#23 たった一つの冴えたやり方
「なるほど。それも冗談かな?」
「そうですね。正確には怪盗団を裏切ろうとしている仲間ですね」
「……」
丸喜先生の目が細くなる。どうやら俺が本気で何かを明かしたいということが伝わったようだ。
「もちろん無条件で力を貸してくれなんて言う訳じゃ無いです。『改心』の手口と引き換えです」
「分からないな。君の目的は何?」
「うーん……それ話すと滅茶苦茶長くなりますし、話も内容が滅茶苦茶ですけど……信じて貰えますか?」
「いいよ。信じるかどうかは僕が決めるよ」
「じゃあ俺がここではない他の世界線から来たって言ったら信じてくれますか?」
「………………………………」
「ほらぁ~~」
正直ここがゲームの世界です。って言われるよりも信じやすいとは思うけどもさすがに突飛すぎるか。
「じゃあそういう事だと仮定したとして」
「とんでもない仮定だね。とは言ってもその……信用する材料が少ないというか……」
こちとら手札全部明かしてここにいるんだ。絶対に手を貸してもらうぜ。
「時間の無駄なんで言っちゃいますけど、先生って不思議な能力持ってますよね」
「……なんのことかな?」
「誤魔化さないで下さいよ。先生はその力を使ってあなたの恋人の記憶を消した」
「……! 何でそれを……!?」
「全部知ってるって言ったじゃないですか」
「それは言ってないけど」
そういえば言ってなかったか。まぁいいや。
「その他にも、俺達は怪盗団だということも先生は知ってますよね? 裏路地で偶然俺達が何もない空間から現れてあなたに正体がバレてしまった。けど先生は心理カウンセラーの立場を利用して俺達に近づいて『認知訶学』の論文を完成させようとしている」
「……本当に何もかも知っているのかい?」
「はい。そして先生がこの後何をするのかも………………知りたいですか?」
「……別に聞きたくないよ。未来は――」
「先生は怪盗団に負けます」
「僕いいよって言わなかった?」
いや聞いてもらわないと話進まないし……
「ん? 待って僕が怪盗団に負けるって?」
「先生は『改心』させられます」
「僕は何か悪いことをしてしまうのかい?」
「どちらかというと怪盗団にとって都合の悪いことを先生はしてしまいます。先生は現実を都合の良い世界に作り替えてしまいます。死んでる人が生き返ってたり、叶わぬ夢が叶っていたり……この間竜司がカウンセリングを受けに行きましたよね。5/24でしたっけ。その時に言ってた竜司の願いも叶えたりしたり……そういう事をします」
「……本人がそう望んでいるならそうなった方が幸せじゃないか」
「でも、怪盗団は先生の作り出した都合の良い世界を突っぱねて今の現実に帰ろうとします。辛くても前を向くと」
「………………それは」
「『間違ってます』よね?」
先生が驚いたようにこちらを見る。
「でもその世界線では俺はその選択を選ばざるを得なかった。そうして俺は理想を壊して現実に帰りました。でも俺は……怪盗団の選択は間違ってると思っています。俺は先生の作り出した世界が正しいと思っています」
「そうか……だから君は僕に近づいてきたんだね。利用するために」
利用……まぁあながち間違っちゃいないだろう。ならここからは仲間として取引だ。
「約半年後。先生は怪盗団と戦うことになります。その際に俺も先生の味方をします」
「君も戦うのかい?」
「さっきも言いましたが先生は怪盗団に負けます。でも俺が先生の加勢をしたところで正直焼け石に水程度の力にしかなれないと思います。だから先生の力を貸してください」
「でも僕は戦ったことないし」
「そこは先生は大丈夫です。ニュルニュルで色々凄いんで」
「ニュルニュルで⁉ どういうこと?」
怪盗団相手にタイマン張れるのは強すぎるし、双葉に解析されてなきゃアダムカドモンで完封してたしな。
「やっと本題に戻るんですけど、先生って不思議な力を持ってますよね?」
「でも君の話を聞く限り、これを怪盗団に使っても解けてしまうんだろう?」
「確かにそうなってしまいますが、今使う相手は俺です」
「君に? 何で?」
先生の力は人々に認識を『曲解』させるだけじゃない。他人のペルソナを暴走させることが出来る。実際にゲームではすみれのサンドリヨンを暴走させて蓮達と戦わせていた。
その時すみれは意識を失わされていたが、先生がこの力を覚醒させて繊細なコントロールが出来るようになったら……俺のアステリオスも暴走させずに強化できるようになるはずだ。
「それについて詳しいことは休日に話したいですね。先生、次の空いてる日っていつですか? 一緒に出掛けたいんですけど」
「えっと……ちょうど今週の日曜が空いてるかな」
「それは良かった。俺もちょうど………………空いてねぇかも」
確かその日は金城のパレスに潜る日だったはずだ。でも一瞬入って帰るだけだから、その後すぐに行けば問題ないか……?
