幸せなバッドエンドを目指して   作:ぽんしゅー

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#63 騙して悪いが、仕事なんでな。

 

「モナ〜、回復ちょうだい」

「お前……異世界だからって無茶しすぎだろ」

「いいじゃん。俺、前回のパレス参加してないんだから溜まってんのよフラストレーション」

 

 モルガナの出したゾロが剣を指揮棒のように振り回すと、みるみるうちに胡桃の傷が治っていく。

 

「お姉ちゃん!」

 

 怪盗団によって倒され、暴走した正義の処刑人の姿から、カジノのオーナーの姿へと戻ったシャドウ冴に走って駆け寄る真。

 

「俺らはオタカラ探してくるわ」

 

 竜司と祐介は新島姉妹の空気を読んでその場から立ち去ってオタカラを取ってくる……フリをする。

 

 もうすでに怪盗団の作戦は動き出していた。

 

「…………完敗ね」

「法で裁けない悪を明るみに出して断罪すること……それは間違ってないと思う。怪盗団だってそういう意思で動いてる。でも手柄のために強引な捜査をしたり、真実を捻じ曲げようとしたり、……ねぇ検事になるって決めた時の気持ち思い出して。それがお姉ちゃんの正義でしょ?」

「私の……正義……」

 

 真の言葉を受け、自身の在り方とその口から出ていた“正義”という意味の重さについて今一度考え始める。

 

「おい、オタカラあったぞ!」

 

 竜司と祐介が銀のアタッシュケースを持って走ってくる。事前に用意していた、オタカラなんて入っていない空っぽのアタッシュケースだ。

 

「これで捜査が正しく動く。君たちの容疑も晴れるだろう。……探偵の僕がまさか怪盗なんてね」

「……どうする、今後も続けるか? それとも本業再開か?」

「まさか。これで改心事業はおしまい。君らも怪盗から足を洗う。そういう約束のはずだよ、忘れないで」

 

 明智の冷静な言葉が全員の耳に響く。明智は疑うことなくアタッシュケースをオタカラだと誤解しているようだ。

 

「オタカラも獲ったし、長居は無用だぜ! ……クイーン、平気か?」

「……うん、大丈夫」

 

 まだシャドウ冴は現実の姿に戻らず、下を向いて考え込んでいる。だがここで彼女が改心して、パレスが崩壊してしまえば、怪盗団の計画に支障が出てしまう。

 

 真は複雑な表情で姉の姿を見つめながらも、怪盗団の計画のために一度その場を立ち去る決断をする。

 

「行きましょう」

 

 真は最後まで説得したい気持ちを抑え、ここから立ち去る選択をすると同時に、双葉に目を向けた。

 

 作戦開始の合図だ。

 

「ん……⁉ 待って、敵の反応! いつの間に⁉ 外に集まってきてる!!」

 

 双葉が慌てた様子で空中に半透明のディスプレイを浮かべる。パレス内の監視カメラハッキングしたその画面には、多数のシャドウたちが蠢いているのが映っていた。

 

「マジか⁉ どうなってやがる⁉」

「主を倒してオタカラまで盗ったのにざわつきが収まらない……どうなってる? なにか起きてんのか?」

 

 双葉を中心に、怪盗団のメンバーは次々と「異常事態に戸惑う」演技を始めた。この場にいる誰もがその状況に動揺しているように振る舞う。

 

「とにかく動くぞ! すぐに敵が雪崩れ込んでくる。囲まれたら終わりだ!」

「この人数で固まってたらすぐに見つかっちゃう。分かれて逃げないと……でもそうなると囮役が必要に……」

「俺が行こう」

 

 怪盗団を逃がすため、一人で注意を引かなくてはならない危険な役目に蓮が引き受ける。

 

「──いや、いくらジョーカーと言えど囮が一人なのは心許ない。ここはもう1チーム、僕と……彼が一緒になって囮になろう」

 

 蓮の提案に乗っかって、明智は胡桃を指差し、自身の作戦を遂行しようとしてくる。

 

「……そうね、わかったわ。ブルもいいわね?」

「了解」

 

 二人が怪盗団と別れて別口から脱出するという、明智の作戦も事前に怪盗団全体にも共有済みだったため、誰も異議を唱えることは無かった。

 

