俺は話した。決して忘れたくはないが、苦しくなってしまう過去を。
「そうか……」
「だから俺は先生の力を貸して欲しいんです」
「………………」
先生からの反応は無く、黙って考え込んでいる。
「乙守君。君の望みはなんだい?」
「俺は先生の力で都合の良い世界が欲しいんです」
「それはきっと世界を変えなくても、僕の力で君個人を変えれば出来ると思うよ」
「違います。俺は俺と同じ苦しみを世界から切除して他の人間を救いたいんです」
「それは嘘だね。……君は気付いていないのか、もしくは気づいていないフリをしているのかな」
「……そう思うなら俺を今ここで救ってください。先生の力を今俺に使ってしまえば、俺はきっと楽になれるんでしょう。でも先生の手助けはできない」
きっと救われたとしてもそれは今だけで、先生が怪盗団にやられたら俺はその夢から覚める。そうなったらもう遅い、挽回するチャンスはもう二度と訪れない。
「先生が救われないと、俺も救われないんですよ」
「……そっか。そうだよね。まずはそれをどうにかしないとね……よし!」
先生は頬を叩いて自分を奮い立たせて立ち上がった。
「とりあえず今はまず……論文を完成させなきゃいけないよね!」
「はい。そうすればこの研究所が開拓され、より良いものに進化します」
「じゃあ俺のペルソナの改造もお願いしたいですけどできます?」
「うーん。取り敢えずやってはみるけど~むん!」
先生を俺に向かって手のひらを向け“念”のようなものを送っているが、一向に俺に変化が起きることは無かった。
「はぁ……どう?」
「ごめんなさい特に何も」
「やっぱり。僕あの日から一度も誰かに対して使ってないんだ」
そうか。すみれに対して使っていた『かすみだと思い込む』曲解はこの世界線だと必要無いから使ってないもんな。まだ実験が足りないってことか。
「じゃあそれも踏まえて実験しましょうか。どの程度先生の力は俺のペルソナに干渉出来るのかとか」
「……すみません。素人質問で恐縮ですがよろしいでしょうか?」
白衣さんがまるで卒論発表時の質疑応答で痛いところ突いてくる教授のような言葉で疑問を口にする。
「乙守様は具体的にどのように強くなるおつもりですか?」
「どのようにって……取り敢えず他のペルソナ使いを無双できるぐらい?」
「もっと具体的にお願いします。主の力は個の望みを叶える素晴らしいもの。ですが未だその力は成熟しておりません。まずは出来ることの把握から始めることが重要です。ですので乙守様が望み、主に出来そうな範疇でお願いします」
「ごめんね。僕が未熟なばっかりに……」
「ああいえそんなことは」
先生を慰めつつ、白衣さんが言ってた言葉を反芻する。つまりいきなり規模の大きい曲解は難しいから今は先生のコツを掴むためにもう少し簡単に捻じ曲げられるもの……
「弱点の克服……とか」
「主、今です」
「ふんっ!」
「いやそんな簡単に……っ⁉」
出来るわけないだろうと思ったら、勝手に俺の背後にアステリオスが一瞬だけ顕現した。もちろん俺が呼び出したわけでは無い。
「早速試してみましょうか」
白衣さんが指をパチンと鳴らすと、どこからともなく
獅子らしき顔から猛々しい雄叫びを出すと共に氷塊が襲い掛かってきた。いきなりの攻撃に避けることも出来ずまともに喰らってしまう。
「痛ってぇ……けど……それだけだ……?」
多分この前蓮がぶつけてきたブフーラより一段上のブフダインだった。滅茶苦茶痛かった。
でも、ダウンはとられていない。
「弱点が消えた?」
「それが今の主の限界です。ですが成長すればもっと大きく捻じ曲げることが出来るでしょう。それこそ怪盗団の力を凌駕できるほどに」
「僕は、なにか出来たのかい?」
先生は自分の手を不思議そうに握ったり開いたりしている。
「はい……とても……これは、革命です」
こんなあっさりと耐性の問題が解消できると思ってなかった。
「乙守様の要求は口ぶりから察するに戦闘の経験を積むことですね?」
