9/7 水曜日 晴れ
蓮と杏、そして真が談笑している。場所がアジトであるならよく見る光景ではあるが、周りには他の秀尽生徒が大勢おり、誰もがキャリーケースを持っている。
そう。今日は高校の一大イベントの修学旅行だ。本来は三年であるはずの真は行けないはずだが、巷の怪盗騒ぎや鴨志田の対応で学校側の負担が大きくなり、生徒の手も借りたいということで、監督係として同行することになったのだ。
「そろそろ搭乗手続きだよ」
「時間通り飛びそうだね。アメリカ行きとか欠航多いから」
「あれ? 竜司と胡桃は?」
「っと危ねぇー! ギリギリセーフ!!」
そこにリュックを背負った竜司が走りこんでくる。時刻ギリギリなのは寝坊したのか、修学旅行の準備が出来ていなかったのか、はたまたその両方なのか。
「こんなときまで遅刻?」
「荷物それだけ?」
「たった四泊だろ?」
「竜司なら大丈夫」
「だろ?」
遅れてきた竜司は、蓮の皮肉に気づかずに能天気そうに笑う。
「てか胡桃はまだ来てねぇの?」
「そうみたい。なんか珍しいよね……ん?」
その場にいた怪盗団全員のスマホの通知が鳴った。噂をすればなんとやらで、送り主は胡桃からだった。
『熱出た。お土産頼んだ』
「「「……まじかー」」」
***
9/11 日曜日 晴れ
未だ残暑の厳しい夏の夕暮れ。俺は警察署前のカフェから張り込みをしていた。この日、この時間に秀尽高校の校長は、横断歩道を渡ってる途中に車に轢かれる。俺はそれを防ぐためにここに来た。
場所の特定は思ったより簡単だった。ゲームの映像から考えるに、校長は轢かれるときの服装はスーツだった。学校にいた、もしくはお偉いさんと会っていた可能性が高く、都市部の警察署であることは分かっている。そして警察署の近くには駅が通っており、その線路下の横断歩道。そして信号機の下には花が供えられている。
その条件に合致する場所は一つだけだった。まぁ特定にネット使っても一週間かかったけど。ちなみにこの一週間の間にジャズクラブに行って『チャージ』を習得してきた。飲み物飲んで音楽聞くと能力アップするのどういう仕組みだよと思ったけど、そうなってるなら仕方がない。
それはさておき問題はどう止めるかだ。轢かれそうになったところを助けたところで廃人化して死ぬだけだ。方法は一つ、廃人化を引き起こす要因である明智を見つけて、時間稼ぎをする。
校長は警察署の前の横断歩道で事故に遭った。明智は事故を狙って意図的に廃人化を引き起こしただけだ。ならばその光景を近くで見ていないとタイミングが掴めないはずだ。俺が明智に話しかければ、証拠を見られるわけにはいかないため、廃人化させる行為を中断せざるを得ない。
それで校長が警察署まで逃げ込めれば俺の勝ちだ。
「(来た……!)」
校長が現れた。カフェを出て見つからずに数十メートル先からついていく。
例の横断歩道まであと50メートル。……周りに明智の姿は無い。
あと20メートル。……見当たらない。
10メートル。……いない。
0。……おかしい。姿が見当たらない。横断歩道全体が見える屋内もリサーチしたが、姿はどころか影すらない。
どういうことだ? 未来が変わった? そんな訳無い、鈴井さんが自殺未遂にならなかっただけで鴨志田の罪が消えたわけじゃないし、その責任を負われるのが校長なのは変わらないはずだ。
「(……………………違う。馬鹿か俺は!! 今まで改心で心を盗んだ相手が印象的で、精神暴走した相手の状況を忘れていた!!)」
精神暴走や廃人化は改心と一緒で即効で精神に影響を及ぼすものだと勘違いしていた。
ゲームのプロローグに流れた電車の事故だって、その電車に明智が乗っている訳がないし、奥村の殺害だって、シャドウそのものを殺害したのに廃人化させるタイミングは会見の時だった。その場所に明智がいるとは考えにくい。
考えられる仮定は、精神暴走と廃人化は時限式、もしくは条件のトリガーを引くことで発動するということ。明智がここにいる必要は無い……!
