我々は日本の大衆に失望した。いまだ彼らは怪盗団の偽りの正義を信じている。
我々は日本を浄化する計画を進めている。Xデーは8/21。
これにより日本経済は壊滅的打撃を受けるだろう。
だが、我々は寛大だ。怪盗団に最後の改心の機会を与える。
我々は怪盗団に改心の証として世間に正体を晒すことを求める。
要求が通らなければ我々は日本を攻撃する。日本の未来を怪盗団の判断に委ねるものとする。
私達はメジエド。
見えない存在。姿ない姿によって悪は倒される
***
7月24日 日曜日 晴れ
「さて、どうするか……」
俺達はすみれが大会で金賞を獲った記念と、花火大会のリベンジとして、打ち上げを回らない寿司屋でしていた。普段は食べないような高級な寿司に胃も膨れ、舌も満足し、メジエドをどうするか話していたその帰路の途中、その件のメジエドから声明があった。メジエドと戦うにあたって一度作戦会議を立てようということで皆でルブランに集まっていった。
メジエドの声明文は要するに怪盗団が姿を現さなければ日本を攻撃するといったものだ。
別に無視してもいい。何故ならこれは怪盗団を潰す計画の一つで、獅童の配下が用意した偽物のメジエドだからだ。怪盗団が行動を起こそうが起こさまいが関係無しに、偽メジエドは勝手に怪盗団に降伏する。そして世間が怪盗団を持ち上げ始めた時に、奥村の社長を精神暴走させて全国放送で殺害。その殺害を怪盗団に擦り付け、怪盗団の信用を地に落とす。
実に天晴れな計画。敵ながら惚れ惚れする。皆はメジエドをどう打倒しようか考えているが、俺達怪盗団がどう動こうが意味は無い。まぁ口にはしないけど。
「やっぱアリババに頼るしかねぇか……つっても『佐倉 双葉』ってのがどこにいるんだか……?」
メジエドはハッカー集団でそれに対抗するには情報に精通しているプロフェッショナルが必要だが、そんな人材怪盗団にはいない。そこで切り札になるのが『アリババ』こと、『佐倉 双葉』だ。
7月20日にアリババからコンタクトがあった。そしてその翌日に『佐倉双葉を改心させたら、メジエドをやっつけてやる』との取引があった。後日、怪盗団はその取引に乗ろうとしたが、アリババに【心を盗むには、相手に直接会う必要がある】と思われ、一方的に取引は取り下げられた。
『アリババ』こと『佐倉 双葉』は心に深い傷を負っており、人と話すのが困難で引きこもっている。だから【怪盗団に自分を改心させて欲しい】という願いがあったが【直接、人と会う恐怖】と天秤にかけた結果、後者が勝ってしまったのだ。
だがそんな事は知ったこっちゃない。メジエドを倒すのならば佐倉双葉は必要不可欠な存在であり、今後の怪盗活動でキーとなる人物だ。心に深い傷を負って引きこもる気持ちは分かるが、無理矢理にでも改心してもらうぜ。
「いや……実はアリババは近くにいるのかも」
怪盗団のブレインである真がアリババの正体に勘付く。
「仮に私達が佐倉双葉を改心させたとして、アリババはそれをどうやって確認するつもり? それにこの予告状が入っていた封筒……」
真はテーブルに置いてある一通の封筒を手にした。それは改心に必要な道具だと思って、アリババから蓮宛てにルブランに届けられたものだ。
「これ切手が貼られていない。つまり直接ここに届けたということよ。そして双葉の状況を直接確認できて、訳あって私達と会えない」
真はもしかして、と一言置いて、
「アリババは佐倉惣治郎宅に住んでいる佐倉双葉本人かもしれない」
「じゃあ自分の心を盗んで欲しかったってことですか?」
「そうなるな」
「でもなんでだ……?」
「……もし、虐待で傷ついた心を盗んで欲しかったら。なかなか素直に言い出せないよ」
ルブランのマスターである佐倉惣治郎には双葉を虐待している疑惑があるが、それは真っ赤な嘘だ。
真の姉である新島冴が『精神暴走事件』の捜査として『認知訶学』の研究と関与している一色若葉について調べた結果、一色若葉と生前関わりがあった佐倉惣治郎に辿り着いたのだ。
彼女について中々口を割らない佐倉惣治郎に対し、新島冴は、佐倉惣治郎が引き取った佐倉双葉の現状を『虐待』だと持ち出し、『もし何も話さないのであれば児童相談所に相談して親権停止にも出来る』と現在脅されている状態だ。
