幸せなバッドエンドを目指して   作:ぽんしゅー

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#29 好きな地獄を選んでよ

 家に帰って、部屋に戻った。机に置いてある開いたままのノートを見た。

 

【憶えていること】

 ・小学生の頃に親に怒られる。原因はクラスメイトと喧嘩したこと原因は覚えていない。

 ・中学は充実していたが、誰の顔も憶えていない。

 ・ゆりと出会ったのは高校生の頃

 ・顔の特徴は

 ・俺の元の顔は

 ・

 

 俺が前世で憶えていることが書かれている。これを書き始めたのは丸喜先生とパレスに入った帰り、俺がゆりの声を忘れていてしまったことに気づいたとき、俺は恐ろしくなって自分の部屋に閉じこもってひたすらに前世の出来事を書きおこしていた。だがいくら頭を掻きむしっても、脳みそをほじくりまわすぐらい考えても、一向に思い出せない。

 忘れたというより記憶が抹消されているような感覚、そこにあるのは忘れている記憶があるということだけだった。

 

 俺はそれが悔しくて、恐ろしい。俺はこれから前世の記憶を失い続け、きっと何も思い出せなくなる。記憶が無くなってしまったら、ゆりが自殺した時に抱いた後悔はどうなる。ゆりの傷ついた心はどうなる。忘れるなんて許されるべきことではない。

 だからあの時から俺はひたすらに抗った。前世の自分を思い出し、人格を思い出し、記憶を取り戻したかった。

 

 それがペルソナを使えなくなったきっかけだ。

 

 おそらくアステリオスはこの世界で十六年過ごしてきた『乙守胡桃』のペルソナだ。前世の俺が『乙守胡桃』に変わっていく過程を、精神の成長である変化ではなく、別人格として分けてしまった。『前世の自分』と『乙守胡桃』は別の人間だと。

 『乙守胡桃』であるうちはアステリオスを使えていたが、この前のことがきっかけで前世の記憶を思い出そうとした結果、『前世の自分』の人格が強まり、『乙守胡桃』のペルソナであるアステリオスが使えなくなっていった。

 

「俺は……」

 

 ならば取れる選択肢は一つだけだ。

 

 俺の推測が正しければ、前世の自分の記憶を消したらペルソナは使えるようになる。

 

 ……方法は、丸喜先生に頼んで前世の記憶と人格を都合よく消す。前世の記憶が消えてもあの攻略ノートは残っている、エンドを変えるという目的は頓挫することはない。しかし俺が何のためにアイツらを騙しているのか、何のためにもがいているのかすら忘れる。

 

 でもそれが今出来る最善で最後の手段。

 

 それをしなければ俺は丸喜先生と怪盗団の力にすらなれないただの役立たず。それに忘れたくない記憶が徐々に失われていく状態のまま生きていく。それは麻縄でゆっくりと首を絞められ窒息していくようなものだ。……苦しすぎる。

 

 だけど前世の記憶を消せばこんな苦しむことはないんだ。これしか方法はない。やるしかないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………………………………………………………逃げたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時だった。スマホの通知音が耳に入る。蓮からだった。

 

『オタカラまでのルートが確定した。今日中に予告状を出して明日に決行する。行けそうか?』

 

 

 ***

 

 

 7/5 火曜日 曇り

 

 乙守胡桃を除く怪盗団の面々はアジトに集まっていた。

 

「メンバーは揃ったか」

「ん? 胡桃は?」

「……来ない。今回は」

 

 蓮は残念そうに首を横に振る。その目線はスマホの画面に映ったメッセージ。

 

『すまん。今日は行けそうもないわ。ペルソナも使えんし、マジ頑張ってくれ! ファイト!』

 

 スタンプで返信を送ると、スマホをしまって、事前に組み立てていたカネシロパレス攻略作戦を再度確認し始めた。

 

「――……という感じで後はフィーリングでいく。気になることが無ければいこう」

「気になるっつーかなんつーか。あー……やっぱ少し待ってみねぇか。胡桃のこと。あいつ来るぜ多分」

「竜司。気持ちは俺も分かるよ」

「だったら」

「ただ、今優先すべきなのは金城の悪行を止めることだ。そしてそれを止めるチャンスは今しかない。それを逃したら、金城の被害は止まらず、広がっていく。……その魔の手は俺たちの家族にも及ぶかもしれない」

「……そうだよな。わかってんだけどよ」

「……時間がない。行こう」

 

 怪盗団はアジトを離れ、カネシロパレスへと向かった。

 

 

 

 ***

 

 7/5 火曜日 曇り

 

 俺は今どこにいるでしょ~か? ここでーす! ここ! 学校の屋上に一人で黄昏てました~~~!!

