幸せなバッドエンドを目指して   作:ぽんしゅー

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#57 ダンスは……苦手だな

「だから……僕と取引してほしい。僕なら君たちを救えるかもしれないから」

 

 場所は変わって体育教官室。明智がうまいこと講演を中断して、怪盗団を体育教官室に誘導、そして怪盗団がオクムラパレスに入るところを撮った写真を見せ取引を提示した。

 

 怪盗団逮捕に動く警察を止める代わりに、明智と共に新島冴を改心させた後に怪盗団は解散。そういう取引を持ち掛けた。

 

「もし取引を断ったら?」

「このことを警察に話すしかない。写真と一緒にね」

「脅しじゃねぇか!」

 

 竜司の言う通りこれは拒否することの許されない取引、テーブルに座った時点で負けの駆け引きだ。これに関しては明智のタイミングと、敵の謀略が一枚上手だった。

 

「今ここで決めなくてもいい。でも、君たちのことだ。きっといい返事が聞けることを期待しているよ」

 

 そう言って明智は退出した。

 

 明智に取引で先手を取られ、怪盗団は首輪を着けられた状態。予定通りで一安心してるのは俺だけのようで、怪盗団の面々は少し苦しい顔を浮かべていた。

 なんせ明智がクロであることは知っているだけで、肝心な情報はまだ何も掴めていないから焦っているんだろう。

 

「アイツが廃人化の実行犯であることは確定してるんだ。裏に大きな組織がいることも。だとしたら明智は監視役として連絡を取るはずだろ。そこで情報を掴めばいい。……焦らなくても絶対にボロは出すはずだ。作戦はそこから全員で考えりゃいい。だろ? リーダー」

 

 気持ちを切り替えてくれ。そもそも一本の綱を目隠しつけて渡るような作戦なんだ。前向きになってくれないと作戦も中途半端に終わる。

 

「……ああそうだな。まだ終わってないここからだ」

 

 下を向いていた顔が徐々に前を向き始める。ゲームでは八方塞がりの盤面に絶望していたが、今はそれよりマシな顔つきをしている。

 

 まず狙うべき敵は明智。そうやって集団の倒す敵が明確になれば、一致団結して互いを信頼し合う。そうすれば、明智にヘイトが向いて俺に疑いの目が向くことも無くなる。全員が熱くなってる時に、俺だけ冷めてるのは気が引けるけど。

 

 

 ***

 

 

 さて、明智が帰って自由行動となった。明智から今後の連絡も無し。俺も今日のところは自由みたいだ。

 怪盗団はそれぞれ文化祭を回ったり、実行委員の仕事をしたり、体力が尽きて家に帰ったりと、各々が自由に過ごしている。

 俺はクラスの店番があったから、適当に受付に座って過ごしていた。

 

 シフトが終わる頃には窓の外はとっぷりと日が暮れていた。時間的にはこれから後夜祭だが、ゲームの主人公のように過ごす相手はいないし学校に長く居続ける理由もない。

 

「や、乙守くん」

 

 肩で風を切って歩ける程度には空いた廊下をあてもなくぶらついていた時、丸喜先生に呼び止められる。どうやら俺の後夜祭の相手は丸喜先生らしい。

 

「どう? 文化祭楽しんでる?」

「まぁそこそこ……って、ははっ。先生こそはしゃいでるじゃないですか」

 

 先生は何故かパーティメガネをかけ、首から宣伝用の看板やら金の紙で出来た首輪をかけている。誰がどうみても文化祭で年甲斐もなくはしゃいでる大人だ。

 

「いやぁ、クラスの出し物を回っていたら色々なものかけられちゃって……断れ切れなくて宣伝広報塔になっちゃったよ」

「……丸喜先生らしいですね」

 

 女子生徒達から揶揄われてアレもコレも悪ノリでコーディネートされるのが目に浮かぶし、それを断れないのも想像がつく。

 

「乙守くんの方は大変そうだったね。講演の件で」

「いや、計算通りですよ。相手のペースに乗せられるのも想定内。ピースピース」

「でも目が死んでるよ」

「ポーカーフェイスですよ。想定通りに事が進んで嬉しくって暴れそうになるのを隠してます」

 

 でも順調に事が進みすぎて怖いのが半分。浮かれると足元を掬われるのは何度も経験している。

 

「……あの、先生って今、どの程度『曲解』を使えてますか?」

 

