正位置:変化、出会い。
逆位置:アクシデント、すれ違い。
7/9 土曜日 晴れ
「『フィッシング詐欺の頭取が自首。全面自供』……凄いね怪盗団」
「そうでしょ。もっと褒めてくださいよ」
登校して俺はすぐに保健室に向かい、丸喜先生に会いにいった。保健室に入ると二人分のコーヒーが淹れてあり、まるで俺が来ることを予見していたみたいだった。
砂糖とミルク入れてがぶ飲みした。
「ちなみに次の相手は『メジエド』です」
「えっと、誰?」
「ハッカー集団です。7/24に怪盗団と日本に脅迫状が届きます。『怪盗団は正体を明かせ。さもなくば我々は日本のあらゆるデータを流出する』って」
「サイバー攻撃か。でもどうやって対処するの? 顔も名前も知らない相手も改心できるの?」
「まさか。ここで怪盗団はハッカーを味方に引き込みます。名を『佐倉 双葉』……自身を怪盗団に改心させる取引をしてメジエドを倒してもらいます」
まぁそのメジエドも獅童が用意した偽物のメジエドだし、そもそも本物のメジエドは双葉なんだけども。
「自身を改心……その双葉さんは何か心に問題を?」
「母親を亡くして心に傷を。そして周りの大人に母親が死んだのはお前のせいだと責められて心を閉ざしてしまいました」
「……ひどいな。なんでそんなことをする必要があったんだ……」
「それは双葉の母がしてる研究を独占したかったからですよ。『認知訶学』というらしいです。聞き覚えありますよね?」
「……! ああ。僕が研究している学問だ」
「その研究も急遽取り上げられた。……そして最近巷を騒がしている精神暴走事件に廃人化」
「……もしかして全部一つに繋がってるのかい?」
ああそうだ。ここから物語は収束し始める。
「先生の研究と一色若葉の研究はもうすでに利用されています。獅童正義によって」
「なっ……! いや待ってくれ。獅童といえば政治家のあの獅童だろ? なぜそんな人が僕の研究を利用する必要がある」
「獅童は自分に対立する人間を事故として排除しています。精神暴走の事故を装ったり、突如廃人化させたりして。先生にも大きな力が動いたのに身に覚えがあるんじゃないですか? 例えば研究が打ち切られたときとか」
「……!」
先生の認知訶学の研究は『実証性が無い』という到底証明しようもないことを理由に突然打ち切られた。もちろん獅童がその研究を我が物として政治利用したいからだ。だから今先生は論文を書き続け、立証しようとしている、認知訶学の世界を。
「そう……か。そうか……!」
先生の手は震えている。膝の上で拳を握り締め、怒りのあまり強く握り締め過ぎたのか、血が垂れてきていた。
「実証は……もうそっちで済ませていたのかよ……!」
「……先生」
「あれは……! 人を救う研究だ。決して他人を傷つける研究じゃない。あいつらは僕の研究をなんだと……! 人の心をなんだと思ってるんだ……!」
「先生」
俺は先生の握り締めている拳に手を置いた。
「仇は俺ら怪盗団が取ります。先生は論文の完成を」
「……そうだね。頑張らないといけないね」
「でも冷静にですよ。怪盗団に気づかれないようにしましょう」
朝の予鈴が鳴った。そろそろ教室に行かなければ。
「ちょっと待った」
「なんです?」
「君は……大丈夫なのかい?」
「……何も心配することはありませんよ。俺はもう大丈夫です」
先生の問いにウインクと親指を立てながら返して保健室を出た。
俺はもう大丈夫だ。
***
7/10 日曜日 晴れ
怪盗団はルブランに集まって13日に行われる期末試験のために勉強をしていた。
真調べで怪盗団を頭が良い順に並べ替えると。
真>蓮≧胡桃≒祐介≧すみれ≒杏>>>竜司
らしい。出来れば分からないとこを教えあうという感じだろうが、竜司に関してはどこが分からないのか分からない状態なので、竜司に人数的リソースを割いて教える計画に。
一つのテーブルに七人+一匹は流石に多いということで、俺とすみれはカウンター席、それ以外は真に勉強を教えてもらうということでカウンター近くのテーブルに座って勉強することとなった。つまるところすみれとはマンツーマンの家庭教師と生徒だ。正直俺も、ここ最近色々あったから教えられるほど勉強はしていないんだけども。
