幸せなバッドエンドを目指して   作:ぽんしゅー

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#68 毎度。

 

 

 乙守胡桃が退院する少し前のこと。

 

 渋谷のスクランブル交差点はいつも通りの喧騒に満ちていた。無数の人々が複雑に交差するその中心では、車のクラクションや人々の笑い声が寒空に響き、巨大なモニターには鮮やかな広告が次々と映し出されている。街全体がまるで生きているかのように動き続け、その活気に飲み込まれそうになる。

 

 しかし、すみれの胸に渦巻く感情は、この活気とは程遠い場所にあった。

 

(大丈夫。きっと無事。作戦は完璧じゃなかったけど、蓮先輩がきっと検事さんを説得して一緒に胡桃先輩を連れて帰ってくるはず……)

 

 早足で歩きながらも、次々と浮かんでは消える不安を振り払おうとする。しかしそのたびに、新たな恐怖が顔を覗かせる。交差点を行き交う人々の肩が自分に軽く触れるたび、世界が薄く揺らめいているような錯覚を覚える。

 

(あの人がそう簡単にいなくなるわけない。信じなきゃ……信じなきゃ……)

 

 彼女の胸の奥に渦巻く不安は、自分でも制御できないほど大きくなりつつあった。

 

 その時、不意に街のざわめきに割り込むようなアナウンサーの声が、巨大なモニターから響いてきた。

 

『速報です。容疑者の少年二名が拘置所内で自殺を図り、死亡が確認されたとの情報が入ってきました』

 

「……………………え?」

 

 ──心臓が凍り付く。胸の奥に走った冷たい衝撃が、全身を一瞬で支配した。

 

 耳鳴りがして、周りの音が遠のいた。目の前に広がる雑踏は、まるで霧に包まれたようにぼやけていく。

 

「胡桃先輩……?」

 

 その名前が唇から零れ落ちるが、声になっていない。

 

 一瞬の空白の後、感情が押し寄せてきた。否定しなければならないという本能が、理性を振り切る。モニターの下に駆け寄ろうとしたが、人混みに阻まれて、足がもつれた。

 

 すれ違う人々の視線に気付いた。泣きそうな自分の顔を見られていることに気付き、慌てて視線を逸らすが、止めどない不安が押し寄せる。

 

「違う、違うはず……そんなの嘘だって……!」

 

 声を押し殺しながら震える指でスマートフォンを取り出す。胡桃の名前を呼ぶように指先がメッセージアプリを開くが、画面は沈黙を保ったままだ。

 

「生きてるよね……絶対……」

 

 泣きそうな声で自分に言い聞かせる。けれど、耳に残るのは冷たいニュースの一言だけ。モニターのニュースが次々と切り替わり、彼女の支えは奪われていく。

 

 やがて、足元が揺らいだ気がした。倒れそうになるのを必死で堪えるが、すみれの心は、今にも崩れ落ちそうだった。

 

 すみれは無意識に街路に飛び出していた。車のクラクションがけたたましく鳴り響き、誰かが怒鳴った声が聞こえたが、彼女には何も届かない。胡桃の顔が、笑顔が、くしゃりと笑ったあの日の姿が、繰り返し頭に浮かんで離れなかった。

 

「嘘だよ……」

 

 声が掠れて震える。周りの目線なんて気にする余裕はもうなかった。涙が熱く頬を伝う。彼が死ぬなんて、そんなことあり得るはずがない。

 

 スマートフォンを握る手が震え、胡桃の名前を呼ぶように繰り返しメッセージ画面を開く。何度も何度も既読にならない画面を見つめるたび、胸の奥が冷たく締め付けられる。

 

「ねえ、嘘だって言って……お願いだから……」

 

 か細い声が漏れた。画面をじっと見つめるうちに、いつの間にか涙でにじんでいた。

 

 足元がぐらついて、近くの壁に手をついてようやく支えた。周囲のざわめきは、次第に自分に向けられている気がした。誰かが心配そうに声をかけてくるのが聞こえたが、その声すらも意味を成さない。ただ一人、目の前にいない彼の名前を心の中で呼び続けることしかできなかった。

 

 何かが耳元でささやく──不安、恐怖、後悔……。「あのとき、もっとちゃんと伝えていれば」「あの笑顔を最後にしたのは私のせいじゃないか」──そんな言葉が次々と押し寄せて、すみれの理性を溶かしていく。

 

