緑谷出久の限界突破(オーバードライブ) 作:Red_stone
そして次の因縁が現れる。
「やはり最後はお前か、黒霧……!」
宿敵を見つけたかのような剣呑な光を目に灯らせる相澤。そうだ、このためにやってきた。
ただ親友だった彼の魂を救うために。ヒーローの不殺の誓いすら捨て、この戦争に参加したのだ。
「ええ。どうやら、そこのオーバードライブは私のことをずいぶんと気にしてくれていたようで」
だが、そいつの視線はあくまで相澤に向いている。なにかが残っているのか……それとも、相澤の執念に応えようとでも言うのか。
まっすぐに殺意を送っていた。
「お前の能力であれば、時間稼ぎは容易だからな。天空要塞フレイヤ建造に全てを賭けられていたら面倒なことになっていた」
「……まさか、そのようなつまらない真似を死柄木弔は致しませんよ」
「そうかい。なら、行かせてもらうぜ」
「ええ、後は一直線です。彼は玉座であなたをお待ちしていますよ」
「先生、アレはもう死体だ。死体を改造した人形だ、意志が残っているとは思えない。……呼び起こせるとしたら、それはもう奇跡以外にない」
相澤に囁く。黒霧は既にその名前の脳無だ。生前があったとしても関係がない、脳と言う演算回路から記憶と言う電子信号は失われてしまって二度と戻らない。
そう、決して死者は蘇らないのだ。
「だが、アンタならできると信じてる。やり遂げろよ」
肩を叩いて、先に行った。
「……やれやれ、生徒にそんなこと言われるなんてな。だが、信じられたからにはやるしかあるまい」
相澤が苦笑する。なんだかおかしくてたまらない気分だ。まったく、最初から滅茶苦茶な奴だと思っていたが、すぐに生徒なんて枠からはみ出してしまった。
アイツならできるかもしれないから、俺も諦めないだなんて――そんな根性論を当てにする日が来ようとは。
「何を言っているかわかりませんが、やる気があるなら結構。あなたを見ていて、USJで会ったときとは気が変わった。オールマイトとオーバードライブ、そして麗日に轟と……意味の分からない連中とあなたは違う。気力と根性で強くなる? 一体なんだ、それは。物理現象を超越している」
物理法則を超越しているとは、とんでもない言葉だが彼らを言い表すならば”そう”だろう。ただの意志の力のみで自らの個性を変化させた。
一方で、相澤の個性は最初と変わっていない。身体能力も伸びていなければ、ドーピングだってしていなかった。
「だが、あなたは人間のままで彼らについて行っている。ただの人間が、化け物から師と仰がれている。人間が化け物の先を歩いているのだぞ、興味を抱いてもしょうがないだろう」
そんな状態で、最終決戦にまで上がってきたのだ。特筆に値する。それこそ爆豪や切島なんてついてきただけだから、連合の中でも弱いのを相手に回されたのに。
そして、連合の弱い連中と黒霧は事情が異なる。ここにいるのは脳無、連合の中でも主力に位置する存在だ。
「――俺の持つ個性は強力だと自覚している。それと業務歴もいい加減長いんでな、自分の欠点も把握している。強いと言うよりも堅実、ただそれだけだよ」
「だからこそ、私はあなたを倒したい。私の個性『ワープゲート』は人間の身体を挟んだまま閉じると切断されるのだよ。……私の中に血を遺して、ね。USJ襲撃の折はオールマイトを狙っていた。だが、あなたも申し分がない」
粘着質な目。共感できるとしたら吸血鬼くらいのものだろう。自らの中に血を入れたい、それも尊敬に値する強者であればあるほど良い。
「そうか。そうだったな。お前、戦闘力の高い奴が好きだったよな。思い出すよ、オールマイトを好むのは当然だろうが、戦闘力チャートの話ばかりしてたっけか」
