幸せなバッドエンドを目指して   作:ぽんしゅー

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#54 近すぎちゃってどうしよう

 

 10/24 月曜日 晴れ

 

 

 茶色と黒を基調とした部屋。大きい窓には外から誰も見られないようにしっかりとしたブラインド。……それは本当に事務室に必要なのかと疑いたくなるほどのワインセラー。

 清掃はしっかりと行き届いていて床には塵ひとつ見当たらない。雰囲気は校長室と似ているとが、あの何とも言い難い重いプレッシャーは校長室に入った時と比にならない。

 

 原因は目の前の男。

 

「──お前が乙守胡桃か。想像していたよりも間抜けな顔をしているな」

「そりゃ、美男美女を毎日見てる人の目には不細工に見えるでしょう」

「ふっ、私の前で冗談を言う度胸は買ってやる」

 

 獅童 正義。

 

 今まで改心してきた人間たちを裏で操っていた人物と乙守胡桃は相対していた。

 

 

 ***

 

 時は少し遡り今朝のこと。

 

 双葉と明け方までゲームして睡眠不足な胡桃は、満員電車で居眠りを決め込もうとしたが座ることができず、秀尽学園の最寄りまで立ったまま寝るという技を編み出して凌いだ。

 扉が開いたと同時に大きな欠伸をしながら降り……ふと、誰かの視線を感じてホームを見渡した。大きな欠伸を見られた羞恥の自意識からではなく、何かを探るようなじっとりとしていながら鋭い視線。

 

「やぁ」

 

 視線を胡桃が捉えると、その主は気軽な声をかけつつゆっくりと近づいてきた。

 

 明智だった。

 

「暇なん?」

「そうだね。こうして君に会いに来れるぐらいにはね」

 

 俺に? と胡桃は自分のことを指差すと、勘違いするなというふうに露骨に嫌そうな顔をする。

 

「君に用があるのは僕の上……獅童の方だよ。君に直接会いたいんだってさ」

「はぁ、直接ね。……直接!?」

「じゃあ今から行こうか」

「今から!?」

 

 驚愕している胡桃を無視して、明智は背を向けついてこいと人差し指をクイクイと動かす。

 

「学校は?」

「体調不良で休みなよ」

 

 ぶっきらぼうな返事をしたところを見るに、明智自体も獅童とする胡桃を会わせるのは反対らしい。それにしぶしぶとついていく胡桃。

 

「なんであっちのボスは俺に会いたいんだよ」

「協力者の顔を一度見ておきたいらしい」

「……ふーん」

 

 そんなわけがない。胡桃は納得するフリをして、思考を巡らす。

 

 (明智が嫌がるのはわかる。俺がこれから獅童との個人的な繋がりが出来てしまえば、俺が獅童に明智の目的をバラす危険性があるからな。……でも獅童の目的はなんだ? ……認知世界に入れる人間をもう一人手元に置いておきたいとか? もしくは明智が裏切った時のカウンター要員か?)

 

 胡桃は“ある程度”考えたが、それ以上は思考放棄した。自分の影響で及ぶ範囲内以上はどうにもできない。まさかここで最悪なことは起こらないだろうと考え、適度な余裕を持った。

 

「……」

「……」

「………………」

「………………」

「…………無言気にならないタイプ?」

「君と話したくないだけなんだけど?」

 

 

 

 ***

 

 

 そして状況は冒頭に戻る。明智は事務室の外で待機し、獅童と胡桃の二人きりで対面していた。

 

「まぁ、座れ」

「ああどうも、ありがとうございます」

 

 ソファに腰を掛けられることを勧められ、胡桃は特に警戒をすることなくソファに座った。対して獅童はその場から動かず、立ったまま胡桃を見つつ口を開いた。

 

「明智と同じ力を手に入れたのはいつだ?」

「今年の春ごろふと突然。その時に怪盗団を結成して鴨志田を改心させました」

 