「すみません時間は夜になるかもしれませんが構いませんか?」
「構わないよ。どこで待ち合わせするんだい?」
「お台場の競技場前。そこで待ち合わせしましょう」
***
放課後。蓮からの連絡でアジトに怪盗団が集合していた。全員が集まっているところに、蓮が秀尽の生徒会長、
「コレのことで聞きたいことがあってね」
スマホを取り出し録音を再生した。音源は竜司と杏が怪盗団について会話している場面だった。これ以上無い俺達が怪盗団だということを示す証拠だ。
「セクハラとか体罰は見逃すくせに、私達だけはそうやって捕まえようとするんだ。どうせ先生に言われて来たんでしょうけど、大人に使われてばかりで、可哀想な人」
「………………そんなの……わかってる」
杏の言葉が刺さったのか、新島さんは俯き悔しそうに呟いた。
「……で、何が目的? 俺達を捕まえに来たならそうやって見せつけに来ないで警察に通報するはずだろ。それともただの刑事ごっこか?」
「……話が早くて助かるわ。あなた達に『改心』させて欲しい相手がいるの。そこであなた達の正義を証明出来たらこの録音は消してあげる」
「相手は?」
「それはまだ言えない。だから、明日の放課後、学校の屋上で話し合いましょう。勿論『引き受けてくれる』って前提でね」
その言葉を最後に彼女はその場を足早に去る。
「メンド―な事になったな」
だが同時に次の標的も持ってきてくれた。
***
6/14 火曜日 雨
怪盗団は新島さんに屋上に呼び出され、改心させたい相手の話を聞いた。
マフィアのボスを自称しているフィッシング詐欺の元締め。俺らみたいな社会的責任を負えないような高校生を狙い済まし、詐欺の片棒担がされたら最後、家族まで追い詰められ破滅させられるらしい。怖い話であると同時胸糞悪い話だ。
名は
今回はコイツを改心させることが目標だ。早速取り掛かってパレスを攻略したいところだが、金城の名前を知っているのは2周目の俺だけだ。他の面子は名前と手口を探そうと必死になっている。そんなところに俺が名前が判明したと言って金城の名を明かせば、でかした! とはなるけど逆にどうやって知ったんだよという風になって怪しまれる。
さてどうしたもんか。
「どうやらお困りのようですね」
今日は探索しているフリして丸喜先生のところに行こうと思ったが、廊下で不意に声を掛けられた。振り返っても声の主は、廊下の曲がり角の影に隠れていてよく見えない。
「その声は……誰だ」
「そこは勘付く流れでしょ。私だよ」
こちらに近寄ってきたのは新聞部員のメガネを掛けた女子だった。
「何の用?」
「今君たち渋谷で詐欺してる人達のことを探ってるでしょ」
なんで知ってんだこの人。
「雨宮君が新島生徒会長に目をつけられてて、かつ生徒会もその件についてピリピリしてるからね。もしかしたら御一行にその件について協力して貰ってるんじゃないかなって。ほら餅は餅屋って言うでしょ」
餅は餅屋って……俺達そんなアウトローなことしてる?
「私から情報の提供があるから聞いて欲しいんだけど」
「え」
「飯田君が何やら怪しいバイトをしてるらしいよ。そして最近お金遣いが荒いらしい。これちょっと怪しいよね?」
ドンピシャすぎて怖い。ゲームでも明日事情聴取を行う相手は飯田、及び西川の二人だったが、その内の一人を特定するとは、この人思ったより有能?
