近場の喫茶店に入り、明智はブラック、俺はカフェモカを頼んで席に座る。
「腹減ってたからホットドッグでも頼めばよかった」
「無駄話をする気はない」
「はいはい」
明智は人差し指でテーブルをトントンと叩いている。苛立っている様子を隠す気はないらしい。
「じゃあ単刀直入に言う。奥村邦和の廃人化を止めろ」
「それは出来ない」
「なぜ?」
「その理由を君に言う必要があるかい?」
まぁ当たり前だ。明智が奥村邦和の廃人化をしようとしているのは、獅童からの依頼のはずだ。安易にその情報を明かすわけがない。
「取引してくれなきゃ、お前の正体をマスコミにタレこむとか」
「脅迫? ご勝手に。門前払いが見えてる」
「だよなぁ」
廃人化の犯人は明智吾郎ですって言っても信じてもらえるわけが無いし、万が一信じてもらっても上の奴らが消しにかかるだろう。この手の脅迫は明智に通用しない。
「……君たちはもう詰んでる。ここで僕と取引してもなんの意味もない」
「君たち? 勘違いしてるな。怪盗団にはこの事言ってねぇよ」
「なに?」
じゃあここからが勝負だ。しようぜ騙し合い。
「そうだな……怪盗団を売るっていうのが俺から出せるメリットだな」
「……どういうことだ? 仲間じゃないのか?」
「最近まではな。方向性の違いってやつだよ」
よし。明智が興味を持ち始めた。このまま会話の主導権を握りにいけ。
「世間からの怪盗団の評価は上がった。だから俺は提案したわけだ。改心を使って金稼ぎしようってな」
「もしかしてあの掲示板を使って?」
「そうそう。ユーザーが書いた悪党を改心して、その後代金を貰う。稼げるビジネスだろ?」
んなわけねぇだろバーカ。そんなのすぐ足がついて終わりだわ。
「でもあいつらは全然分かってくれなくてな。ちょっとメンバーの間で軋轢が生まれたわけ。だから今日の奥村邦和の改心に呼ばれなかったんだよ。そしてコッソリついてきた俺は、思い立ってお前に話しかけて取引してるってわけ」
いやー、我ながらバカすぎて笑いそうになる。猿の方がもっと考えるわ。
でも明智。お前こういう奴嫌いじゃないだろ。俺みたいにバカでマヌケで自分が上だと思っていて、利用しているつもりが利用されてるような愚か者。簡単に利用できるから。
「だから、俺も勝ち組のそっち側にいきたいわけ。そのためなら怪盗団切るぜ?」
「……君はどれだけ知っている?」
乗ってきた。よしじゃあこのまま俺を気持ちよく喋らせてくれ。
***
「明智と取引して怪盗団を売る!?」
「竜司声でかい」
「あ、わりぃ」
これが今できる最良の提案。まぁ売るって言っても交渉のカードとして見せるだけだ。明智は怪盗団のメンバーを全員目撃しているからな。
「今はもうなにやっても詰みの状態だ。なんならいっそこのまま引っ掛かっちまって、その後盤面をひっくり返す」
「ど、どうやってですか?」
「……もし胡桃の取引が上手くいった場合。私達が手に入れるのは、世間からの信用の失墜と犯罪者のレッテルよ。その次に警察が怪盗団逮捕のために動き出すわ」
「逮捕……」
普通の高校生には現実味の無い逮捕というワード。その言葉で皆に動揺の顔が浮かぶ。
「でも逮捕するには証拠が足りない。んでもって見つかるわけがない。なら奴らの最善手は証拠の要らない現行犯逮捕だ」
「え? 警察が認知世界に来るってこと!?」
「黒い仮面がそこと繋がってたなら、あり得なくもない。もし本当に明智だった場合繋がってる可能性も高いはずだ」
なら次に奴らはどう出てくるか。
「もう俺達を逮捕しようとする計画は練ってあると思う。次のパレスできっと捕まる」
「でもその危機的状況をひっくり返す案があるってことだよな?」
「今から考える。まだ猶予は十分にある。俺があっち側について情報を常に共有すれば対策も立てやすいだろ」
まぁそんな事しなくてもあっち側の事情は大体知ってはいる。ひっくり返す案もゲーム通りに認知世界を使った生還トリックで大丈夫だ。それは俺の提案じゃなくて怪盗団に閃いてもらおう。
「だから今回の胡桃の役割はスパイってこと。黒い仮面側についたと思わせて、あえて罠に乗っかる。でも被害は最小限に」
「でも最後は俺たちがもらっていくと」
だから俺が求められているタスクは三つ。
1.明智と交渉して奥村邦和の廃人化を止めること。
2.黒い仮面側(獅童一派)の味方になること。
3.黒い仮面と繋がっている組織のボスの名前を探ること。
3に関してはもう原作知識で『獅童 正義』と知っている。これは怪盗団の信用を得るための手札にしよう。情報を抜き出せたという証明にもなる。
問題は1,2だ。俺の地力で踏破しなきゃいけない問題で、ここで失敗すると全てが瓦解する。
絶対にミスは出来ない。
***
「──……まぁこんな感じだな。俺がお前らについて知っていることと、次の動きの予想は」
「ふぅん。ただのバカじゃないみたいだ」
作戦会議で話したように黒い仮面らは、奥村邦和を廃人化させて、怪盗団を捕まえようとしていることを話した。
「正直、俺だって捕まるのはゴメンだ。ならそっち側に身を置きたい」
「……さっきから言ってる。メリットが無い」
「そうか? 怪盗団の情報はそっち側にとってかなり大きいと思うけど?」
「違う。君にとってメリットが無い。奥村の廃人化を止める事がなぜ君のメリットに繋がる? いずれこっち側について怪盗団を捨てようとしている君に奥村を殺さないメリットはない」
「あー……それはだな……」
やっべぇ……相手の利益のことだけ考えて、それは考えてなかった。
死なせたくない理由? 死んで欲しくないからだし、救いたいだからだけど!? 俺にとっては十分メリットだけど、明智はそれじゃ納得はしないだろ。
捻り出せ……捻りだせ……それっぽい理由……!