「何を言っているのかわからないが、貴様のことは研究している。USJでの雪辱は、完全無欠の勝利によって晴らさせてもらう!」
パチリ、と指を鳴らす。小さな爆発音の後に照明全てが消え去った。電源を消すどころか、照明そのものを消し飛ばす念の入れ用だ。もちろん、明かりが差し込むだなんて馬鹿げた欠陥工事もしていない。
ここは箱……光の一切が失われた牢獄だ。ヒーロー『イレイザーヘッド』を無力化するためだけの施設。
「これは……!」
「そう、あなたの個性『消去』は目が見えないと使えない! 夜であろうとわずかな月明かりで個性を使用可能なのは知っている。あなたを狙った馬鹿な復讐者のおかげだ。けれど、一寸の光さえなくなってしまえばどうかな」
「『ワープゲート』に光は必要ないとはいえ……まさか音を頼りに戦う気か? そんな変な特技はマイクの領分だろうが」
「ああ、『ヴォイス』か。どうして彼が出てきたのかは知らないが、心配はいらない。……私には貴様が見えているよ」
別にそう複雑な手段は使っていない。前世紀の軍隊であればサーモグラフィなど標準装備だし、例えばヘビにもピット器官がある。光閉ざされた闇の中でも、温度を見る目があれば問題ないのだ。
赤外線を捉える目は人間には備わっていないが……その機能は黒霧の目に”増設済”だ。個性の複数所持は脳無のお家芸なのだから。
「――ッ!」
相澤が滅茶苦茶な方向に走り出す。ここも似非USJ、同じつくりの部屋を5個も通ったのだから、目が見えずとも走り抜けるくらいはできる。
とりあえず滅茶苦茶に走れば攻撃は当たらないのだ。ゲームでもしているなら当たり前の発想だが、現実でそれを実行するのは相当の胆力を必要とする。壁に当たっても速度が鈍るだけのゲームと違い、リアルでのそれは痛いし転ぶ。
というか、それを予想した上で前の部屋で物の並びを記憶しておくなど……攻略本でも見ているのかと疑いたくなる手際の良さだ。
「フフ。丸見えですよ――」
けれど、目が見えない相手が見える相手と戦って勝てる道理はない。いかに相澤に実戦的な勘があって、それを実行できる胆力があったとしてもそれだけでは勝てはしない。
ただ適当に記憶を頼りに走り抜けるだけでは、1分も逃げられることなく……ワープゲートに捕まってしまうのだ。
「ハハハハハ! さすがにあなたと言えど、ここまで対策を取られてはどうしようもないでしょう!? あなたが弱いわけではない。ただ状況が悪かっただけです」
「ならば、俺も言わせてもらおう。お前が対策を怠ったわけじゃない――経験の差と言うやつだ」
相澤が何かを放る。それは黄色い光を放つもの。
誰でも見たことがあるだろう、100均で売っている折れば光る棒だ。これで視線が通る。意外と災害救助と言った場面では活躍するのだ、これが。
「なに!?」
とつぜん個性が解除されたのだから黒霧は驚愕して動きを止める。個性『抹消』が使用された。そう、わずかな月明かりでも発動できるのだから、これで使用は可能。
全ての光を閉ざされたのなら、外から持ち込めばいい。それは若いヒーローにはない発想だ。個性対策を取られることを想定した上で、それを潰す計略を練る。
「――さあ、今度はこちらのチェックメイトだ!」
「ならば、こちらも更なる策を披露させていただきます!」
黒霧が携帯を操作する。個性が失われただけだ、それくらいなら容易いこと。そして、先とは規模の異なる爆破が起こる。
要するにテロ屋の時限爆弾だ。携帯で信号を送り、爆破する。その威力でビルが折れ、倒れてくる。
「このような手段で破られるとは思っていませんでしたが、準備なら十二分にさせていただきました。攻撃力のないあなたに、これをどうにかできる手段など――」
「持ってるに決まってるだろうが!」