でもこの情報提供は滅茶苦茶助かる。俺は元々その事は知ってるからこそ知らないフリを続けなくてはいけなかったが、ここで
一日短縮出来たら、日曜に先生と会える時間が増える。
「ありがとう。助かった」
「ううん。これはこの前ズケズケとデリカシーの無い事を聞いたお詫び。新聞部たるものにあるまじき行為だったから」
「随分と引きずるんだね。プライド?」
「かも。マスゴミなんて言われたくないし」
「まぁありがとう助かった」
一言お礼を告げ俺は足早に立ち去り、飯田を脅迫しに行った。
***
飯田の口を割らせ、詐欺の手口を怪盗団に伝える。そこからはもうゲーム通りに事は進んでいった。
被害があった渋谷のセントラル街で聞き込み、しかし情報を掴めず、途方に暮れるが、記者の
そして時刻は十二時。事前に予定が早まったことを丸喜先生に伝え、待ち合わせは正午になった。
「お待たせ」
競技場前に時間通りにやってくる丸喜先生。
「ここに何があるんだい?」
「取り敢えず見ててください」
そうして俺はイセカイナビを起動した。
「【丸喜拓人】【競技場】【研究所】」
【ナビゲーションを開始します】
景色が歪み、目の前の競技場の建物が変容していく。近代芸術のような奇天烈な建物が姿を現した。先生が口を開け、呆然としている
「な……なんだこれ」
「大丈夫ですか。ちゃんと冷静に話を聞ける状態ですか?」
「あ……ああうん……少しなら」
「なら一つずつ説明していきますね。ここは先生の心の中の世界。俺達怪盗団は『パレス』と呼んでいます」
「『パレス』……」
「先程ナビに入力したキーワードは、【先生】が【現実のこの場所】を【なんだと思っているか】です」
「……そうか、僕がこの場所を……」
先生は競技場を研究所だと思っている理由。それはここには本当は『認知訶学』の研究所が建つ予定だったからだ。
獅童は先生の認知訶学研究に目をつけそれを奪い取って自分の懐で研究を進めた。そして今その研究結果を利用し精神暴走事件を起こし、それを政治利用した。
おそらく研究所が潰れたのは獅童が手を回したんだろう。認知訶学が引き起こす力を独占するために。
「入りましょうか」
「……うん」
先生のパレスに足を踏み入れた。そこでふと違和感に気付く。怪盗服に変わっていない、そのまま私服のままだ。ということは先生は俺のことを脅威だと思っていない証拠だ。
そんなことを思っていると、一体の白衣を着たシャドウが近づいてくる。
「おお……! 主よ……! ようこそおいでくださいました」
襲い掛かってくる可能性があるかもしれないと思い、警戒していたが杞憂だったようだ。シャドウは先生に近づくと丁寧にお辞儀をした。
「え? ……え? 僕が主!? というか何……この……何?」
「まぁここは先生の心の中なので」
パレスの主そのものが入ってきても別に敵対視はされないんだな、当たり前のことだけど。というか俺も警戒されてないみたいだ。
「あとこいつらはシャドウですね。取り敢えずパレスに生息する生物だと思ってもらえれば」
「そちらは乙守胡桃様ですね。わざわざご足労いただきありがとうございます」
「あ、いえいえ。こちらこそお世話になっています」
白衣のシャドウが丁寧にお辞儀をしてきたのでこちらもお辞儀をし返す。普段は敵のシャドウとこんな風に挨拶するのは何だか変な気分だ。
「取り敢えず中に入ってもいいですか? 中で案内しながら先生と話し合いたいので」
「それが申し上げにくいのですが、まだ主のパレスは未完成なのです」
「……? どういうことですか?」
「申し上げた言葉通りなのですが、このパレスはまだ未完成でこの先のエリアはエントランスしか存在しておりません」
パレスが未完成? そんなことがあるのか?
