8/5 金曜日 晴れ
息を吸ってしまえば、肺が焼かれる程の熱波が襲い掛かる。
「ぐっ……!」
胡桃はすぐさま近くの遮蔽物へと身を隠す。化合物が焦げる独特の匂いが漂うが、衰えることの無い熱の勢いがその匂いごと焼き飛ばす。
「いい反応です。ですが」
胡桃が『白衣さん』と呼ぶ
そしてもう一度【アトミックフレア】で瓦礫ごと胡桃を消し飛ばそうとしていた。
「目の前で隠れてしまうと、狙ってほしいと言っているようなものですよ」
もう一度襲い掛かる熱の嵐。核熱の爆発は瓦礫ごと吹き飛んだ。
「……なるほど」
しかし、熱によって融解した地面に彼はいない。
「上ですか」
頭上を見上げると天井にぶら下がっている胡桃がいた。天井の装飾に器用にワイヤーを引っ掛けて【アトミックフレア】を回避していた。
胡桃は即座にアイテムを取り出しファフニールへと投げつけた。自作した【メギドボム】だった。
それが顔面にヒットするもダメージは微々たるもの。ファフニールは意にも介さず、次の攻撃のタメをしていた。
「……あーあ」
煙が晴れると、すでに準備を整えたファフニールが広範囲を焼き払う技を放った。
「……っ!」
回避が間に合わないと踏んだ胡桃はガードするも見事に吹っ飛ばされた。
***
戦闘終了後、開口一番叫んだ。
「無理でしょ!」
焼け野原となったトレーニングルームにて俺は仰向けになりながら白衣さんを見た。
「模擬戦闘をしたいと言ったのは乙守様ですが」
「そうだけどいきなりこの部屋に連れてきて、ゴング無しで核熱最強スキルぶっ放します普通!?」
「申し訳ありません。ゴングはここに無い物ですから」
「そこじゃなくない?」
「でも普通の戦闘にゴングは無い物ですから」
「ド正論」
俺は【宝玉】を使い傷を癒して、上体を起こした。
「いやそもそもの話白衣さんって俺に対する攻撃すべてに耐性あるでしょ!」
「はい、そのようですね。ですが私と最初お会いした際に、随分自信満々に啖呵を切らしていたのでお相手が私でも良いかと」
「……あれは、何も考えてなかったんです」
よく分かるファフニールの耐性について。
物理/銃:反射 →ギガントマキア×
火 :吸収 →マハラギダイン・ティタノマキア×
結論:アステリオスでは詰み。
「とりあえず、他の相手とかいますか」
「そうですね。丁度いい人がいますよ」
と言うと、トレーニングルームに一体のシャドウが入ってくる。目を引くのは筋骨隆々の上半身で、着ている白衣は筋肉で引き延ばされ可哀想なほどにパツパツになっている。
近くまで来られるとより威圧感が増す。そして俺の前に立つと口(?)を開いた。
「……あ、どうも……よろしくお願いいたします……」
「声小っさ!!」
マジ? 図体に比べて声が小さすぎるだろ……。
「すみません。自分ちょっと暗いんで……」
「そ、そうなんですね。別にちょっとギャップで驚いただけですから大丈夫ですよ」
「ああ、フォローされるのが一番傷つく……自分がダメな奴だと感じてしまう……」
こいつ面倒クセェ!
