8/28 日曜日 晴れ
一か月の月日が経って夏休みはもう終盤へと差し掛かっている。世間では猛暑や件の精神暴走事件が取り上げられているも、今一番ホットな話題(夏とかけた激うまギャグ)はメジエドの敗北だ。先日の21日に双葉が昏睡から回復し、ものの数時間でメジエドを撃退した。
メジエド打倒によって怪盗団の知名度と評価はうなぎ登り。『怪盗お願いチャンネル』の書き込みは爆増、百貨店の店頭にも怪盗団のグッズが置かれているのを見かける程の人気ぶりだ。
というのもありけり、無事に双葉が怪盗団に加入したものの問題点が一つ。
佐倉 双葉はコミュ障である。まぁ、引きこもって人と接触してなかったし、学校通ってた頃も浮いてたらしいしな。しかし怪盗団に入るにはコミュニケーション能力は必須。というわけで残りの夏休みは双葉のコミュ力上げよう期間になっていた。コミュ障に優しいのか厳しいのか分からんな……。
そんな訳で、今日は俺が暇だったのでルブランに遊びに来た。
「邪魔するでー」
「じゃ、邪魔するなら帰ってやー」
「……」
「な、なんか言えよ! 滑った感じになったじゃんか!」
「いや、今の返せると思ってなかった」
「ふふん。私だってスパルタ特訓で結構鍛えられたんだぞ!」
「じゃあ次はその被りもの外してな」
「それはハードモードだ……」
ルブランに入ったら大仏の顔を被った双葉がノリよく接客してくれた。店内はガラガラでカウンターにはマスターと蓮の二人だけ。ランチタイムなのにこれはちょっとダメなのでは?
「おう今日はアンタか。世話かけるねえ」
と言ってマスターが俺の席にコーヒーを出してくれた。
「サービスだよ」
「そんな、悪いですよ」
「いいんだよ、今は他の客もいねぇし。何より双葉と仲良くしてやってくれてる礼だ」
「じゃあ、お言葉に甘えて………………砂糖とミルク貰えます?」
「なんだ胡桃お前ブラック飲めないのかー? おこちゃまだなー」
「……学校行ってない割には随分大人なようで」
「皮肉か? レスバなら受けて立つぞ!」
「どうどう」
口喧嘩になりそうだった俺たちの間に蓮が割って入った。
「というか双葉は胡桃に対して人見知り発動してないな」
「なんというか胡桃からは波長を感じる。オタク特有の、な」
「いや俺はそんなオタクじゃないし」
「ネオフェザーマン23話のタイトルと内容は?」
「ヴァルトアインザムカイト。フェザーパラキートの過去編だよな。過去編入れると、話進まないから失速する気もするんだけど、やっぱり子供向けらしからぬ重い内容が大人のキッズに人気だったよな」
「隠す気無いだろもう。さっき誤魔化したんなら頑張って隠し通せよ」
「き、記憶力が良いだけだから……」
子供の頃に覚えたものって大人になっても覚えてるものだから……
「あ、そうだ胡桃耳貸せ」
「なんだ?」
「あのな……」
耳元で囁かれると耳に息がかかって少しこしょばい。
「……わかったか?」
「オーケーオーケー」
「じゃあ後でな。忘れるなよ!」
「何の話してたんだ?」
「ん? フェザーマン25話の感想してただけだぞ」
「いやぁやっぱ神回だったわ」
「お前やっぱり特撮好きだったのか」
そんな話をしているとカランカランと扉のベルが鳴って、ルブランの扉が開く。来客者は耳障りなほど爽やかな声でこんにちはと挨拶した。
「ああ、いらっしゃい」
「明智」
「あれ、君たち……奇遇だね」
今話題沸騰中の明智がルブランに入ってきた。
「雰囲気いい店だね。冴さんが言ってただけのことはある」
“冴”という名前を出すとマスターの表情が険しくなる。それもそうだこの前まで脅されていたんだから。
「知ってる事は全部話したぞ。もう話すことはねぇ」
「いえ、今日は美味しいコーヒーを頂きに来ただけですよ。おやそちらは『一色若葉』さんの……」
「……」
双葉は蓮の後ろに隠れて、明智を警戒している。
「ご注文は?」
「じゃあおすすめを」
「あいよ」
明智がカウンターに座ると、マスターはぶっきらぼうにコーヒーを目の前にだしてカウンターの奧へ引っ込んでいった。
「なんか……僕、どこ行っても歓迎されないね」