「ジョーカーは正面ホールの警備達を、僕ら二人はバックヤードにいるシャドウを引き付けるから、その隙に見張りが薄くなってるところから脱出してくれ」

「おっし、じゃあ三人にはこれ」

 

 そういって双葉は小型の無線機を手渡す。

 

「認知世界じゃスマホは使えないけど、この無線機はパレスにいた黒服モブたちが使っていたものだから使えるはず。こんなこともあろうかとちょっくら拝借しといた」

「なるほど、助かる」

「この無線機があれば、必要な情報交換もスムーズに行える。ありがとう、ナビ」

「敵の増援が出てきたらすぐに連絡するから」

 

 双葉は、画面に現れたセンサー情報を絶え間なく確認しながら、怪盗団全体の安全を気遣う。

 

「ま、死なねぇだろ、お前らなら」

 

 そう言って竜司は偽のオタカラであるアタッシュケースを蓮に手渡す。

 

「準備は整ったな。ジョーカー、先行してホールの敵を引きつけてくれ。俺たちもバックヤードで騒ぎを起こす」

「頼んだよ」

「ああ」

 

 仲間たちの視線は、彼らの背中に鋭く突き刺さるように集まっている。誰もがこの役割が危険であることを知っていた。そして万が一にも帰ってこられない可能性があることも──。

 だが、彼らの中でその不安を表に出す者はいなかった。胃もたれするほどの緊迫感の中、彼らを信じ抜いていた。

 

 そして役割の決まった彼らは怪盗団に背を向け、囮を全うしようとその場から動き始める。

 

「…………、っと」

 

 しかし胡桃だけ、その袖を掴まれ足を止める。振り返れば、真剣な顔ですみれが見ていた。

 

 すみれは、胡桃の袖をぎゅっと掴んだまま、視線を逸らせずにいた。引き留めたものの、どんな言葉が正しいのか分からず、心の中であれこれ悩む。先日の口論のこともあり、「今更……」と自分を責める気持ちが込み上げてくる。

 

「えっ……と……」

 

 ぎこちなく声を絞り出しながらも、すみれの言葉は途切れる。また前みたいに話したいという気持ちと、無事を祈りたい気持ちが合わさって、真っすぐ見据える割に、時間だけが経過して微妙な間が生まれてしまう。

 

「…………ファ、ファイトです」

 

 やっとのことで口にしたその言葉は、ありふれたエールだった。自分でも拍子抜けするほどありきたりな言葉に、すみれはかすかに俯き、唇を噛んでしまう。

 

「……フフッ、真剣な顔をしてそれだけかよ」

 

 しかしすぐに胡桃は眉を八の字にして、くしゃりと笑った。その柔らかい笑顔に、すみれはかつて口論になる前の彼の姿を思い出し、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。

 

 胡桃はすみれの掴んだままの手に触れ、やんわりと力を込めて離すように促した。すみれの頑なな指が、胡桃の温もりに少しずつほぐされ、自然とその手を離れていく。

 

「そっちは任せた。……頼りにしてる」

 

 すみれは胡桃の言葉に小さく頷き、彼の顔をじっと見つめたままだった。先日の口論の残り火がまだ心にくすぶっているのが分かる。それでも、彼が前のように笑ってくれたことに、わずかな安心を感じた。

 

 胡桃が優しく手を離し、一歩踏み出すと、すみれはそっとその背中を見送った。

 

「……心配なのはわかるが今はここから脱出するぞ」

「……はい」

 

 怪盗団の仲間たちは、気遣わしげな表情で立ち止まり、すみれに声を掛ける。

 

「大丈夫。あの二人めっちゃ強いし、なんとかなるって」

「そう、ですよね。……私たちもいきましょうか」

「ええ。彼らの無事を祈りましょう」

 

 彼女がようやく前を向き直すのを確認し、怪盗団は再び進み始めたが、すみれは一人だけ後ろ髪を引かれるように、もう一度背後を振り返ってしまう。

 

(……なんで、こんなに胸がざわつくの……?)