「(……っ! 青だ!)」
信号が青になる。校長が渡るのを躊躇いながら一歩踏み出す。
横断歩道を渡らせるのやめさせたとしても、すでに精神暴走の爆弾はセットしてある。どう足掻いてもこの後校長に待っているのは死だ。
横断歩道は半分過ぎたところで校長は歩みを止めた。廃人化が始まった。
……もう、どうすることも出来ない。
『――本当にそうか?』
「は? うわっ!」
瞬間、白い光に包まれた。
***
光が消え、辺りが見渡せるようになったとき、胡桃は秀尽高校の校長室に飛んでいた。
現実に何一つ変わらない景色を否定するかのように、丸い球のようなものが校長の席に光を放ち浮いている。そしてそれを砕こうとしているシャドウが一匹。
「……は」
不可思議な出来事があったのは理解出来た、だからこそ胡桃は状況を把握し、動くことが出来た。認知世界で培ってきた経験が、考えるよりも速く彼の体を突き動かした。
「ッアァステリオス!!!!」
アステリオスを呼び出し、そのシャドウを巨大な手で圧殺する勢いで握り潰さんとする。
「……【メ ギ ド ラ オ ン】」
胡桃がそう呟くと、シャドウを捕らえている掌から黒白混じった破壊の光が炸裂し、文字通りシャドウが爆散した。
「はぁ、はぁ……なんだこれ……って、またかっ!」
胡桃はアステリオスをしまい、もう一度状況を確認し始めると、またも白い光が辺りを包んだ。
「……ここは、元の……」
胡桃が状況を確認すると、目の前には横断歩道で立ち止まった校長と、そこに突っ込もうとしている大型のトラックが一台。
「っ危ないっ!!」
「え? う゛っっ……」
クラクションの音と、人体がボールのように撥ねられる鈍い音が道路に響いた。
***
俺は付添い人として一緒に救急車に乗って、病院へと向かった。向かう途中で秀尽高校の事務へと連絡して大人を寄越して貰うように頼んだ。
結果、校長は大怪我はしたものの、命に別状は無かったらしい。何でも打ちどころが良かったらしく、数時間後にショックから回復した報告を聞いた。意識は安定している状態であり、順調に回復すれば数日で退院できるとのこと。
よかった。これでいい。この後は狙われる必要は無い。
何故なら校長は、獅童含む特捜部長の人間から切られ、鴨志田の事件を隠蔽していたことを全て話すために警察署へ赴いたのだ。罪で自白したとなれば世間の状況を鑑みて怪盗団の『改心』の影響だろうと多くの人が思うからだ。
そして獅童の部下たちが校長室に偽の予告状を置くことで、この後起こる奥村邦和の廃人化との接点を作り出す。『怪盗団は秀尽高校の生徒』という情報提供に信憑性を持たせるためだ。これによって学校に捜査の手が入り込めるようになる。だが獅童が『むしろ廃人化させて怪盗団に罪を擦り付ければ怪盗団の評価は地に落ち、怪盗団を批判していた私は民衆に支持される』と考えを変え、校長を殺そうとした。
しかし、そうはならなかった。今回の計画の阻止はあいつらにとって大きな意味を持つ。明智のミスではなく、計画に明確な介入があったことから、怪盗団に自身の手の内がバレていると思うだろう。
ならば相手の次の行動は慎重になるしかない、もう一度校長を廃人化させるリスクを起こせないはずだ。校長は罪を告白するならば、計画は完璧ではないが綻びは出ていない。このまま計画は続行し、怪盗団を奥村邦和の改心へ誘導するはずだ。
「……はぁ」
ともあれ、助けた。決して善人とは言えないような人間を。その事実が少しだけ心に引っ掛かった。
「……計画も大幅にズレるかもなぁ……」
***
9/13 火曜日 曇り
「えー、皆様も知っての通り、校長先生が亡くなられました」
甘かった。奴らは徹底的に獅童の言う事を遂行する忠犬だった。俺があの事故の立会人ということを利用し、病院に電話して死亡した瞬間の出来事を教えてもらった。警察の事情聴取が終わると同時に、苦しみだして、そのまま亡くなられたと。体調が悪化する予兆は無く、脈略なく発作を起こしたらしい。
医者が言うには、廃人化で亡くなった人とよく似ていると。
「乙守君」
緊急集会から教室へ戻る途中、担任の蛭田先生が声を掛けてきた。俺はそのまま学校の中庭へと連れられる。
「君、校長先生の付き添いだったんだってね」
「……偶々会っただけですが」
「意識を取り戻した校長先生が言っていたそうだよ。『救急車をすぐに呼んでくれて助かった』と」
