9/23 水曜日 晴れ
俺は少し緊張しながら生徒会室のドアをノックした。
「どうぞ」
三回ノックすると、凛とした声が返ってきたのを確認して、扉を開けた。
「おかけになってください」
「失礼します……」
俺は一礼して、机を挟んで座っている生徒会長の対面に座った。……あれなんかこれデジャヴ?
「ではこの前言ってた飲酒の件について伺おうかしら」
「よろぴ」
「……なにか言い残したことはあるかしら」
「もう許す気ないじゃん」
「そんなことは無いわ。初犯なら厳重注意で済ますから。だから……正直に、ね?」
真はニッコリと微笑むがその笑顔が怖い。笑顔の起源は威嚇って聞いたことがあるけどなんとなく分かる気がする。でも「いやー実は飲み過ぎて死んじゃってさ。実は転生して二回目の人生なんだよね! HAHAHA!」って正直に話しても信じてもらえるどころか、もっと怒られる気がする。
仕方ない……使うか『アレ』を……
「うーん。俺はアルコールを摂取した心当たりがあるだけで飲酒したとは限らないと思うんだよな」
「とりあえず説明して」
「いやいやまずさ、飲酒の定義について決めよう。何パーセント以下? どのぐらいの量? それによって俺が飲酒してるかどうかわかる」
秘技『ソフィズムトーク』! 論点をずらして話の流れを変えるのを目的とした、ただの詭弁だ!
「でもあなたカシオレとかカルーアミルクが甘くていいって言ってたわね? それに定義は別に今、決める事では無いし、あなたが状況を説明しない理由にはならないわよね?」
「はい……」
弱点はロジカルな相手には効かないし、正論をぶつけられると論破されるぞ!! カスみたいな言い訳が通じるわけないぜ!!
ダメだこりゃ。普通にそれっぽい嘘吐いて誤魔化すか。
「まぁその……あります。……新年の親戚の席で……」
「そこでカクテル出されるの?」
「親戚がバーテンダーだから、よく振る舞われる……」
「……まぁいいわ。証明しようも無いし、聞きたかったことは他にあるから」
「ほか?」
真は一つ溜息を吐くと、氷のような厳格な雰囲気は崩れ、いつもの凛とした声で質問した。
「お酒ってどんな味だった?」
「それ答えたらまた責めない?」
「私だってそれなりに興味あるのよ? おね……姉もよく飲んでるし」
「なるほどね」
……なんでだろう。新島冴って日本酒とか焼酎飲んで、悪酔いしながら上司の愚痴を言って、最終的に真に介抱されてるイメージあるんだよな。ゲームではそんなシーン一個も無いし、立派なキャリアウーマンとして描写されてるのに。滲み出る苦労人イメージからか?
「いやーでも、俺お酒っていうお酒それしか飲んだこと無いから……どんな酒が美味しいか分からない……けど、美味しい酒ほどすぐに酔いが回るから気をつけた方が良い。確か来年から大学生だよな?」
「ええ。まぁ受かればの話だけどね」
「ちなみに第一志望の判定は」
「Aよ」
「さすが。大学は新歓コンパとかヤバイし……って聞くからとにかく雰囲気に飲まれないようにな」
「わかってるわよ。二十歳になるまでは一滴も飲む気は無いし。……それに初めて飲むときは胡桃にでも教えてもらおうかしら。随分と造詣が深いみたいだし?」
「……そんな冗談言えるようになったんだな」
「怪盗団のおかげでね」
そうやって笑う真の顔は、いつもの大人びたような顔ではなく、ささやかないたずらをして構って欲しい子供みたいな顔をしていた。
「あ、ごめんなさい連絡が……って怪盗団のグループね」
「『今日はメメントスで三人のターゲットを改心させたい』か……多いな」
「こんなご時勢だからかもね。世間は怪盗団一色だからお願いする人も増えてくるのよ」
グループに投稿されたターゲットの名前は、『織田華恵』『本庄信平』『津田利光』の三人。全員主人公のコープを進めるために倒すターゲットだ。丸喜先生のコープも順調だけど、他の協力者とのコープも順調なのか。……あいつ全コープ回収ルートを効率的に進めてるのか?