「あ、はい。でも今強くなる場所が制限されてしまって……」
「ならば私と戦いましょう」
白衣さんはもう一度ファフニールへと変貌した。確かに強敵である白衣さんと戦えば強くなれる。
「おそらくですが、今の時点でも乙守様より強いです」
「へぇ……言ってくれんじゃん」
「ちょ、ちょっと待って!」
白衣さんの提案に応じようとアステリオスを呼び出すと先生が割って入ってくる。
「まだ僕の頭が追い付いてないのに、次から次へと話を進めないで! ……取り敢えず今日は解散して考えをまとめていいかい?」
「主がお望みなら」
「じゃあ俺も」
先生の提案で白衣さんを残し、俺達はパレスへと出た。パレスの外はまだ明るく、雲間から青い空が見えていた。
「…………」
「上の空って感じですね」
「そうだね。……でも、夢心地って感じでもある」
「みたいですね。嬉しそうな顔してますもん」
「うん。……今までしてた僕の研究は出口の見えない迷路を探しているようなもので、不安だったけど自分を信じて頑張るしかなかった。でも今日、ここに答えがあった」
競技場を振り返る。その顔は希望に満ちた顔で悪人の顔には到底思えないほど慈愛に満ち溢れていた。
「……論文の締め切りって教えたほうがいいです?」
「うんお願いするよ。えっと……前世? の僕ってどれくらいで完成させてた?」
「完成を知ったのは11月18日です。とりあえず10月28日を締め切り予定日として、10月20日をその締め切り予定日の予定日として、その……」
「そういうの大丈夫。ちゃんと間に合わせるから」
「蓮には引き続き取引をお願いします。決してバレないように」
「了解」
……俺の作戦は成功したってことで良いだろう。多分。ヤルダバオトがこの光景を見てるかは知らんが、あいつらの駒は明智と蓮だ。盤面の外にいる俺に構ってられるほど暇じゃねぇだろ。
「んじゃ先生また明日」
「乙守くん、最後に一ついいかな。……君のその体のことなんだけど」
「体?」
え、おかしいところとかあったっけ? 服装だってこれ鈴井さんに選んでもらったわけだから変じゃないと思うし。
「その肉体は前世の君と一緒なのかな?」
「いや全く違いますよ。見た目も全然違いますし。多分こっちの方がイケメン」
生まれ変わったら転生で、見た目が一緒だと異世界転移ってことになるらしい。……実際その場合大変だよなぁ、身元不明の人間がこの時代暮らしていけんのかね。オギャってて良かった。
「そ、そうなんだ」
「……言っときますけど、俺イタい人間じゃないですからね?」
「それはもちろん。嘘は分かるからね僕。信じるよ」
「なんか……生暖かい目にダメージが……! 分かりました予言します。この後改心する相手は金城っていうギャングです。ちゃんとニュース見ててくださいね」
「乙守くん怪盗団なんだから相手選べるんでしょ? それは予言というより予定じゃないかな……?」
「じゃ、じゃあえっと」
「大丈夫。信じるよ。悩みがあったらすぐに相談してね」
「……分かりました。先生も頑張ってくださいね」
そうして俺達は競技場を後にした。
***
はぁ~~~疲れた。
帰りの電車に揺られながら今日の事について整理しよう。
まず一つ。メメントス以外でのレベル上げが可能となった。これで蓮に怪しまれることなくレベル上げ出来るってばよ。あと俺なりのベルベットルームがあのパレスと丸喜先生だ。今後活用しない手は無い。
二つ、先生の力を完全に覚醒させるためには論文の完成が必要。そして現実世界とメメントスの融合が必要不可欠。……ここはゲーム通りに進めて行けば何とかなるのかもしれない。ヤルダバオトが余計なことしなければだけど。
三つ、大分ルートから逸れている気もしている……けど何とかなるっしょ!! 次の怪盗団の標的は金城だし、鈴井さんと芳澤かすみも生きてても全然問題無し。
以上。順調過ぎて俺が怖い。俺は来たる怪盗団との決戦に向けて強くなるだけ。
なぁジョーカー。お前が理想の現実を受け入れてくれたら俺がこんな苦労することないんだぜ?