「……そうですか」
「僕からはそれだけだよ。……先生の死は君のせいじゃない。落ち込まずにね。僕は先に教室へ戻ってるから」
俺は蛭田先生が去っていった後、中庭の自販機を思いっきり蹴っ飛ばした。
自身の奥底にある納得を認めたくなかった。
「…………………………クソがっ!!」
自販機にはへこみが出来たものの、購入ボタンは相も変わらず点灯していた。俺が何かしたところで壊れるものではないと言っているみたいだった。無駄なことなんだと。
俺の足が、ただ痛かっただけだった。
***
放課後、アジトで次のターゲットの話をしたが、俺は心ここに在らずで、話半分で聞き流していた。
***
「……………………嗤いにきたのか」
『まさか、慰めに来ただけだ』
帰宅後、胡桃はどうしようもない睡眠に抗えなくなって意識を落とした。世界が逆転するような感覚の後、一面闇で塗りつぶされた空間へと移動した。そこには胡桃と同じ背丈背格好をした顔の無い化け物が触手を蠢かし、胡桃を
『救えなくて悲しかったろう……苦しかったろう……辛かったろう……。なによりお前の思い通りにならなかったのが悔しかったなぁ!』
「……黙れよ」
『ククッ……お前らしい感情の噴出だ。だがそれは正当な怒りじゃないはずだ。
――これらも全てお前の思い通りのはずだろう?』
「……なにが言いたい」
『貴様の奥底が分からないと思うか? “我は汝、汝は我”だ。貴様は安心している、そして感謝している』
「だから――!」
『お前はヤツの都合の良い死に感謝しているのだ』
動揺で息が止まった。
『お前は迷っていたな、悪人を助けることに。見捨てることで貴様の計画は恙なく進行するが、己の道徳心が邪魔をしていた。だから仲間に悪人を助ける大義名分を求めた。貴様の行動の責任転嫁を求めた』
「……やめろ」
『よって行動できた。自身の計画に綻びが起きる可能性を危惧したが、自らの善心を肯定するために、奴を生かそうとした……。しかし! 死んでしまった! だがこれでよかっただろう? 見捨てる事の出来ない正義が遂行出来た自身を肯定し! 計画は綻びを生むことは無い!! お前に何一つ悪い事など無いだろう!』
「黙れって言ってんだ!! 俺は本気で救いたかったと思ってる! 命が不当に奪われることが悪だと思っている! お前のそれは詭弁で結果論でしかねぇ!!」
『ハハハハハ! ならば気付いているか?
――お前は一言もヤツのことを“助けたい”と言ったことは無い』
「……ぁ」
『お前は! “助けるべき”など“見捨てない”だの、のたまっているが本心では悪人など助けたくないと思っている!
なら何故お前は助けようとしたか!?
お前は善人でありたいから! 幼稚な正義の味方でありたいからだ!
可笑しいなぁ!! 心の奥底では命を選定し差別している人間だと言うのに!!』
「ち、がう……」
『何が違う。お前はヤツが死んだ時こうも思ったはずだ。これで誰にも皺寄せがいかなくてよかったと』
「っ……!」
『ササキバラと言ったな。一人の手を取ったせいで、一人が犠牲になった。お前が知っている未来を変えたことで生まれた犠牲だ。まぁそんなに落ち込むことは無い。なんせあの悲劇は誰にも予測が出来なかった“結果論”なのだから!』
「……あ、あ」
『笑えよ乙守胡桃。そしていつも通り嘘に塗れた口でこう言え“大丈夫”だと』
「……………………」
『貴様の掌は救うべき人間とそうでないものを剪定できるほどの強大な力がある。
貴様の正義は他人、法律、常識でさえも愚弄出来るほどに自由であり狡猾だ。
正義も悪も好意も悪意も有益な命か無益な命かさえもお前が選別しろ。
何故なら世界の中心にお前はいるのだから』
「俺が……………………決める」
『為すべきことを為せ』
「――……なら期待に応えてやるよ」
突如、巨大な手が顔のない化け物を掴みとる。胡桃の影から出たアステリオスの腕だった。
「俺に剪定出来るほどの強大な力があって、命の選別が出来んだろ? ならやってやるよ。――……次は救う。絶対に」
『全人類等しく救えるとでも?』
「テメェのいう剪定出来る程の強大な掌で、丸ごと救ってやるよ。丸喜先生と一緒にな」
『ククッ……ハハハハハ!! 自己矛盾すらも丸ごと飲み込むほど哀れな貴様にこそ
「二度と顔見せんな」
『次会う時が楽しみだ』
胡桃の意識は再び闇の中へ溶けていった。