 辺りを見渡して、聞き耳を立てる怪しい人影はいないので、ふと気になって聞いてみた。奥村邦和にかかっている『曲解』が少し気になっていた。

 

「どの程度……。そうだなぁ……」

 

 先生は廊下の壁に寄りかかり、俺はその隣へ。

 

「現段階で同時複数は不可能。だけど一個人に限って言えば『曲解』は可能かつ、個別に対応していけば複数も可能。……奥村社長を見る限り僕から『曲解』を解かない限りは半永久的にそのまま。……まだ分かってないことはこの力の副作用と僕の限界人数ってとこかな」

 

 先生は淡々と事実だけを言っていく。

 

「例えば、廊下を歩いている人の流れを全員右向きにすることは出来ないってことですよね」

「厳しいね」

「……やれたら、やれます?」

「しないね。不特定多数の心を何の意味もなく悪戯心で弄るべきじゃない」

「……」

「……何かしてほしいことがあるのかい?」

「別にしてほしい事っていうか……その使わざるを得なくなった時、価値観を曲げてまで使うかなって。俺に言われて使った奥村邦和の時と違って、自分の意志で」

「例えば?」

「そうだな……俺がピンチになった時、とか!」

 

 さも、今その言葉が思いついた素振りで人差し指を立てて言った。先生は顎に手を当て数秒使って考えた後答えた。

 

「……どうだろうね」

「……」

「『あ、こいつ逃げたな』って目。ごめんね優柔不断で」

 

 スッと目を逸らした。どうやらポーカーフェイス崩れてたらしい。

 

「ま、使わなくて正解ですけどね。何があっても先生の目的を優先した方がいい。先生が自分の価値観を曲げちゃダメですよ」

 

 だからたとえ俺が死にそうになっても先生の尺度で使って欲しい。と暗に伝えた。

 

「……僕、どうだろうって言ったでしょ? それは自分の意志で行うタイミングで、乙守くんの気持ちと僕の気持ちを天秤にかけて考えた結果そう言ったんだ。……僕らの夢と命とその想いは同じくらい尊重すべきだ」

 

 だけど、と丸喜先生が区切って言った。

 

「──君が『助けてほしい』って言ったら迷わず使う。……僕は、乙守くんのそうあるべき存在だから」

「それで悪いことしようとしても?」

「しないと思うな。乙守くんは」

 

 答えにはなってないけど、そうやって微笑む先生の顔は裏切りたくないと思ってはいる。

 

「……なんか嫌な予感がするんです。漠然と。俺は俺で出来ることを一つずつやっているんですけど、それでもどこかに落とし穴があるような気がしてならないんです。……もしかしたらその時に呼びます」

「うん。わかった」

「んじゃあまぁ……よいしょっと……! 後はお互い文化祭を楽しみましょうか」

 

 壁から背を離して、またあてもなくぶらつく旅を始める。お腹が空いたから空いてる屋台があるといいな。

 

「あ! 二年のタピオカは結構良かったよー!」

 

 後ろの方で先生がそう叫んだけど、文化祭のタピオカは基本ぬるくて固くて薄いから嫌い。

 

 

***

 

 

「うおっ寒」

 

 屋上の扉を開ければ、冬に差し掛かった冷たい風に迎え入れられる。買ってきた出来立てのチュロスもこの風で冷めそうだから暖かいうちに一口かじった。……案外美味いなこれ。

 学生の文化祭にしてはという枕詞はつくが、今年の文化祭で食べたものの中で一番美味かった。まぁ他に食べたものがロシアンたこ焼き(冷凍食品)だから、アレだけど。

 

 文化祭も終盤で、スケジュール的に後夜祭が始まろうとしている頃だ。本校舎は一般客が帰って、祭り特有の賑やかさの後の哀愁が漂っている。代わりに学生は体育館で後夜祭の出し物の見物のために集まっている。

 怪盗団と一緒にいたら後夜祭行こうとか言ったんだろうけど、一人の今は、屋上で積まれた机の一つに腰を掛けて、こうして静かに食事をとってる。

 

「……~~~~~ッ……はぁーーーー……」

 

 肺に溜まった空気を入れ替えるように、大きく深呼吸をする。鼻から外の冷たい空気を取り入れて、肺に溜まった温く濁った空気を吐き出す。禊のように体内に新鮮な空気を循環していけば、肩の力も段々と抜けていく。

