緑谷出久の限界突破(オーバードライブ) 作:Red_stone
最終決戦への途上、オーバードライブは階段の前に居た。数えるのも馬鹿らしくなるような数の階段が遥か天空に続いている。
それは天空要塞ダモクレスへと続く道。その先には玉座にて死柄木が待っている。
「なるほど、ゲーム好きのアイツらしい。
めげることなく、駆け抜けようとする一瞬前。
「――何者だ」
それを見つけた。ボロボロの服を纏った存在感の薄い男。ともすれば死体の一つと見間違えそうになるほどに存在感がない。
だが、どこかで見たような。
「ここで待っていればお前が来ると思っていた。オーバードライブ」
死人ほどに気配のない男は誰にも気取られることなく、そこまで来た。彼は敵連合の一員ではない。
第3勢力だ、ただ自らに従って意志を通しに来た。
「その顔は、ああ……『ヒーロー殺し』か。脱獄したのか?」
「そうだ、俺はお前の斃したもう一人……『オーバーホール』を殺してここに来た。負け犬同士だが、俺もアイツもお前に再度挑むために己を鍛え上げた。切符としては十分だろう」
オーバードライブの軌跡。ヒーロー殺しを倒したことからメディアに露出、オーバーホールを師弟3人で倒したことから神話は始まった。
「……は、どうだか。だが、立ちふさがると言うのなら貴様を倒して進むのみ。まさか、2回目があるとは思っちゃいないだろう?」
敗者復活戦で3位が1位に挑めるなどありえない。敗北は敗北だ。だが、脱獄したというのなら、手段は一つ。殺すだけだ。
悪でも改心はできるだろうさ。だが、脱獄する……世間から隔離できないのであれば殺す以外にない。
「そうだ、お前は殺した。オーバードライブ。なぜ殺す? ヒーローは不殺が原則、死は取り返しがつかないものだ。誰にも責任を取ることができないものだ。ゆえに殺すべきではない。俺の言うことは間違っているだろうか?」
死刑制度への反論だろうか。押さえるべきところは押さえてあるのはヒーロー殺しも変わらない。
そもそもガキのような我儘で現行制度を否定するなど失笑物だ。古今の思想くらいは知っておかないと笑いものになるだけ。その程度の知識は抑えておかないと、話し合うこともできはしない。
「いいや。それは視点の違いと言うやつさ、どっちが間違ってるということもない。どんなに悪い奴でもいいところの一つや二つはあるだろう。妻が居て、子供も居て――そんな奴でも”悪”ならば、俺は殺す。なぜなら、人は変われると信じている。例えこの世に悪が居なくなった前例がないとしても、悪を倒していけば……いつの日にか優しい世界が来ると信じている」
もっとも、オーバードライブは学んだ上で全てを無視する。学問というのは積み重ねの上に成り立っている。同じことをすれば同じ結果になるのが原則だから、変わることを前提にはしない。
それでも、そうなると信じている。諦めなければ夢は叶うと言うものだから。だから――歴史上一度も存在しなかった理想郷を信じている。
「……人殺しが優しい世界を語るか?」
「殺したことが悪となるならば、その時は自分で始末を付けるさ」
そう、正義の行い? 悪ならば殺してもよいなどは”違う”だろう。本当に正しい行為など、悪の前に民衆の盾となる以外にない。
なぜなら人を殴るのは悪いことなのだから。悪い奴だからOKなどすれば、それで生まれるは差別と弱者への虐待に他ならない。
その矛盾を解決したければ、悪を倒した後に自ら命を絶てば結果的に悪はいなくなる。
「なるほど。……夢想家だな」
「お前ほどじゃない。ヒーローが皆オールマイトになれば、なんてことを夢見ているお前よりはな」
「これは手痛い。だが、断言しよう――お前の言う未来は決して来ない。俺は人の醜さを知っている。どれだけ殺そうと、人の世から悪はなくならない。ただお前が英雄になるだけだ。……1万人を殺したお前が、10人を殺した奴を殺塵鬼と罵るのさ」
