「ねーちゃん、そんなところで何をやってるんだい?」
くりくりとした丸い瞳がわたしの事を覗き込んでいた。
いつものように橋のたもとで、誰にも見つからないように物陰にうずくまっていたのだが、何かのはずみでこの少年に見つかってしまったようだ。
「腹でも痛いのか?お医者まで連れてってやろうか?」
「・・・そんな必要はないよ。ちょっとお腹が空いてるだけよ」
違う。本当は他人と関わりたくないのだ。
貧乏神である自分は他人と関わってはいけない。もし深く関わりあうようなことがあったら、その人を不幸にしてしまう。
そうしたらまた、石を投げられたり怒鳴られたりしてしまう。痛いのも怖いのも御免だ。
それなら誰とも関わらずに生きていくのが最善というものだろう。
「別に体調が悪いわけじゃないからさ、さっさと行って友達と遊んでなさい」
それを聞くと少年は不思議な表情をして川の上流の方へ走り去ってしまった。
それでいい。こんなわたしと関わる必要なんか無いんだ。
楽しく幸せに生きてね。
それから数刻。何故かその少年は息を切らせて走ってきた。
手には何か包みを持っている。
「ねーちゃん、これやるよ!」
それは二つの握り飯だった。正確に言えば握り飯らしきものだった。
形は不恰好で、ところどころ崩れている。ちょっと触ったら崩れてしまいそうだ。
見ただけで少年手製の物だと気が付いた。
「・・・どうしたんだい、これ」
「お櫃のごはんちょろまかして作った!帰ったらかーちゃんに叱られるかもだけど、とーちゃんが進んで人の為になる事をしなさいって言ってたから!」
立派な親御さんだと思いつつ、握り飯を受け取る。
他人と関わるのは嫌だけど、施しを拒否するほど余裕もない。
それにお腹が空いてるのは残念だけど事実だし。
「ありがたく頂くよ」
さ、帰りなさいな、と言葉を続けようとした瞬間、腹の虫が鳴き出した。
わたしのではない。少年のだった。
「・・・ねーちゃん」
「・・・食べたら帰るんだよ。約束ね」
少年と二人並んで握り飯を食べる。少年はこちらが聞いてもいないのに、やれどこの森に茸と人形を研究する怪しい魔女がいるだの、やれどこの山の神社に本物の神様がいるだのという話をしてくる。
正直苦手だ。わたしはもっとひっそりと静かにしてたい。
「それでそこのお坊さんってのがさ、もうすっごい美人で・・・ねーちゃん?聞いてる?」
「聞いてるよ。あとその話三回目だよ」
「え、本当に?トチったなぁ・・・」
顔立ちはまだ幼いがゆくゆくは中々の美男子になるだろう整った顔立ちを歪め、バツの悪そうな表情をする。
なにがわたしに対してここまでの興味を示しているのか全くわからないが、一つだけわかったことがある。
「ねえ、君」
「なに!?」
「もしかして、友達いないの?」
この少年の話は全て少年一人の話だった。友達と遊んだとか、寺子屋で何があったとか、この年頃の子供はそういう話をするものだろう。しかし少年の話には少年と又聞きの怪しい人物しか出てこなかった。
「あー・・・うん。友達はいないなぁ」
少年は困ったような表情を浮かべる。何か機嫌を損ねてしまったのだろうか。
「うちの家、近江屋って屋号で商いをやってたんだ。僕が生まれた、少し後くらいまでね。けどおじいちゃんが悪い事をしてお金を稼いでたらしくって」
「・・・はぁ」
「それが広まって、店は潰れちゃった。僕も悪徳商人の孫だからって石投げられたり怒られたりしてさ。かーちゃんも僕が生まれた直後に裕福な暮らしができなくなったもんだから、時々お前なんか居なければって言ったりしてさ」
ちくり、と心を刺すものがあった。この少年は、わたしと似たような目に遭っていた。
人から疎まれ、蔑まれるもの。すこし、同情の念が湧いた。
「お姉ちゃんも石を投げられたことがあるよ」
「ほんと!?ねーちゃんはどうしたの?」
「そりゃあ勿論・・・」
「うずくまって頭を覆う」「うずくまって頭を覆う!」
声が重なる。視線が重なる。どちらからともなく吹き出していた。
「やっぱり!?頭に当たるとぐわんぐわんするよね!」
「そうそう、倒れてしばらく立てなくなったりする」
「ふふ、やっぱりねーちゃんは僕と似た者同士だったんだ!最初に見た時からそんな気はしてたんだ!」
心の底から嬉しそうな表情をする少年。
屈託無く笑うその表情は、きっと同じ苦しみを分かち合うことができる存在が現れた安堵からだろう。
わたしもどこか、この少年に心を許しつつあった。
それから二人で、不幸な話をしてはどこか共感して、また笑いあったりした。
次第に陽は沈み、里の町並みを橙色に染め始めた。
烏が鳴いている。夜が近い。
寺の鐘が聞こえてきた。
「もうこんな時間かぁ・・・ねーちゃん、明日もここにいる?」
「うん、明日と言わずずっと居てるよ。今度は握り飯はいらないから、また話そうね」
「うん!約束だよ!」
そういってお互いの小指を結ぶ。
「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます!ゆーびきった!」
そう唱えると少年はこちらに手を振りながら、川の上流の方へ駆けていき。
途中で駆け戻ってきた。
「どうかしたの?」
「ねーちゃんの名前聞き忘れた!僕は市蔵!」
「わたしは依神紫苑。紫苑でいいよ」
「わかった!紫苑ねーちゃん、またね!」
そう言って今度こそ川の上流の方へ駆けていった。
手を振り返しながらわたしは少し悩んでいた。
また会えればきっと楽しい時間になるだろう。実際今日は生まれて初めてじゃないかってくらい楽しかった。
けれど、あまり深く関わってしまえばあの子を不幸にしてしまうだろう。
それはわたしの望みじゃない。あの子には幸せになってほしい。
わたしはできる限り考えないようにして、ただ手を振り返していた。
なんとなく思いついたこの話、最後までどうかお付き合いください。