6/27 月曜日 雨
俺は少し緊張しながら生徒会室のドアをノックした。
「どうぞ」
三回ノックすると、凛とした声が返ってきたのを確認して、扉を開けた。
「どうぞおかけになってください」
「失礼します」
俺は一礼して、机を挟んで座っている生徒会長の対面に座った。
「……自己紹介をしたほうがよろしいでしょうか?」
「……いえ結構です。この茶番いつまで続ければいいの?」
「威圧感を引っ込めてくれたらやめます。新島先輩」
「……真でいいわ。もう仲間だし、敬語はやめて対等な関係でいましょう?」
「んじゃよろぴ」
「…………よろぴ」
え、意外。乗ってくれた。冗談だったのに。
「少し話をしましょう。あなた自身のことについて」
「はい」
「一応、蓮やモルガナからはあの世界のことや、それまでの活動を通して胡桃のことは聞いていたわ。そして蓮だけでなく、他の人からも聞いたわ」
「……はい」
「それを元に作ったのがこれ」
そうして目の前に取り出したのは、表に数字の羅列が並んでいる文書だった。
「これは?」
「あなたのパレスでの行動の成功率とその結果。まずは最初モルガナから聞いた出来事について――……」
その表を俺に見せながら俺についての分析の発表が始まった。
何故このようなものを作ったのか、なんでこんな事を聞かされているのか。今日の晩御飯はなんだろうな。など考えながら、十分ほど続いた発表を締めるように真は一言言い放った。
「……――えっとつまり、胡桃は思ったより失敗してないってことよ!」
拳を握ってガッツポーズしてくれるがその言葉の意味もよくわかんない。
「まず、なんでこんな事したのか聞きたい」
「えっと……私なりに胡桃の悩みが解決するように手助けしたいと思って」
「それで……このデータ?」
「丸喜先生に聞いたら、悩んでいる患者に必要なのは優しい言葉はもちろんだけど、あればその根拠が欲しいと。
カウンセリングでよくある手法として、仕事の失敗でへこんでいる人がいたら、その人の問題なくこなせた仕事と失敗した仕事の数を照らし合わせて確率を出す。基本的に失敗率は1%切るらしいの。そうしたら『1%なんて誤差だ』とか『人間だれしも失敗があるという証明です』と言って励ましたりするの」
「なるほど効果的」
「それで、その……どうかしら?」
「頭固いって言われない? もしくは真面目過ぎるとか」
気持ちは痛いぐらい伝わってくる。きっと俺のことを励ましてくれてるんだろうな。方向性が突飛なだけで。
「おそらく心因性のもので胡桃が力を使えなくなったんだろうってモルガナが言ってたから、カウンセリング療法でもしかしたらいけると思っていたのだけど……失敗ね」
「いや、グッとはきたけど。俺のためにここまでやってくれるんだって」
「……胡桃のためでもあるけれど、これは自分の罪滅ぼしのためでもあるの……ごめんなさい」
真が謝罪を口にして、頭を下げた。
「鴨志田の件について、あの時私が動かなければならなかったのに、私は何も出来なかった。いやしなかったのよ。本当は心のどこかで気づいていたのに見て見ぬふりをしていたのよ」
それが普通だ。そんなもんだ。責める気なんて毛頭無い。
「俺はあの時やったことは絶対に正しいと確信してるし、後悔もしていない。けどもしあの時、真に助けを求めていたらきっと味方をしていたと確信してる」
「そんな、大袈裟よ」
「いや絶対にそうだ。助けを求める人がいたら絶対に助けるし、見捨てたら自分を絶対に許せないタイプだ。だから、まぁもっと、自信もってほしいし怪盗団のために活躍してほしい」
「ふふっ……これじゃどっちがカウンセリング受けているのかわからないわね。んー……やっぱり専門家に話すべきかしら」
「専門家って?」
「丸喜先生のところよ。一緒に行きましょう」
***
「なるほど、とりあえずそっちのソファに座って」
