幸せなバッドエンドを目指して   作:ぽんしゅー

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#51 お前はこの世に存在してはいけない生き物だ

 

 弱い波としじまの間で、流されてしまいそうな彼女の声が聞こえた。

 

『タロットでいうと星の話なんだって』

 

 本格的に寒くなる一歩手前の10月半ばの海。誰もいない海に行ってみたいという彼女の要望で二人は砂浜を歩いていた。彼は二歩先を歩く彼女の、砂浜についた足跡をなぞるように歩く。

 

『この前貸してくれたゲームの話?』

『そう。と言っても“元”の方のね』

 

 彼女はぴちゃぴちゃと、向かってくる小さな波を蹴りあげる。彼の目線は彼女から水平線へと向けられた。久しぶりに見た海の光景を目に焼き付ける。

 

『前々作は13番目の『死』に向かって話が進んで、前作は14番目の『節制』がテーマなんだって。そのシリーズじゃないけど、その次に出した作品が15番と16番の『悪魔』『塔』……誘惑と破滅の物語。だからその次に出た作品は17番目の『星』。破滅からの“希望”がテーマなんだって』

『へぇ~、ソースは?』

『雑誌の特別コラム。ディレクターが語ってた』

 

 それでだよ。と、ここから本題という風に言葉を溜めて言った。

 

『じゃあ三学期のあのエンドはタロットに例えると『月』じゃないかな? って思うんだ』

『ごめん。俺あんまりタロットに詳しくなくて。話の流れからすると18番目が『月』なの?』

『そう。でね、正位置の意味が『幻惑』『現実逃避』『欺瞞』とかなの』

『へータロットの正位置っていい結果しかないイメージだったから意外』

『そのイメージは合ってるよ。『月』が特別なんだよ。逆位置の方が良い意味があって『過去からの脱却』『徐々に好転』『未来への希望』とかね。でも他にも根拠があって、マルセイユ版のタロットの絵には精神世界の事象、または理想化された状況を意味してるんだって。もう絶対そういう意図組み込んで脚本作ってるよね』

『脚本の人そこまで考えてないと思うよ』

『なんてこというの』

 

 彼女は大きなため息を吐きながら、彼に諭すように語りかける。

 

『あのね。世に出した時点で、作品は作者の手から離れるんだよ。読者に解釈を任せなきゃいけない。だから受け取り手の私達には答えが出るまで常に考え続ける義務がある』

『義務って……』

『義務だよ』

 

 彼は大袈裟な言葉だと思って冗談と受け取ったが、彼女は言い切った。

 

『私達は作品を通して見つけなければいけないの。問いと答えを』

『……』

 

 なんとなく彼は思った。彼女は作品の答えではなく、作品を通して感じた自分自身の答えが欲しいかもしれないと。

 

『んー、話逸れちゃったかも。プレイした感想聞きたかったんだよね』

『そりゃもう。陳腐な言葉かもしれないけれど、良かった』

『どのくらい?』

『10周するぐらい』

『それは引く……』

 

 作品の解像度を上げるために、元ネタを調べ上げ、雑誌を購入する人間には言われたくはないだろう。

 

『それでさ、追加されたストーリーあったじゃん? どっちの結末選んでも一応はエンディング流れるんだよね。どっちの結末が良いと思った?』

『……どっちでも良かったかも。やっぱり今までの勧善懲悪と違って、正義VS正義に対する怪盗団ならではのアンサーだったと思う。きっと怪盗団は辛い経験をしてきてそれらは消せないけど、それによって得られたものもあるし、簡単に消していいとは思わない。でも丸喜先生の正義も一理ある。辛いことから逃げることは絶対に悪だとは言い切れないはずだから。あの話は正義と正義がぶつかって怪盗団が勝った。それだけ。だから普通のバッドエンドじゃなくて、専用のエンディングも存在しているんだと思う』

『うわっ、いきなり早口になるじゃん。オタクくんさぁ』

『……じゃあどっちが良かったの?』

『私は丸喜先生が見せる理想の世界のエンドが良かったかもな~』

『理由は?』

『ん? まぁ、私はバカだから君みたいに長いことは言えないけど』

 