 突然の質問に間を置かずに返答。嘘でもない真実を話す。獅童のサングラス越しの目が僅かに細まる。それに居たたまれない心地になって目をそらす胡桃。

 

(初っ端から質問かい。一応質問攻めの流れになっても、情報の捨て札は沢山あるにはある……)

 

 彼が持っている情報として『怪盗団メンバーの情報』『認知世界の知見と見分』は、獅童側はもう知っているもしくはいずれ知ることになる情報であるため、ノーリスクで切れる胡桃の手札だ。

 

(ただ……本当に知りたがっているのはおそらく奥村邦和の認識を『曲解させた方法』……これだけは切れない。丸喜先生がパクられるのはダメだ。まだ論文も完成していないし)

 

「あの奥村邦和に対して洗脳したのもお前か?」

「(早速聞いてきたか……)まぁそうです。力を手に入れた時の副産物ですかね、人の認識を少々──変えれるんですが、条件として改心させた人間限定です」

 

 丸喜先生の存在を隠すべく『曲解』をさも自分の力のように説明する胡桃だが、話を盛った。

 

(罠か馬鹿か分かんねぇけど、普通、洗脳出来る人間と二人きりで会いたいと思うはずがない。これは俺の危険度を測る質問。危険度が低かったら利用、高かったら明智に処理させる気でいるだろうな)

 

 だから胡桃は条件付きなどというセーフティがあると嘘をついた。敵対心があったとしてもあなたに対しては即座に弓は引けないと。

 

 ……ただこの時胡桃の頭の中に浮かんだ一つの疑問。

 ――もし本当に即座に『曲解』出来る力が自分自身にあった場合、獅童自身が即座に洗脳されるリスクがある。そのことは獅童自身は考えなかったのか。そのリスクを承知の上だったのか、もしくは胡桃にその力は無いと見抜いているのか。

 

 その答えは()()()()()()()()、だ。

 

 それは獅童が馬鹿だから思い浮かばなかったのではなく、怪盗団を裏切り、自身の地位にすり寄って甘い蜜を吸いに来る高校も卒業していないただの学生風情一人。そんなことがするはずがない、やるわけがないと思考から切り捨てている。獅童正義が傲慢で在るが故に。

 

「改心した人間には歪んだ欲望を除いた純粋な精神が残ってます。力を行使する際には歪んだ欲望が邪魔をしていたんですが……改心すると邪魔がなくなって出来るようになるんです」

「ほう、それ以外の人間には使えないということか」

「ええ。改心された人間は警戒を解いた猛獣みたいなものです。不道徳故の猜疑心も敵対心も無い純粋な獣は素直で従順。芸を仕込まれて見世物になったとしてもそこに疑問なんて持たない」

 

 でっち上げの嘘っぱち。認知訶学に関しては素人である胡桃の嘘が獅童に看破されるリスクはあったが、嘘を嘘だと確認する術はないためそのまま丸め込む。

 

「……なるほどな」

「なにか他に聞きたいことがあったらいくらでも「いや、いい」」

 

 獅童が胡桃の言葉を遮った。そして語りだした。

 

「お前の価値はわかった。私の目指す富国の舵取りに参加する栄誉をやろう。しっかり働けよ」

「……ありがとうございます」

 

 あっさりと胡桃のことを認めた獅童の態度に、胡桃は呆気に取られつつも頭を下げた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 獅童のいた事務室を出て、丁寧に扉を閉める。カタンと静かに音が鳴れば、胡桃は安心したように大きな欠伸を一つした。

 

「随分と退屈な話だったみたいだね」

 

 部屋の外で待っていた、欠伸に涙目になった胡桃に話しかけた。

 

「昨日、深夜までゲームしてたからな。獅童が自分の志を話してるときに欠伸を我慢するのは辛かったわ」

 

 獅童が胡桃のことを認めても話はそれだけでは終わっていなかった。そこから数分程、自身の富国についてのことやこれからの政治のことなど胡桃にとって退屈な雑談が数分続き、流石に目の前で欠伸するのは癇に障るだろうと必死に欠伸を噛み殺していた。