「はい……ふぅ……」
柔らかい保健室のソファに腰を下ろして思わず声が出た。知らずに疲労が溜まっていたのかもしれない。
「ビックリしたよ。生徒会長の新島さんと一緒に入ってくるなんて」
「いや、まぁ成り行きで。でも察して真を保健室から追い出してくれたのは有難かったです」
真が俺をここに連れてきた用件は俺のカウンセリングだ。丸喜先生は「カウンセリングは個人のプライバシーに関わるデリケートなものだから、周りの目があるとちょっと……」と言って真を保健室から出て行かせた。
「新島さんの後ろで君のアイコンタクトが凄かったからね。流石に気づいたよ」
「ちょうど二人で話したかったんで」
保健室の扉を開けて廊下を確認する。
「……扉の前で聞き耳は立ててなさそうですね。思う存分話せますね」
「じゃあ話を聞こうか。何か動きはあったかい?」
「とりあえず、現状の怪盗団の動きと、俺自身の問題について」
***
「……なるほど。金城が次のターゲットで、新島さんが新たに怪盗団入り……と」
「真は頭が良いし勘も良い。怪しい動きをしたら勘繰られるかも」
「じゃあ僕らがこうやって密会の真似事する機会は減らした方がいいと」
「はい」
金城のあとは天才の双葉も加入してくる。今以上に行動は慎重にならなければならない。
「そしてその金城の心の世界で君はペルソナが使えなくなったと。……なんだっけ? ミノタウロスって名前だっけ?」
「アステリオスです。……ペルソナが使えなくなった原因は不明です。もしこのまま力が戻らなかったら、俺が先生に与えるメリットが無くなる」
俺の仕事は最後の怪盗団の戦いで丸喜先生の味方となって戦うこと。それが出来ないなら俺はただの役立たずだ。
「原因は……何となくわかる気がするよ」
「ほ、本当ですか?」
「でも、僕がそれを言ったら、他の要因があるかもしれないのに、胡桃君はそれを原因だと決めつけてしまうかもしれない。だから僕からは言えない」
「自分で気づけってことですか?」
「うん、だから少し話をしよう。思考実験だ」
丸喜先生はノートパソコンを取り出し、ある画面を見せてくる。そこに表示されているのは二つの船。『テセウスの船』と書かれていた。
「これは?」
「説明するよ。あるところにテセウスが乗っていた船がありました。テセウスの船は時とともに老朽化し、古びた部品は新しい部品へ修理・交換がくり返されてきました。船は少しずつ新しい部品に入れ替わっていきます。その結果、いつしか元のテセウスの船の部品は一つもなくなり、全てが新しい部品になった。さて、全ての部品が置き換えられたとき、その船は『元のテセウスの船』と言えるのか」
「言えないでしょうそれは。つまるところ、元の部品が無くなって全部新しい部品になった船なのだとしたら、元の船とは言えないと思います」
「なるほど。では一つ質問。僕たち人間の細胞は日々入れ替わり、数年で全て入れ替わってしまう。それは船で言う元の部品から全て新しい部品になったと言っても過言ではない。それを踏まえて胡桃君は『元のテセウスの船』であると言えるかい?」
「…………………………………………コレ答え無いやつですか? トロッコ問題的な」
「まぁパラドクス問題だからね。人によって答えは違うよ」
だよなぁ。こういう哲学的な話ってああ言えばこう言うっていう論争をたくさん見るんだよな。人間って答えが無い問題がなんでこんなに好きなんだろ。
俺の中にある考えとしては四つ。
・一つ、別に部品取替えたって同じ形してんならそりゃ同じ船だろうがよ。
・二つ、『テセウスの船』と呼ばれるものが後にも先にもその一隻しかないんならそれは『テセウスの船』だぜ。
・三つ、それはテセウスが乗った船と周りが認識してんならテセウスの船でやんす。
・四つ、船作ったやつが同じ部品で同じように修理したら、テセウスの船やろがい。
