幸せなバッドエンドを目指して   作:ぽんしゅー

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#66 しんでしまうとは なにごとだ!

 

「ふ、ふふ。言った、言っちった……はは……」

 

 愉快そうに笑う胡桃は床に投げ捨てられ、ゴロンと体勢を変えて仰向けになってもまだ笑い続けた。そして目線を天井隅の監視カメラに向ける。

 

「ふん、今更可視化法とやらに期待してるのか? 悪いがここに犯罪者を守る法は無い「やっぱり、そっち側じゃねぇんだ……はは」……」

 

 尋問官は話を遮られた腹いせに腹部に蹴りを入れる。咽つつも胡桃は話を続けた。

 

「……はぁ……お前は……犠牲者だ。何も知らずに……獅子に食われる兎……俺に言わせたいのは、怪盗団のメンバー……だな」

「分かってるなら、早く話せ。こんなに痛めつけられるまで話さないなんてマゾなのか?」

「違う、な」

 

 胡桃はこの尋問に違和感があった。怪盗団のメンバーを吐くためにここまでする必要はない。何故ならすでに容疑がかかっているメンバーは警察側に知られている。

 

 それと胡桃は自身と雨宮蓮との尋問に自白剤が使われてないことが疑問だった。

 

(自白剤は、脳の判断能力を鈍らせて、聞かれたことに対して、嘘を吐いたり黙ったりする自制心を無くして事実を吐かせる……ものだった気がする)

 

 それゆえに自白剤で吐き出させた供述には記憶違いや記憶の齟齬、妄想が含まれることがあるため信憑性に欠ける証拠と扱われることと、使用しすぎると廃人になってしまうことも胡桃は知っていた。

 

 すなわち、自身を拷問してまで吐き出させたい情報は別にある。

 

「殺さずに言わせないといけないんだろ? 俺だけ、知ってる協力者の名前を」

 

 ──丸喜拓人。乙守胡桃唯一の仲間。

 

(どこかで明智か獅童に、俺が曲解の力を持っていないことに勘付かれた……。丸喜先生の名前を出すわけにはいかない……)

 

 胡桃はもう一つ気付いたことがあった。目の前の男は獅童とは関係のない人間だということ。説得されている中でひたすら観察し続け、明智と獅童の名を出しても不可解な反応を示したのが彼の中の決め手だった。権力に丸め込まれてない分、まだやりようはあるかもしれない、と。

 

 胡桃の瞳が鋭く光る。まるで獣が牙を剥いて威嚇するように、その視線は尋問官を捉えて離さない。尋問官は胡桃の足元にしゃがみ込み、その顔を覗き込むようにした。

 

「ずいぶん、おしゃべりになったな」

「……」

「分かってると思うが、俺に嘘は通用しない。慎重に言葉を選べよ」

 

 胡桃は乾いた笑みを浮かべ、ゆっくりと視線を尋問官に向けた。

 

「まず……精神暴走事件。あれは俺たち――怪盗団の仕業じゃない。犯人は、明智だ。奴は影で、操ってたんだよ……怪盗団の動きを利用してな。怪盗団は確かに心の世界に潜り込んでいるが、暴走を引き起こすような力は持ってない。あれは明智の仕業だ。奴には特別な“力”がある。人の心を操る力だ」

 

 尋問官は無言でその話を聞きながらも、表情に変化は見せない。だが、その静かな態度の裏には、胡桃の話にどこか真実味を感じ取っているような気配がわずかに漂っている。

 

「明智は怪盗団を利用してきた。俺たちが目立つことで、奴の裏の計画が隠れるんだ。そして、その計画には……獅童が深く関わってる。二人は裏で繋がってるんだよ」

「明智と獅童、ね……そんな妄言で時間を稼ぐつもりか?」

「……怪盗団もな、一枚岩じゃないんだよ。獅童派と、それに敵対する派閥が入り乱れてる。あいつのやり方に反発してる連中だって、少なからずいるんだ……。政治家の蔵元って名前、知ってるだろ? 最近、孫共々干されて離党したあの男だよ」