 それでも、すみれは信じたかった。彼の声を聞けなくなったなんて受け入れられない。胸の奥から、叫びたいほどの祈りが湧き上がった。

 

「絶対、生きてる……絶対……!」

 

 涙をぬぐいながら、彼女はふらふらと足を進めた。足元が何度もふらつき、歩幅も狂うが、それでも立ち止まることはなかった。

 

 ──渋谷のスクランブル交差点から、人混みを掻き分けてたどり着いたのは、いつもの喫茶店「ルブラン」だった。

 

 ここに来れば、何か分かるかもしれない──いや乙守胡桃がいるかもしれない。そんな微かな希望だけを胸に、震える手で扉を押した。

 

 カラン、カラン。ドアベルが鳴る音と共に、静かな空気が彼女を包む。いつもの珈琲の香りが漂うはずだったが、その香りさえ今は遠い。店内のカウンターには、新島冴と見覚えのある背中──雨宮蓮がいた。

 

「……! すみれ」

「っ……! 無事だったんですね……! ……よかった……」

 

 蓮の顔を見た瞬間、すみれの胸に湧き上がったのは安堵だった。作戦は失敗していなかったのだ。彼らがここにいるなら、きっと──。

 

「胡桃先輩はどこですか?」

 

 すみれは息を切らせながら、そう問いかけた。

 

 蓮が顔を上げた。いつもの冷静さを保つ彼の目には、どこか申し訳なさそうな色が宿っている。冴も口を閉ざしたまま、視線をすみれに向けた。

 

「……胡桃先輩は?」

 

 すみれはもう一度聞いた。けれど、その問いに対する答えが返ってこない。代わりに、蓮が重たそうに口を開いた。

 

「作戦は成功した。俺は無事に脱出できた」

 

 その言葉に、すみれの胸が一瞬だけ軽くなる。しかし次の瞬間、蓮は続けた。

 

「でも……胡桃は……」

 

 言葉を紡ぐのがつらそうだった。すみれの瞳が揺れる。

 

「胡桃先輩がどうしたんですか? 一緒にいたんですよね? 無事だったんですよね?」

 

 声は震えていたが、必死で問いただす。蓮は苦しげに眉を寄せ、新島冴に助けを求めるように視線を送った。しかし、冴も視線をそらし、重い口調で言った。

 

「胡桃君は……もういなかった。私が彼が尋問されてる部屋の前に行ったときにはもう……回収班と清掃員が入っていた」

 

 その言葉がすみれの息が詰まる。心臓が、嫌な音を立てて軋む。

 

「そんな……そんなの、嘘です……嘘ですよ……! 胡桃先輩はそんなところで終わる人じゃない! 必ず、必ず戻ってくるはずなんです!」

 

 すみれは叫び、テーブルに身を乗り出した。

 涙が溢れてきても、彼女は必死に訴えた。しかし、蓮の俯いた目と冴の沈黙は、彼女の希望を無残に打ち砕く。

 

「嘘……嘘だ……」

 

 自分に言い聞かせるように繰り返す。しかし、誰も否定してくれない。彼がいないという現実が、冷たい刃のように彼女の心に突き刺さる。

 

「胡桃先輩……」

 

 か細い声で名前を呼びながら、すみれは顔を覆った。彼を信じたかった。でも、その信じる余地すら、ここには残されていなかった。

 

 胸の奥で湧き上がるのは、耐えがたい空虚さと、心を引き裂かれるような痛みだけだった。姿が、声が、確かにあったはずなのに、今は何もない──それが恐ろしくて現実味の無い感覚に体は支配される。

 

 すみれが崩れ落ちたその場に、静寂が漂った。涙で濡れた視界の中、彼女の心は絶望に押しつぶされていく。

 

「芳澤さん」

 

 新島冴の低い声が、すみれの意識を引き戻した。顔を上げると、冴が一歩前に出て手に何かを持っているのが見えた。それは、すみれが何度も見慣れた、胡桃のスマホだった。

 

「これを見せるのは、少し迷ったんだけど……乙守君の押収物として回収されたものよ」

 

 冴の表情は硬く、その視線には責任感とわずかな痛みが宿っていた。

 

「胡桃先輩の……スマホ……?」

 

 すみれは言葉を詰まらせながら呟いた。その手が自然に伸びるが、途中で止まった。

 

 怖い。触れてしまえば、もう彼が戻らない現実を突きつけられる気がして。

 

 冴は静かにその手を取ると、スマホをそっと彼女の手に乗せた。冷たく無機質な感触が、すみれの震える手に伝わる。

 

