幸せなバッドエンドを目指して   作:ぽんしゅー

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#53 我々はみな『運命』の奴隷なんだ

 

 10/22 土曜日 曇り

 

 ちょっと想定外のイベントに巻き込まれた。

 

 休日に蓮から『どっか食べに行こう』と誘われ、軽い気持ちでホイホイとついていったら高級ビュッフェだった。しかも丸喜先生も同伴。

 

 二人に説明を求めたら先生は「二人に論文を手伝ってもらっているからそのお礼」と。蓮は「サプライズ」とだけ言っていた。

 

 推察するにどうやら『顧問官』のコープイベントに巻き込まれたらしい。先生と主人公がビュッフェに行くのは確かコープ8イベントだったっけな。

 

 なんで俺が誘われたかという疑問だけど、先生としては論文を手伝ってもらってる蓮一人だけ誘って、協力者である俺を放置するのは罪悪感があったんだろう。律儀な先生らしい。

 

「さぁ、いっぱい食べていいよ!」

「いただきます」

「……いただきます」

 

 そんなこんなで先生のご厚意に甘え、好きな料理を取って席に着き食べ始める。

 

 とりあえず肉。本当は肉ばっかり取りたかったけど、周りの目があるから適度にサラダを盛りつけた。あとはなんかよく分からない食材でよく分からない調理をされたよく分からない味付けをされたよく分からないモノ。

 

「丸喜先生。胡桃と仲良かったんですね」

「うん。胡桃くんもけっこう長いこと論文を手伝ってもらってるからね」

 

 蓮にはそういうことで話を通してるらしい。

 

「胡桃も先生とカウンセリングとか心の話を?」

「俺自身そういう話結構好きだから。そういう話を先生としてるうちに、いつのまにか論文を手伝うことになってた」

「サンプルは多い方がいいからね。貴重な意見は沢山あるに越したことはないよ」

 

 関わってた理由を適当にでっち上げたが、先生がうんうんと頷いていたからこの設定でいいらしい。それを聞いて蓮は納得したのか、それ以上何も聞いてこなかった。世間話の延長線上でこちらに探りを入れているという訳でもなかったらしい。

 

「蓮はどうして丸喜先生の論文を手伝ってるんだ? 心理学に興味があるわけじゃないだろ?」

 

 蓮が丸喜先生と取引しているのはもちろん知っているけど、俺も怪しまれない程度に質問を返す。

 

「なんか流れで」

「テキトーだなおい」

 

 俺を怪しんで詳しく話すのを拒否したか、説明するのが面倒だったか……絶対に後者だな

 

「そうだ。せっかく二人がいるんだし食事のつまみがてら、ちょっとしたゲームをしようか」

「ゲーム?」

「今?」

「そう。二人じゃないと出来ないお話」

 

 丸喜先生は先ほど取ってきた四皿のデザートをこちらの方へと寄せた。「さて」と言ってルールを説明し始めた。

 

「君たちはちょっと悪いことをしてしまい、僕に疑われています。窓を割ったとか、カンニングしたとか悪さの設定はなんでもいいよ。でも君たちが悪さした証拠を僕は持っていません。

 やむを得ない僕は、君ら二人を一人づつ、個室に呼んで()()()()を提示して君たちに自白を迫った。

 

《条件》

・雨宮くんと乙守くんのどちらか一方だけが自白した:自白した方はデザート四つ貰える、自白しない方はデザート無し

・2人とも自白しない:どちらもデザート二つ貰える

・2人とも自白した:どちらもデザート一つ貰える

 

 そんな条件を提示した時、君らは【自白】か【黙秘】か。どっちを選ぶ?」

 

「「黙秘」」

「へぇ、二人とも即答で同じ答えなんだ。理由聞いていい?」

「そんなにデザートいらないし」

「どちらかと言うと炭水化物とたんぱく質でお腹を満たしたい」

「男子高校生の胃袋だ~~……」

「先生は違うんですか?」

「……大人になるっていうのはね。店で大盛り無料ですよって言われても、『あ、並盛で』って答えることなんだよ……」

 