「英語って将来なんの役に立つんだよ」
「リュージは日本語さえ怪しいもんな」
「これ『作者の心情を答えろ』ってなに? 考える必要なくない?」
「ヤマ張ったほうがいいかもな……」
テーブルでは何やら勉強の愚痴で盛り上がっている様子。わかるぞその気持ち。どこで使うんだよっていうものを覚えるのに頭使いたくないよな。多分社会人になっても㎗は使わない。切り捨て小数第一位で表してくれ。
愚痴で盛り上がっているテーブル組に対してカウンター席は学校の図書室並みに静かだ。なんせ隣で問題集を解いてるすみれから質問も飛んでこないからな。
「…………」
今日のすみれはポニーテールではなく、そのままストレートに髪は下ろして眼鏡をかけているスタイルだ。最近は遊びに行った際に買った黒いリボンをつけている姿ばっかり見ているので、こちらの髪型は何だか懐かしさを覚える。
「……胡桃先輩、私の顔に何かついてます?」
「いや何も」
「そ、そうなん、ですか?」
「……? うん。質問無いから勉強してて偉いなって考えてるぐらい」
「あ、あー、えっと。……こ、ここの公式が分かりません」
「それ上の段に公式書いてあるし、さっき似たような問題解いてた」
「あ! あー……そうなんですね⁉ そっかそっかナルホドー……」
「…………」
「…………」
え、なんだこの空気。気まずい。
「杏、今のやり取りで『作者の心情を答えろ』って問題が大事なのわかった?」
「ソウダネー」
「確かに。胡桃は心が読みづらいところがあるからな」
「あー……若干天然入ってそうだもんなー」
「おいおい。本人を目の前に陰口はやめたまえよ愚民ども。俺が傷つくぜ?」
「誰が愚民だ」
「じゃあ今なに考えてるんだ?」
「……………………ちょっと待って今面白いこと言うから」
「こいつ勝手にハードル上げたぞ」
何か面白いこと言えないか思考していると、ルブランに取り付けているテレビから気になるニュースが流れてきた。
『こちらは新宿区での去年の花火大会の映像です。夜空に咲いた花火を写真に収めようとする若者たちで渋滞を起こしています。今年度の花火大会では昨年よりも多く警備を出動させ――』
「……(何も面白いことが思いつかなかったので無言で指を差す)」
「…………………………でもまぁ花火か。打ち上げにはいいんじゃね? 金城改心記念で」
「いいんじゃない。夏だし丁度良さそう」
「確かに。夏の美を楽しむのを一興だろう」
「浴衣着たーい!」
「賛成多数……決定か」
適当にテレビに指差したら今回の打ち上げは花火大会に決まってしまった。打ち上げだけに、打ち上げ花火ってか。HAHAHA!
「そのためにも赤点は回避しないとね」
「……うぃ~す」
「つってもそろそろいい時間だし少し休憩しないか?」
「……それもそうね」
「蓮。コーヒー淹れてくれよ」
「いや、ついでにカレーも出そう。ちょっと胡桃手伝ってくれ」
「俺か? 別にいいけど」
蓮に言われキッチンに入る。火をつけてカレーの鍋を温めてると、カウンター席に座っている怪盗団に聞こえない音量で喋り始めた。
「……さっきのすみれとのやりとりのことだけど」
いきなり何を言い出すのかと思いきやそれか。
「あれだろ? 先輩の顔立てて言ったわけだろ? 後輩に勉強教えるいい先輩みたいな面目」
「いや単純にすみれのこと見すぎ」
「……マジ?」
「自覚なしか」
「後で謝っとくわ」
「別にいいんじゃないか? 照れてるだけで嫌じゃなさそうだったし……ちなみになんで見つめてたか聞いてもいいか?」
…………………………
「………あのさ、女性が耳に髪をかける仕草ってなんかよくない?」
「わかる」
雨宮蓮 の コープ が 上がった ▼
「もしかしてそれ言うためだけにここに連れてきた?」
「まぁな……じゃあカレー食うか」
「……ああ」
カウンターにはカレーを待ち遠しくしている愚民どもが行儀よく座っているので、さっさと配膳した。
「いただきま……」
「待て……これは料金発生するのか? 今は手持ちが少なくてこれしか……」
と言って、祐介が鞄から出したのが本の栞だった。
「文房具買ったら付いてきた」
「それが800円になると思ってんのか」
「……祐介の分は俺が立て替えるよ」
「申し訳ない……」