「じゃあその仮説が本当かどうか確かめに行こう。佐倉家に乗り込むぞ」
***
「ごめんなさいごめんなさい、助けてお姉ちゃん助けてごめんなさい助けてお姉ちゃんごめんなさい……!」
お土産として寿司折を届けに来た。鍵が開いていておりチャイムに出ないから中で倒れてるのかもしれない。という大義名分を獲得し、佐倉宅へ不法侵入した。
しかしアクシデントが起こり突然の落雷で停電が発生。そこで佐倉双葉らしき人影と遭遇するも幽霊の類が大の苦手な真がパニックとなり、蓮の足元にしがみつき、ひたすらに謝っていた。
「おいっ! そこを動くなよ! 今とっちめて……って、あれ?」
そこに間が良いのか悪いのかマスターが家に帰ってきて、勝手に家に上がり込んでいることがバレてしまった。マスターに一応の事情(大義名分)を説明すると少し申し訳なさそうに頭を掻いていた。最近鍵をかけ忘れることが多くなってな、と。
「えっと……先程双葉さんを驚かせてしまったので、お詫びをしたいのですが……」
真がパニックから落ち着いたのか、蓮の足元から離れて惣治郎から双葉の情報を引き出そうとする。
「いや、それはなぁ……」
「どこかご病気とか?」
「そうじゃなくて……」
マスターが双葉の事について言い渋るも、俺達の顔を見て観念したのか、ため息を吐いた。
「誤解されても困るからな。隠さず、全部話しておくべきだった。……ここじゃアイツに聞こえるから店いくぞ」
マスターに連れられ、ルブランへと場所を移す。マスターを中心に囲い込むように座ると、話を始めた。
「さて、どっから話したもんか……」
マスターは双葉の母親の事から話し始めた。
名は『一色 若葉』
頭の回転が速く、目つきも悪くて、空気が読めない自由奔放な変わり者だが妙に馬があったこと。そして仕事に熱心でのめり込むと周りが見えなくなってしまうこと。それは双葉が生まれた後も治らなかったという。
「女手一つで子供を育てんのは大変だったのかもしれねぇな……」
「父親は?」
「いない。……いや居たかもしれねぇが俺は知らない。若葉は一人で産んで一人で育てた」
「仕事と子育て……大変だ」
「かもな。双葉のことは本当に可愛がってたよ。仲のいい親子だった。だがアイツは双葉を残して突然いなくなっちまった……自殺だった。双葉の目の前で車道に飛び込んだんだ」
…………。
「ショックだろうなそれは」
「……それでだ、なんやかんやあって俺が引き取ったんだがよ。塞ぎこんで誰とも話そうとしねぇ。だが俺から話しかけていると、ポツポツ話し始めてくれてな、それで分かったんだ。アイツは母の死を全部自分のせいにしてるってな」
「自分のせいって、どうして!?」
「事情を知りたかったが傷口を抉るのはやめたよ。それで数か月前からだ、声が聞こえる、母が見ているってな」
「幻覚、もしくは幻聴か……医者には?」
「提案したんだが双葉が徹底的に拒んだ。往診してもらっても部屋に鍵をかけちまう。それで閉じこもっていわゆる引きこもりになっちまった。俺も部屋には絶対に入れて貰えねぇ」
「結構重症だな……」
「そんな訳で他者を拒むから、お前らを家に入れるわけにはいかなくてな。……双葉に必要なのは、何者にも脅かされない安心できる環境だ。だから俺はアイツが望まないことはしねぇ、アイツが嫌がることもしねぇ。ってそれじゃダメな事ぐらいは分かってる」
だが、と悔しそうに言葉を区切り、
「俺に出来る事なんてこれぐらいしかねぇんだよ……」
「それが、本当の望みか?」
「……俺の本当の望みか」
蓮の問いに少し考え、それを口にした。
「ありきたりだが、双葉には人並みに幸せになって欲しいって思ってる」
血は繋がってはいないが、その想いは子を想う親そのものだった。
「という訳だからよ、双葉のことはそっとしておいてくれねぇか」
その言葉に蓮は頷いた。それを見たマスターは安心したように話を切り上げ、ルブランから出ていった。
「虐待は……考えられないですね」
「心を盗んで欲しい理由はきっと母親のことと関係してるんだろうね」