 

 ……はぁ。罪悪感誤魔化すためにふざけてたけど虚しいだけだなこれ。仮病で学校休んでゲームしてる感覚に近い。

 

 それにしても学校の屋上って風つえー、けど気持ちいいな。ここで弁当広げてたらゴミとか飛んできそうだけども。

 あーでも眺めいいな、グラウンドで練習してるやつら見渡せるし、近くのコンビニで買い食いしてる生徒まで見える。下覗いたら地面遠くておもろいなー。

 

 

 いやー本当に風が気持ちいいな……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………もし、今ここで飛び降りたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「胡桃くん?」

「うわぁお!?」

 

 振り返ると志保さんが立っていた。

 

「なにしてるの?」

「いや、何って………志保さんこそ何しにきたの?」

「屋上に行く胡桃くんを見かけて気になって追いかけたの」

「ああ、鍵は掛かってなかったからすぐに入れたよ」

 

 一応キーピックは持ってきたけど、志保さんの自殺未遂が起こらなかったから、屋上は施錠されていないことを忘れてた。

 

「そういうことじゃなくて」

「なんで来たかって話? 風を浴びたくて。ほら俺も高校生だから無性に黄昏たくなるんだよ。フッ……カッコつけ……ってやつかな……」

「……………………だったら、フェンスに足をかける必要ないよね?」

「意味が無いものに意味があるっていうじゃん?」

「いいから。とりあえずそこから離れて」

「いや別にそんな心配するようなことも」

「いいから」

 

 圧が凄いのでフェンスから離れ、屋上の縁の段差に腰を掛けた。

 

「……なにか抱え込んでるでしょ」

「別に」

「……隠し事するとき胡桃くんは目を逸らす」

 

 え、まじ?

 

「いや本当に悩み事とか無いよ」

「嘘。本当はそんなクセないよ」

 

 でもマヌケは見つかったようだな。ってか? 誤魔化したくて目を合わせた俺が滅茶苦茶ダサいじゃんか。

 

「言えない悩み事?」

「悩みごとっていうか、ちょっと疲れてるだけ」

「そっか」

 

 志保さんは拳一つ分開けて隣に座ってきた。

 

「…………」

「…………」

「……辛いことから逃げるのは悪いことだと思う?」

 

 気づいたら口を開いてた。無言の空間に耐えきれなかったのかもしれない。それとも別の何かを吐き出したかったのかもしれない。

 

「悪くないよ。でも、一人で抱え込むのは悪いと思う」

「……ごめん。悩み事じゃないんだ。ただ心の準備が出来ていないだけ」

 

 俺はこれから丸喜先生の所へ行って、前世の記憶を消しに行く。P5Rの記憶が消えても丸喜先生のルートへの道筋はノートに書いてある。記憶が消えた俺でも読めば理解するだろう。

 今の俺に必要なのは覚悟だ。前世の記憶を全て消して『乙守胡桃』として生きていく決意を固めなければならない。

 

「胡桃くん」

「なに」

「デートに行かない?」

「……いいね面白い冗談だよ」

「冗談じゃないよ」

 

 手に温もりを感じた。見ると志保さんが俺の右手を両手で包んでいた。

 

「あの時言ってくれた言葉だよ。……私はあの時一人で抱え込んでた。でもね、強引に手を引っ張って助けてくれたのは君なんだよ。だから今それを返してあげたい……力になりたいの」

 

 

 ――……ああ。俺はなんてとんでもないことを。

 

 

「……は、はは……ははは。そっか、そういうことか~……はは」

「な、なんで笑ってるの?」

「俺のしでかした事の重大さに気が付いた。……変な事聞くけどさ。志保さんから見て俺ってどんな奴?」

「え? ええっと………思ってることが顔に出やすい、割とよく食べる、空気が読めるタイプだけどあえて読まない、『まぁ』が口癖、友達が喜んでると一緒になって喜べるし、苦しんでるときは自分のことのように苦しんで助けようとする、それに孤独が好きなように見えて寂しん坊。あとちょっと傲慢」

「……それが『乙守胡桃』?」

「うん。私にとってヒーローみたいなかっこいい存在だよ」

「そっか。なら()()()()()()だな」

 

 握られている手を解いて立ち上がった。もう迷いはない。

 

「もういいの?」

「元気MAX、なんでも出来る。けど用事を思い出したからちょっと行ってくる」

「うん、いってらっしゃい」

「ああ。改心させてくれてありがとう……ごめん」

 

 俺は屋上から出て階段を下りてる。

 

 そして丸喜先生がいる保健室を通りすぎて校舎を出た。

 

 蓮に連絡を送ったが返信が無いということは今はもうパレスの中にいるのかもしれない。カネシロパレスが新宿にあるのは助かった。駅から降りたらすぐにイセカイに入れる。

 

「最悪だ」

 

 ……俺はあの時鈴井さんを助けたと同時に鈴井さんに呪いをかけた。『死ぬことで逃げるのは許さない』と。

 それが今の俺に返ってきた。

 鈴井さんから死んで逃げる権利を奪い取った俺に、その権利なんてあるわけない。助けた人間側の責任を俺は果たさなければならない

 

 自殺を止められなかった罪悪感。

 記憶が消えていく苦しみ。

 そして怪盗団を裏切る葛藤。

 

 俺はそれら全てを捨てて逃げることは許されない。苦しんでもがいて前に進む選択肢しか残ってない。

 

 だから俺は全てを抱えて『乙守胡桃』という人間を全うしなければならない。

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

「ならやってやるよ」

 

 世界を変えるためだったら俺ごと全部ぶっ壊してやる。

 

 




彼は今までと同じく、変わらないことを選んだ。
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