 それを繰り返して、やがて意識して深呼吸するのをやめた頃、ボーっと夜空を眺めていた。陽の余熱で温められた薄明には一番星だけが見えた。周りが静かで、風の音がよく聞こえる。今この屋上は喧噪から切り離された空間だ。

 

 こうした祭りの輪の外で、静かに一人の時間を過ごすのは嫌いじゃない。……まぁなんというかこういう穏やかな──……。

 

「あ、先輩。こんなところにいたんですね」

「……」

「な、なんか、一人の時間を邪魔しやがってみたいな目してません……?」

「大当たりだよ」

「あー……それはすいません」

 

 と、謝りながらすみれは屋上に侵入してきた。

 

「引けよ。俺の領地だぞ今」

「まぁいいじゃないですか」

「強引だな……ていうか後夜祭行かねぇの?」

「……まぁいいじゃないですか」

「今日それで全部通すつもり?」

 

 後夜祭で芳澤すみれが踊るってイベントがあるはずだけど、これは芳澤かすみが代わりに踊ってるから、すみれは暇ってヤツか。

 

「かわいそ……怪盗団と姉がいなかったら過ごす人誰もいないとか……」

「それ言ったら先輩だっていないじゃないですか」

「俺は孤独を楽しんでるわけ。一人、ここで風に当たりながら静かに終わる文化祭に情緒を感じるわけ」

「……お邪魔ですか?」

「……別にいいよ。このタイミングで追い出したら罪悪感が沸きそう」

 

 そんなしょぼくれた顔をされたら追い返すに追い返せない。すみれはにっこりとした笑顔のまま寄ってくる。

 

「チュロス美味しいですか?」

「うまい。外が固いけど、カリカリの方が好きだからそれも含めうまい」

「へぇ~……ひ、……一口くださいよ」

「ん」

「えっ」

「常識的な一口な。竜司じゃないんだから一口で九割いくなよ?」

 

 釘を刺しつつチュロスを差し出すと、すみれは目線を彷徨わせ始める。図星か?

 

 すみれは差し出したチュロスに逡巡しつつも、ほんの先っちょにかじりついた。……かぶりつく勢いだったら手を引いてたけど、それは遠慮しすぎてるだろ。キュウリの輪切りぐらいしかなかったぞ。

 

「……チュロスの可愛い食べ方わかんないし………………あ、おいしいですね」

「だろ? 学生の文化祭にしては結構いい線いってるよな」

「ええ本当に……──じゃなくて!」

「……今日みんな様子おかしいけど、文化祭でハイになってる?」

 

 今のすみれはなんというか強引というか、テンションがいつもと違う。怪盗団にいる時は、一つ上の先輩に遠慮してるのか一歩引いた距離感を保ってる(同年代の双葉が入ってからは砕けてきてる)ように見えるから、今日のすみれはレアかもしれない。

 

「本当は私が会話のペースを握るつもりだったんです! ごく自然に! 話したいことがあるから!」

「かなり不自然だったし、全部フルスイングで空振ってた気もするけど。じゃあはい。3,2,1、どうぞ?」

「うっそうやって振られると話しづらくなりますよ……、会話でペース乱されて、屋上に入る前に作ってきた気持ちもブレちゃいましたし……」

「……」

「『うわこいつメンドクサ』って顔してますね。その通りかもしれないですけど……!」

 

 またポーカーフェイスが崩れてたか。今日はよく崩れるな。俺も文化祭の講演が終わって、気持ちが緩んでるのかもしれない。

 

「一応、私の気持ちを伝……ん?」

「お、体育館の方でダンス部が踊ってんな」

「そんなのスケジュールにありましたっけ?」

「サプライズなんだってさ」

「なんで実行委員でもない先輩がサプライズを知ってるんですか?」

「……まぁいいじゃないですか」

「さすがにそれで誤魔化せると思ってるのは、ちょっとやばいですよ」

「鏡見て来いよ」

 

 サプライズを知ってるのはもちろん前世知識。今ごろ、体育館ではかすみが踊ってんだろうな。

 

「……私たちも踊りませんか?」

「マジ?」

「……ここで祭りの余韻を楽しんでる先輩は、こういうの嫌いじゃないと思うんですよね今のシチュエーション。……どうです? 当たってます?」

 

 ……体育館では皆でどんちゃん騒いで踊ってるのに、俺は静かに屋上で踊っている……か。

 