「……辛く苦しい思いは自分じゃどうしようもないからな」
「改心でどうにか出来るのか?」
「というかパレスあるのか?」
と言って、竜司はイセカイナビを起動して『佐倉惣治郎宅に住む佐倉双葉』と入力したところ、ヒットした。
「あった!」
「佐倉双葉を助ければメジエドに対抗出来そうだな」
「そうね。でも終電も近いし今日は解散しましょ。明日は緊急集会もあるし」
***
7/25 月曜日 晴れ
スマホの画面を見ながら翻訳されたメジエドの声明文を読み上げた。
「最後の一文なんですが」
「うん」
「正直かっこいい」
「分からないなぁ」
俺は朝のHR前に保健室に行って丸喜先生と会っていた。
「怪盗団にも欲しいんですよね。特定というか決め台詞が」
「予告状に書かれている『心を頂戴する』でも十分インパクトあるからいいんじゃないかな」
「そうでしょうか」
「それはさておき夏休みに入るとこれから会う機会も減る。スマホで連絡を取り合うことにしよう」
「それについてなんですが、夏休み中は極力控えましょう」
「え?」
双葉が加入することで、俺の難易度上がるんだよな。
「夏休み中に怪盗団に加入する双葉っていう仲間はハッカーです。しかも天才で頭が良い」
「なるほど。連絡を取り合っていると怪しまれてスマホを調べられる。僕と繋がっているのが勘付かれてしまうかもしれない、か」
「とはいっても先生の目論見に気づかない限り白のはず。詳しく調べられても怪しいものは見つからないですけど念のため連絡は緊急時の場合のみ。トークは重要なワードは使わずに行いましょう」
俺が夏休みにすべきことは、ジョーカーに勝てるぐらいに強くなること。そして双葉に怪しまれない程度に信頼を得ること。
「さてと。緊急集会が終わったら早速パレスに行ってきます」
「頑張ってね」
「先生も論文頑張ってください」
失礼しましたといって保健室から出ていく。ちょうど扉を開けて廊下を出たところで黒髪をポニーテールでまとめた生徒と目が合った。
「おはよう胡桃君」
「あ、おはよう志保さん」
「えっと、その……大丈夫?」
「全然大丈夫だけど。……いやごめん何が?」
「訳も分からないのに大丈夫とか言わないでよ。その、今出てきたでしょ保健室から」
…………あ~! はいはい把握した! この前での屋上での出来事+保健室で丸喜先生とカウンセリングで心配になったのか。じゃあ俺の精神状態は健全だという証明を……。
「……難しいな」
「何が?」
「自分が大丈夫っていう証明。だって精神状態がおかしいって自分じゃ気づけないんなら証明しようがなくね?」
「病院で診断書貰ったら?」
「その手があった」
「でももういいかも。なんか元気そう」
志保さんは眉を下げて安心したように微笑む。
「でも自分が大丈夫っていう証明って難しいよね。客観視したところで自分で答えが出るとは思えないし、私は友達に言われないと自分のことが分からないし」
「まぁ俺自身も他人のことはよく見えるんだけど自分のことが100%分かってるかって言ったら言えないし」
あるいは他人のことを分類化して区別して、その人が思ってることを勝手に決めつけているのかもしれない。
「結局、どれだけ周りの人が見えるようになっても自分のことが一番見えないのかもね」
「人間って究極的に一人で自己を証明できない生物なんだろうな」
「周りの人って大事だよね」
「大事だな」
なんだこの高校生らしからぬ哲学的な会話。
「だから私のことも大事にしてね」
「え?」
鈴井さんは胸の前で両手を合わせて何かをお願いをする素振りを見せた。
「実はバレー部の買い出しじゃんけんで負けてしまいまして。購買で人数分の飲み物買ってこないといけないんだよね」
「はいはい手伝います。俺も教室に戻るつもりだったから」
この後、購買に行って人数分のペットボトルを両手に持ちながら教室へと帰った。
「さっきさ、私のことも大事にしてっていったよね」
「あぁ、うん」
「私も胡桃君のことを大事に思ってるから。あんまり心配させないでね」
「……ごめん。ありがとう。……あ、そういえば聞きたいことあったんだけど」
「なに?」
「……俺の事死ぬほど嫌いそうな人って心当たりある?」