「耳に痛いな。……自分でなれもしない根性なしの言葉なのにな」
両者、遠慮もなく心を抉る言葉を平然と紡ぐ。
「「ハハハハハハ」」
笑った。
「「殺す」」
同時に殺意を解放した。ヒーロー殺しのナイフと、オーバードライブの不死殺しが交錯する……その一瞬に割り込む者が居る。
「待て」
炎が堕ちてくる。二人が弾かれたように飛びのいた。
「この個性、そうか。……生きていたか」
オーバードライブは感慨深げにうなづいた。
「――貴様か。会いたかったぞ。”悪の敵”とも異なるヒーローの対極、資格なき者。己が欲望のために犠牲をいとわず、他人に誇れる生き様もない人間失格。お前こそが今の間違ったヒーロー社会の象徴」
ヒーロー殺しが殺意を剥き出しにする。その男に向かって叫ぶ。
「『エンデヴァー』ァァァァァァァァァァ!」
飛び掛かった。一度負け、その意志は更に強靭になった。そして、意志に劣らぬだけの身体を鍛え上げた。
刑務所の中でも鍛え上げる身体が一つあればジムなど要らない。獄中であろうと、諦めなければ夢は叶うと信じていたのはヒーロー殺しも同じこと。
よって、空気を蹴り空を飛ぶ術を手に入れた。なに、オールマイトならば普通にできる。
「進め、オーバードライブ! こやつの相手は俺がする」
「そうだ、進め!」
さらにもう一人、臓腑をこぼしながらも最後の力を振り絞る。生き残りのラビットヒーロー『ミルコ』が階段を蹴り砕いて道を塞ぐ。
深い断絶が広がる。空を飛べば関係ないが、それにはエンデヴァーを倒す必要がある。
「この俺が譲ってやったのだ。負けることなどまかりならんと知れ」
「当然だ」
オーバードライブは階段を駆け上がっていく。
ミルコは死んでいないのがおかしいほどの重傷でもはや動けない。エンデヴァーもまた、身体のあちこちが焼け焦げて右目に至っては瓦礫に抉られて何も見れない。
天空要塞ダモクレスの情報を掴んだ先発組のヒーローが多勢に無勢の中、未だに生き残っていた。
「さあ、お前の相手は俺だ」
「エンデヴァー。何を格好付けている? ここはガキを押しのけていく場面だろう? 自分のことしか考えない身勝手な男。No1になるために、身の程もわきまえずに玉座へと突進していったはずだ」
「ふん。貴様、俺のアンチか? ファンなどよりよほど俺に詳しいと見える」
皮肉気に自嘲する。
「戯言を!」
「薄汚い犯罪者の言葉に耳を傾ける義理などない!」
ヒーロー殺しは牽制の炎を斬りはらい、そのままエンデヴァーに斬りかかる。
「見る影もない火力だな! それほどまでに傷ついたか!?」
「……貴様を倒すには十分だ、負け犬が!」
ナイフなど知ったことかと言わんばかりに足蹴りで薙ぎ払う。所詮は覚醒すらしていなかったオーバードライブに負けた男。ヒーロー殺しに実力など、ない。
「……が! ぐぅ、満身創痍とはいえすさまじい蹴りの威力。だが――」
「だが、なんだ? 貴様ごときに負ける俺ではない!」
ナイフで防御した。そこに血がついているはずと思いきや、一滴たりとも血は残っていない。それは別に超常現象でもなんでもない。
単に、事前に防刀仕様の布を足に巻いていただけだ。
「こすからい真似ばかりを……! だからオールマイトに届かんのだ」
「そうだな。確かに、俺は何をやっていたんだろうな」
すでに熱量は限界。もはや敵の前に己を燃やしてしまうような状況だ。だから、鍛え上げた腕力で制圧する。
No1にはなれずとも、チンピラの一人を潰すくらいはできる。それだけの努力はしてきた。
「ぬあああああ!」
「しゃらくさい!」
ナイフは防刀仕様の服で皮膚まで通らない。一方でエンデヴァーの拳は体の芯まで響く一撃だ。5合打ち合うだけでヒーロー殺しは膝をついた。
並みのヴィランなら降参する前に痛みで気絶しているが……
「ふざけるなよ、ヒーロー失格。だれかではなく、己を救うためにヒーローをしている貴様ごときに俺は負けるわけにはいかんのだ」