明智は今、世間からバッシングを受けている。怪盗団を持ち上げている世間にとって、怪盗団を非難している明智は邪魔者なんだろう。まぁそれはそれとして本性は捻くれものだから、皮肉好きで無意識に地雷を踏みぬくのが得意そうではある。
「この店だけだろ」
「はは……そうなのかも……」
蓮の心にも思ってなさそうな適当なフォローをこれまた適当な愛想笑いで返す明智。だがその笑みはすっと消え沈痛な面持ちとなる。重々しい雰囲気を出しながら、彼は口を開いた。
「……僕の母はロクでもない男と愛人関係だったらしくてね、僕を身籠ったあと手酷く捨てられてね、失意で体を壊して早世したんだ。色々なところを転々として……おかげで今は気ままな一人暮らしだけどね」
「……」
明智はコーヒーを一口飲むと、満足そうに笑みを浮かべる。
「うん、おいしい。君は毎日飲めるんだろう。羨ましいな。まさか君がこの店の居候だったなんて、君とはなにか縁を感じるよ」
「偶然が続いただけだ」
「そうかな? でも不思議な巡り合わせだ、君と話していると思考が刺激される」
「なら今何を考えている?」
「うん? そうだな、怪盗団の次の一手……かな」
「そうか。ちなみに予想は?」
「……それは怪盗団によるかもね。彼らがお互いの正義を貫く者なのかはたまた、大衆の期待に応える者なのか、ね」
「そうか」
蓮と明智がポーカーフェイスでお互いを探り合う。明智はコーヒーを飲み終えると立ち上がって代金をカウンターへ置いた。
「さて、僕はそろそろお暇しようかな。時間を縫ってここに来たからね」
「……またのご来店をお待ちしております」
「そうだね。また近いうちに来るよ」
明智は含ませた言葉を残し、ルブランから出て行った。
「出てったか? 塩撒いとけ」
「そうじろー。そんなことしてたらいつか客来なくなるぞー」
「テレビ見てても、なんか嫌味たらしいんだよなあいつ」
文句を言いながらもカップを取り下げシンクへと持っていくマスター。
「でもアイツ、過去にああいうことがあったのは少し、可哀想だ」
「……双葉、その言葉本人に言わない方がいい」
「胡桃の言う通りだな。言うなら本気でバトる覚悟が必要かもな」
「え、なんでだ?」
「……多分地雷だ。あいつは存外プライドが高い」
「そ、そうなのか。でもプライドが高い奴ってあんまり弱いところ見せないんじゃないか? 今の話とか」
「うーん……」
それはわざと同情を誘っているのかもな。この後明智は仲間になったと見せかけて裏切る。蓮に対する警戒のハードルを下げたかったからあの話をしたのかもしれない。
「理解されたかったから……とかか?」
「それも、どうだろうな。理解されたいって気持ちは自分じゃわからないことが多いから。それにその言葉もタブーかも」
「うーん……難しすぎるぞ人の心~~!!」
「天才ハッカーのフタバでも分からないコトがあるんだな」
「にゃにおうこのモルガナが~~!!」
「ニャー!! 弄るなぁああ!!」
「おい、猫をカウンターに乗せるなよ」
「はいはーい。……そだ! 胡桃さっき言ってたやつ」
「ああもう行くのか」
「うん。そーじろー! 蓮! ちょっと出かけて来るなー!」
***
俺は双葉に連れられ、近くのショッピングモールへと来ていた。人が密集しているところを避けて徒歩だけで来たから、双葉も精神的に楽そうだった。
「ふふ……久しぶりだったぜシャバの空気。外と店の温度差で死にそうだ……」
「メダカかよ」
「グッピーがいい」
「大して違わないだろ」
俺達はショッピングモールに花火を買いに来ていた。何でもサプライズで蓮と惣治郎と花火をしたいのだとか。
「よ、よし。ここで待っていてくれ胡桃、私一人で買ってくるぞ……!」
「そこにお徳用花火セットあるから行ってこい」
「お、おう」
店に入って10メートルも無いところに花火が大量に陳列されている。双葉は一番大きいのを手に取ってこちらに戻ってきた。難易度にしたらVERY EASYってところだ。多分保育園の子供でも買いにいける。
「これがいい」
「じゃあレジ行くか。一人で通れるか?」
「……付いてきて欲しい。受け答えは私がするから」
「はいはい」
俺はペルソナのように双葉の背後に立ち、空いているレジを通る双葉を見守った。