 

「……で、これで用はおしまい?」

「そうだね。もう学校行ってもいいよ。君、成績下がっているんだろう。勉学に励みな」

「登校中に誘ったのはお前なんだけど?」

 

 すでに学校に行く気は失せていた胡桃はスマホで店を探し始める。

 

「あー、そうだ明智。今日の放課後はルブラン寄る予定はあるか?」

「あるよ。文化祭の講演会でしょ? ちょうど怪盗団と接触したかったところだよ。君にも伝えておこうかな作戦のことを」

 

 決行日は11/19。ターゲットはジョーカー一人のみ。新島冴のパレスを使い、認知の核を盗んだところを現行犯で捕まえる。そして尋問室で自殺に見せかけて始末する。

 

「始末はどうやって? お前の能力でも使うのか?」

「いや。内部に手回しをして僕の手で直接、だ」

「(ゲームと作戦は変わってない。よかった……)俺が殺してやってもいいけどな。裏切られたショック受けた人間の顔っていうのを見ておきたい」

「それは……さぞいい顔してそうだけど、これは僕の役目。……アイツは僕の手で殺す」

「ふぅん。まぁいいや。せいぜいバレないように立ち回れよ」

「こっちのセリフだよ」

 

 そうして胡桃はその場を立ち去っていく。

 

 一人残された明智は腕時計を見て時間を確認した。午前10時27分。ランチタイムには早く、近くの飲食店もまだ開店していないだろう。それを知りながらも胡桃に伝える義理は無い。

 

「さて、と」

 

 気持ちを切り替えるようにネクタイを締めなおす。そして彼が出てきた事務室の扉を開けて入っていく。

 

「気に食わんガキだな」

 

 明智が部屋に入ると、獅童は開口一番に言った。

 

「私を目の前にしてあの態度か」

「なんです? つまらない軽口でも叩いたんですか?」

「違う。奴には怯えがなかった。目の前にいたのはあの獅童正義だぞ?」

 

 獅童のその物言いは傲慢なものではあったが、確かな事実ではあった。

 

 金も地位も権力だってある議員という立場と、邪魔者は徹底的に潰し、気に入らない人の人生を、息をするように壊すことができる人間。

 

 そんな人間と二人きりの空間。機嫌を損ねたら首が飛びかねない、まるで獅子と同じ檻の中に入れられている緊張感の中でも、胡桃は平然としていた。

 

「場数か……それとも馬鹿なだけか。ふん、関係無いな。明智、怪盗団のリーダーを始末したら次はアイツだ」

「いつも通り不幸な事故で?」

「ああ。もう目的は果たしたからな。用済みだ」

「……乙守胡桃と会うことがですか?」

 

 獅童が明智に『今日、胡桃をここに連れて来い』という命令。理由を聞いても一目見たいというだけでそれ以上は話さなかった。

 

「そうだ。いずれお前にもわかる」

「……分かりました」

 

 真意は全く見えない。だが明智は獅童に質問したところで無駄だと割り切った。

 

(まぁいいさ、この男が何か目的を持っていようとも、僕のすることは変らない)

 

 それはかつて胡桃に話した彼の野望にも繫がる。彼に迷いはない。

 

「……では、また」

 

 それだけ言うと、今度は扉を静かに閉めて出ていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

(っぱ、うめーわビックバンバーガー)

 

 

 あれからしばらくして、胡桃は美味しそうな飲食店を探したが、どこも開店前で閉まっていた。開店まで待てばいいのだが、高校生の胃袋と食欲を舐めてはいけない。食に期待をしている胡桃の胃袋は活性化し、何か食べねば頭が空腹で支配されそうだった。そんなときに話題沸騰しているビックバンバーガーを見つけ、バーガーのセットを頼み店内で食べていた。

 

(さて、と。これからどうするか)

 

 バーガーをペロリと食べ終わり、セットで頼んだポテトを食べながら今後のことについて考える。

 