「胡桃様。今『こいつ面倒だな』と思いましたね?」
「心読みました?」
「顔に出すぎています。……何故このような性格をしているシャドウがいると思いますか?」
「え?」
なんだその質問。……うーんそうだな、一応ここは丸喜先生の心の中だからなぁ……。
「丸喜先生の中にも面倒くさい面があるから?」
「惜しいですね。ではもう一つ問います。カウンセラーに必要なのはなんだと思いますか?」
「……知識と客観的目線とか?」
「正解です。ですがそれだけでなく共感と理解も必要です。
患者の皆様には様々な悩みがあります。人間関係、学業、仕事での躓き、自分自身について。人によってどこに精神の支柱を置いているかも違います。ダイエットに失敗して鬱になる人も存在します。そして些細なきっかけで命を絶ってしまう人も存在します。ですがその“些細”は当人にとっての“
「……」
「理解、そして共感をするためには常に自己研鑽が必要です。そのために主は人の心を理解するために様々な人の側面を見なければなりません」
「この小声マッチョさんもその一部ってことですか?」
「はい。その方は『自身の弱さを変えたくてジムに通っているけど、筋肉がつくだけで全く内面は変わっておらず自身を責めている』ケースの人をカウンセリングした際のものです」
……なんか特殊な気がするけど、知らないだけで大勢いるんだろうな。
「『自己実現との乖離』。結局はその人は筋肉がつくほどのジムに通えるほどに努力家であることには変わりありません。我が主は『必要なのは客観視と目標の再設定』ということをその方に伝えてカウンセリングを行っておりました」
「はー……。その人を理解するために先生はその人に寄り添う人格を内側にファイリングしているってことか」
その人の理解者になるためには、自身をその人に置き換えて考えるのが一番なのか。
「それで、戦ってくれるんですか? ええと、名前は?」
「……?」
「名はありません。どれほど人の人格を得ようと、シャドウはシャドウですので」
「じゃあ『マッスルさん』で。戦えるんですかマッスルさん?」
「まぁ……はい。……よろしくお願いします。……フンッ!」
マッスルさんの筋肉が肥大化し、白衣が破裂した。そして黒い泥のようなものに体が沈むと、マッスルさん本来の姿が出てきた。
「対戦よろしくお願いします」
「いやいやいや! 俺に対して耐性持ってるじゃないですか!?」
「ですがマッスルさんは銃に対して耐性は無いはずですが?」
「それだけでしょう? ひたすら攻撃を回避しつつ銃で戦えってことですか?」
「出来ないことはないでしょう」
「スパルタか?」
「乙守さん。一緒に筋肉を鍛えぬきましょう! 大丈夫です。若い人はどれだけ無茶しても基本死にませんから」
「スパルタだった。人の心とか無いんか?」
「シャドウですから」
一応シャドウも人の心から生まれてきてるんだけどなぁ。
「はぁ……よし! じゃあやりますか。第二ラウンド」
「頑張りますね」
「当たり前でしょう」
先生の革命まで半年切っている。夏休みを使ってレベリングをして、怪盗団の奴らと差をつけたい。
「それに明日、戦うかもしれない相手がいるんですよ」
***
8/6 土曜日 晴れ
「暑っつ……」
日陰であるはずなのに認知の影響を受けているメメントスは蒸し暑い。もう暑いのはコリゴリなんだけど。
ここに来た目的はあるシャドウと対話するため。
「『佐々木原 伶』か……どんな顔してたっけ」
怪盗お願いチャンネルに、俺を改心させて欲しいと書き込んでいた人だ。すっげー個人的な理由で会いに行くから蓮に話しづらかったけど、理由を明かしたら「一人でやってこい」と許可を貰った。
ネットの誹謗中傷とかは気にしない方が良いんだけど、問題は別のところにある。そいつは俺の周りの人間にちょっかいをかけているらしい。
緊急集会の日に、鈴井さん伝手で聞いた話によると、何でも秀尽高校の生徒に俺の悪い噂を流しているらしい。いい気はしないし、知り合いに迷惑を掛けるならやめさせたいが、直接会って俺が話すと厄介なことになりそうとのことなので、こっそりそいつの下駄箱に簡易的な予告状を入れてやった。
「さて、モルガナはいねぇし、片っ端からか……」
目の前に湧いてくるシャドウを片っ端になぎ倒しながら、佐々木原のシャドウを探し回った。
***
「……見つけた」
メメントス内で歪んだ空間を見つけ飛び込むと、そこには秀尽高校の制服を着た女子が立っていた。黒く長い髪を下ろし、俯いて顔を両手で隠している。
「お前だよな。俺の悪い噂を言いまわってる奴」
「乙守……?」
言葉に反応して顔を上げた。……見覚えは無い。
「正直、迷惑してるからやめてもらいたいんだけど。それに俺に不満があるなら直接言ってほしい」
「違う……あなたは乙守じゃない……!」
「は?」
「返して! 返してよ! 乙守を返せぇええ!」
目の前の佐々木原が叫ぶと、体がみるみる内に変形していきシャドウの姿へと変貌する。
「ブラックライダーか」
こいつペルソナの合成でしかお目にかかれない奴だった気もするがそんなことはどうでもいい。コイツは格上だが火炎が弱点だ。速攻で弱点突いて必殺技で仕留める!