「当店のポイントカードはお持ちですか」
「トッ、トウテンノ? お持ちないので、だ、大丈夫です!」
「一点で687円です。現金でのお支払いでよろしいでしょうか?」
「ひゃい!」
「レジ袋はお付けいたしましょうか?」
「お、お願いいたしまする!」
精算を終えてレジを通り過ぎると、双葉はドヤ顔で振り返った。
「ふふん、どうだ出来てただろう! なんせ動画で見たからな!」
「あぁ……うん。そうだな買えてよかったな」
「うん!」
受け答えは自然じゃなかったし、なんならジェスチャーでも伝わるってことは言わないでおこう。
「まぁ、買えてよかったな」
「うん!」
満面の笑みを浮かべる双葉と連れ立って店を出た。テンションを上げて花火の種類を見る姿は同じ年の子供と比べても子供っぽい。
「おお~……1680万色に光り輝くゲーミングススキ花火だって! 人間の色覚の限界超えてんだろこれ。景品表示法の穴を突いたアオリだな! こいつらの血は何色だ~!?」
「赤一色だろ」
「でも血液ってカラーコードにすると#BD0900と#520400っぽい色してるよな」
「いや知らん……」
話してる内容はそうでもなかった。ついていけねぇよ……。
「……なぁ、胡桃の地雷かもしれないけど言ってもいいか?」
「怖い前置きすんなよ。別に地雷聞いても気まずい空気にはさせねぇよ」
じゃあ、と双葉はあっさりそれを言った。
「胡桃と明智って笑い方が似てる気がする」
「えぇ……俺あんな笑顔したことないけど」
あんなに甘いマスクでスマイルしてるか?
「いやそうじゃなくてな。なんかこう……同質なものを感じる」
「どちらかというと正反対な感じするけどな」
「むー、難しいな。……言葉に出力できそうだったら教える」
「そっか頼む」
「――それで胡桃とすみれはその……つ、付き合ってるのか?」
「付き合ってないけど」
なぜそうなったのか。……まぁ思い出すと、異性と一番話してるのは鈴井さんを抜くとすみれが一番な気もしてきたな。
「なぁんだよかった。怪盗団でカップル出来ると気まずいからな! ましてや何股かけてドロドロしたくないし!」
「……それ蓮と女性陣の地雷かもだから口に出さないようにな」
「嘘だろ……」
多分もうそろそろ恋人の一人二人は出来てる頃じゃねぇかな。
***
8/29 月曜日 晴れ
夏と言えば? そう、海ですね。
海と言えば? そう、水着です。
目の前に三人の水着のJKがおるじゃろ? 好きな娘を選ぶのじゃ。ちなみにすみれは新体操の練習があって来れなかった。
スポットライトに照らされるように、真夏の日差しが彼女たちを照らす。
杏はモデルだけあって豊満なバストとスラッと伸びた足で見る者を魅了する。
真は杏ほど胸は無いものの線の細いスレンダーな体形で周囲の目を惹く。
双葉はハッキングが上手い。
「なんか失礼なこと考えただろお前ー!」
「いや別に、可愛らしい水着だなと思った」
「だろー? 二人が選んでくれたからな!!」
無い胸を張って自慢する双葉。ちょろい。
正直双葉もレベル高いから三人並んでも別に見劣りしない。
「じゃあ今から何する? ビーチバレーとかやっか?」
「あーごめん今から女子だけでバナナボート予約してるから」
「三人用一つしか借りられなかったの……ごめんね?」
「え、じゃあ俺達は?」
「荷物番」
「ざっけんな! 扱いが雑過ぎだろ! こちとら世間を騒がしてる怪盗だぞ!」
「終わったら交代するって! 荷物番よろしくー!」
女性陣はバナナボートを借りに去っていった。猛抗議していた竜司はパラソル下で不満を漏らしていた。
「クソッあいつら俺らの凄さを分かってねぇ。俺ら命がけで戦ってんだぞ? そこら辺の奴らと同じなわけねーだろ。もっと現実でもいい思いしても良いはずだ。そう思わねぇか?」
「……確かに」
「だよな? 祐介もそう思うだろ? 胡桃も」
「いってらー」
「なんでだよ! あいつらは俺達の近くにいすぎて気付いてねぇんだ。ここでナンパ成功させて俺達がどれだけすげぇ奴かを示すんだよ!」
なんで、すげぇ奴=ナンパに成功した奴になる。確かに怪盗団で正義を執行してきたし、声出せぬ弱者を数多く助けてきた。加えてメジエドの打倒。世間からの怪盗団の称賛で俺はもうお腹いっぱいだ。