 先生がちょっと寂しそうな目をした。なんか大人の小さな絶望を垣間見た気がする。

 

「じゃあ条件を逆転させよっか。デザートがもらえるんじゃなくて、君たちがビュッフェで取ってきたその皿を没収するって言われたら?」

「……つまりどちらか一方が自白したら、()()()()()は高級料理四皿を没収で自白した方は何も盗られない?」

「そういうこと」

 

 となればメリットがデメリットになるのだから、お互いに自白しない場合それぞれ一皿没収、逆にお互いに自白の場合、二皿没収ということになる。

 

「「…………………………」」

「急に悩むね」

 

 だってさっきはなにを選んでもゼロかプラスのメリットはあったけど、今回の条件に至ってはデメリットしかない。だったら何を選べばデメリットを減らせるかを考えるべきだ。

 

「まぁ無難に自白だな」

「うん。自白が一番失うものが少ない」

 

 黙秘した場合失うのは一皿か四皿。

 自白した場合失うのは二皿、もしくは没収はない。

 

 この中で一番損をする結果は『自身が黙秘して、相手が自白した場合』だ。それを避けるためには、自白一択だ。

 

「うんうんだよね。実はこれ、いわゆる『囚人のジレンマ』っていう思考実験と似たような問題でね。本来は『懲役』で判断してもらうんだ」

「囚人……」

「──じゃあここからが本題」

 

 そういって丸喜先生は、にこやかに笑った。

 

「二人のどちらかが自白し、もう一方が自白しない場合、自白した方は無罪でその場で釈放。自白しない方は懲役十年。だけど二人共自白しない場合は懲役二年、二人共自白した場合は懲役五年。……さぁ、二人はどっちを選ぶ?」

「ビュッフェの皿に例えるくだりは一体?」

「ふふ。なんだろうね?」

 

 今の、楽しそうに含み笑いをしている先生の反応でなんとなく蓮も察したらしい。

 

 先ほどまでのくだりは、俺たちがメリットデメリットを提示された時に、お互いにどういう選択を取るかを見るためだ。この本命の問題に対して、俺たちがどちらかを選択するための判断材料。

 

 ……だけど蓮の思考を読むのならば、蓮は【自白】を選ぶ。

 

 俺が【黙秘】を選んだ場合、蓮の懲役は黙秘で二年か、自白は懲役無し……。だから【自白】した方が得だ。

 逆に俺が【自白】を選んだ場合。黙秘で十年、自白で五年だ。得なのは【自白】だ。

 

 合理的に利益を追求すれば蓮は自白しかありえないし、ここで黙秘するという選択は俺にとって損でしかないと。

 

 だから俺は自白を選ぶ。

 

「二人とも答えは決まったかい?」

 

 頷いて俺は「自白」と答えたが、蓮は俺と異なるもう一つの答え「黙秘」と口にした。

 

「分かれたね。理由を聞いてもいいかい?」

「蓮は自白を選ぶと思ったし、合理的に考えても黙秘より自白を選んだ方がデメリットは少ない」

「俺は……たしかに胡桃の言う通り、自白の方がデメリットは無いけど、()()()()()()()()()()なら互いに黙秘した方がいい」

「うんそうだね。雨宮くんの言う通り、二人の利益を最大化するのはお互いに黙秘するのが一番だ。

 だけどそれは『相手に自白される』というリスクを伴う。リスクを回避して、損の可能性を潰す合理的な判断をしたのが乙守くんだね」

 

 先生が「さて」と一区切りする。

 

「互いに損をせず最大限の利益が出る雨宮くんの選択は正しい。でも今言ったリスクを考えなかったわけじゃないと思う。それでも黙秘を選んだのは乙守くんを信用していたからかい?」