「先生。何か心当たりはありますか?」
「えっ急に僕に振られても。ここは僕の心の中なんだろう? ここを研究所だと思っていて自覚的か無自覚的に未完成なもの………………論文」
「ああ、『実証性』か」
「……君はそんなことまで知ってるんだね」
先生の論文はほぼ完成しているといっても過言ではない。だが完成をする前に認知訶学の研究は実証性不足のため、出資はおろか研究も打ち切りにされた。だが真相は獅童が認知訶学の研究を自分の物にしたがため、『実証性不足』だというのは先生から研究を奪い取るただの方便だった。
だから先生は上を納得させるべく認知訶学の世界があることを論文で証明しようとしている。
「ですので案内できるほど建物は広くないのです」
「まぁそれはそれで今は別にいいか。すみません白衣さん聞きたい事があるんですけど」
「白衣さん……客観的な視点からみてわたくしのことでよろしいでしょうか」
「はいそうです。パレスが未完成ってことは、あなた方シャドウも不完全で弱いってことですか?」
「不明です」
分からないのか。
「……推測ですが、我々シャドウはパレスの主の欲望や野望の方向性や強さによって変化するのではないでしょうか」
「ああ確かに。俺が戦ってきたシャドウもパレスごとに全然違うな」
「ちょっと待って。戦うってなに?」
先程から会話についていけなかった丸喜先生が思わずといった風にツッコんできた。
「この前言いましたよね? 怪盗団と戦うって」
「てっきり何かの比喩表現かと……」
「主にも分かりやすく言うと、ルール無用の殴り合いです」
「分かりやす過ぎて引くなんて経験するとは思わなったよ」
「ついでに言いますけど、俺と白衣さんだってこの姿のまま戦うわけでは無いですから」
「え? どういうこと?」
丸喜先生が俺と白衣さんお互いの顔を見る。俺は白衣さんの顔らしきところを見ると「わかりました」と呟いて、白衣さんの足元に黒い泥が広がってゆき、白衣さんがドロドロに溶けたかと思うとそこから巨大な竜が出てきた。
「おっと。大丈夫ですか?」
腰が抜けそうになった先生を咄嗟に抱きかかえる。
「あ、ああゴメン驚きすぎて……もしかして乙守君も姿が変わるのかい?」
「ああいや俺は……あっ出た。これです」
怪盗服と仮面をイメージしたら、瞬く間に衣装を身に纏い仮面も身に着けていた。
「そしてこれがシャドウと戦う『ペルソナ』です」
青い炎の中から巨大な雄牛が姿を現した。
「俺達怪盗団はこのペルソナを使役してシャドウと戦っています」
「……なるほど理解できたと思う」
「という訳でやっと本題に入れますね。覚えてます? ここに連れてきた理由」
随分と大雑把な説明になってしまったが、これ以上先生に何か詰め込むと頭がパンクしてしまいそうだから早めに思い出して貰わないと。
「えっと……曲解を君に使う理由だよね?」
「先生の曲解を俺のペルソナに使って欲しいんです」
「君のペルソナに?」
「うまく使えれば俺のペルソナは強くなれます。怪盗団と対等に戦うにはそれしか無いんです」
「……だけど」
先生の態度は煮え切らないが、後もう一押しで納得させられそうだ。
「先生は論文の『実証性』が必要なんですよね? なら俺を被検体にすればいい」
「……!」
「だから取引なんですよ先生。俺は先生の曲解を受けて強くなる。先生は論文を完成させられて、怪盗団と戦う味方が一人増える。お互いにWIN-WINの関係ですよ。どうですか?」
「………………」
先生は目を伏せたまま考え込んでいる。俺と白衣さんは姿を戻しながら先生の決断を見守っている。
「……まだ、ダメだ」
「どうしてですか? 先生にとってもこれ以上無いメリットですよ」
「まだ君の内面のことを知れていないから」
「そんなこと。今は関係無いじゃないですか」
「あるよ。何で君がそこまでして都合の良い世界を望むのか。その理由を知りたい」
「辛い現実と天秤にかけたら都合の良い世界の方がどう考えてもいいでしょう」
「それだけじゃないよね君は。まだ何か隠しているはずだ」
先生の顔は真剣そのもので冗談めかしてのらりくらり躱せそうになさそうだ。
「それに、僕の過去を知っているのに君だけ何も言わないのは少し不公平だと思わないかい?」
はぁ……祐介みたいなこと言いやがって。
「……白衣さん、エントランスまで案内お願いします。どこかに座ってお話しましょう」
確かに先生の過去を勝手に覗き込んだ罪悪感はある。そして信用を得るためにも対価を払って対等にならなければ。
白衣さんに促され一人分の間を空けてベンチに座る。
「昔の話で、まぁいわゆるその世界線で生きていた記憶。前世の記憶っていったら信じますか?」
「もうこんな摩訶不思議世界を経験してるからね。納得できると思う」
