「はは」
動揺を隠す努力はしたものの、それが裏返って嘘くさい作り笑いを浮かべてしまった。
「足、止まってますよ」
「ああ……悪い」
すみれに促されてダンスを続ける。足運びも話の主導権を獲られて、いつの間にかすみれの手のひらの上で踊っている。
「どれのことを言ってるのかわかんねぇかも」
すみれがどこまで知っているのかはまだわからない、勘違いの可能性もある。だからこれは探りを入れる質問。
「一番気にしていることです」
「あー、…………スマホにマジでヤバいエロいフォルダがあること?」
「それ、冗談ですよね」
少し卑怯かと感じたセクハラまがいの返し。普段のすみれなら照れて反論し、その場を誤魔化せるかと思ったものの、微塵も怯むことなく凜として返されたことで、むしろ会話の逃げ道を塞がれてしまった。
「見てたからわかるって言ってるじゃないですか。双葉にスマホを渡すのを嫌がっていたのはまた別の理由……ですよね?」
「それが俺の隠してることと関係ある、と?」
「一端です。嘘をまた別の嘘で隠して、本音を心の奥深いところで隠してる」
……ちなみにスマホにエロい写真があるのは本当だ。言ってしまえば事実を別の事実で誘導してダメージを軽減しているだけだ。嘘でカモフラージュしないのは、バレた時に弁解がしにくいから。
「……スマホ弄らせたら満足するか?」
「……はい」
見られてマズいのはイセカイナビの履歴だ。マルキパレスに入ったのは数ヶ月前で、今までに複数回出入りしている。それを見られたら怪しんで言及されるのは確実。
……だけど幸運なことにイセカイナビの履歴にはマルキパレスは『??? パレス』と表示されている。これはシロな俺の目線からして、謎で危険なパレスという認識になる。それはもちろん俺だけではなく、他の怪盗団もこれを見たらそう思うだろう。
だから『他のメンバーを巻き込むのは危険だから、一人で出来るだけ調査していた』という言い訳が出来る。怪盗団からその行動を咎められるかもしれないが、メメントスの単独行動を許されているからそれも大丈夫だと思ったと言い逃れは出来る。シドウパレスに単独で潜っていたこともそう言って誤魔化せばいい。
どうやってそのパレスを見つけたのかは……偶然で押し通すしかないが、イセカイナビが使用者以外の声にも反応すると知っていれば理解を得られるだろう。
「わかった。渡すよ」
だからこの場ですみれにスマホを見せても、隠し通せる自信がある。
そう思って、制服のポケットに入っているスマホを取り出そうとすみれの手を離そうとした瞬間、すみれの手がそれを逃がさまいと、強く握りしめてくる。同時にすみれの足が止まって、釣られて俺も動きを止めた。
「悪い、手を……「まだ」」
「ここまできて、まだ……誤魔化そうとするんですか……?」
すみれの手は俺自身の手の体温より熱く。震えた声には僅かに怒気がこもっていた。
「先輩のこと見てたから分かるって言いました。これで三度目です。……先輩は今、スマホを諦めて渡すんじゃなくて、見せても尚、丸め込めると踏んだから渡した。違いませんよね?」
……一番厄介だ。明智や獅童を騙したときより、丸喜先生を初めて説得した時より、鈴井さんに見逃されたときよりも。
「……そんなに私のことを信頼出来ませんか……?」
この信頼が一番厄介だ。
すみれから俺への信頼だけじゃない。俺がすみれを、怪盗団を信じているからだ。本当の目的を話したら、絶対に反発して止めにくると信じてるから。
「正直に話さなきゃ信頼には値しないか?」
「……別に話せないなら話せないって言ってくれれば良かったんです。私だって無理に追求するつもりはなかったんです。言いたいことがあっただけで、何かを聞きたいわけではありませんでしたから」
……思い返せば確かにそう言っていた。言いたいことがあったと。
「もし素直に言ってくれれば秘密にもしました。怪盗団の皆さんにも絶対に口外しませんし、出来ることなら味方にもなりました」
「……なんかまるで隠し事をしてる俺が悪いみたいな言い草だな」
「別に隠し事が悪いって訳じゃなくて、ここまで一緒に戦ってきたのに一人で抱え込んで信頼してくれない態度に「不満だっただけか」……っ」
差し込むように言葉を投げると、すみれが言葉を詰まらせた。
「それはお前自身の気持ちでお前の都合だろ。信頼とか言って、『私にとってこうあってほしい』っていう自分の理想を俺に押しつけてるだけだ」
「違います! 私は本当に先輩のことが心配で……!」
「お節介。……それに味方ね……」
「……──ッ!?」
会話に気取られているすみれの足を払ってよろけさせた。
すみれは驚いて片手を離し、背中から地面に倒れかけたが、俺が腕を引いて、後頭部が地面にぶつかる寸前で止めた。
まるでダンスのフィニッシュのようにすみれの体は地面と平行にバランスを保っている。だが俺がこの手を離したら、バランスを崩したすみれは呆気なく地面に倒れる。
繋がれている手が命綱で、それは俺が握っていた。
「こうゆうことするヤツでもお前は信頼できるのかよ」
すみれの優しさは理解している。だけどなんでこんなにも癪に障るのか分からない。
「……手を離してください」
一瞬、手を離すのを躊躇したが、意地になっていたのか、そのまま自然と手を離してしまった。
するとすみれは繋がれてない片方の手を地面に置き、体の柔軟さを活かして器用に後方ブリッジをして直立した。翻った際に乱れた髪や制服を直しつつ、正面から俺を見つめてすみれは言った。
「私、先輩が思ってるより弱い女じゃないです。たとえ先輩が何を抱えてても、どんな強大な敵と戦おうとも、……私を信頼していなくたって、私は先輩の隣に立ってますし、背中を合わせて戦えます」
……確かに最後の怪盗団との決戦で、すみれが味方してくれるのは戦力的にありがたいことかもしれない。
だとしても、だ。すみれはきっと『都合のいい世界』に共感しないし、なにより怪盗団の仲間に刃は向けれない。
「悪いけど話せない。これは信頼するしないとか、巻き込む巻き込まないの話じゃない。俺の問題だからだ」
「……わかりました」
そう言ってすみれは背を向けた。
「体、冷えないように気をつけてくださいね。……失礼します」
すみれは静かに屋上の扉から出て行った。彼女の遠ざかる足音が徐々に早くなっていく音が、屋上の静寂に響いていた。
安堵と苛立ちでため息を吐きながら散らかっている机に腰をかける。
結局すみれは俺の何の秘密を握っているのかを知ることが出来なかった。もしかしたらすみれは何も知らず、ブラフだったのかもしれない。
それすらも知ることができず、しかもすみれが抱えていた俺への疑心を確信に変えてしまった。
「…………クソ」
体育館から聞こえていた音楽はすでに聞こえなくなっていて、一人きりの屋上は痛いほどに静寂だった。