 

 蓮がこくりと頷く。

 

「……少し想像を働かせた。多分()()()()()()()()()()()()()()()は俺は腹を括って最後まで貫く。それは胡桃も一緒だと思ったから」

「俺のこと信頼しすぎじゃない?」

「妥当……なところだと思う」

 

 蓮は俺から少し顔を背けて答えた。

 

「二人ともこれで分かったと思うけど、このゲームは二人にとって最大の利益を出すには信頼が重要なんだ。互いが互いに個々人の利益を考えなければね」

「ふーん……?」

「どうしたの乙守くん。なんか不服そうな顔してるけど?」

「いやなんか。先生っぽくない話だな、と」

「というと?」

 

 コープイベントで話している内容と今の話の内容に違和感を感じて口にしたけど、それを言語化するのが難しい。

 

「うーん……」

「今の話。いつも先生が話をしている論文の内容とは大分毛色が違う気がする。今までは心の痛みやそのケアについての話だったけど、この囚人のジレンマは今までの話と関連が薄い気がする」

「あ、それだ」

 

 蓮が代弁してくれた。

 囚人のジレンマの話自体は人の心理に関係しているかもしれないけど、丸喜先生が研究している認知訶学にどれだけ関係しているかは、少し疑問だ。まぁ世間話のつもりなのかもしれないけど。

 

「いつもは思い込みとか心的外傷の人の心の話をしているからね。でもこれもいつものお話と繋がってるよ。

 それじゃあ雨宮くん。黙秘か自白か選ばざるを得なくなった立場になったときに、君は裏切られるリスクを承知の上で黙秘を選択した。たかがゲームとはいえそこには少なからず、裏切られるかもしれない不安や恐怖があったはずだ」

「……考えはした」

「うん。そうだよね。選択するという行為自体もまた痛みなんだ。つまり選択する痛みを取り除く……具体的にはその選択が疑いなく正しいことだと思えれば、選択という行為に痛みは発生しないと思うんだ」

 

 確かにそれはそうなのかもしれない。選んだ道を100%正しいと言えるなら、迷いなく選べるし、後悔という感情は生まれないのかもしれない。

 

「だから僕の研究にこの質問はまるっきり関係ないとは言えないよ。選択するという痛みについては『ビュリダンのロバ』って話が分かりやすいんだけど……、これ以上話したらビュッフェの時間が無くなっちゃうからね。まぁ、そういう心のお話もあるよということで難しい話は以上! 青年二人の貴重な意見も聞けたからこれまで!」

 

 先生が話を締めると、止めていた食事の手を再び動かす。

 

「それよりもいい情報、君らに手伝ってもらっていた論文は……ん?」

 

 ふと先生が俺らの背後に目を向けると、そのまま視線を固定させた。

 

「……渋沢?」

「ん? お前……丸喜か? 久しぶりだな」

 

 先生がその名前を呼ぶと、ちょび髭を生やした二十代前半の男がこちらへやってくる。

 

「どうしてここに?」

「こっちのセリフだろ。オマエこそこういうところで食事しないくせに」

「いや僕は──……」

 

 旧友に再会し、心なしか先生の声のトーンが明るくなった気がする。蓮と俺は食べる手を止めずに二人の世間話を右から左に聞き流す。

 

 この渋沢という人物は丸喜先生の大学の友人であり、このコープイベントに出てくるサブキャラだ。

 

 ちなみにゲームでの登場回数はこのイベントと先生の回想の二回のみなのに、顔グラが存在する。しかも全コープイベント後半に出てくるネームドキャラというのは大体悪人で、メメントスで改心させるのがお決まりなので、このタイミングで出てくるのは余計に怪しい。

 

 しかし『丸喜の論文を自分のものとして公表して俺の手柄にするぜ~~!』……ということは一切無く。渋沢は本当にただの気のいい友人である。

 

「……――へぇ、今はそんなことを……」

 

