! 俺を殺してくれ」

 

 そして、エンディングは自ら手を広げ心臓を指し示す。ここを焼き尽くして殺してくれと。

 そう、今のような人も殺せない温い炎では憧れの人の熱を感じられないから。その熱でもって焼き尽くしてほしい。唯一絶対の死を刻み込んでほしい、それを無価値な自分が持つ唯一の価値として誇って逝こう。

 

「ふざけるなァ! 俺が憎いなら、俺を狙え! 夏雄は関係ないだろう!」

 

 エンデヴァーの心は千々に乱れている。学生時代、オールマイトには何一つ敵わなくても、どこまでも努力すれば勝てると信じることができた。

 だが、卒業して、ヒーローとして、社会人として働いて。部下を持ち、妻を娶り、子供ができた。

 この世は複雑だ。努力すればいいなんてものではない。これまで怠惰に身を任せたことは一度もなかった。自らの不満やストレスの吐け口を他人に求めたことは一度もないと断言できる。それが、自覚がないだけだったとしても、本人にとっては真実だ。

 ……結果が、息子には憎まれ、慕ってくれる娘は迷惑をかけて憔悴させてしまうような末路だ。

 何かが間違っていたのだろうと思う。努力したこと、それは間違っていなかったはずなのに。

 

「その眩い炎で俺を終わりへと導いてくれ。…… エンデヴァー(マイホープ)よ」

 

 エンディングが夏雄を車道へと放り投げる。すぐそこに車が迫っている。2秒後には無惨な轢死体が転がっているはずだ。

 

「やァめェろォオオオオオ!」

 

 叫ぶ。手を伸ばす。しかし、そんなことに意味はない。

 目の前には二つの選択肢。このまま息子が死体になっているのを待つ。しかし、それを否と言うならば――車を攻撃するしかない。

 無辜の人を、ヴィランに利用されたからと言って傷付ける。それは立派にヴィランの行いだろう。

 

 ヒーローで最もやってはいけないことは、人質を取られ他の人間を傷付けること。それだけは許されない。

 理由など関係ない。この個性世界において、ヒーローだけが個性の使用を許される。それは、ヒーローが善性によって活動しているから。

 人質を取られようと、正しいことをできるという善性を前提にしている。よって、エンデヴァーは息子を見殺しにしなくてはならない。それが、”社会のルール”だから。ルールに反した者が何と呼ばれるか……それはヴィランと呼ばれる。

 

「早く俺を殺さねえから、死人が増えちゃうんだ」

 

 エンディングが呟いた。

 

「あああああああ!」

 

 夏雄と目が合う。口はふさがれていて、最期の言葉も聞けない。だが、それでも恐怖だけは存分に伝わってきて――反射的に手が動いてしまう。

 考える暇もなく、禁を犯す。

 

「駄目だ。やめてくれ。……お前までも、逝かせてなるものか!」

 

 拳を握る。炎が溢れる。

 ――車を吹き飛ばした。いくら無意識で、咄嗟のことであろうと長年見に染み込ませた経験は裏切らない。

 運転手は死なないだろう。だが……

 

「親父……?」

 

 助けてくれた父に、夏雄は信じられないものを見るような目を向ける。なぜなら自分は助からないと思っていた。父は助けないと信じていた。

 だって、これじゃあ。

 

「俺を助けようとして? ヒーローを諦めたのか……?」

 

 エンデヴァーは家族を犠牲にしてまでヒーロー活動に全てを捧げてきたはずだった。なのに、自分を助けるためにそれを捨てるとは――まるであべこべではないか。

 自分が知る父は、そんな人間ではなかったはずなのに。一時の激情にかられて全てを台無しにするような愚か者ではなかった。

 

「……う」

 

 その父は顔面を蒼白にしている。まるで横領がバレた銀行員のごとく、隠ぺいが公になった政治家のごとく。

 その顔にあるのは絶望だけだった。

 

「そうか! アンタはルールを捨てられるのか。なら、迷うことはない。俺を殺せよエンデヴァー。でないと、今度こそ息子が死ぬぜ」

 

 エンディングの個性『白線』がそこらにある車を夏雄に向かって投げつける。

 強化された彼の個性はベストジーニストと同類のそれだ。白線か糸かの違いはあれど、自由自在に動かして敵を貫く。

 重量物を投げつけるだけの強度もある。

 