「……まぁ嫌いじゃないけども」

「ふふっ」

「ドヤ顔やめろ。……フォークダンスしか踊れない」

「いいですよ。──お手をどうぞ」

「俺のセリフだろそれは」

「ふふ」

「だからドヤ顔やめろ」

 

 差し出された小さな手の平に、そっと自分の手を置く。

 

「手、大っきいですね……に、握り潰さないでくださいね?」

「そっちこそ足踏むなよ」

「先輩は知らないかもしれないですけど……実は私、新体操で全国に行ったことあってですね。運動神経は良い方なんですよ」

「うわマジか知らなかったわ。でも実は俺も怪盗団やってて運動神経には自信ある方」

「初耳でした。今度サインでも貰いますね」

「高値で売れるぞ」

「人気落ちたのでもう売れませんよ」

 

 軽い冗談を交わしながら、手を取り合って踊る。体育館から聞こえてくる音楽は最近流行っている海外のアーティストの曲で、フォークダンスとは相性が悪かった。

 

「ハイテンポな音楽だな」

「合わせます?」

「いや汗だくにはなりたくない。それに息上がってる状態でなんか話すつもり?」

「それもそうですね」

 

 遠くから流れてくる音楽のリズムに合わせず、自分たちのペースでステップを踏んでいく。口で「いち、に」と刻んでいたぎこちないダンスもゆっくりと、少しずつリズムが合い始める。やがて何も言わずとも合わせられるようになった頃、言いあぐねていたすみれの口が開いた。

 

「……先輩には感謝してるんです。先輩のおかげで夏の大会で一位を獲れたんですよ」

「それ前も聞いた気がする。別にすみれの頑張りのおかげだろとも言った気がする」

「はい。言いましたし、言ってくれました。……あの時、スランプだったんです。思ったように体が動かない、上手くいくイメージが持てない。そんな時コーチが『すみれは動きが繊細だが、大胆さが足りない』って。技術はあるからあとは心の持ちようとも言われました」

 

 懐かしむように語るすみれの言葉を黙って聞いた。……正直ステップの歩幅を合わせるのに集中していて、口を挟めるほどの余裕はまだ無い。

 

「だから私は身近な人を参考にしました。それで大胆さっていったら先輩が思い浮かんだんです。参考にしようと先輩のことをずっと見てました」

 

 俺が? どちらかと言えば蓮の方が大胆……と言いたい気持ちはあったけど、思い返してみたら、前に出すぎたり派手な登場したりトドメを掻っ攫っていったり。まぁ心当たりはあったので口を噤んだ。

 

「それで先輩を見ていて気付いたことがあるんです。誰かに見てもらいたいっていう気持ちが、私の演技の大胆さに繋がっているって。誰かにいいところを見せたい。カッコいいところを見てもらいたい。以前の私にはその気持ちが無くて、かすみもいるのにずっと一人で自分自身と戦っていたんです。……先輩のおかげで気付けたんです」

「……それだと俺がカッコつけたがりみたいに聞こえるけどな」

「間違ってませんよ」

「……まぁ、自覚はあるけど」

「冗談です」

「は?」

「本当にカッコイイ人ですよ」

「……」

「ふふっ。やっと私が会話の主導権を握れた気がします」

 

 動揺が顔に出たみたいで、すみれはしてやったりと得意げな顔で笑った。今日はどいつもこいつも不意を突くのが好きらしい。

 

「……先輩に言いたいことがあるんです」

 

 ……気のせいかもしれないけれど、すみれの手に僅かに力が入った気がする。ステップの歩幅も今、一瞬だけ合わなくなった。

 ……その代わりに目が合った。さっきの感謝の話は前置きで、むしろここからが本題だという風に。

 

「先輩は私にとって特別な存在なんです。私の命の恩人でもありますし、尊敬している仲間で、憧れている背中でもあります。……だからそんな先輩を見ていて私……気付いたことがあるんです」

 

 一瞬の間があった。風が止んで、刹那の沈黙が訪れる。

 

 冬前の肌寒い空気は、互いの触れ合っている手の体温を強調させるものでしかなく、自分の体温も高くなってくることも自覚させられる。すみれの緊張が繋がれている手から伝わってきて、影響された心臓がいつもより速く動いた。

 

 すみれの瞳が俺の目を真っすぐ射貫くように捉える。心まで見透かすような視線は、暗に「逃げないで」と訴えかけているようにも感じた。

 

 

「──……先輩」

 

 

 そしてすみれの唇が動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達に隠してることありますよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

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