 と言いながらいつの間に渋沢は空いてる席に座った。なんか会話の流れでこのテーブルに入ってきた。

 

「「…………………………」」

 

 一方、蓮と俺の未成年組は、大人同士の会話を邪魔しないようにひたすら取ってきた料理を食べていた。

 

 肩身が狭い代わりに、腹は満たさせてもらおう。

 

 

 

 ***

 

 

 蓮と共にテーブルから離れ、料理を皿に取り分けている際、ふとさっきのことが気になった。

 

「さっきの話していいか? 囚人のジレンマの話」

 

 蓮はこちらを見てパスタを取り分けるトングを、リズミカルにカチカチと鳴らした。多分、肯定の意。

 

「俺たちが“そういうことをしてしまった場合”、なんで俺が黙秘すると思った?」

 

 たかがゲームではあったけれど、なんでそこまで信頼しているのか聞いてみたかった。俺に疑心が無いのならそれでいいでもそれはそれで理由は聞きたい。

 

「……胡桃は他人のことになると自分を犠牲にする。鈴井志保を救った時も共に退学になるリスクを背負った。班目と戦った時は、大技を放って後は俺たちに託そうとした」

「別に結果的にそうなったってだけだろ」

「この前の作戦だってそうだ。奥村邦和は結果的に救えた。けど、一歩間違えてたら先に命を狙われるのは胡桃だし、今も危ない橋を渡らせている。なにかが狂えば死ぬのは胡桃だ」

「……」

「……正直に言うと、俺が明智と交渉するべきだったと後悔してる。友人に命を賭けさせてるって状況よりも、俺が命の危険にさらされている方がマシな気がする。……俺が、やるべきだった」

 

 絞り出したような最後の言葉は、蓮の強い責任感から出た自責の念だった。

 

「俺がそういう自分を犠牲にする奴だからこそ、黙秘するかもしれない……か」

「あと覚悟を決めたら貫くところも」

 

 そこまで信頼されていたのかと俺は少し笑ってしまう。

 

「俺はそんな人間じゃない」

「……」

「犠牲になってるだなんて思ってない」

 

 俺が行動を起こすのはちっぽけな脳みそでたたき出した打算の上で動いている。決して自己犠牲とかいう美徳で動いているわけじゃない。

 

「今のこの立場も俺は勝算の上で立ってるんだ。それこそ怪盗団は失敗しないって信頼してるからな」

「……変わったな」

「…………え?」

 

 変わった? 俺が?

 

「前は仲間を信じてないから単独行動してただろ。一人でメメントスに潜ったり。でもあれから変わって、俺たちを信用するようになった」

「…………ああ。まぁそうかも……」

 

 返答に時間を要してしまった。そう言えばそうかもしれないと、自分の気持ちに心当たりがあった。奥村邦和を救ったあの作戦が成功したのだって、怪盗団を信じていたからに他ならない。そして怪盗団も俺を信じていたから。

 だから……その信頼に応えたいだなんて思っていた。おこがましくも。

 

「求められたら、応えてあげたい。俺はそんな人間なのかもしれない」

「他人事みたいな言い方だな」

「うるせー恥ずかしいんだよ。……さっさと料理取って戻ろうぜ」

 

 会話の流れをを中断させるように持っていたトングをカチカチと鳴らした。俺たちは再び料理を皿に盛りつけた。

 

 蓮に言われた通り、俺はきっと変わったんだろう。変わらないことが良いと言っていたはずなのに。

 

 ただそれは変わったというより、()()()()()()()()

 

 坂から転げ落ちる岩が、丸く小さく削れていくように、自発的に変わったのではなく、周囲に変えられたと言った方がいい。

 

 ……怪盗団と戦う時には、丸くて軽いどこにでもある石になってないといいけど。

 

 





オタクって全員思考実験とか心理学大好きよね(ドデカ主語&ド偏見)
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