 

 尋問官は無言で胡桃の言葉を聞きながらも、その無表情の奥でわずかな困惑が垣間見えた。

 

「蔵元らは裏で獅童と敵対する連中を支援してんだ。お前、改心された奴らの調書を見ただろ。奴らはみんな、裏で獅童と繋がってるんだよ。怪盗団の仕事で露わにされたのは、その一部に過ぎない」

 

 胡桃は苦しげに息を吐きながら言葉を連ねる。疲れ果てた表情とは裏腹に、言葉には妙な確信がこもっている。

 

「改心されたら困るのは獅童だ。だけど俺は怪盗団の偽善に嫌気がさして、蔵元派から獅童に鞍替えして今回の作戦に乗った。事前に明智と接触してな。だから、俺の協力者っていうのは明智吾郎だ」

 

 尋問官は胡桃の話を黙って聞いていた。冷静な顔を装いながらも、頭の中ではひとつひとつの言葉を慎重に吟味していた。特に蔵元の件が耳に入った瞬間、彼の内心で警鐘が鳴り始める。

 

(……こいつ何を企んでいる)

 

 胡桃の言葉に矛盾があった。蔵元が孫とともに離党したという話は事実だが、それに怪盗団が絡んでいるという話は聞いたことがない。

 

 蔵元の派閥は政界ではすでに力を失っており、今さら何かを仕掛ける余裕などないはずだ。しかも、その「蔵元」が獅童に敵対する勢力を支援しているというのは、まったく根拠がない。

 

(だが蔵元を引き合いに出してきたあたり、こいつ、俺が何か知ってることを当て込んで話してやがる)

 

 尋問官は胡桃の嘘に気付く、しかし真実を知っていなければ話せない嘘。

 

(蔵元チルドレンと怪盗団の関係は真っ赤な嘘……だが、全部が嘘じゃない。明智と獅童が繋がっている件と、明智が精神暴走を起こしている件、それに怪盗団が一枚岩で無い事に明智が協力者だったこと……それに関しては嘘はついてない)

 

 彼の話にはいくつか真実が織り交ぜられている。改心された者たちと獅童の繋がりについては、確かに一部の報告書に記されていることだった。だが、それをどう利用しようとしているのか。

 

 胡桃が意図的に嘘と真実を混ぜ合わせ、こちらの反応を探っているのがわかった。

 

「蔵元と怪盗団の話は嘘だな」

「……ああ、そうだな、悪い言い間違えた。蔵元を支持している蔵元チルドレンの一人と怪盗団が繋がってる」

 

 ──嘘は吐いていなかった。

 

 嘘を見抜く技術があるからこそ分かってしまう、彼の言っている不可解な真実。

 

(蔵元を支持していた蔵元チルドレンと怪盗団が繋がっているなら、怪盗団内で派閥割れしてるのことに矛盾はない。……なら、もしこいつの言ってることが、事実だとしたら……)

 

 そして思考に意識を奪われた尋問官は部屋に取り付けられた監視カメラを思わず見た。見てしまった。見られてしまった、彼に、決定的な隙を。

 

「だけど俺は獅童派からも切られてしまった。作戦の途中で刃を向けられて口封じのために殺されそうになった。これ以上秘密を知った俺を生かすわけにはいかないと判断したわけだ……! はは……!」

 

 胡桃は一息で捲し立てるように言う。

 

「今から明智が殺しに来る。秘密をべらべらと喋った俺を獄中自殺に見せかけて殺しにな。俺が殺された後で明智に俺がどんな事を話してたか言えばいい。『明智と獅童は繋がっていて、精神暴走事件は獅童が目障りな奴を消すために起こして、その実行犯は明智って乙守胡桃は言っていた』ってな」

 

 平気で人を殺める人間が、秘密を知った人間を生かしておくとは到底思えない。それも獅童派らと何ら関係の無い尋問官だとしたら尚更だ。

 