「それにしても、オクムラパレスで黒い仮面の情報が出なかったのが気がかりね。少し調べてみたけどビッグバンバーガーの競合他社の取締役社長の死因はどれも不審死や事故死みたい。もしくは廃人化で死亡……絶対に関係してると思ってたんだけど」
「奥村社長とは近い関係性ではないんじゃないか?」
「……黒い仮面はフリーランスで依頼をこなしてるだけで、誰かに仕えてる訳じゃないってことね。その可能性が高いかもしれないわね」
一を教えたら十の意図を汲み取ってくれるの滅茶苦茶助かるし頼れるけど、うっかり失言して俺の思惑を悟られそうで怖い。やっぱ俺より頭回るやつは怖いわぁ、気を付けなきゃな。
……俺より頭がいい……か。
「あら? もうこんな時間。悪いわね。ちょっと校長先生が亡くなって生徒会も少しバタバタしてて、このあとちょっと生徒会で話し合いがあるのよ」
「え、ああ、うん。頑張れよ」
俺は椅子から立ち上がって、生徒会室から出ていこうと扉までいって取っ手に手を掛けた。しかし部屋を出ていこうとはしないでその場で少し考えた。
「……? どうしたの?」
……賭けかもしれない。一つでもミスをしてしまったらすべてが瓦解するかもしれない。
でも、これしか方法は無い。
「……真。この前……俺がペルソナを使えなくなった時のこと覚えてるか?」
俺は、取っ手から手を離して真に振り返った。
「俺が『助けを求める人がいたら絶対に助けるし、見捨てたら自分を絶対に許せないタイプ』って言ったこと覚えてるか?」
「ええ。随分と過大評価な気もするけど」
「俺はまだそう思ってる。助けを求めたら応えてくれる人間だって」
……奥村邦和を救うには、一人じゃ限界だ。
だから必要なんだ、怪盗団の司令塔の頭脳が。
「力を貸してくれないか?」
真は俺の言葉に少し驚いた素振りを見せたが、即座に短く、力強く、一言で返した。
「任せて」
***
「……という感じで先生にも一芝居うってほしいわけですよ」
「う~ん……なかなかに責任重大だね」
「そうですか? 特に問題無くすんなり終わりますよ」
翌日、俺は保健室へと赴いて、丸喜先生と秘密の作戦会議をした。周りを警戒してたから保健室に入ったところは誰にも見られていないはずだ。俺はテーブルに出されたコーヒー(なんかいつもより甘い気がする)を一口飲みながら、怪盗団のこれからの動きを先生と共有した。
「俺も色々とお膳立て頑張りますし。先生の今の力でも十分出来ると思います。これは先生の力の『実証』でもありますから」
「……乙守くんはさ。不安じゃないのかい?」
「心当たりがありすぎて……どれのことかはわかりませんよ。全てが不安です」
この作戦には先生の力が必要不可欠だ。だけどそこに行くまでには俺は二度の山場を越えなくてはならない。それは根性でどうにか出来る問題じゃないし、それに乗り越えたところで、この先に待ち受けているのは、どこに転がるか分からないシナリオだ。RTA走者も真っ青のオリジナルチャート。不安が無いと言えば噓になる。
「でも、不安だけど可能性があるんです。道が見えたならそこに賭けてみたい」
「……わかった。僕も覚悟を決めて最善を尽くすよ」
奥村邦和を見捨てる選択肢は無い。死ぬことが分かってる未来を見たのなら、俺は全力で手を差し伸べて死の運命から引っ張りあげるしかない。だって見捨てたら文字通り見殺しになってしまうから。
「……もしもの話をしていいかい?」
「どうぞ」
「もし、君が僕の助けを必要としなくなって、雨宮くん達と共に前に進む未来を選んでも、僕はそれを責めないし恨まない。でもその上で君を救うと誓うよ」
「……なんで今その話を?」
「今の君を見てそう思ったから」
きっとこれは先生が用意してくれた逃げ道だ。自分の元ではなく、あちらの輪で戦うのならそれでもいいと。その選択肢をとるなら、俺は最後、仲間たちから罵倒されずに済むだろう。
相変わらず先生は優しすぎる。でも先生。もうその選択は取れないんだ。
「俺はもう犠牲を出してしまいました。俺が選んだ選択で、変えてしまった運命で救ってしまった人の代わりに……一人の女子生徒が被害に遭いました」
佐々木原 怜。