「ロックがかかっている。中身はまだ確認できていないわ」

 

 冴の声には慎重さがにじむ。

 

「ただ、胡桃君がこの中に何か残した可能性はある。もしかしたら、黒幕の正体を掴む手がかりになるかもしれない」

「黒幕……」

 

 すみれは小さな声で繰り返した。彼女の視線はスマホに釘付けになったままだった。

 

 その中に何かがある──そう信じたくなる。胡桃が最後に託した手がかり、もしくは証拠。そうでなければ、この痛みに耐える意味さえ見失ってしまう気がした。

 

「パレスに入る前の胡桃はいつもと様子が違っていた。……もしなにか隠していたなら、スマホにそれに関する手がかりを残していたはずだ」

 

 蓮が静かに言った。その声には、決して強がりや無理に振り絞った感情は感じられなかった。

 

「スマホのロックは双葉に解いてもらう」

「……蓮先輩」

「すみれ、仇を取ろう」

 

 蓮の言葉は、ただの提案でも命令でもなく、彼の深い覚悟が滲み出た一言だった。

 

 仇を取るというのは、単なる復讐ではない。胡桃先輩が残したものを無駄にしないために、そして彼の思いを背負って、全てを終わらせるための使命だ。

 

 すみれは震える唇を噛みしめ、スマホを強く握りしめた。彼が本当に残したものがあるなら、それを見つけなければならない。そして彼の戦いを無駄にしないために、自分も立ち上がらなければならない、と。

 

「……絶対に、胡桃先輩の思いを無駄にしません」

 

 涙を拭いながら、すみれは震える声で答えた。その目には、まだ微かな絶望が滲んでいたが、同時に新たな決意も浮かび始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「つ、疲れた……」

 

 所持金ゼロ、徒歩のみ、大怪我あり……っていう状態で渋谷まで行けたのは、日ごろパレスを練り歩いて体力が付いたおかげというか、線路沿い歩いていたら運よくイイ感じに都市圏に入れたというか。とりあえず現代日本において財布&スマホ無しで出歩くのは、マップの無いオープンワールドを練り歩くようなものだということを理解した。現実にもマッピング機能と、目的地ガイドを表示してくれ。

 

 そんなこんなで渋谷に流れ着いてしまった。ここからルブランに向かいたいけど、どっちに行けばいいのか分からない。

 

 人目は気になるけどゲーセンに向かった。もしかしたら竜司がいるかもしれない。いなかったら次は祐介がいそうな駅の中と、杏がいそうな駅地下モールへいこう。

 

 ゲーセンに向かう途中、通りから耳に入ってくる人々の会話に耳を澄ませる。怪盗団の獄中自殺が街で話題になっており、その死が人々の中でさまざまに語られていた。

 

「──ってか、マジでやばいよな、怪盗団の獄中自殺」「えー……聞いてくださいみなさん! 怪盗団の死は啓蒙です!」「罪の意識から逃げたんじゃない? メッチャバッシングされてたし」「おもろかったのに最後は結局自殺かー……、なんか裏切られた気分」「いやいや、正義感の押しつけでしょ、どう考えたって。犯罪は犯罪なんだよ」

 

 その声が、まるで何も知らない無関係の第三者が投げつけてくる小石のように心に響いてくる。俺たちがどんな気持ちで、どれだけの覚悟でやってきたかなんて、誰にもわからないし、知ろうともしていない。街中に響く声が裁くかのように続いている気がして、体の中にどんどん冷たいものがたまっていく感覚があった。

 

「……自業自得、ってことなんじゃないかな」「まあね。どんだけ人気があっても、結局あいつらだって犯罪者だったんだよ」「それに、あのまま生き続けてもボロが出てただろ。そう考えたら、むしろ良かったのかもね」

 

 なるべく雑踏に紛れるようにしながら歩を進める。自分の存在が渋谷の喧騒に吸い込まれていくように、無心にゲーセンへの道を辿る。

 

「いねぇ……」

 

 ゲーセンに竜司の姿はなかった。続いて駅地下に向かい、祐介の姿を探すも壁に寄りかかってたってはおらず。

 

 最後の希望である杏も、駅地下モールの服屋に……いなかった。

 

 ……まぁ。夜だし。もう帰ってるか。でもお金が無いと帰ることも泊まる場所も確保できない。それに夜中に歩いて職質でもされようもんなら、また警察に捕まって尋問されて右手だけではなく全身の爪という爪を剥がされかねない。……まぁ、そうなる前に殺されそうだけど。

 

「あ、メメントス」

 

 その時俺に天啓。メメントスで雑魚的狩りまくって金を集めたらいいじゃん。そしたら万事解決だし、なんなら寝床もメメントスの改札でできる! やっぱ天才! 