 

 すみれが声をかけたのは、ただそうしなければいけないと直感的に感じたからだった。

 

 何も考えずに手を伸ばし、袖を掴んでしまった自分を思い出す。その瞬間に心をよぎったのは、言葉にしづらい、説明のつかない感覚だった。

 

 思い返すのは、あの雨の日──約半年前、車のブレーキ音とともに、かすみとの間で何か決定的なものが崩れそうになった感覚。それに似た、喪失への不安が胸をかき立てる。

 

 すみれは微かに息を呑み、不安を振り払うように前を向き直すと、怪盗団の仲間たちに歩調を合わせた。

 

 

 ***

 

 

 不快なほどに明るいカジノの裏は、ドブネズミが住んでいそうなほど暗く、剥き出しのコンクリートが薄汚れた雰囲気を漂わせていた。

 明智と胡桃は怪盗団を逃がすための囮という名目で、都会の路地裏を彷彿とさせるパレスの裏を走り回っていた。

 

 怪盗団との通信はこちらの声を届けないために切っていて、今は逃げてるメンバーの声が一方的に聞こえるだけだ。

 

「……それで、俺たちはこっそりこのまま警察に合流って感じ?」

「そういうこと」

 

 最初から囮になる気なんて無いことを察していた胡桃は、明智の後ろを走って付いていく。二人の耳には蓮の逃走を指示している怪盗団の声が入ってくる。

 

「……ところでさ」

「うん」

「君と、ヴァイオレット……芳澤さんって付き合ってるの?」

「んな訳ないだろ」

 

 即答。嫌悪も好意の感情も乗っていない、極めて平坦な声色だった。

 

「さっきのやり取りってまるで付き合ってるもの同士のソレみたいでさ。恋人が死んでしまう映画でよく見る」

「ああ、見え見えな死亡フラグを立てるやつね」

「そうそう。だからてっきり、ね? ……君は彼女に気があるの?」

「……まさか。 素直でいい奴だとは思ってるけどな」

 

 今度は即答ではなく、返答に間があった。三秒にも満たない時間だったが、胡桃の中にある、すみれに対する気持ちに向き合う時間は存在した。

 

「ふぅん、惜しいな……」

「何が?」

「いや僕が見た感じ、彼女の方は絶対に君のこと好きだと思うよ」

「はぁ? 馬鹿言」

 

 

 ──胡桃が言葉を発した瞬間、その眼前に刃があった。

 

 

「──ッ!」

 

 

 明智が背後を走る胡桃に振り抜いた一太刀。胡桃の眼球が切っ先に触れるまで僅か三寸にも満たない距離。

 

 咄嗟に体を捻り、走っていた前に進むエネルギーを避ける力に転化する。胡桃の体は前を走っていた明智を追い越すかたちで転がって、追い打ちが来ないように身を翻し受け身をとる。当たったら致命となる不意打ちは避けることに成功したが、額には赤い線がすうっと浮かびあがり、血が零れた。

 

「すごいね、今の避けるなんて」

「お前……」

 

 胡桃は額から流れる血をぬぐいながら、明智をにらみつけた。そして、持っていた通信機で怪盗団との連絡を繋ぐ。

 

「……ナビ、状況教えてくれ」

『ブル! えーっとな、ジョーカーは囮として黒服を引き付けてて……──待って、敵反応多数! なんでこんな突然……! しかも囲い込もうとしてる!』

 

 その言葉に胡桃は眉間に皺を寄せ、目の前の明智へと視線を戻す。目の前の明智が、かすかに口元を歪めて冷笑を浮かべている。気付かぬうちに背後から忍び寄る影が、じわじわと形を持ち始めていた。

 

「ああ、……俺も、今気付いた」

 

 明智の背後で、薄闇から複数の影が生まれ、瞬く間に巨大な姿に変わっていく。その影たちは、二人を取り囲むように輪を成し、まるで包囲網のようにじりじりと迫っていた。黒い体躯に不気味な赤い眼が無数に輝き、何十体ものシャドウが沈黙を破り、牙を剥いて現れる。

 

「助けは来ない。その通信機で仲間を呼んでも返り討ちに遭うだけか、時間切れで警察が乗り込んできて全員捕まるかだ」

 

 言葉を淡々と紡ぐ明智の冷淡な声が、耳元で鋭く響く。彼の口調は冷ややかで、まるで状況を楽しんでいるかのようにさえ感じられる。胡桃は、唇を噛みしめながら再度通信機に問いかけた。

