あれからいくつも季節が過ぎた。
里の中に居れば何かの拍子に市蔵少年と顔を合わせてしまう。
そう思ったわたしは幻想郷で一番大きなお山の麓の、半ば森に埋もれるように残っていたあばら家を見つけて過ごしていた。
雨も風も入ってくるけれど、ここなら誰とも会わず、一人でいられる。
誰とも関わらなければ自分も相手も傷つくことは無い。
女苑が言いたかったのはきっとそういうことだ。
こうしてわたしの目論見は成功した。
と思ったのだけど。
「見つけたよ、紫苑ねーちゃん!!」
あばら家のがたがた言って滑りの悪い扉を勢いよく開けて見知らぬ来訪者が現れる。
やめてほしい。この前外れて、元のように修繕するのに難儀したんだその扉。
見た所男のようだ。がっちりとした体躯、背はわたしより頭一つ分大きい。
里の通りを歩いていれば年頃の女の子が必ず振り返るような美男子。
いや見覚えがない。誰だ。
だいたい紫苑ねーちゃんって、わたしをそんな風に呼ぶのは・・・
「・・・市蔵?」
「そうだよ!市蔵さ!ねーちゃんを迎えに来たよ!!」
あの頃よりもぐっと低くなった声が時間の経過を思い知らせる。
それほどの間探し続けていたのか?わたしを?
家の隅でうずくまる私に近づくと、市蔵は人懐っこい笑顔を浮かべる。
「あれから里の大店に奉公に入ったんだけど、この前、旦さんから手代の仕事を任されるようになったんだ!これでねーちゃんを支えてあげられるよ!」
「市蔵・・・でも、わたしは・・・」
市蔵はまっすぐ私の目を見つめる。
その目には強い光が宿っていた。
「ねーちゃんが貧乏神でも疫病神でも関係ない!僕はねーちゃんが隣に居てくれたらそれでよかったんだ!僕と同じ痛みを知っているねーちゃんと一緒に居たいんだよ!」
「夢は?叶わないかもしれないんだよ!?」
「叶えてみせるさ!僕の夢も、ねーちゃんの夢も!必ず!」
それは狂気に近い感情。
恋なのか愛なのか執着なのか憧憬なのか、もうわたしには判別できない。
それは光。
太陽のように強く、他から見れば目を背けてしまう光。
強すぎる光。
そんなものをこんな間近で見れば、目を焼かれてしまう。
この光しか、見えない。
「・・・行こう、ねーちゃん。いや、紫苑」
だから、市蔵が差し出したその手を。
わたしは、迷わず取った。
「莫迦ね。姉さんも、その男も」
「やっぱりそう思う?」
里の外れにある一軒家。市蔵と私の新しい家だ。
少し古いがあのあばら家のように雨が降り込んだり風が吹き込んだりすることはない。
移り住んでからひと月経つが、市蔵の仕事にも体調にも影響は無いようだった。
そんな折、どこでどう聞きつけたか女苑がやってきた。
「話題になってるわよ。割と。檀家回りで話が出るくらいにはね」
「すっかりお寺に染まっちゃったわね、女苑」
「やめてよ!これは聖が手が離せないっていうから仕方なく・・・」
そういうと煩わしげに袈裟を放り投げる。
バチ当たりそう。
「ともかく、わたしは一度警告したからね。あとで何が起きても知らないわよ」
「うん、大丈夫。確信はないけど、大丈夫な気がするんだ」
そんなわたしを見て、一度立ち上がりかけた女苑がもう一度座り直す。
「姉さん」
「・・・どうしたの?」
まっすぐわたしを見つめ、真剣な表情をする女苑。
「姉さんが、もし本当に分かってるならいいけれど。一つだけ言葉をあげるわ。『自ら道を定むるならば、いずれその報いを受けるべし』」
報い。
その一言がなぜだか冷たく聞こえる。
「・・・報い?」
「言葉の意味を勘違いしないように。報われる、とも言うように報いという言葉には良し悪し両面の意味があるわ。だけからこそ」
女苑は立ち上がり、放り捨てた袈裟を着なおすと戸口へ向かう。
「自分の選択に後悔しない事は存在しない。その報い。それが如何なるものでも必ず受け止めなさい」
もう軋まない戸を静かに閉めて、女苑は去っていった。
『自ら道を定むるならば、いずれその報いを受けるべし』。
わたしはその言葉の意味を反芻する。
市蔵があの時放っていた光。
それはきっと光でありながら毒だった。どうあがいたって破滅は避けられない。
それでも信じたかった。わたしと彼で幸せになれる。
わたしだって普通の人がいうような幸せを得られる。
そんな甘い甘い毒に脳髄を浸され、強い光で目を灼かれれば、もう誰も抗えない。
信じたい。信じている。
どんなことが起きても、わたしと彼ならば。
わたしを救ってくれた、わたしが救った彼ならば。
きっと戦っていけるのだ。
そして、その夜。
里の空が、真っ赤に染まった。
長らくお待たせいたしました。
自分の感情の解釈に時間がかかり過ぎた・・・と申しましても、もはや言い訳にしかなりませんね。
そして次話にて終わりとなります。今度はそう長くお待たせ致しません・・・と思います。
どうか最後までお付き合いくださいませ。