「……大事な友達の……父親だからだ。その人の悲しむ顔は見たくない」
アホ────ッ!! 取引に感情論を持ち込むな!!
「……ふぅん」
あれ? 特になにも思わないの意外だな。
「でもお生憎様。奥村の廃人化については無理な相談だ。君も予想していた通り、廃人化させることで怪盗団の信用の失墜が目的だからだ。代替の案は存在しない。……この場を無かったことにしておいてくれたら、君の事は見逃してあげてもいいけどね」
交渉は決裂だと言うと、この場を離れようとその場を立つ。ここで終わるとマジでゲームオーバーだ。
……切るかあの手札。
「──獅童ってのは酷い父親だよな」
席を立った明智が、その目力だけで殺せるような視線をこちらに向ける。
おー、いいねその目。動揺と怒りが隠せてないぞ。プライド高いお前が一番嫌いな行為だもんな。土足で自分の心に上がられるっていうのは。
「……何を知ってる」
「
「ふざけるなよ」
「じゃあ考えなかったのか? 俺もそういう特殊な力が使えるかもしれないってことに」
もちろん嘘……とも言い切れないんだよな。俺の中になんか居るし。
「俺はお前と似て非なる力を持ってる。その力でお前と獅童の関係を知ってる」
でもこのハッタリは俺にしか切れないカードで、明智にしか通用しない切り札だ。
「座りなおせよ。俺はお前らじゃなくて、お前と取引しにきたんだよ明智。
「チッ……」
明智は素直に俺の言う事を聞き、椅子に腰を掛け直す。
「要は精神暴走事件を怪盗団になすりつければいいんだろ?」
「それが別の方法で出来たら考えなくもない。出来たらの話だけど」
「奥村邦和に全ては怪盗団がやったと緊急会見で言わせる。そしたら怪盗団に精神暴走事件の罪を擦り付けられるだろ?」
「それは
「そこは気にするポイントじゃないだろ。確かに今言った点を気にする奴らは大勢いるが、そんなもんは勝手に考察させておけばそれっぽい理由がネットに出回る。『怪盗団が墓穴を掘った』『実は奥村社長は改心をされておらず、本当の意味で改心して自白した』『本物の正義の怪盗団が改心させた』……前後の矛盾なんて無視できる。真実なんて大衆にとって興味無いものなんだから」
「……それで? 改心した奥村社長にそう言って欲しいとお願いするのか?」
「ああ。そうだ。そういう力を持ってる。そうだな……10月8日。それまでに奥村に事実の曲解をさせておく。お前らならその確認するのは朝飯前だろ」
記者会見を開くっていうんなら、奥村が何を話すか関係者と事前に打ち合わせるはずだ。そこで潜り込ませて確認させればいい。
「わかったよ。それでいこう」
「よかったこれで交渉成立だ」
「……本当に怪盗団を裏切るんだな?」
「……これ前も言った気がするけどさ。俺にとって怪盗団って利用するものなんだよ」
***
オクムラパレス崩壊後、胡桃以外の怪盗団はルブランの屋根裏のアジトで、取引の結果を待っていた。
「あっ胡桃帰ってきた!」
「どうだった。結果は!?」
胡桃は下を向きながら、辛気臭い雰囲気でアジトへと戻ってきた。それを見て不安になる面々だったが……。
「いぇい大成功」
顔を上げ、てへぺろダブルピースをした胡桃をみて、安心と苛立ちで殴りかかってきた。
「おまえ驚かせやがって!!」
「いやー信じてたけどなワガハイは!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い!!」
竜司にはヘッドロックされ、他の人からは腕を抓られる功労者。
「とりあえず一安心?」
「あとは改心したのを待つしかないわね」
「それと明智達がどう出てくるかもな」
「ちょ、ギブギブギブギブギブギブギブ!!」
とりあえず山場は超えたらしい。安堵した怪盗団は大きく息を吐いて肩の力を抜いたのであった。