 ふにゃりと、目尻と眉が下がり、花が下を向いて萎れているようなしんなりとした笑顔を彼に向けた。

 

 そして簡潔に、率直な感想を口にした。

 

『だって──「なぁいつまでこんな茶番を見てればいい?」

 

 

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 劇場ホールの席に座る乙守胡桃が言葉を遮った。

 

 彼の意識が落ちたと同時に目の前に広がっていたのは、演劇やオペラが開かれるような劇場。三千人は入るような巨大な劇場のその特等席。

 

 前から三番目、深紅の座席に腰を掛けると、先ほどのような劇が始まり、それを冷めた目で見ていた。

 

「お前の前世を元にした物語だぞ?」

 

 壇上に黒い影が姿を現す。誰もいないはずなのにスポットライトが勝手にその存在を照らす。成人男性の姿をしていることだけが普通。それ以外がすべて異常だった。

 

 濁った澱の底のように光すら飲み込む黒が全身を覆いつくし、手先からは謎の液体が滴り落ちている。スポットライトに照らされた影には、無数の触手が蠢めく様子が見える。顔に当たる部分には目鼻や口のパーツはなく、ただマネキンのようにのっぺりとしたフォルムをしていた。

 

 そして彼の手には台本らしき一冊の本を持っていた。

 

「それとも観るに堪えがたい過去か?」

 

 黒い影は手に持っている一冊の本を指先でトントンと叩く。

 

「俺の記憶を勝手に覗くな。不快なんだよ」

「もう思い出すことが出来ない貴様への手向けだ。実に諧謔的だった」

 

 黒い影は指をパチンと鳴らした。そうすると死んだように倒れていた()()()()()()()が動き出す。命が吹き込まれたように動き出した彼女は、黒い影の前まで歩いていくと目の前で四つん這いになった。膝を突き、頭を垂れて地面と平行になった背中。その背を椅子代わりにして、黒い影は腰を下ろす。

 不愉快で顔をしかめた胡桃を見て、愉快そうに首を傾けた。

 

「二度と顔見せるな。という言葉を聞いた気がするが」

「……構う余裕が出来たんだよ。奥村邦和を助けるために躍起になって考える余裕が無かった。だから今お前を理解するために思考する時間が出来た」

 

 っていうか。と、胡桃は一言置いて周りを見渡した。

 

「まずここどこだよ。前まで黒い空間だっただろ」

「ここはお前の心の中だ。前回までは私がお前を招いた形だったからあの闇の中だったが、今回はお前が私を招待したのだ」

 

 片眉を上げて不可解な出来事だとばかりに考え込む。

 

「俺の心がこんな形してるのか?」

「その一部分、もしくは別側面。人間の心はコインの裏表で表せるほど単純でないことぐらい分かるだろう」

 

 ため息を吐いて、回りくどい言い方をする黒い影を面倒くさそうに見る。だから本題へと話を進めた。

 

「お前の正体について考えてたんだ。立てた仮説は三つ。

 

 一つ、お前は乙守胡桃のペルソナである。

 二つ、乙守胡桃ではなく折本みくるのペルソナである。

 三つ、全く関係無い“何か”である。

 

 ……考えるとしたらこの内のどれかだ」

 

 黒い影は三本の指を立てた胡桃を黙って見つめる。

 

「一つ目の“乙守胡桃のペルソナである”っていうのはほぼあり得ない。なぜならすでにアステリオスが覚醒している。俺がワイルドの素養でもない限りペルソナは一つしか持てないからこれは考えづらい。

 次に二つ目、逆に折本みくるのペルソナの可能性。ペルソナは基本一人に一つだ。ペルソナの元となる人の心が一つしかないからな。しかし人格を複数持っている人間には、その数だけ心も複数ある……と仮定するなら、ペルソナも複数覚醒している可能性が出てくる」

「それが私か?」

「……もしお前が折本みくるのペルソナだとしたら、腑に落ちない点がある」

「なんだ?」

「あまりにも性格が悪すぎる」

「ハハハ。それは憤懣やるかたないな」

 

 何故か表情が無くても、口を開いて笑っているのだと分かるぐらいに大げさにジェスチャーをする。

 