 

「……それよりもナビ、そっちは?」

『……! こっちは大丈夫』

「ああ、……そう。へぇ、……ったく」

 

 胡桃は一瞬だけ息をつき、そしてゆっくりと深い息を吸い込んだ。その吸い込んだ空気が肺の奥を押し広げ、冷たい怒りと共に膨らんでいく。彼の体が一瞬硬直し、そして限界まで溜め込んだ怒りのすべてを吐き出す。

 

「……っ最っっっっ悪だよっっっ!!!!!!!!!」

 

 胡桃の怒声が通信機を通じて怪盗団の全員に響き渡った。時代が違えば、あるいは雑音を遮る機能が搭載されていれば、この怒りはここまでの衝撃を与えなかったかもしれない。だが今は違う。彼の叫び声は、まるで雷鳴のように全ての通信機を震わせた。

 

「テメェ明智! 裏切るっていうのかよ!」

「悪いけど裏切ったつもりなんてない。最初から僕は君たちの敵だ。誰も信じてない」

 

 胡桃が睨みつけると、明智は少しも動じることなく、冷笑を浮かべたまま返答した。

 

「俺は怪盗団売ってまでそっち付いただろうがよ! 金のためにあんの集団の中でヘラヘラ笑って演技してたっていうのに……!」

「そうだな……確かにここで君を失うのは、流石に惜しい気もするよ。本当に、残念だと思ってる」

 

 明智は一瞬、顔に手を当て、あざとく悲しむように肩をすくめてみせた。

 

「──なんて言うとでも?」

 

 しかしその目は憐れむように細められ、口元には微かに嘲るような笑みが浮かぶ。

 

「……ぶっ殺す」

「やってみろよ、この数相手にな。それとも裏切ったお仲間に助けを乞うか? まぁさっきの裏切りの話を聞いて来てくれるかは分からないけど」

 

 明智は少しも怯むことなく、わざとらしく肩をすくめると、周囲のシャドウたちに顎をしゃくって示した。

 

「いらねぇよ」

 

 胡桃は通信機を強く握り、そして床に叩きつけた。プラスチックの外装が割れて、内部の回路がむき出しになり、配線が四方に飛び散る。その瞬間、彼の表情には苛立ちが色濃く浮かび、目の奥で怒りの炎が燃え上がっていた。

 

「……あー、もうホントにイラつく! なんで毎回毎回毎回! こうも予定が狂うんだよっクソがっ!!」

 

 胡桃は叫びながらも自分の失策をわかっていたが、今さら引き返せない焦りと怒りがさらに苛立ちを増幅させていた。

 

 明智は、胡桃のそんな様子を冷笑しつつ、一歩引いて見守っていた。そして小さくため息をつきながら、静かに囁くように言った。

 

「はぁ……もういい? そろそろ潰すけど。…………やれ」

 

 その声を合図に、シャドウたちが一斉に動き出し、胡桃を囲むようにして迫りくる。その気配が四方から押し寄せ、湿った空気が一瞬凍りつくように感じられた。

 

 一番近くにいたシャドウが、じりじりと胡桃に近づき、すばやく飛びかかろうとした。

 

 その刹那、──ドッ! という音が場を震わせ、空気が一気に弾け飛ぶ。シャドウは胡桃に触れることなく、まるで見えない力に押しつぶされたかのように吹き飛ばされ、瞬時に跡形もなく消え去った。

 

 ──【メギドラオン】 黒と白の波動が空間を軋ませ、ねじれた空気が不気味に震える。まるで何かがうごめくように膨張していくその波動が、胡桃のそばで爆発的に炸裂し、場がゆがむほどの衝撃を生んだ。

 

 視界の中に黒い煙が漂い、その爆風の中から、暴牛を伴った凶暴な影が現れる。

 

「まだ来るんだろ? 早く出せよ」

 

 その望みを受け取るかのように、倒れたシャドウたちの傍らにまた新たな影が生まれ、形を成し始める。無限に湧き出るようなその敵の群れが、さらに胡桃の前へと姿を現し、彼の意気込みを試すかのように再び囲み始めた。

 

 ──再三言おう、胡桃の闘争心は打てば響く。大量の敵など、今の彼の怒りに火を注ぐだけだ。

 

 

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