ゲームには出てこなかった、名を知るまで知ろうともしなかった人。いわばモブAのような存在だったのだ。そして俺が鈴井志保を救った代わりに犠牲になってしまった女子生徒。
「もう俺が歩いてる道には犠牲が出ています。引き返すことはもうできない」
俺が怪盗団に傾く選択肢を取ることはその子に対する裏切りだ。彼女が傷ついた意味を失わせる行為。
「だから大丈夫ですよ先生。俺は迷ってなんていませんよ」
「……なら、いいんだ」
「じゃあさっき伝えた通りにお願いします。先生お邪魔しました」
分かってるよ先生。俺が自分を傷つけてでも前に進んでるように見えてるんだろ。でもこんなのは傷でもなんでもない。
保健室を退出すると、廊下に立っていた芳澤かすみが、軽い会釈をいれて入れ違いで保健室へと入っていった。俺も会釈を返してそれを見送った。
……なんで芳澤かすみがカウンセリング受けに来たんだ? ……まぁいいか。
***
「……なんでカップのコーラにミルク入ってるんですか……?」
「ま、まぁそれは置いといて、……今日もこの前と同じでいいのかな?」
「……はい。ちょっと相談……いいですか?」
***
暴利を貪る強欲の大罪人、
奥村邦和殿。
お前の利益と世界的な名声は、
作業員への非道で成り立っている。
ゆえに我々は全ての罪を、
お前の口から告白させることにした。
***
10/1 土曜日 晴れ
けたたましい警報音が鳴り響き、異常を知らせる赤い信号が、自然光など存在しない宇宙基地を染める。警報の原因を探す者、気にせず作業を続行する者、部下に対処を任せる者など、パレス内の作業員の反応は様々だった。
その混乱に乗じて怪盗団は奥へと進み、オタカラがある発着場へと辿り着く。オクムラのオタカラはバレーボールサイズの球体をしており、何か機械の核のようなものであった。
しかし怪盗団が最初に目にしたのはオタカラではなく、その奥に見える巨大な影。
「なんだアレ!?」
オタカラのその奥に見えるのは未確認飛行物体『UFO』だった。
遠くからでも分かるほど巨大な存在感を放つUFO、名を『ユートピア・エスケープ号』。己が利益のために自身の会社を踏み台にし、政界という名の楽園へと飛び立つための脆い梯子。そんな野望の元であるオタカラが謎のドローンによって持ち去られた。
「オタカラがキャトられた!?」
『当基地は間もなく緊急発射シークエンスに移行します。一部区画は閉鎖、または破棄されます。総員至急安全な場所に避難してください』
「もしかして、あのオタカラ、UFOにまで持っていったんでしょうか?」
「だとしたらマズいな。このままだとオタカラも一緒に飛び去っていってしまうぞ」
「急いでオクムラを改心させて、止めないと!」
「ナビ!」
「こっちだ!」
ナビのナビゲーションに従い道を進む。道中敵が湧いて出たが、数秒を争う状況で戦っている場合ではない。怪盗団はワイヤーを駆使して敵をスルーし、『ユートピア・エスケープ号』の元へと最速で駆けていく。
辿り着いた頃には、オタカラは円盤の中央へと接合し、発射準備シークエンスのアナウンスが鳴っていた。
「……!」
発射場のその最奧、歪んだ欲望を乗せた円盤の下にオクムラは立っていた。UFOはまだ発射せず、行き止まりのこの状況では逃げ場がない。
「さぁてと、追いつかれちまったなぁ社長さん」
怪盗団がオクムラへと近づいていく。絶体絶命の危機にオクムラが取った行動は……。
「わ……悪かった! 私は改心した! この通りだ!」
謝罪。しかも最大限の誠意を見せるため額に地面を付けた土下座だった。
「お父様……」
上体を起こし、正座のまま沈痛な面持ちで静かに語り始めた。
「私のイエスマンだった春……学校でも、習い事でも、私の言いつけどおり……そんなお前が立派になって……」
急に語り出した、オクムラに困惑する怪盗団と、それを静かに聞く春。
「ああ、覚えているか春。初めての運動会を仕事で見に行けなかった時、お前は泣いた。それからだったか、お前が口答えしなくなったのは。……正直に言うと逆に心配だった。でもお前は私に楯突いた。自立を果たしたのだ。ああ、父としてこれほど嬉しい事があるか!」