「じゃあ改めましていただきます」
ルブランでカレーを頂き、夜が更けてきたので少し勉強をした後にその日は解散した。
***
翌日、蓮は学校に通うため自分の部屋から一階のルブランに降りると、マスターである佐倉惣次郎が声をかけてきた。
「おう。それ置き忘れてあったぞ」
ん。と言って惣次郎は顎で指すと、カウンターには栞が置いてあった。昨日祐介が置いていった栞だった。
「友人から貰ったものです」
「そんな大事なもんカウンターに置き忘れてんじゃねぇよ」
「すいません」
「ったく、結構洒落てる柄してっから大事にしろよ」
通学の読書で使おうと蓮は栞を手に取る。昨日はよく見なかったが黒い百合の花がプリントされていた。
「なぁなぁ。花には花言葉ってあんだろ? 百合って何て言うんだ?」
「お、朝からニャーニャー元気だなおい。ちゃんと飯食わせんのか?」
通学鞄からモルガナが顔を出し、栞を器用に持って眺めていた。
「……花言葉が気になるらしい」
「ん、あー……確か百合は『純粋』とかじゃなかったか?」
「……詳しいな」
「花言葉知ってっとモテるからな。バラの本数ぐらいは憶えとけよ」
「合点」
「本当にわかってんかよ……ほら朝飯出してやるから座れ」
蓮は、朝からカレーを食べて登校した。
惣次郎はその姿を見送ると、髭を撫でながら何かを思い出そうとしていた。
(色によって違ったような気がしたような……黒ってなんだったけなぁ……『愉快』『軽率』、いやそれは違う色だった気が……待て、確かクロスワードに答え書いてあったよな)
気になった惣次郎はテーブルに置いてあったクロスワードを開いて答えを探した。ページを捲り、望んだワードを見つけるとスッキリした顔をしてカウンターへと戻っていった。
テーブルに開いたままのページには、手書きで三文字の答えが書いてあった。
『のろい』
***
意識が覚醒すると視界に広がるのは暗闇だった。直前までの記憶はある。抗えない眠気に襲われてベッドに倒れこんだ記憶。
そしてこの感覚には覚えがある。ベルベットルームだ。あの空間と似ている気がする。
『滑稽』
だが目の前に立っている人物は違う。イゴールに扮したヤルダバオトではない。
平凡な背丈、平凡な体格の男性。そして顔が洞のように空洞で暗闇が無限に続いている。じっと見ていると飲み込まれそうな感覚に陥る。
『だが愉快だ。腹を抱えて笑わせてもらったよ。お前の選択は』
「……誰だ」
『答えの出ている問いに答える趣味はない。気づいているだろう』
……聞き覚えはあった。ペルソナが使えなくなったあの日に聞こえてきた声と同じ声だ。
……そして
「前世の俺……『折本みくる』だ。ただ――……」
『答え合わせをする気はない』
『折本みくる』の影から複数の触手が這い出てくる。地面を撫で、空中を彷徨いながら俺の体を捕らえる。複数の触手が肌を伝う気持ちの悪い感触。一本の触手が舌なめずりのように頬を撫でる。そして首を締めあげた。
『マゾヒストなのか? どうせ死にゆく定めだが、まさか苦しみながら果てる方を選ぶとは』
「……俺は、『折本みくる』は、そんな喋り方をしない」
『ああ違う。選ばなかったのか! 死にゆく愛する人間を見捨てたあの時のように』
「……あの時何故お前が出てこれた? あの時の選択にどういう意味があった?」
『安心しろ。お前は何も変わっちゃいない、空っぽのままだ。このまま仮面を被りながら踊り続け、狂い、身を滅ぼす』
「お前は一体何者だ」
『答え合わせをする気はないと言った』
首に絡まる触手に力が入る。気道を締められ呼吸が出来なくなる。
『一つ言っておこう。我々は仲間だ。
共に素晴らしい世界を築き上げたいという夢を持った同志だ。
共にこの世界に絶望した共感者だ。
共にこの世界を壊したい破壊者だ。
――そして運命に抗う反逆者だ』
「……っ!」
『だがお前の愚かな選択で時を逃した。代わりに良い余興が見られそうだがな。時が来るまで私は見物といこう』
目の前が暗くなっていく。完全に意識が落ちるその瞬間、声が聞こえた気がした。
『せいぜい楽しませてくれ。私のトリックスター』
***
翌朝。
起きたら首筋には赤い跡が付いていた。あれは夢ではないということの証拠だった。