「ハァ……」
「ねぇお母さん。あのお兄さん大きなため息ついてる。疲れてるのかな?」
「シッ! 見ちゃダメよ。あれは物思いにふける俺カッケー的な中二病よ。さりげない仕草がイタいタイプの」
「可哀想だね」
なんて言い草だよ。イタい行為と言えばあの『†
「……?」
なんかいい匂いがする。花の匂いだ。……ああ俺のこと中二病だって言ってた親子が花束持ってるからか。百合の花だ。
……懐かしい。【ゆり】も百合の花が好きだった。自分の名前だからって理由だった気がする。その中でも黒い百合が好きって言ってたっけ。黒ってカッコいいって理由で……いや、違うな。花言葉が……いやそれも違う。……あれ? どんな理由で好きなんだったっけ?
…………………………………………あれ?
***
「………………」
帰りの電車に揺られながら、僕はふと目を通したことがある記事を思い出した。人間の記憶についての記事だ。
人は物事を脳の海馬という場所に記憶する。そしてそこから僕達はその海馬という記憶の海から記憶をサルベージして思い出している。しかし、どう頑張っても思い出せないというケースも存在する。テストの時、数学の公式を忘れたりとか。でも脳自体はその記憶を思い出しているという。
記事に書いてあったものを例に出すと。
ある教会で友人が結婚式を挙げたとしよう。僕は招待されてその新郎新婦を祝った。そして何年か経ち、再びその場所を訪れる。僕がそこであった出来事を全く思い出せなくても、脳みそ自体は思い出しているのだとか。つまるところ、思い出す事はなくとも脳に記憶自体は残っているという話だ。海外ではそれを使って犯罪者の余罪を調べたことがあるとか無いとか。僕は直接見た事ないから信じられないけど。
彼の場合はどうなんだろう。彼は肉体自体が変わっていたけど記憶は保持していた。そういうものだからと言ってしまえばそれまでだが、彼にはもう一つ考察すべき点がある。彼の恋人であった【ゆり】という女の子についてだ。
何故この世界線でそちらを助けようとしない?
もし自殺させてしまったことを後悔しているならそれを助けるために動くはずだ。わざわざ僕と関わる事や怪盗団を騙す必要が無い。……そういえば彼は言っていた、理想の世界が欲しいと。彼にとって理想の世界とはなんだ? 皆が笑える世界? 正しい判断を下せる世界? 誰も死なない世界? ……【ゆり】という女性がいる世界?
もし、そうなら。【彼女】はこの世界に存在しないということになる。存在しないということは何も無いということだ。彼女の家も、写真も、思い出も。この世界線には存在しない。
何て残酷なんだ。
どれほどの苦しみが彼を襲ったのだろう。愛すべき人の存在を思い出せない。死なせてしまった人の贖罪すら出来ず、墓に花を供えることも出来ない。そして――
***
「……【ゆり】ってどんな声してたっけ?」
消えていくだけの思い出は、どれほどの絶望なのだろうか。
人が人を忘れる順番は「聴覚・視覚・触覚・味覚・嗅覚」だそうです。
声を最初に忘れ、匂いを最後まで覚えている。好きな人に花を贈ったら、その人が花の匂いを嗅ぐ度に、贈ってくれた人のことをを一瞬でも思い浮かべるかもしれませんね。
心ではなく、脳にその記憶があればですが。