シャドウオクムラは勝利を確信していた。
なぜなら怪盗団はたかが数人。たとえ警察でさえ手が出せない悪と戦っているといえど吹けば飛ぶ人数だ。対しオクムラは、ほぼ無尽蔵ともいえる“人材”を有している。
少数精鋭に対し、圧倒的なマンパワー。
それに勝利条件は怪盗団に勝つことではない。宇宙船が飛び立つまでの間の三十分間をしのぎ切ってここから脱出すれば怪盗団は今後なにも手出しが出来ない。私はこの椅子に座ってただ見ているだけでいい。そう思っていた。
(なぜ……!?)
オクムラの指令通り、次々とやってくるオクムラの奴隷たち。
供給され続け、波のように押し寄せる社畜たち。壊れるまで使い、壊れたら自爆させる。その身が朽ち果てるまでの滅私奉公は、怪盗団を消耗させることには成功した。
(なぜ一人も倒せない……っ!!)
そう。消耗させることだけは出来た。ただその消耗すらも怪盗団にとっては短い距離を全力で走った程度の疲弊に過ぎない。
『社畜ロボ・TYPEヒラ』はちぎっては捨てられ、
『社畜ロボ・TYPE主任』も歯が立つことはなく消し飛んだ。
『社畜ロボ・TYPE係長』にいたっては攻撃を許されることは無く。
『社畜ロボ・TYPE課長』がようやく攻撃を入れたかと思えば、倍返しで返される。
怒涛のように押し寄せる社畜を、的確に弱点を突き、丁寧に一つずつ処理をしていく。敵が変われば怪盗団もバトンタッチをして交代して合わせていく。戦闘の補佐としてオクムラは認知存在のハルを呼び出し、戦闘に役立つ補助をさせていたが、それを黙ってみている怪盗ではない。
あちらが搦め手でくれば、こちらも手を変え品を変えとばかりに様々な手段で攻略されていく。
勝利を確信していたオクムラの顔に焦りが浮かぶ。無尽蔵にも思えた人材も底が見えてきた。ガラクタの山を乗り越えて、首筋にナイフが突きつけられるかもしれないという危機感を肌で感じた。
「惑わせ……ミラディ!!」
骨太だと思っていた『社畜ロボ・TYPE部長』すらも跡形もなく破壊される。オクムラの目に映るのは砕け散ったガラクタと、余裕綽々とばかりにオクムラを見つめる怪盗団。彼らの底知れない力にオクムラは恐怖していた。
(そうだ時間……! ここまで稼いだらあと数分だろっ……!)
縋るようにオクムラは自身のタイマーを確認する。
【発進マデ アト 16 分】
「っ……!」
残り少ないはずだ。そうであってくれと願ったオクムラの願いは霧散する。時間だけは誰にとっても平等の味方であり敵なのだ。
怪盗団がオクムラへと近づいていく。ままならぬ社畜たちに腹を立て、オクムラは最後の人材を呼び出した。
「専務! 来い専務!」
『ありがとうを世界中に』というスローガンと共に、社員ロボとは比べ物にならない程の巨大なロボが現れる。
「専務! 私の右腕として責務を果たせ!」
『承知いたしました』
怪盗団へと立ちふさがったソレは。巨大な腕を振り回し怪盗団へと攻撃する。
「っ……ヨハンナ!!」
「カルメンッ!!」
怪盗団も負けじと隙を見て、反撃を喰らわすがダメージは微々たるものだった。
『全てはオクムラ様のために!』
『役員ロボ・TYPE専務』が大技を繰り出すために、力を溜め始める。
「……! 叩こう! 今しかない!」
「でも相手は頑丈よ。ここは一度防御して、大技をやり過ごした方が……」
隙は出来たが、ここで倒せなければ返しの一手で壊滅する危険性がある。安全策を取るなら防御をした方がいいと真は提案した。しかし時間は有限だ。残り時間を正確に把握していない怪盗団には悠長にしている時間は無い。
「いえ! 大技を出されるまえにこっちも大技をだしてしまいましょう!」
だからこそすみれは前に出た。ここが今、勝負どころだと。
もちろん焦りからくる短絡的な行動ではない。
「やろうナビ! 考えてたやつ!」
「ふふん。ぶっつけ本番か。アドリブ全開でいくぞ」
「……! ホシが……!」
蓮の懐にあるホシが空想を具現化するために光り輝く。
パレスの一部が、彼女らの認知で塗り替えられていく。
望んだ場所はショーの舞台。天幕が上がりその壇上に立たされているのは件の『役員ロボ・TYPE専務』だった。
その巨体にスポットライトが当たると、舞台袖に双葉とすみれの姿が現れ、マイクを持って喋り始める。
「これからご覧いただくのは、華憐で過激なマジックショー!」
「演目は大脱出。ド派手に失敗したら拍手喝采!」
では! と言って双葉が天井に吊るされている紐を引っ張ると、『役員ロボ・TYPE専務』の真上から鉄製の大きな箱が落ちてきて、巨大な体をすっぽりと覆いかぶせてしまう。その鉄製の箱には酸素を取り入れるための小さな空気口が開いており、真っ暗な鉄箱の中を照らす唯一の光源だった。
……ただ少し言い方を変えるならば、ちょうど鋭く尖ったものが入りそうな穴が無数に開いている。
「種も仕掛けもございません」
すみれはどこからともなく無数の剣を取り出し、新体操のバトンのように空中に放って弄ぶ。そして手に取った剣を箱の穴に躊躇なく刺していく。一本、二本、三、四……途中から数えるのが億劫になるほどの剣を突き刺した。宣言通り、種も仕掛けも無いのだから中がどうなっているか想像に難くないだろう。