相澤は腕からボールを射出する。瓦礫に取り付いたのちに糸を広げて空中に固定――ヒーローアイテムだ。用途はズバリ、瓦礫の固定。
コネを最大限に使って最新型を用意した。
「ぐぅぅ。……だが、脳無たる私の身体能力まで失われたわけではないぞ!」
観念したのか接近戦を仕掛けてくる。
「は。忘れたか? 組み手でお前が俺に勝てたことなんて、一度もない!」
「その時の俺とは違うぞ、消太! ……私は何を?」
交錯する拳と拳。互いの癖を知り尽くしているかのように走る拳は速く、しかし一発も当たらない。
まるで動きが決まっている舞のごとくだ。互いを練習相手に何度も組み手をしてきた。相手の業も癖も熟知している。
100を数えてもなお当たることはなく――
「なんだ、まだ息切れしないか! 随分と根性強くなったじゃねえか! なあ、白雲ォ!」
「ふざけるな! 私は貴様など知らん! それと、いい加減にお前は相手の目ばかりを狙う癖を直しやがれ!」
黒霧の口調が変わっている。
相澤は目の前に掌を置いて視線を遮る。何のつもりだばかりに、黒霧は差し出された手を握りつぶそうとして……
「熱中すると視界が狭くなる! 直しとけって言っただろ!?」
相澤は渾身のローキックを黒霧に叩き込んだ。手品だ、意識を上に逸らしてからの間髪入れぬ下段攻撃。これは効く。
「ぐぅ!? 囮、むざむざと。……昔から、こすっからいんだよ!?」
耐え、殴り返した。
「……やれやれ、痛ェな。けど、こうして全力で殴り合うのもいいもんだ。オールマイトの影響かな」
顔面で受け止めて、顔面に拳を入れる。
「どう考えても悪い影響だろうが。熱中すると他のことに視線が向かないってのはお前のことだろ。いつもそうだった」
負けるものかとばかりに、やはり顔面で受け止めて殴り返す。
「――ああ、そうだったな。いつもお前は冷静で、いけ好かないスカしたところのあるやつだった」
ふ、と笑った。
「――白雲、お前……!」
「ああ、全て思い出した。……ありがとう、消太。――だが」
凶手が空を切る。相澤がかわしていなければ目を抉るコースだった。
「まさか、お前……!」
「ああ、ダメなんだよ消太。俺はもう白雲朧じゃない……脳無の『黒霧』なんだ。ああ、殺したい殺したい殺したい。……人間を殺したい、それも尊敬できるような極上な血を俺の中に入れたい。抑えきれないんだ、この衝動を」
個性を無効化されているにも構わず遮二無二拳を繰り出している。子供のような癇癪のそれが相澤の影を捉えるなどありえない。
だがしかし……相澤も目的を果たしてもなお殺しにかかってくるなど予想しておらず――
「嫌だ。やめろ。……お前を殺したくない、白雲!」
「俺はお前を殺したい消太。この身体は強者の血を望むようにできている。あの時、俺は死んだんだ。もう休ませてくれ」
凶手は止まらない。稚拙な攻撃だが、嵐のようなそれの圧力の前に相澤は一歩、また一歩と下がっていく。
「……あっ」
足が滑った。いつもの相澤ならばありえないミス。
けれど、白雲を助けるためだけにここに来た。空中要塞フレイヤなど関係ない、ここに来れば会えるはずと無理を通した。
鍛え上げた身体に更なる苦痛を刻み込んでわずかなりとも強くなった。修行できるのはギガースの特権ではない。
あらゆる伝手を使って強力なヒーローアイテムを用意した。中にはコストが高すぎて封印されたものもあったが、一度使えればいいと強引に入手した。
大人だからこそできる、全てをかけて”ここ”に来た。光閉ざされた街、そして爆薬――敵が用意したのはそれだけだが、相澤はそれを上回った。
だから奇跡が起きた。彼は生前を思い出した。
――なのに、白雲を助けることはできない。
その現実が、相澤の心を焼く。無慈悲なリアルの前に慟哭する心が動揺を呼んだ。簡単なミスをしたのはそれが原因。