「……ナンパに行くなら俺留守番してるぞ。蓮連れていけよ、一人は引っ掛かるんじゃねぇの」
「よし来た」
「ノリノリだな」
「ちぇー、じゃあ三人で行こうぜ。ハートを盗みによ」
「ワガハイも忘れるなよっ!!」
と言って三人+一匹でナンパに駆り出した。……猫いるならちょっとは成功率上がりそうだな。
……俺が知ってる海の楽しみ方っていうのは、冬の誰もいない砂浜でぼーっとしながら歩くことだ。こんなに大勢の人がいると気持ちが追いつかない。体と心が周りのテンションと合っていないから留守番を申し出た。楽しそうに振る舞って自分を誤魔化してもいいが、なんというかそんな気分にもなれない。
それに、とある考え事と自分の中にある問いかけを解消したかった。
「……」
この夏が終われば事件が起こる。そして人が死ぬ。俺はそれを知っている。その死者とは、秀尽高校の校長と、奥村フーズの社長の奥村邦和だ。
……正直鴨志田の時は、モルガナに廃人化してもいいってぐらいには俺は頭に血が上ってるみたいなこと言ったけど、あれはどうせ死なないって分かってたから言えたことだ。モルガナとすぐに手を組む必要もあったしな。
だが今回は死ぬ。それも社会的にではなく、命を落とすという意味でだ。
そしてこれは
――悪人を見捨てるか、助けるか。
『知っていたけど助けなかった』と『助けられなかった』は似ているようでまるで違う。
結論で言えば見捨てる。何故なら奥村邦和の死はシナリオの進行の必要十分条件なのだから。だから見捨てるのが正解のはずだ。
しかし俺は奥村や校長を敵ではなく“犠牲者”としてカテゴライズしてしまっている。なぜ? 悪い事はしたが、死ぬことはないんじゃないかと僅かでも思ってしまったからか?
たとえ死んでも丸喜先生の理想の世界で生き続けるとはいえ、納得がいってない。
「……あれ? 胡桃一人?」
「ん? ああ、真。どうしたんだ?」
「いえ、スマホを置きにね。海に濡れると危ないから。他の人達は?」
「ナンパ。見返してやりたいんだと」
「成程。考えそうなこと」
呆れたような顔つきになる真。小学校の頃、男子が休み時間を使ってドッジボールしに行く様子を見てた女子がこんな顔してた気がする。
「なぁ、少し相談乗ってもらっていいか?」
「待たせてるから少しだけね」
「単刀直入に言って、悪人を助けるのは良い事か?」
「……難しいことを聞くわね」
真は待たせてるから少しだけと言ったが、目を瞑り、顎に手をあて本気で考えてくれていた。
「状況とか悪人の定義とかは置いといて、その人に罪があるならば、しかるべき場所で裁いてもらわないと。良いか悪いかは置いといて、身勝手な理由で殺すよりはマシだと思うわ」
「そっか。……なんかただ疑問になっただけなんだ。これから怪盗団で活動していくとして、心の底から許せない悪が出た時に俺はどうするのかなって」
その疑問に真はからかうように目を細めて言った。
「それなら
「冗談キツイぜ」
「ふふ、じゃあもう行くね。留守番よろしく」
真は貴重品を置くと、足早に去っていった。
ふと、頭に浮かんだ『お前の親を助けられたかもしれないのに、諦めて見捨てた奴が目の前にいる』なんて言葉を口にしなくてよかったと思った。
「裁く、か……」
そうだ。俺が助けることはなんら悪い事じゃない。悪いのはあるべき罪を償わず、死んでしまうことだ。やろう。犠牲は最小限が美学。手が届くんなら助けよう。
「あぁ……全敗だったぜ」
「何が悪かったんだろうな」
「このフォルム……素晴らしい」
あ、ナンパ御一行が帰ってきた。一人は両手にイセエビを持って。
「気分転換にビーチボールでもするか?」
「……そうだな。モルガナ荷物番頼んだ」
「まぁた、ワガハイかよ!!」
悪いモルガナ。お前は奥村春とエンカウントするためにストレスためてくれ。
俺はスマホを起動してとあることを調べたあと、モルガナとバトンタッチして日差しが当たる方へ歩いて行った。
芳澤を助けられたのは本当に偶然とはいえ、双葉の母親も真の父親も、死亡した場所も時間も分からないわけですから、乙守胡桃が助けられるわけがないんですよね。