自身のせいで娘をふさぎ込む性格にしていたことを悔いていたが、今こんな形ではあれど、反抗してくれて嬉しいと。
娘のことが心配で、過去の出来事を憶えているぐらいに悔いているのならばなぜ、変わってしまったのだろうか。
「そんな昔のことを、まだ覚えて……あの頃のお父様は美味しいものを作るために必死で、人を喜ばせたいという夢を描いていた。……どうして変わってしまったの?」
「ゆ、許してくれ春! オタカラを盗まれたら私は終わりなんだ! やめてくれ……! 後生だ頼む……!」
再び頭を地面と平行になるように下げるオクムラ。
「……もう、終わりにしましょう?」
静かにオクムラの元へと歩み寄ったノワールはそう呟いた。春の親を信じたい心から出た言葉だった。野望を捨てて、また一からやり直そうと。
「ああ、春…………お前はなんて――――バカな女だ」
ただ、もうその言葉すら届かない。
実の娘を騙し、信頼を踏み台にしてしまう程、外道に墜ちていた。
彼は手に隠し持っていたスイッチを押すと、強化ガラスで出来た檻が怪盗団を囲む。オクムラへと近づいていたノワール、そして寸前に罠に気付き、回避したモナ以外の怪盗団のメンバーは捕らえられてしまった。
「『損は裏切ってでも取り返せ』……我が家訓だ。蹴落とす冷徹さこそがビジネス。情だの仁義だのは敗者の言葉に過ぎない。正義を拝んで勝負に負けて、どこに幸せがある?」
先程までの沈痛な表情は消え、良心に訴えかけていた男の姿はもうどこにもない。
「っ! 人の心をすりつぶして得た利益で誰が幸せになると言うんです!?」
「敗れるよりはいい! 負債まみれの、あの惨めさよりな! ……私は間もなく政界へと漕ぎ出す。世界の上流へ! ユートピアへ! 歴史に名を馳せるのだ!」
彼は開き直り、口を大きく開いて高らかに叫ぶ。そして野望を語った後にすぐ冷淡な声で娘に問いかけた。
「春、決めろ。そいつらを捨てればこの船に乗せてやる。居座ってもこの基地と共に木っ端微塵だぞ、どうする?」
春は沈黙したまま、オクムラから目を逸らし、背を向けた。その道は歩けないと拒絶した。
「愚かな……! そこのお前はどうだ?」
次にその取引をモルガナへと持ち掛けた。
「生きて出たいだろう? 乗せてやろうか? 本当はそいつらと対立してるんだろう?」
「フン、覗いてやがったか」
「一緒にいても得にならない。そう思ったんだろう? お前は正しい。そいつらを売れ! 利益のために切り捨てろ! ……スイッチもくれてやる、離陸の後でな」
では取引だ。と言ってモルガナに十秒の猶予を与えた。
乗るか、それとも突っぱねるか。
「……ふっ、くくく。舐められたモンだな……」
モルガナの中での答えは一つしか無いと、その取引を鼻で笑ったモルガナが証明していた。
「損得がすべて? 哀しいな社長さんよ。ハルと十七年も共に暮らしてまだ気付けないのか?」
モルガナは春と、そして背後にいる自身の居場所を見る。
「この世には金や名誉で換えられないモノが山ほどある! 自分だけ助かって何の意味があんだ!」
何者でもない自分を受け入れてくれた場所を守るように、彼は強欲に溺れた悪魔と対峙する。
「こいつらの代わりなんて何処にもいない! オマエの提案はハナから取引になっちゃいねぇのさ!」
交渉決裂。
それと同時にモルガナは、パチンコでオクムラの持っていたスイッチ目掛けて玉を弾いた。偶然なのか、はたまたモルガナの強い意志で行動した結果なのか、玉は綺麗に目標へと着弾し、壊れてしまったスイッチは地面へと落とされる。
「うおっ当たった!? ワガハイすげぇ!!」
強化ガラスの檻が解除され、怪盗団はすぐさまモルガナへと駆け寄る。
「さっすがだモナ~!!」
「いいところ持っていきやがって!!」
モルガナの起死回生の一手で状況が好転し、オクムラを睨みつけ臨戦態勢に入る怪盗団。
もう言葉を交える機会は失われた。言葉巧みに騙し討ちするチャンスは来ない。ならばもう、奥歯を噛みしめているオクムラが取れるべき手段は一つのみ。
「フンッ……! 虫けらごとき発進までの間に始末してくれる!」
己が強欲を満たすために眼前の敵を蹴散らすのみ。その敵が実の娘だとしても。