「お前……!」

 

 縄が互いの首にかかる。初めて尋問官は胡桃に焦った姿を晒した。

 

「ふふっ……! はははッ……! はーあ……時間が無いな」

 

 対し、胡桃はひとしきり笑うと、スイッチが切れたように静かになった。椅子にだらりと座りなおし、力なく項垂れる。もう役割は果たしたと言わんばかりに、物言わぬ銅像になろうとしていた。かすかな照明がその姿を陰りと光で形作り、どこか非現実的な雰囲気を纏わせている。

 

「明智がここに来たら口封じのために殺される。ここから逃げた方がいい、まぁ……明智の能力でどこにいても殺されるけど。逃げるんだったら、手錠のカギを置いていってくれると助かる」

「……死ぬかもしれないのに、随分と冷静だな」

「明智がここに来ても、すぐ殺されるわけじゃない。一言二言話せる。……そこで取引できれば、生き残れる。……可能性はゼロに近いけど」

 

 むしろ獅童より明智の方が胡桃を処分したがっている。なぜなら獅童と明智の血縁関係を知り、明智の野望を知っているからだ。

 

 しかしその関係を利用することで、一縷の可能性があると彼は考えていた。

 

 尋問官は大きく舌打ちをして「あ゛ー……」と諦念が滲んだため息を吐いた。そしてしばらく目を瞑り黙りこくった後に、再び口を開いた。

 

「……答えろ。精神暴走が明智吾郎の仕業だとして。その力を手っ取り早く怪盗団に使わないってことは、怪盗団はそれを守るすべを持ってるってことか?」

「……分からない。が、使えたらとっくのとうに使ってるはずだ」

 

 おそらく、ペルソナを覚醒している人間には使えないのだろうと胡桃は予想していた。明智が操る暴走能力には、彼が理解しきれない制限があると感じられた。

 

「怪盗団が獅童と明智を無力にするには何日かかる?」

「……言えないな。これが伝わると計画に影響が出かねない」

 

 実行日や改心の期限の話が、万が一獅童の耳に入って、改心を意識してパレスの警戒度が上がるのは避けたかった。

 

「なら明智の精神暴走と廃人化自体を止めることは?」

「……タイミングによる」

 

 今、胡桃の頭に思い浮かんでいるのはシドウパレスでの明智との戦い。あれは偶然、明智が勘付いて、パレス攻略中の怪盗団と鉢合わせただけで、狙って起こせるかと聞かれたら少し難しい。

 

「明智の精神暴走と廃人化から俺を守ることは?」

「……さっきから何を」

 

 言いかけたその時だった――。

 

 廊下の向こうから、硬質なブーツの足音が冷ややかに響いてきた。乾いた音が、まるで一打一打、胡桃の胸を叩くように感じられる。足音は規則的に、淡々と響き、徐々に確実に近づいてくる。その足取りには、一切の迷いがなかった。胡桃と尋問官は、直感的にそれが明智のものだと理解した。

 

「守れるのか? 守れないのか?」

 

 だが、目の前の尋問官はそれに構うことなく胡桃に質問を投げかける。視線は一層鋭さを増し、その瞳の奥には鋭利な刃物のような光が宿っている。

 

「まぁ、できる」

 

 胡桃は校長の一件を思い出し、出来ないことはではないと口にした。その力をヤツが貸してくれるか分からないが。

 

「……」

 

 それを確認した尋問官は胡桃に近づいていく。

 

 尋問官の目が鋭く光った。胡桃の胸の奥に、冷たい手が差し込まれたような感覚が走る。視線が絡み合い、ほんの一瞬、両者の間に静寂が生まれた。

 

「……なん──っ、?! ……か……は、……あ」

 

 言葉を発した次の瞬間、尋問官の手が胡桃の首に伸びた。胡桃は首筋に感じた圧力に驚き、思わず息を飲んだが、その息はすぐに途絶えた。尋問官の手が容赦なく胡桃の喉を締め上げていく。指が食い込み、まるで鉄のように固い握りが彼の気道を塞いでいく。