 

 そう思った矢先、スマホも所持してないのでイセカイナビを起動することも出来ないことに気付く。今この瞬間に限っては世界で一番バカだった。

 

「やっべぇ……」

 

 正直、楽観視は出来ない程度にはややピンチの状況に背中に冷や汗が伝う。蓮とコープを結んでるミリタリーショップに行ってもいいけど、岩井さんって警戒心高いから俺のこと信じてくれるかわかんねぇよな……。

 

「あ」

 

 どうしたもんかとため息をついて辺りを見渡した時、駅地下モールの花屋に見知った顔が立っていた。

 

 

 


 

 

 

 渋谷駅の雑踏の中、花屋の柔らかな灯りが目に留まる。鈴井志保は立ち止まり、ショーケース越しに並べられた鮮やかな花々をぼんやりと眺めた。

 

 ピンクのガーベラ、青いデルフィニウム、そして控えめに輝く白いユリ。どれも手を伸ばせばすぐ届きそうなのに、彼女の足は動かない。

 

 昔、胡桃と友人たちと一緒に、こんな花屋に寄ったことがあったことをふと、思い出した。

 

 ニュースが流れた瞬間の衝撃が、再び彼女の胸を締めつける。数時間経っても、現実感が伴わない。あの陽気で少しひねくれた笑い声。真剣な目つきで語ったあの日の決意。そのすべてが、永遠に失われたという事実が、どうしても受け入れられない。

 

 背後を通り過ぎる人々のざわめきが、遠く感じられる。誰も彼女を気にかけず、彼女も誰の視線も気にしない。

 

 ……なんで止められなかったんだろう。と、声には出さず、胸の中で繰り返される問い。

 

 怪盗団として危険な仕事に彼を送り出したのは自分だ。志保は誰よりもその選択の重さを理解していた。けれど、その時の胡桃の瞳は、どんな言葉をも跳ね返す強さを宿していた。だからこそ、何も言えなかった──いや、言わなかった。

 

 ショーケースに映る自分の姿が、妙に薄っぺらく感じられる。花屋の店員が新しい花を補充するために動き出すと、その光景に現実へ引き戻されたような気がした。

 

「胡桃……」

 

 その名を再び胸の中で呼ぶと、こみ上げる思いが涙となって滲み出そうになる。しかし彼女は泣かなかった。ただ花を見つめながら、彼がいない世界で何をするべきなのか、まだ見つからない答えを探していた。

 

 そのとき、後ろから控えめな声が聞こえた。

 

「あの……」

 

 耳に届いた瞬間、心臓が跳ね上がった。振り返ると、雑踏の端に立つ一人の男が視界に入る。コートの襟を立て、顔をわずかに隠していたが、目元だけははっきりと見えた。

 

「…………胡桃?」

 

 思わず名前を口にすると、彼の目が一瞬だけ揺れた。そして軽く頷く。

 

 時間が止まったかのようだった。目の前に立っている彼は、確かに胡桃だ。けれど、彼は死んだはず──ニュースで報じられた事実が頭の中でぐるぐると回る。

 

 どうして、と口に出そうとするのを「シッー!」と人差し指をたてて止める。

 

「鈴井さん……色々言いたいことがあると思うけど、本当にゴメン」

 

 答えることを躊躇うかのように視線を逸らし、それから口を開いた。

 

「……金貸してくんね?」

「……………………」

 

 

 

 ***

 

 

「ポテトうめ~~」

 

 志保さんにお金を貸してもらって、現在カラオケでポテトを貪っている。

 

 対して志保さん目の前の飲み物に手を伸ばしもせず、無言で胡桃を見つめていた。眉間に刻まれた皺と、何かを言いたげな目。それでも言葉を飲み込んでいる様子が、微妙な空気を漂わせる。

 

「……志保さん?」

 

 俺が遠慮がちに声をかけると、ようやく志保さんが口を開く。

 

「……言いたいことあるけど、生きててよかったよ。実名と顔は晒されてないけど、もしかして、って……」

 

 志保さんの心配で震えている声に、俺はポテトを咥えたまま、一瞬だけ固まった。けど、そのまま黙り込むのも気まずいから、無理やり口を動かす。

 