色んな考えはあるけど共通してるのは……。
「元の船と言えるのかなぁ……」
「それが君の最終的な答えかい?」
「はい。俺の中で多数決が取られて一致しました。これ本当に俺の力取り戻すのに関係あるんですか?」
「気づくことが大事だからね。今日はここまでにしよう。……困ったらおいでね」
「……はい。わかりました」
***
先生の話を考えながら帰路につく。先生はあの思考実験は必要って言ってたけど、俺の考えだけじゃ、答え出ないよなぁ。……ネットで検索しよ。えーと……『テセウスとはギリシャ神話の英雄であり、ラビュリントスと言う迷宮でミノタウロスを倒した王子です』……変な因縁を感じる。ミノタウロスってアステリオスの別名ってだけで同一存在だしな。
「せ、先輩。歩きスマホは危ないですよ」
制服の袖をちょいちょい、と引っ張られて振り返るとすみれが立っていた。
「ん、ああ。すみれか。部活もう終わってたのか」
「はい。珍しいですね、帰り道で会うなんて」
「まぁちょっと野暮用で遅くまで校舎残ってて。ちょうどいいや聞きたかったことがあったんだった」
「なんですか?」
すみれにテセウスの船の事を話すと、少し俯き、黙りこくって考え始めた。前を見ていないのかふらついて歩いていて危ない。
「…………」
「おーい、すみれさーん」
「今、自分の中で考えが矛盾しているので、互いに理論武装して戦わせているので、少しだけ待ってもらえますか?」
「それは良いんだけど、前を見ないと………って危な!」
「きゃっ!」
すみれの目の前から歩道を走ってる自転車がぶつかりそうだったので、咄嗟に腕を掴んで抱き寄せた。
「あっぶね。………アイツ気をつけろよ」
「………え、と」
「ん? あ、やべ、ごめんマジで」
咄嗟に出た行動で密着してしまったので、すぐに離れて手を挙げる。無罪を主張します!
「………あ。………いや! ええと、はい! 答えでました! 船の!」
「あ、はいどうぞ。すみれくん!」
「はい! 変わらず元の船と言えると思います!」
訪れた気まずい空気を誤魔化すように、お互い声を張りながら答弁する。
「理由は?」
「ええと………船に意思は無いと思うんですけど、もし船が私だったら、部品を全て入れ替えても私は私ですって言うと思うので」
「なるほど、船を自分に置き換えて……か。考えたこと無かったな。うーん……」
「先輩。もうすぐ駅で人が多いですから考え事しながら歩くのは危ないですよ」
「どの口が言う」
「えへへ。すみません」
改札前まで行くと、駅の定期がそろそろ切れそうだったことを思い出した。
「あ、そういえば私、定期更新しないとなのでここでお別れですね」
「いや俺も定期更新しないとだから受付まで行くわ」
「定期って同じ時期に購入する人多いから、大体皆同じ時期に切れるんですよね……って」
受付まで足を運ぶと、行列とまでは行かないが、秀尽学園の生徒が十数人並んでいた。
「ちょっと待ちそうだな」
「みたいですね。用紙書いて待ってましょうか」
受付横にある定期購入・更新用紙を取り、『
「……?」
「どうした?」
「その、書いてる名前。間違ってませんか?」
「え……? あ。やべ。友人の名前書いちった。二重線で大丈夫だよな?」
「名前を書くスペースないので、新しく紙に書いてください」
……あぶね。前世の自分の名前書いたのバレてないか? そもそも転生者だとバレる可能性としちゃゼロだけども気を緩めすぎたな。完全に無意識だった。
……………………………………なんで俺は今、前世の自分の名を書いたんだ?
先生のある言葉が頭の中でリフレインした。
『――それを踏まえて胡桃君は『元のテセウスの船』であると言えるかい?』
「そうか……そういう事か」
やっとわかった。俺のペルソナが出せなくなった理由。
「先輩?」
「ああ、正解は……『元の船じゃない』だ」