「三つ目が有力になってくるが……だとしたらなんなんだお前。どっから湧いて出た?」

「答える気は無いと言ったはずだが?」

「あっそ」

「──だがヒントはやろう。悪意へ歩み寄った報酬だ」

 

 そうして黒い影は一つのノートを取り出す。表紙には『† 定められた黙示録(アポカリプス)†』と書かれている。

 

「未来は白紙だった。神ですらも未来は予測できない神秘に包まれたモノ。それが未来だ。

 だがお前は“定められた運命”を知っている。白紙だった未来に点を穿ち、どんなに枝分かれしようといずれはその点に収束する。

 しかし万が一、その点をズラしてしてしまったら。運命を変えてしまったらどうなるか……お前はもう知っているな?」

「──運命に逆らった分だけ、代償が発生する。ただそれは等価じゃない」

「その通り」

 

 壇上に天秤が現れる。片方には芳澤すみれが、もう片方に芳澤かすみが乗っており比重はかすみの方に傾いていた。

 

「ただ死の運命を変えたのならば、その代償は誰かの死。というわけではない」

 

 すみれの首に金メダルが複数かけられると天秤は動き、かすみと均衡のとれた状態になる。

 

「栄光の転落、妹への劣等感、自信の喪失。それで釣りあいは取れたらしい」

「らしい?」

「私が運命を決めているわけではないからな。要はこの世界は柔軟というわけだ」

 

 黒い影は口を押え、心底楽しそうに笑う。

 

「フフ……そう、この世界は想定していたよりも柔軟で歪なモノだったのだ。だからこそつけ入る隙がある」

「それがお前の正体となんの関係があんだよ」

「察しが悪いな。一番大きく運命を変えた存在はなにか。()()()()()()()()()()()()

「……」

「我は汝、汝は我、か。あながち間違いでもない。お前が運命に介入しなければ私は生まれなかったのだから。……ふむ」

 

 黒い影が指をパチン、と鳴らすと乙守胡桃の視界が傾き歪む。平衡感覚を失い、徐々に視界が黒く染まっていく。

 

「少し喋り過ぎたようだ。この空間に長く居続けると、かの悪神の目に留まりかねない」

 

 胡桃の視界が完全に暗転する前に、黒い影が手を振っているのが見えた。

 

「感謝しているのだよこれでも。願わくば、貴様の運命に多大なる試練があることを」

 

 胡桃は最後に中指を立て、完全に意識は落ちた。

 

 

 ***

 

 

「……頭痛ぇ」

 

 意識を取り戻すと、脳が休めと訴えるように頭痛を走らせる。彼は起き上がり机の引き出しから常備薬を取り出し、通常服用する倍の量の錠剤をそのまま飲み込んだ。

 

「……」

 

 机に出ていた『† 定められた黙示録(アポカリプス)†』に視線が釘付けになる。

 

 彼にとって前世の遺品。思い出の証。

 

 それをなぞるように触り、もう顔すら思い出せない恋人との記憶を掘り起こす。

 

『ん? まぁ、私はバカだから君みたいに長いことは言えないけど──』

 

 その言葉だけは鮮明に、彼の心に刻まれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──だってそっちの結末が素晴らしいと感じたから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 とある一室。

 

 厳かな雰囲気を醸し出すソファや机に、自然と背筋が伸びる。

 

「計画の変更だと……?」

「ええ。怪盗団のリーダーともう一人、野放しにしておくと厄介な奴がいましてね」

 

 鉛のように重々しい空気の中、獅童の前に二つの顔写真つきの書類が置かれる。

 

「彼には裏がある。そして厄介な力も持っている。後顧の憂いを絶つのでしたら、捕らえるべきかと」

「なら、そうしろ。その件はお前に任せる。……失敗したらわかってるな?」

「はいもちろん」

 

 そして明智の目線は二枚の写真へと注がれる。雨宮蓮、そして乙守胡桃。

 

(バカだよお前。せいぜい道化みたいに踊っとけよ)

 

 化かし化かされ、追い追われ。互いの尻尾に嚙みつかんとばかりに卓は回る。

 

 そして互いの野望を賭けて、次の盤面へと駒を進める。

 

 彼らの騙し合い(コンゲーム)はまだ続く。

 




オクムラパレス編終了。
物語も佳境に入って終わりが見えてきました。
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