「来いっ!! アステリオス!!」
「違うぅっぅあああああ!!」
「あ? ……っと、危ねぇ!」
目の前のササキバラは金切り声を上げて攻撃してくる。
「乙守は! そんなもの出さない!! そんな言葉づかいもしないぃぃいいい!! お前は要らない!! お前は偽物!!」
「……お前」
「あぁあああ!! 私を見るな!! 視界から消えろっ!!」
「……っ!」
襲い掛かろうとしたところをマハラギダインで反撃した。弱点を突かれたササキバラはその場でダウンした。
「……悪い」
ダウンしている隙に、俺は今撃てる最大の一撃を放った。耐えられる訳もなくササキバラは元の姿へと戻った。
「……うっ……ぐっ……うう」
「……」
言葉をかけるため、膝をついて俯いている佐々木原伶に近づいた。
「……バレー部だったんだってな」
緊急集会の日、新聞部の人から佐々木原伶について聞いていた。女子バレー部所属の二年生。成績は普通、クラスでも目立たない立場にいて、趣味は読書。
加えて鴨志田の被害者の一人。……俺が鈴井さんを助けたあの日に、 体育教官室で鴨志田の八つ当たりを受けた生徒。
そしてそれは俺が未来を変えてしまったから起きた被害だ。俺が鈴井さんを助けなかったら、佐々木原伶は鴨志田に体罰を受けずに済んだんだ。
「乙守はもっと真面目な人間だったのに、あいつらとつるむようになってから変わっていった。言葉遣いが荒くなったり、平気で嘘を吐くようになったり……愛想笑いが下手になった」
「……」
「被害を見て見ぬふりし続けてくれてるから私は耐えられてきたのに。アイツを助けたからダメだった。……ねぇあの時」
なんで私を助けてくれなかったの? と彼女は言った。メメントスの暗闇の中でも彼女の涙は光って見えた。
「もう私は変わっていく乙守を見るのは耐えられない。……誰も助けてくれないほうがよかった」
「だから俺の悪い噂を流して貶めようとしたり、改心してほしいと書き込んだわけか」
「……今のあなたを乙守と認めたくなかった」
いい迷惑だよ、本当に。俺に理想を押し付け過ぎてる。
「俺はアンタの理想と期待を背負って『乙守胡桃』を振舞えるほど、強くないし善人でもない。……傷ついてる人を見過ごして死なせてしまうような人間だ。だからアンタも救えなかった。……ごめん」
目を真っ直ぐに見て俺は言った。喉の奥から出てしまっただろう「……ぁ」という吐息に混じった小さい声が聞こえた。彼女はもう一度顔を俯かせて涙を拭い、「謝ってほしいわけじゃなかったの」と言って俺の目を見つめ返した。
「………………好き、でした。ずっと前から」
「……ごめん、それにも望む答えは返せない」
「……それが聞けてよかった。私の知ってる乙守は、私に振り向かないと思うから」
そう言って彼女は光に包まれ姿を消した。彼女がいたその地面に一枚のスキルカードが落ちていた。
「アステリオス」
俺はスキルカードを拾い、アステリオスを呼び出した。するとスキルカードが手のひらの上で浮かび上がり、ゆっくりと回転を始める。俺はそれを握りつぶすようにして砕くと、砕かれたカードの破片が光となってアステリオスへと吸収された。
「……この力で、今度はちゃんと幸せにしてみせるから」
俺は【メギドラオン】を獲得し、歪んだ空間を後にした。