無数の剣を刺し終わり、すっかり針鼠となった箱の前に二人は立つ。
そして彼女らの前には謎のスイッチ。
「それでは最後は大爆発!」
「んじゃポチッとな」
双葉がスイッチを押すと、すかさず二人は舞台から離れる。
数秒が流れた後、全てを吹き飛ばす大爆発で『役員ロボ・TYPE専務』はおろか、舞台まで吹き飛んだ。
「「せーのっ……サラダバー!」」
そして最後は大爆発を背景に二人はポーズをとってフィニッシュを決めた。
「いや、エグ」
「想像以上にド派手な大失敗だった」
「ね、ねぇクイーン」
「目を輝かせないでノワール。あれはやらない」
「おい、まだ気を抜くなよ。戦闘はまだ続いている」
過激なマジックショーで、オクムラの右手は倒したものの、まだ本人と認知存在であるハルが残っている。
「クソッ……こうなったら……春! お前が行け! オクムラフーズは私が倒れたら終わりだ! お前ならわかるだろう!?」
『承知致しました。お父──』
「もう私は! お父様の言いなりなんかじゃないの!」
春はバズーカ砲を構えて発射した。お人形のように言いなりだった過去との決別を乗せた弾は、認知存在のハルへと着弾し、爆発と共に認知存在のハルの姿は消え去った。
爆発の余波でオクムラが座ってる椅子が故障し暴走する。一種のアトラクションのように不安定な機動で上昇した椅子は座っていたオクムラを地面へと振り落とした。
「ゴホッ、ゴホッ……っ!?」
「動くなよ」
振り落とされ地べたを這うオクムラはすでに怪盗団に包囲され、銃口を向けられていた。
「もう終わりだ。大人しく宇宙船を止めろ」
「……わかった。私の……負けだ」
オクムラが負け惜しみを言うことなく、絶望と喪失の中、敗北を宣言した。これで利益のために人を蹴落とした強欲の悪魔は地に落ちた。
***
地面に正座するオクムラを取り囲む怪盗団。改心したオクムラは春の婚約者との縁談を取りやめ、春に土下座して謝罪した。
「それで? 精神暴走と廃人化、お前の仕業なのか?」
「確かに私は会社を成長させるために、商売敵を潰すために多額の金を払ってきた……だが、私はやっていない! 契約があり、排除を依頼しただけだ!」
「依頼……!?」
「言ってた通りですね」
それは誰かを聞き出す前にパレスが崩壊し始める。オクムラも下を向いて泣いているだけでこれ以上聞き出すことは難しい。
「……お父様」
春が近づいてオクムラと目線を合せるように屈む。
「自分の責任は自分でしか果たせない。お父様が言った言葉です。これから背負う様々な重責を私だけに背負わせないで下さい」
「……まだ、付いてきてくれるというのか?」
「ええ。だって私、奥村の娘ですもの」
春はオクムラの手を握る。きっとまだやり直せると信じて。
「お父様は許されないことをした。簡単に償えるものではありません。けれどいつしか、許される日が来た時のために私はお父様の居場所を作っておきます。……それは小さなコーヒー店かもしれないけれど」
「ああ……春。すまない……! また、ゼロから、いやマイナスから私はやり直す……」
オクムラの体が光りだす。改心し、現実の心へと帰ろうとしている。
「こんなことを言う資格はもう無いが……春……私は……お前を──」
その先の言葉を言う前に、オクムラは消えてしまった。春が握っていた手は空を切っていた。
「……ハッ! これお父様大丈夫なの!?」
「この前言ったろ? 現実のオクムラの心に戻っただけだ。心配することない」
「だけど今はそれよりも、オタカラと脱出だ!」
怪盗団はオタカラをもらい、崩壊していく宇宙船をモルガナカーで走り抜け、パレスが消滅する寸前のところで脱出した。
***
「……ッ」
明智吾郎は怪盗団より一足先に脱出していた。
物事がうまく運ばない苛立ちを甘いマスクで隠し、周囲から怪しく思われないようにオクムラフーズのビルを立ち去る。
(作戦は中断、アイツらが悠長に茶番してるからパレス内のターゲットが居なくなっただろうが)
明智の目的は奥村邦和の廃人化。そのためにパレス内にいるオクムラのシャドウを殺してしまえばいいのだが、春の説得によってシャドウは現実の心に帰ってしまい、殺害するタイミングを逃した。
(まぁいい。こんど何かしらの理由をつけて接近し、廃人化のトリガーを引けばいい)
明智の力はパレスを持っていない人間でも廃人化することが出来る。それを使い獅童の計画の軌道修正をしようとしていた。
(まずはここを急いで離れなければ)
交差点の信号が赤になって立ち止まる。早くこの場を離れたい明智は歩道橋の階段を上がる。
(計画に支障はない。このまま…………)
「よぉ」
──明智は足を止めた。
道路を跨ぐ橋の上で、男が立ちふさがっていた。その呼びかけはどう考えても自分に向けられているものだと確信した。
偶然などという言葉では片づけられない再会。どういう意味を持ってそこに立っているのか明智は瞬時に理解した。
「秀尽高校の校長は精神暴走で死んだみたいだぜ明智? いや、今は黒い仮面って言った方が正しいか?」
あの場で戦闘どころか姿すら見せなかった怪盗団の一人が笑う。
出し抜いてやったぞと。
「乙守胡桃……っ」
「取引しようぜ明智吾郎。俺達のネガイのために」