10/4 火 晴れ 昼
俺はある目的があって春を探していた。大体この時間だと屋上で野菜や花の面倒を見ている頃だ。『関係者以外 出入り禁止』と書かれた張り紙を無視して屋上へと足を踏み入れる。
「あれ、胡桃?」
屋上の扉を開けると、プランターに水を上げている春の姿があった。
「どうしたの? 一人ぼっち?」
「そう、ぼっちで暇してる。今はやることがなくて」
「じゃあちょっと手伝ってもらいたいんだけど……」
「がってん」
春の言われた通りに肥料を運んで脇へと置いたり、茎が折れないように棒立てをつけたり、追肥して水やりして、雑草抜いて、一人の作業にしては重労働だ。
「お父さんの様子は?」
「一言で言うと不安定。疲れた顔をして、目元に涙の痕が残ってて、ため息をよく吐いてる。……一緒の空間にいると息が詰まりそうなのは変わらないけど。周りの人も慌ただしく動いてて、今は家にいても落ち着かない。むしろ学校の方がリラックス出来る気がする」
「……」
「もしかして心配で来てくれたの?」
「……そんな感じ。相談に乗れるほど力にはなれないけど、吐き出すことは出来るだろうなと思って。ほら、親密な仲になるほど打ち明けるの難しいっていうじゃん。今のうちに不安をぶちまけちゃってもいいのかな、と」
「あら、親密な仲だと思ってたのは私だけだったのね。残念」
「……意地悪言っただけ? それとも天然?」
「さぁ、どちらでしょう」
「うわ面倒くさ」
「ちょっと」
ジト目で見てきつつ、そうだなぁ。と、春は手を止めた。
「パレスでお父様と戦ったとき、お父様が消える直前に私になにか言いかけてたの。『春、私はお前を……』って。その言葉の続きって何だろうなって。それ最近考えてる」
「……『愛している』でいいんじゃね?」
「そう、なのかな。そう思っていいのかな……」
春は顔を俯かせ、悲しげな目つきをした。
何か言葉をかけようと口を開いたが、口を閉じた。春だってその事について考えたはずで、きっと色んな葛藤があったんだろう。だからこそそんな顔を見せている。
俺の二度の人生を含めても、春の歩んでいく道の重さと比べたら軽すぎるものだろう。春の気持ちの全てを慮ることは出来ない。
「……そう思っていいと思う」
でも、俺は奥村邦和の罪悪感と人を愛せるその善性は知っている。だって俺は見たから。理想の世界で幸せそうに笑う二人を。どっかで手段と目的が入れ替わり、欲望が歪んでしまっただけで、娘を想う気持ちは根底にあったんだったと思う。
「……こういうのはやっぱ蓮の方が向いてるかも」
「いいよ、大丈夫。ちゃんと元気でたよ」
「逆に励まされた……あれだ。ホント、力になれること少ないけど、何でも言ってくれ。絶対力になるから。」
「……ありがとう」
自分の無力を呪いながら、土いじりを再開する。
「あ、見て見て! ここ花咲いてる」
「え? あぁ、本当だ」
同じくプランターの野菜を見ていた春が、葉の影に隠れていた花を見つける。
「これ、野菜の花じゃなくて?」
「ううん、ビオラっていう花だよ。……誰かが間違えて植えちゃったのかな」
「周りから栄養吸い取るから取り敢えず摘まないと」
「あ、待って」
春はそう言うと立ち上がって、空になっているプランターの山から、小さなビニールポットを取り出して持ってきた。
「これに植え替えましょう。せっかく咲いたんですもの」
周りの植物を傷つけないよう、丁寧にスコップで土を掘り返し花を抜く。根鉢を崩すことなく植え変えて土を入れる。
「こうやって整えると様になるな」
小さなポットの中でもビオラは誇らしげに咲いていた。
「枯れなきゃいいのにな。そしたらずっと綺麗なのに」
「胡桃って意外とロマンチスト」
「……普通でしょうが。そのまま咲きつづけてほしいって願うのは」
綺麗なものは綺麗なまま永遠に。いつしか枯れてしまうのは悲しいし辛い。
「でも枯れても種を落として、繁殖して、また新しい花が咲くの。それを遥か昔から繰り返して、命を紡いできて、今ここで咲いてる。それはちょっと神秘的かも」
「……」
「……私、頑張るよ。きっとモナちゃんや怪盗団に出会わなかったら、雑草みたいに捨てられる運命だった。だからあの日、勇気を出した私自身に、恥じない私でいたい」
誓いの言葉と共に微笑む春を見て「ああ、強いなぁ」と。
その強さは俺が羨望しているものであって、否定したいものでもあった。
もしかしたら俺は、奥村春の強い性根が苦手なのかもしれない。