「いやー、まあ、色々あってさ」

「色々、って何?」

 

 色々は、色々。一から説明するとなると、明智とかイセカイとかもろもろ説明しなきゃいけないから、時間が無い今あんまりしたくない。

 

「君が利き手じゃない方の手で、ポテト食べてるのと関係してるの?」

 

 ……一応、袖口で包帯でグルグル巻きにしてある右手を隠してはいたんだけど、目敏いな。

 

「……触れてほしくないなら、深くは聞かないよ」

「……ありがとう」

 

 志保さんはあんまり納得いってないようだった。

 

「スマホ、持ってる? 貸してほしい」

「いいよ、手拭いたらね」

 

 ポテトの油をカラオケに置いてあるティッシュで拭いて、志保さんのスマホを手にする。

 

「なにするの?」

「とりあえず、杏に連絡」

 

 共通の友人で、怪盗団のメンバーである杏に連絡を取れば怪盗団の現状を把握できるかもしれない。

 

「……出ないな」

 

 しかし杏にメッセージを送っても反応は無し。電話をかけても長いコール音が流れるだけで、出る気配が無かった。

 

「おかしいな。杏は私の着信ならワンコール以内に出るはずなのに」

「それはそれで凄いけど……寝てる?」

 

 けど、現在の時刻は午後8時32分。小学生でも寝るには早すぎる時間だ。

 

「う~ん困るな。杏以外に連絡先入ってないからな」

 

 他のメンバーの電話番号とかSNSアプリのIDを覚えてたら良かったんだけど生憎そんな高性能な脳は持っていない。

 

「……ごめん志保さん。左手でスマホフリックしづらいから代わりに操作お願い」

「いいよ。なにすればいい?」

「『ルブラン』って検索してそこに掛けてほしい」

 

 時系列的にルブランのマスターである佐倉惣治郎は、怪盗団のあらましをすでに把握しているはず。もう自分が怪盗団と明かしても問題は無いはずだ。

 

「見つけたよ。掛けるね」

 

 志保さんが画面を操作し、電話をかける。コール音が静かなカラオケルームに響く。俺は志保さんからスマホを受け取って、耳に寄せる。

 

『……はい。こちらルブラン』

 

 ぶっきらぼうな声が聞こえた瞬間、動かない右手の代わりに心の中でガッツポーズした。

 

「あの、俺です!」

『オレオレ詐欺にやる金は無ぇよ』

「いや、乙守胡桃です! 雨宮蓮と同じ高校で怪盗団の!」

『……質の悪いイタズラ電話だな』

 

 け、警戒心が高い! 素晴らしいことだけど、今はちょっと困る! 

 

「えっと……」

 

 どうやって本人と信じてもらえるか考えてると、すると志保さんが、「貸して」とジェスチャーで電話を代わって欲しいと催促してくる。何か案がありそうな顔をしてたので素直に渡した。

 

「……あ、もしもし。今、代わりました鈴井志保です。……はい。そうですこの間杏と一緒にお邪魔した。……あ、いえいえこちらこそ美味しいコーヒーとパンケーキをご馳走してもらって……──」

 

 え? 知り合い? と、戸惑っている間に話は進み、「はい、じゃあ代わりますねー」と志保さんが俺にスマホを手渡してくる。

 

「もしもし」

『あぁ、悪いな。あいつを良く思わない奴からのイタズラ電話だと思ってな』

「いえ大丈夫です。……あの、鈴井志保さんとお知り合いで?」

『前に一度、杏ちゃんと来てくれたことがあってな。そん時にな、若い女の子の口車に乗っかって慣れないパンケーキ作ったんだよ』

「へー……」

 

 なにそれいいな。

 

『ていうかお前っ……生きてたのか?』

「あっ、はい。死ぬとこでした」

 

 実際死んでた。

 

「まぁ、色々と説明はしたいところなんですけど、先に皆と連絡を取りたくて。今、蓮ってルブランの二階にいますか?」

 

 一応この日は、怪盗団が冴さんや惣治郎さんに事情を説明した日ではあるから、集まってはいると思うけど、もう夜だから今日は全員解散したかな。

 

『いや、あいつら獅童のとこにいったぞ』

 

 …………………………え? 

 

『検事さんがお前のスマホ持ってきて、それを双葉が解析して……なんかキーワード? が分かったらしくてな。俺はてんでさっぱりなんだが、お前なら分かんだろ?』

 

 …………………………ゑ? 

 

 

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