(まず、怪盗団にはこのことには話さなくてもいいな。獅童に会ったことはもちろん、明智から作戦について伝えられたことも追及されて怪しまれたら言えばいいか。作戦を知って盗聴の必要性がなくなったら困るし)

 

 彼の危惧は作戦の失敗だった。

 蓮を使った生還トリックに必要な『明智と獅童の会話の音声データ』。新島冴の納得と信頼を獲得するために必要なものだが、そのためには明智のスマホを盗聴しなくてはならない。

 ゲームでは敵陣営の動きを探るため盗聴したときの副産物だったが、今回の件でもし胡桃が明智達の作戦を怪盗団側に伝えたら、盗聴の必要がなくなりそれが手に入らないかもしれない。

 

(……それでも怪盗団ならまた新しい作戦を立ててきそうだけどなー。まぁ、避けれる冒険は避ける方向で)

 

 黙々と食べていたポテトを完食し、塩と油が付いた指を舐めた後、紙で拭いた。立ち上がってゴミを捨ててトレーを片付ける。腹ごしらえが済んだ胡桃は店を出ると、スマホを開いて目的地へと向かった。開いた地図のアプリには【国会議事堂】と映っていたが、彼の本当の目的地はその認知世界の【シドウパレス】だった。

 

(……悪いことはしてたけど、アイツに別の結末があってもいいだろ)

 

 ――胡桃の最終目的は丸喜の力を頼り、都合のいい世界を作ってもらうこと。だがそのための犠牲は出したくはないという彼の美学。悪人も善人も強者も弱者も分け隔てなく死という救いに足を掴まれないように、彼が手を掴んで生きる未来に引っ張り上げる。そこにはもちろん明智も含まれている。

 

(まぁ、ここまで来たついでにね。とっととやっていきますか。いつかはやらなきゃいけないとは思ってたし。そろそろ俺の強さも仕上がってる頃合いだし)

 

 最初、彼が命を落とす直接的なきっかけは認知存在の明智であるため、明智の命を救うだけだったら、シドウパレスにいる認知存在の明智を殺すだけだと思っていた。しかし、カモシダパレスに存在した認知の高巻杏のように、認知存在の人間を殺しても時間が経てば復活することを忘れていた。

 

 じゃあどうするべきかと胡桃がたった一人で考え出した結論は、そもそも明智と接敵させなければいいというものだった。

 

 ゲームでは明智がトリックの違和感に気付き、シドウパレスに侵入。そして怪盗団と戦闘後、弱っている明智を認知存在の明智が手を下すというシナリオだ。ならば明智に感づかれる前に最速最短でシドウパレスを攻略し、獅童を改心させて明智との戦闘をスキップさせればいいと胡桃は考えた。

 しかしゲームのメタ的な話をすれば、シドウパレスは終盤のダンジョンということもあってマップも広く複雑でギミックも多々ある。攻略するには時間がかかるだろう。それに、明智の事を怪盗団に伝えてパレス攻略を急かすのは、何も知らないと装ってる胡桃の言動としては不自然で自分自身が怪しまれる。

 どうしたもんかと悩んだ末に。

 

 

 ──じゃあ俺一人で攻略すればいっか。

 

 

 前々から計画的に潜れば、攻略までのルート確保は俺一人だけでもいけるな、と。後は予告状を出すだけの状態までにしておけば、再び怪盗団が集まった時にすぐに獅童の改心に動けて、明智も手の出しようがない完璧な作戦だと彼は思った。

 

 すなわちパレス単騎攻略。たとえ終盤のダンジョンといえど、もう雑魚相手には絶対に負けないという自信が彼にはあった。

 

(……怪盗団に、なんで勝手にパレスに潜ってルート確保までしてるか詰められた時の言い訳は考えておこう)

 

 リスクのある行動だが、彼の中ではこのまま何もせずに見殺しにするよりはマシだった。

 

 

 

 

 

 

 

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