緑谷出久の限界突破(オーバードライブ)   作:Red_stone

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第60話 最終決戦、下典・飯田

 

 現れたのは白い直方体の部屋だった。しかし、無造作に転がっているのはタンクの群れだ。何が入っているのか不明で、空恐ろしい。”それ”には何かが満載されている。

 次に立ちふさがったのはフードの男だ。誰にも見覚えがない――脳無かと、全員が身構える。

 

「僕は下典と言う名を持っていた。相手は貴様だ、飯田天哉。他は知らん、好きに行け」

 

 少なくとも、流ちょうに話せるだけの知性は残っている。よほどの強敵だ、脳無ではないなどという希望的観測などしない。

 そうだ、今更敵連合の仲間は増えたりしない。それは無理やり仲間にしただけの脳無で、そして強いのだろう。今の彼は虐殺した泥花市民11万人から選りすぐられた”戦略兵器”だ。

 

「分かった。……だが、その前に一つだけ聞かせてくれ。君は脳無か?」

「だったらなんだ?」

 

「人ならば、殺さない。しかし、脳無であれば殺す」

「――そうかよ。そう聞かれて自分が脳無です、だなんて言う馬鹿が居ると思うか? 義務教育を受けたやつって、案外馬鹿なんだな」

 

 戦端が開く。脳無が指揮者のように腕を振るうと、タンクが破裂する。氷となって、飯田を襲う。

 満載していたのは毒でも何でもないただの水だった。しかし、奴が扱えば立派な兵器となる。

 

「この威圧感、お前も脳無か。ならば殺す!」

 

 飯田の『エンジン』は過去のプラネテスとの戦いの中で進化した。対殺塵鬼戦で見せた強力な一撃は衰えていない。自らの身を焼き焦がしながら、全てを蹂躙するその力こそ。

 

「僕の前に、氷ごときが障害になると思うなよ。駆け抜けろ『レシプロブレイズ・ケラウノス』」

 

 (たが)が外れたかのように飯田の足の噴気孔からたなびく光。それこそが悪を裁く正義の光だ。犯罪者を討滅する絶滅光が走る。

 

「そうやって自分の都合のいいように決めつけるのか。なるほど、やはり義務教育は悪だな」

 

 下典は氷の竜を作り、飯田へと向かわせる。ただのヒーローでは成す術もないだろう。それは数tある氷の塊だ、ただの重さという暴力の前ではトップヒーローと言えども逃げ惑うしかない。

 

「下らん。人のことを馬鹿にする前に、努力の一つもしてみるがいい」

 

 氷の龍を轢殺し、最短距離で下典に蹴りを浴びせた。急所? そんなものは関係ない。体に当てれば一撃で弾け飛ぶその威力の前では抵抗など無駄だ。

 これこそが飯田の手に入れた新しい力。未来を捨てて、悪を轢殺するのだ。

 その脳無はぶっ飛ばされて、首だけが転がっていく。生首がしゃべり出す。

 

「最初から殺意バリバリじゃないか。人間でも構わず殺すつもりだったんだろう? まったく、怖い怖い。政府の人間はこれだから怖い、まるで自分は殺人許可証を持ってますみたいな顔をしてさ」

 

 氷が身体を作り直す。付け焼刃ではない、最上級脳無・下典は生首だけの脳無だ。そこ以外は必要ない。

 いくらでも補充の利く氷こそが、その身体。

 

「黙れ! 世界を滅ぼそうとする悪党め! 貴様らは救えん。ゆえに殺さなければならないのだ!」

 

 飯田は直情的な思考をそのままに、現実の悪を認めたことで倫理から外れた裁きを認めた。

 殺人は悪いことであるはずなのに、死刑がある。悪人であろうと殺してはならないと法にあるのに、死刑が存在しているなんて矛盾に他ならない。

 そして、その矛盾を超えて今の飯田がある。悪い大人の常套手段、そこはそれ。自分は置いておいて、悪いことをした人間には追求の手を緩めない。

 

「そうやって都合の悪いものに悪のレッテルを貼りつけて、殺してしまえば満足か? オールマイトは異常者だよ、彼のような自己犠牲の精神は害悪だ。なぜなら、人は誰もオールマイトにはなれないのだから」

 

 オールマイトのような者が世界に溢れていれば、この個性社会も”良いもの”になっていただろう。

 だが、現実として人は努力しないし、顔も知らない誰かのために頑張るなんて御免だし……そして、大切な”特定の誰か”のために生きている。社会を形作るほどの権力を得たのなら、自分勝手にもなるさ。

 怠惰、嫉妬、傲慢――全ては人の罪。それを”持てない”オールマイトは人を理解できない。

 

「ふざけるなよ! そんなものが努力をやめる理由になるものか。正道を逸れる言い訳になるものか! 頑張って、努力すれば認められるのが社会のはずだ!」

 

 だが、他ならぬ飯田はそれは違うと喝破する。なぜなら、飯田はいい家に生まれ、努力も欠かしたことのない真っ当な人間だった。

 真っ当だから、外れた人間を非難できる。それは、ラダマンチュスと同じ思想だ。裕福な家に産まれ、努力を欠かさないから……貧しい生まれの努力ができない人間を理解できない。

 

「ハハ。お前は本当に話を聞かないな。苦しむのが好きならば、お前ひとりで好きなだけ苦しむがいいさ。……だがな、他人を巻き込むなよ。誰かに正しいことを強制するな」

 

 下典は氷の竜を何本も生み出し突撃させる。だが、全て砕かれ溶かされる。自身すら焼く飯田の力は、この敵には相性がいい。

 わずかであろうとも、身体を冷やしてくれる。少しでも、自身を焼く火が軽減される。

 