「確かにな。言い訳などできん。俺は、俺の家族を守れなかった。正しいと信じていたことが、息子を苦しめるだけだった。そして、アイツは俺を殺そうとした。……どうにもできなかったよ。俺の責任と、奴を止めることすらできずにこの有様だ」
「ならば、ここで屍を晒すがいい。全てを失った敗残者、己の地位に固執して夢破れた愚かな男、ここで無為と消え果てよ!」
根性で無理やり立ち上がったヒーロー殺しは心臓を狙ってまっすぐにナイフを突きだす。必殺を期したそれは防刀衣などでは防げない。
「そうだ、俺は夢破れた。努力した果てに掴んだのは、悪名とバラバラになった家族。凡人が英雄を目指すことがそもそもの間違いだったのかもしれない。……だがな、これでも大人だ。少しは格好つけないと、立つ瀬がないのだよ!」
体の軸をずらし急所を避けた。そして、全力でぶん殴った。――ヒーロー殺しの肋骨がまとめてへし折れる音が聞こえる。
「……理想のため。真のヒーロー社会を築かんがため、俺は負けん! 勝利を期する理由があるのなら吠えてみるがいい『エンデヴァー』」
なれど立ち上がる。理由は一つ、気合いと根性。夢を諦めなければ、奇跡は何度だって起こるのだ。
「――俺は! おれ……は?」
心の底から湧き上がる言葉とやら。ずっと胸の中に燃えていたはずの炎が、今やどこにもない。壊れた家族の絆が、熱を奪ってしまった。
「やはり、貴様は死ぬべきだ」
ヒーロー殺しがすさまじい速度で疾駆する。意志で全てをねじ伏せる。ヒーロー側の意志力の開祖をオールマイトとするならば、ヴィラン側は彼だ。ヒーロー社会崩落の気運は彼から始まった。
「うるさい黙れ! ヴィランが口を利くな!」
エンデヴァーは動けない。元々が動けば致命傷になるような傷を負っている。そして、閃いたナイフが皮膚を貫通して臓腑にまで届く。
ヒーロー殺しがエンデヴァーの返り血を浴びながら叫ぶ。
「ヒーローは無私でなければならない! ヒ-ローは無辜の人々を救うために戦わねばならない! ヒーローは憧れに相応しい徳を持たねばならない! ――貴様が一つでもそのために戦ったのなら言ってみろォ! それとも、また黙るか? なあ、『エンデヴァー』」
そして、立ち上がったからには雄々しく羽ばたくのだ。……男らしく。その先に死が待とうとも笑って突き進むと決めたから。
「……それでも! この世に悪は栄えた例なし! ただ無念のうちに消えろ、ヴィラン! 貴様の都合など知ったことか!」
止血すれば死ぬような傷でないにしろ、拳を握ることもできずにエンデヴァーは立っている。今度こそ必ず殺すために、脳天を貫く一撃を繰り出しそうとナイフを振り上げる。
「貴様……が!」
エンデヴァーに目に光が戻る。ヒーロー殺しのナイフを握る腕を掴む。……握りつぶした。
「だが止まらん! 諦めなければ夢は必ず叶うのだ!」
「それは違う。どうやら夢を諦めるのが大人になるということらしい。そんな風に夢だからと頑張って……その結果はこれだから」
エンデヴァーが炎を繰り出す。折った左腕から全身に炎が走っていく。
「熱いな! だが、耐えてみせるぞエンデヴァー。そして、必ず逆転する! 気合いと根性さえあれば、できないことなど――何もない!」
「いつまでも子供のままではいられないから……一度反省して頭を下げよう。俺は、家族に酷いことをしてしまったのだな」
ヒーロー殺しが燃える。彼は脳無ではない、ただの人間。そのまま死んでいくのが当然で、実際にそうなっている。なのに、目だけは爛々と輝いている。未来を夢見ているのだ。
「フフ。見えるぞエンデヴァー。俺の理想が叶った世界、絶対に実現して見せる。必ずだ。……ハハ。ハハハハハ!」
「さらばだ、ヒーロー殺し。次に生まれ変わったら、もう少し足下を顧みるといい」
ヒーロー殺しが炭になって消え失せた。エンデヴァーが倒れる。限界を超えていた、もう動くこともできやしない。
負け犬の敗者復活戦はありません。