敵の拳が薙ぎ払うように胴を薙いだ。内臓壊滅、さらに骨も折られ転がった。これでは、もう――目を開き続けることなどできはしない。
いつのまにか、殴られて瓦礫の山に叩き込まれていた。
「消太! 俺はお前に生きていてほしい。だから、俺を殺せ! なあ、ヒーロー『イレイザーヘッド』ォ!」
言葉とは裏腹に、殺戮を望む脳無の身体が滅茶苦茶に個性を発動した。周りの瓦礫を分断しながら、相澤を狙う。
ワープゲートで引きちぎり、その血を自らの身体に受け入れんがため。奇跡の時間は終わった。残るは醜悪なる残酷劇の時間だ。
「白雲ォォ!」
走る相澤の手に握られるのはナイフ。あらゆる手段を用意した。……そう”殺す”手段も含めて。誰にも譲るものか。なぜなら、ギガースは絶対にコイツを殺す。危険性を理解するからこそ、仲間が何人死のうと必ず殺すのは確定事項だ。
だから、その前にこの手で殺すと決意した。
「もはや間に合わんさ、『イレイザーヘッド』!」
バ、と黒マントを広げた。そう、視界から逃れるなどいくらでも手段がある。そして、温度を見る目は黒マント程度は透視できる。ワープゲートが相澤の足を捉えた。
「ぐぅ――」
「さあ、あなたの血を。私に!」
切断した。
「ああ、ああ! かぐわしい血の香りが広がる。感じますよ、素晴らしき強者の生の証。なんという甘美な味」
感動に打ち震えるかのように上を向いている黒霧。我を忘れて絶頂して――
「足の一本くらいなあ、くれてやるよ! 精々大事にして――」
「なに!?」
人は足一本では走れない。だから相澤は叩きつけるみたいに無くなった膝を地に叩きつけて進む。べしゃりと血が広がり、ぐちゃりと言う水音とともに血と肉が地面に貼り付いては引きはがされる。
「死ね!」
眉間に向かってナイフを突き出した。
「ぬ!? なめるなァ!」
ワープゲートを展開。ナイフと腕を飲み込み、切断する。右足、そして左腕を失った相澤。しかしそれでも諦めることなどしない。
「ここで終われ、黒霧。戻ることが叶わないなら、せめて親友の手で冥府へと旅立て」
右腕でナイフを繰り出した。
「馬鹿な!? 脳無たる私が、人間ごときにィ!」
脳天を貫かれ、悲鳴を上げる。ぐらりと傾き、地に倒れ伏す。脳無と言えど、全てが並外れた再生能力を持つわけではない。強力な個性を持つ分、黒霧はもはや再生能力で己を保つだけのリソースはない。
ただ死にゆくだけの一瞬。その一瞬に今一度理性の光が戻る。
「ああ、ありがとう消太。これで眠れる。お前は
ふ、と笑って――命の灯が消える。その身体がボロボロと崩れていく。
「白雲!?」
相澤は残った腕で彼の遺体を抱きしめる。けれど、何の意味もなく……ただ灰になって崩れ落ちる。
「クソ! クソ野郎どもが! 白雲が一体何をした!? ただ、ヒーローになりたかっただけだ。いい奴だったんだ。なのに……畜生! こんな風に死体を弄ばれ、何も残らない。こんな死に様で」
泣き崩れる。
「何が悪かったんだ。ヒーローになろうとしたのが間違っていたと言うのか? それとも、個性を持ってたからか? 『雲』の個性がオールフォーワンに注目された。だから……クソッ!」
右手を地に叩きつける。この世は理不尽だ。悲しみを悪が押し付ける。悪さえいなければ、と言ったところで……今のオールマイトが君臨する社会の中でさえ悪は湧く。
ならば、どうすればいいのか。
悪をいくら捕まえても意味がない。では悪を殺し尽くすギガースが正しいのか。だが、やはりそれで解決するとも思えない。殺すだけでは憎しみが連鎖するだけと信じてヒーローをやってきたはずだから。
「――どうすりゃ良かったんだ……!」
それに意味はなくとも、今は涙する以外にできることがなかった。