「甘ったれたことを抜かすな」

 

 そして、飯田は悪を許しはしない。頭を砕かねば倒せないのなら、踏み潰して前に進むのみ。

 下典の力など意にも解さず、生首を踏み抜いた。

 だが、声がする。

 

「人を下に見すぎだぞ。僕はお前の言葉の意味が理解できないが、頭が悪いわけじゃないんだ。異常者の言うことなんてさ、普通の人間にとっては理解不能の戯言だと自覚しろよ。考える頭があるんだから、囮くらい用意するのは当然だろう」

 

 つまりはそういうこと。飯田が踏み潰した頭は偽物だ。確かに下典の力は精巧な彫刻など作れないし、色を塗るなんてもっと無理だ。

 だが、偽物を作れる個性なんて11万の仲間の誰かが持っている。それを用意しておいて、そこかしこに隠しておいてありもする。

 

「――何だと!?」

 

 そして、一転飯田は窮地に陥る。そもそもが滅茶苦茶に進化した力、人の身に過ぎた最強に近い個性。

 飯田の身には余るその力は、己をも焼き尽くす。寿命を削り、我が身をも削っても――出せるのは一瞬だけに過ぎない。

 先ので倒さねば、負けは確定していた。なぜか気絶していないが、それで窮地を逆転できるはずもない。

 

「おや。そう言ったからには滅茶苦茶に破壊行動に出るものかと思ったけど――やらないんだね。膝をついてしまって、さすがに時間制限があるのかな? 戦えるのは10秒だけと。ウルトラマンよりもよほど短いね」

 

 左の方から声が聞こえてきている。とはいえ、敵のずるがしこさを考えると、単に携帯電話で別の場所から話しかけているだけと見抜ける。

 

「それがどうした? 時間制限を超えても敵を倒せないのなら、制限など突破するまで……!」

 

 飯田は無理に立ち上がろうとする。

 

「やれやれ、暑苦しいぞ。そんなに苦しいのが楽しいのかよ、お前。僕はもう死んでいて、ここに残っているのは抜け殻だけだが……今ではそれもいいと思っているよ。すでにオリジナルの僕は地獄に落ちている。苦しんでまで”生きる”こともないさ。まったく、ドイツもコイツも何が楽しくて生きているんだか」

 

 嘲るような声とともに氷柱が降ってくる。

 

「ぐああああああ!」

 

 いたぶるように氷柱に殴打される。油断はない、何が起ころうと対処できる距離を保っている。

 死んだと言うのも納得だ。合理的なだけの隙の無い攻撃に、意志は見えない。

 

「さあ、死んでしまうといい。そうすれば、もう何も頑張らなくて済むぞ」

「ふざけるなァ!」

 

 飯田はどこに居るかもわからない敵を睨みつける。もはや足は焼け焦げて、見るからに立てもしない有様だが――無理やり立ち上がる。

 

「よくやる。というか、氷を全て溶かし尽くすなんてしたら、生身の筋肉など全て壊れてしまうだろうに。……君、脳無以上に自分の身を顧みないね?」

「脳無に根性などあるものか。悪は殺す。……そのためにこそ!」

 

 エンジンに火を入れる。動かない足を無理やり動かす。

 

「なぜ動くのか。……死ねばいい。全て塵と化せ。もはやリ・デステロの目指した改革はもはや叶わない。ならば、この世界の全てに意味がない。虚飾と傲慢に満ち溢れた社会など滅んでしまえ」

 

 下典は四方八方から氷の竜を殺到させる。確かに火力は足りないが、飯田の力は自滅の力。もはや足の再生は叶わず、そして2発で終いだろう。

 

「言い訳をするな。貴様らが堕ちた原因など、努力の不足以外にあるものか。悪よ、ただ安らかに息絶えるがいい……!」

 

 回し蹴りを放つ。

 ただの一撃で氷の全てを砕いた。建物そのものまで崩落する。手加減なしの一撃は壁すら打ち砕いてしまった。

 

「まったく、化け物め。僕自身が化け物になったからか、貴様らみたいな生まれついての化け物は虫唾が走るよ。その力、プラネテスでもないくせに」

 

 挑発するような声。まだ殺せていない。ならば。

 

「生きているな?」

 

 下から上に蹴り上げた。ただそれだけで崩落する天井の全てが砕け散る。これで両脚は使い切った。もはや形すら残っていない。

 

「……凄まじい威力だが、使う足が無ければ怖くないね。じゃあ、止めと行こうか」

 

 三度立ち上がる竜。水は地下にも用意されていた。

 

「生きているならば殺すと言ったはず」

 

 気合いと根性――ただそれだけで全てを打ち破る。

 ……だが、個性はただ使うだけではない。無限の想像力が、物理法則すらも覆して理不尽を蹂躙する。

 無数の気筒が組み合わさり足と化す。

 

「死ね」

 

 その異形の足を打ち下ろす。

 3度目の攻撃が地面を砕いた。亀裂が走り、炎が中身を舐め尽くした。これで生きていられる者など、居るはずもない。

 

 下典は最初から地下に隠れていた。

 それを見抜かない限り勝ち目はないはずだったのだが――力押しで打ち破ってしまった。部屋内、どころか上下まで完全に破壊し尽くした。

 推理ゲームのはずが、ただのパワーゲームだった。

 

「やれやれ、本当に苦しむのが好きな連中だ。勝手にすればいいさ、僕はもう――動かなくていい」

 

 裁かれた悪の口から洩れたのは、疲れ切ったため息だけだった。

 

 

 





脳無では死者蘇生はできません。なので異能解放軍の最期はこうなりました。
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