それなら良かった。信じてもらうのは手間だしそもそも俺だって説明できないから納得してもらえたなら助かる。
きっとここで嘘を言っても丸喜先生にはバレバレだろう。これから話す事は全部、事実で本音。
「……俺には恋人がいました。名前は【ゆり】と言います。明るくて元気で優しくて、クラスの皆から慕われるような人でした。文化祭の実行委員会で一緒になってそこから惹かれ始めたんです」
一生懸命で、前向きで、いつも笑顔で。そんな彼女にいつの間にやら惹かれて……告白していた。顔も真っ赤で冷や汗ダラダラのみっともなかったけど。
「でも……彼女は自殺しました」
「……っ」
「鬱による自殺って死んでからわかりました」
自ら命を絶った理由がわからない。だってあんなにも明るくて優しい人間が死ぬとは思えない。だが、彼女の机の引き出しの中に遺されていた『自殺日記』と書かれたノートに、隠されていた心がそこに書いてあった。
「彼女は劣等感をとても感じやすかった。それを強く……俺に感じていたそうです」
彼女が優しいのは自分を一番下に見ているからだった。自分以外の人間は自分よりも優秀だから、優先すべきは周りで、自分は周りを邪魔しちゃいけない。
だけど、そんな自分を変えたくて彼女は一生懸命に前向きに頑張った。でも頑張れば頑張るほど、周りとの優劣がはっきりして、惨めになって消え去りたくなると。
そしてそこに俺の存在があった。
「俺は周りからみて『優秀な良い人』だったんだと思います。俺は勉強も運動もそこそこ出来て、人付き合いも悪くない。……そうやって立ち回ってきたから」
俺はありのままの自分より、周りが思う『良い人間』として過ごした。それが正しい事だと思ったから。本当は他人に左右されて、自分の本当の気持ちとか分からなくなるほどに、周りの世界に依存していただけの人間なのに。
だけどそれが彼女の心を締め上げた。
「彼女は俺を見て劣等感を感じずにはいられなかった。自分より優秀な人間が何故こんな自分に好意を向けているんだろう。と俺に不信感を覚えたこともあって、それを思う度に私はなんて最低な人間なんだろうって自己嫌悪していると日記には書かれていました」
自殺の原因は自己嫌悪がピークに達したからだった。
「俺はそれに気付けなかった……気付くタイミングなんて無かったんです」
彼女は巧妙に本心を隠し続けたんだ。俺が気付ける訳もない。
「……それは本当にそうなのかい?」
「――。」
「心当たりがある反応だ。今の言葉は本心じゃない」
「はは……性格悪いですよマジで……わかってんだよ……わかってるんですよ彼女が思い悩んでたこと。でも俺は見て見ぬふりをした。それ以上踏み込んで欲しくなさそうだったから。本当に俺は……なんてことしてんだろうなマジで」
熱くなった目頭を押さえて涙をこらえる。
「俺は空っぽだったんです。いつも周りの目を気にしてそれに合わせて、自分の意志はそこに無い。皆が言う正しさが俺の正しさだった。そんな俺が彼女の悩みを聞く覚悟とそれに応える責任を背負えるわけない。なにより彼女の期待を裏切って嫌われたくなかった」
もし彼女が悩みを吐露したとして、その重みを俺はきっと背負えない。そしてそれを知った彼女は俺に失望する。彼女自身も自分に失望してしまうかもしれない。何故こんなことを話してしまったんだろうと。
だからあの場では何も聞かないのが正しいと思ってた。きっと時間が解決してくれると信じてた。
「そしてこんなロクでもない人間に彼女は劣等感を覚えて命を絶った……俺があの時無理矢理にでも手を握ってやれれば何か変わったのかもしれないって思うと……俺は……くやしくて……」
こらえきれなかった涙が頬を伝って地面に零れ落ちた。滲んだ視界に先生の手が映る。手にはハンカチが握られていた。
「……どうも」
その親切に甘えて、涙を拭った。
「それが君の後悔なんだね」
「……はい」
「僕の力を知ってるから、乙守君は僕を頼ってきたんだね」
「……はい」
「なら僕は乙守君のその願いを叶えるよ」
丸喜先生は俺の目の前に立って手を差し伸べた。まるで救世主のように見えた。
「取引しよう乙守君。君は僕と協力して怪盗団と戦う。対価は君の願いを叶えること。そして君が持つ悩みごと君を救うと約束する。君が君を肯定してあげられる世界を見せるよ」
「……っ」
俺は力強く差し伸べられたその手を握った。そして引っ張りあげられ俺を立たせてくれた。……ああ、こんな気持ちだったのか。
「取引成立だね」
「……はい。よろしくお願いします」
乙守胡桃が酒を飲んで死んだのは罪悪感を薄めたかったから。その時のサークルの先輩の誘いは彼にとって飲酒できる大義名分だったのかもしれません。
※未成年の飲酒は犯罪なので真似しないでください。