あと数か月もしたら俺は怪盗団と敵対する。その時怪盗団はどういう表情を浮かべるんだろうと想像したことがある。
罵倒されるぐらいならいい。
一番辛いのは『まだ間に合う』と手を差し伸べられること。乙守胡桃を信じて、その善性に賭けて説得を試みられる。
そして一番それをしそうなのが奥村春だった。正々堂々と真っすぐに見つめる彼女の目が、俺の内面に手を差し伸べられているみたいで嫌だった。
「あー……その、ところでさ。今までいたターゲットもそうだったけど、改心した後って精神って結構不安定になりやすいんだよ。きっと社長も例外じゃないと思う」
そんな後ろめたい気持ちを隠し、ここに来た本来の目的を果たすため話題を変えた。
「心配ならさ、知り合いで凄腕のカウンセラーを紹介したいんだけど」
***
10/11 晴れ 夜
洒落たテーブルを怪盗団全員で囲み、双葉の用意したモニターで生中継を見ていた。
『実は……』
カメラに映る奥村邦和は廃人化の真相を語り始めた。「廃人化の実行犯は怪盗団」と。
春を介して丸喜先生と奥村邦和を会わせ、簡単なカウンセリングをしてもらった。もちろん奥村邦和の『曲解』が目的。『廃人化事件の首謀者は怪盗団』という認知を植え付けるためだ。
結果を見て胸を撫でおろす。ようやく肩の荷が下りた。この世界がゲームだったらセーブしたい。
「おーおー、板の実況荒れてるぞ~」
双葉が楽しそうにPCのキーボードを叩いている。
「もうネットには荒唐無稽な陰謀論が飛び交っているな」
「明日の朝刊の見出しは決定ね」
「怪盗団の世間の評価はガタ落ち」
「──だけど勝負はここから」
蓮の一言で全員が頷く。全員の顔には不安そうな表情は見えない。むしろ不敵な笑みを浮かべている。
「敵が動くまで一旦待機だ。胡桃からくる明智の連絡を待とう」
「胡桃、連絡来たか?」
「そんな早くに来ねーよ。でもあっちはあっちで仕事はしてくれたみたいだ」
「そうだね。ちゃんと会見で社長に『廃人化の事件は怪盗団の仕業だ』って言わせてる。……一応胡桃の協力に期待してくれてるから応えてくれたってことでしょ?」
「ああ。期待されてるみたい。俺」
会見で奥村邦和に廃人化の真相を語らせる件について、怪盗団には明智より上の連中が動いて奥村にそう言わせるよう仕向けたと説明した。先生の曲解が怪盗団にバレるわけにはいかないからな。
怪盗団と明智でそこに齟齬が生まれたが、それについてお互いに話す機会は無いだろうからバレる心配はないはずだ。
「ふぅ……でもまぁ……今日ぐらいはまだはっちゃけてもいいよな?」
「行くかアトラクション」
竜司と蓮が席を立ち、テーブルの上にパークの地図を広げる。
「まだ乗るの!?」
「せっかくの貸し切りだから!! 全部行かなきゃ!!」
「お土産も買いに行きたいな」
それに乗っかるように春も杏も地図を覗き込みに行く。祐介と双葉も参戦し、地図に指を差してそこの隠れ〇ッキーなるものを探したいと。それを見て真はやれやれと言った顔で意見を纏めて効率的に進めるルートを決める。
「胡桃先輩は行きたいところあります?」
「あの落ちるやつ行きたい」
「じゃあ先にそっち行ってから竜司の――」
一つの紙を皆で覗き込んで、段取りを決めていく。こういう同年代の人と皆で何かするっていうのは楽しい。
こうしてはしゃいでるとつくづく自分は大人のように落ち着いた雰囲気は身につかないんだと思う。
それもそうか。前世では大人になる前に死んだから大人を知らないし。正直知らないままでもいい。
きっと大人になったらまた何か忘れてしまうから。
だから、せめて、この一瞬が楽しいと思ってしまった俺の気持ちだけは、忘れたくない。
忘れてはいけない。
***
夢の国から帰還して、今は現実マシマシの自分の部屋にいる。
オクムラパレスの攻略はこれで終わり。予定なら次は新島冴の改心だが、時間はまだある。ノートを開いてもう役にも立たなそうなスケジュールを眺める。
怪盗団を誘導することには成功している。
明智も今のところは疑われずに済んでいる。
丸喜先生は順調に力をつけている。
全部が全部上手くはいってない。偶々噛み合っているだけで進んでいる。突然どこかで瓦解するかもしれない綱渡りの未来。
そして俺にはまだやるべきことが残っている。
「なぁ、触手野郎」
今の俺にとって最大のイレギュラーであり、パンドラの箱。
「話がしたい」
俺は自らその蓋を開けて、眠りに落ちた。