「――夏雄! 逃げてくれ」

「っひ! わああ」

 

 だが、肝心の夏雄は中途半端な拘束に足を取られて転んでしまう。そもそも訓練すらも受けたことがない。

 戦うことも、逃げることだってできはしない。

 

「情けなくねえか、それは」

 

 氷が車を止めた。中の人も無事だ。焦凍が遅れてやってきた。いや、ずっと見ていたのだ。手助けするつもりなどなかったが、思わず出てきてしまった。

 

「――お前は」

「俺は『ショート』。いや、親父が暗い顔をする分には笑えるんだが――どうにもアンタの情けなさが過ぎるんでな。自殺志願者が居るなら、始末を付けてやろうと思った」

 

 チラ、と視線を向けるだけでエンディングの身体が凍り付く。手加減抜き、チンピラであれば一瞬で死に至る。

 

「氷か。俺の求める能力ではないな。……それに、その目。理想に燃える目ではない。ただ力が振るえればそれでいいだけのチンピラだ。俺を殺していいのは真なるヒーロー『エンデヴァー』だけダァ!」

 

 エンディングの白線が舞う。氷をガリガリと削っていく。もう自由の身だ。拘束は効かず、殺す気の冷気も通用しない。

 パワーは向こうが上なのは明白なのに、焦凍は呆れたようなため息を吐く。

 

「殺してくれ? ヒーロー相手に頼むなよ、そんなもん。どうせテメエだって、いざ殺されそうになるとビビって逃げ出すんだろうが。手を出せない相手に粋がってンじゃねえよ」

「――ふん。貴様の言葉などどうでもいい。そんな腐ったような目では真実など何一つ見えまい。エンデヴァーの炎の美しさも。……荘厳なる炎に焼かれて逝くことこそ我が望み。何も持たない俺の、たった一つの祈りだから」

 

 エンディングが睨みつける。強烈なプレッシャー、プラネテス特有のそれは人では抗しえない。

 

「邪魔をするなら貴様から殺す。ああ、それがいい! コイツを殺すから、こんどこそ俺を殺してくれよエンデヴァー」

 

 そして、殺意を発露した。邪魔者はすべて殺すのみ、ただ一つの栄光()に向かってまい進する。無数の白線が乱舞した。

 それは死の螺旋。1秒も経たずに人をバラバラ死体に変える。明日も知れない実験体、プラネテスのなりそこないはトップヒーローをも凌駕する力を振るう。

 

「ふざけろよ」

 

 冷たい炎が、白線を塵と化した。

 

「……人殺しはヒーローとはジャンル違いなんだよ。そういうのは悪の敵(ギガース)に頼みやがれ。正義の味方(ヒーロー)に迷惑かけんなよ」

 

 焦凍が懐から取り出したのは銃だ。自らの首筋に向けて引き金を引く。

 

「クハッ!」

 

 ごぼりと不吉な音が響く。筋肉が躍動する。これこそフルメタルギガースの十八番、誰かの明日のために自らの未来を捨てる薬物強化。

 だが、これは少し違う。ドーピングは10年寿命を縮めるが、焦凍の新しい力はノーマルでは30年は寿命が縮む。死から逃れるために身体を削る、それは解決しない本末転倒。たが……こうすればわずかでも力が振るえる。

 

「死ねよ。俺の冷たい炎に焼かれてな」

 

 その蒼い炎は何も焼かない。ただ、全てを塵と変える。現実を侵す、物理法則から外れた超常現象。

 

「っひィ! なんだ、この炎は……!」

 

 エンディングの白線も、身体に宿す冷気ですらも意味がない。全て砕いて――塵と変えた。オリジナルさえ倒した超常現象は、パーツを繋いだだけの劣化複製を完全に殺し切る。

 

「うぐ! がは……!」

 

 焦凍が膝をつく。顔が紫色になってる。……やはりこの個性の使用は危ない。わずかに使うだけでも命の危険がある。

 

「……父さん」

 

 そして、助けを求める夏雄。エンデヴァーは、立ち尽くすしかなかった。

 

 





 エンデヴァーは初登場時とはずいぶんと印象が変わりましたね。今では不憫な不器用キャラに……苛烈という点では同じでも、彼はギガースとは異なります。仲間を親友と呼びながら手榴弾代わりに投げ付ける連中とは合いません。


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