 

 胡桃の目は大きく見開かれ、呼吸を求めて身体が震えた。喉元に感じる痛みは鋭く、徐々に視界が霞んでいく。抵抗しようとしたが、尋問官の力は強く、体が動かない。何か言いたくても声にならず、荒い呼吸音をあげようとしたが、それすら封じられている。

 

「抵抗するな。大人しく死んでおけ」

 

 胡桃の視界は、じわじわと闇に包まれていった。呼吸は完全に止まり、胸の奥に鈍い圧迫感が広がる。手足が痺れ、身体の感覚が徐々に遠のいていく。尋問官の手は冷たく、鋼のように固く、喉を締め付け続けた。

 

 心臓が一度、大きく鼓動した。

 

 視界はぼやけ、天井の光が遠く見える。喉の痛みも、息ができない苦しさも、すべてが薄れ始めた。まるで、深い海の底に沈んでいくかのように、静かに、ゆっくりと意識が引き剥がされていく。

 

 心臓が、もう一度鼓動したが、それは弱々しく、頼りないものだった。

 

「……っ……」

 

 最後の意識が途切れた瞬間、胡桃の身体は力を失い、完全に静止した。尋問官の手の中で、彼の胸の動きが止まる。心臓は、ゆっくりと、そして確実に、動きを止めた。

 

 そうして、胡桃の世界からすべての音が消えた。

 

 

 ***

 

 

 明智は扉の前で立ち止まり、無機質な空気を感じ取りながら、一瞬眉をひそめた。軽く深呼吸をしてから、冷静にノックを打つと扉を押し開けた。室内に足を踏み入れると、視界の端に映ったのは、倒れたまま動かない胡桃の体だった。彼の目が、その痛々しい姿を捉えた瞬間、表情には微かに動揺が浮かんだ。

 

 胡桃の体は、激しい尋問の痕跡が残っていた。腕や肩、そして顔には打撲の跡が見える。服は乱れ、微動だにしないその姿はまるで壊れた人形のようだった。明智は足を止め、胡桃に一瞥をくれた後、その体が既に冷たくなっていることを直感で理解した。

 

「なんだ、遅かったな」

 

 部屋の中央に立つ尋問官が先に声を発した。

 

「あまりにも口を割らないもんで、こっちもヒートアップしてつい、な。上から生死は問わないって言われてるからまぁ問題ないだろ」

 

 彼はすでに胡桃の死を受け入れたかのように、冷静にその状況を見守っている。

 

「……死んでるか、確認するか?」

「ええ、一応」

 

 明智が胡桃の側に屈み込むと冷たい手首に触れた。指先で脈を探るがそこには何の反応も感じられない。脈を失った胡桃の腕は、すでに冷たさを帯び始めていた。明智の指は一度止まったが、彼は冷静さを崩さず、そのまま胡桃の瞳孔を確認するためにまぶたを開いた。

 

「……脈はなし。瞳孔も……動きはない」

「ついさっき逝ったばっかなんだがな。血を流しすぎてもう散大したか」

 

 その言葉に、尋問官は短く息をついたが、表情は変えず明智の動作をじっと見守っていた。明智はゆっくりと立ち上がり、胡桃の死を確信しながらも、冷ややかな笑みを浮かべた。

 

「おい、もういいか? もうすぐ清掃係が来る。さっさとアンタがいなくなってくれないと、監視カメラの事故で映らない時間が増えちまう」

「ええ、すみません」

「情報引き出せなくて悪かったって上に伝えといてくれ。あとは俺が適当に処理しておく」

「……わかりました」

 

 明智は、ゆっくりと後ろを向き、再び扉の方へ向かい始める。

 

「では、僕はこれで。引き続き、よろしくお願いします」

 

 明智は丁寧に頭を軽く下げ、優雅な動作で部屋を後にした。足音が遠ざかっていくにつれ、部屋の中には再び冷たく張り詰めた沈黙だけが残された。

 

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