幸せなバッドエンドを目指して   作:ぽんしゅー

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#69 「それでも」と言い続けろ

 

 

「スマホの解析終わった」

 

 その言葉に、ルブランの空気が一気に引き締まった。カウンターに座っていた竜司は背筋を伸ばし、隣の祐介は手元のスケッチブックを閉じる。

 

 胡桃を除いた怪盗団の全員は、双葉の次の言葉に耳を傾ける準備を整えた。

 

「とりあえずイセカイナビの履歴を調べたら、胡桃は獅童のパレスに入ってた。……誰も心当たり無いんなら単独で」

「なんで一人で?」

 

 新島真の眉が僅かに動く。信頼関係を築いてきたはずの仲間が、自分たちを置いて危険を冒したかもしれないという事実が、どうしても腑に落ちない。

 

「……分からない。私たちに打ち明けなかった理由も」

「……黒幕を見つけて、私達に危険に遭わせないように背負いこんだ、とか」

 

 春の控えめな推測に、場は少し沈黙する。誰もが、その可能性に頷かざるを得なかった。胡桃ならそうするかもしれない──いや、そうするに違いないと。

 

「一人で精神暴走の実行犯と交渉すると提案したような奴だ。先に一人で偵察なんてこともあり得る」

「……一人で無茶しやがって……!」

 

 竜司が机を拳で軽く叩く。苛立ちと心配が入り混じったその声に、他のメンバーも表情を曇らせる。

 

「ここまでなら、ある程度胡桃の行動を推理して仮説を立てることができる。……でも私が気になるのはコレ」

 

 と言って、双葉は全員の方へスマホの画面を向ける。

 

「『繝槭Ν繧ュパレス』……? 何これ、文字がぼやけてパレス主の名前が分からない」

「これ私がツール使ってぼやけた文字を解析しようとしても出来なかった。これ以上は手の打ちようがない」

「もしかしたら自らの正体を誰にも明かしたくないっていうパレス主の強い認知の影響かも……?」

「だけどなんでそんなところに胡桃が?」

「そのパレスはワガハイとコイツも行ったことがある」

 

 突然のモルガナの声が、場の空気を少しだけ動かした。彼は床から椅子の上に飛び乗り、自らの存在をアピールするように声を張った。

 

「オクムラのオタカラを盗んだ10月頃のことだ。芳澤かすみの後を追ってたコイツとワガハイは、偶然そのパレスに迷いこんだんだ。そこで胡桃と会った。日付も間違ってないはずだ」

「かすみの後を追って……?」

「事情は後で話す。ストーカーじゃない」

 

 訂正するには、蓮はかすみと過ごした日々を掘り返さなければならない。蓮はそれを躊躇していた。いくら誤解を解くためとはいえ、女性陣の前で下手なことを言えば、良好な関係が瓦解しかねない。曖昧に濁したいという気持ちが、言葉の端々に滲んでいた。

 

「偶然? 本当にそう言ってた?」

 

 しかし双葉が引っかかったのはそこではなかった。

 

「たしか、競技場予定地だから下見とかなんとか言ってた。それで偶然イセカイナビが起動して巻き込まれたって」

「……それはおかしい。胡桃はこのパレスに複数回入ってる。しかもかなり前から」

 

 双葉はスクロールしたスマホの画面を皆に見せた。小さな端末の中に収まったデータは、彼らが知らない胡桃の足跡をありありと示している。

 

「これ見て。胡桃がこのパレスにアクセスしたのは、最初が6月、その後にも複数回入ってる」

 

 画面にはイセカイナビの履歴が詳細に記録されていた。胡桃が何度も出入りしている事実は、これまで誰も知らなかったことだ。双葉の指が画面を指し示すたび、そのデータが否応なく現実味を増していく。

 

「つまり、競技場予定地の下見なんてのは建前で、胡桃はそれ以前から何かを知ってて、このパレスに出入りしてたってこと?」

「おそらく胡桃はこのパレスに出入りしてることを知られたくなかった。……だって、えと……」

「……?」

 

 双葉が口元がもにょもにょと動き、言いづらそうにしていたが、全員の視線に催促されて小さい声で呟く。

 

「あの、あれだ……え、えっちな画像、あんまり入ってなかった」

 

 顔には若干の赤みが差し、気まずそうに視線をそらしている。彼女は普段からネットに精通しているだけあって、そういうものに対してある程度の耐性はある。しかし、それはあくまで画面越しでの話であり、自分の口からそういった単語を発するのは別の話だった。

 

「はぁ……なるほどね」

「……? 悪ぃ、どゆこと?」

「つ、つまりだ! この前スマホに盗聴アプリつける下りで、胡桃のスマホを貸す貸さないの下りあったろ? あれは胡桃がこのイセカイナビの履歴を見られたくない嘘だったってことだ!」

 

 双葉はその気恥ずかしさを誤魔化すために早口で説明した。

 

「でもそれなら、なんで私たちに隠す必要があったの?」

「ただの偵察ってわけじゃなかったと思う。パレスへのアクセス時間が長いこともある。つまり、胡桃はそこで何かをしてたはず」

 

 胡桃が、自分たちの知らない場所で何をしていたのか。そしてなぜ、彼はその事実を隠していたのか。信頼していた仲間が隠し事をしていたという事実は、皆の胸に小さな棘が刺さる。

 

「……分からないまま、か」

 

 ふと呟いた一言が部屋の中の空気を伝播するように、重い空気が空間を満たす。誰もが口にできない言葉があった。

 

 ──聞きたくても、胡桃はもういない。

 

 あの時、あの瞬間に、胡桃がどんな意図を持っていたのか──それを確認することは、永遠に叶わない。

 

 しばらくの沈黙の後、蓮が低く、けれども力強く言った。

 

「……今は、獅童の改心だ」

 

 だが、胡桃がどんな秘密を抱えていたにしても、今はそれを追う時ではない。胡桃を弔い、彼の意思を引き継ぐためには、獅童が改心しなければならないのだ。これ以上犠牲を出さないために。

 

「……そうだね」

 

 言葉には力強さとともに、決意がこもっていた。全員それぞれの気持ちを胸に、深い息を吐きながら頷いた。

 

 今、怪盗団ができることはただ一つだった。

 胡桃の命がかけられたその戦いを、無駄にしない。そう心に誓いながら、彼らは再び動き出すのだった。

 

 


 

 

「──……みたいな感じだ」

「みたいな感じかぁ~~……」

 

 惣治郎さんの話を聞いてルブランのカウンターに思わず突っ伏した。

 

 電話の内容を聞いて、ルブランに俺のスマホとついでに財布もあるとのことで俺と志保さんはカラオケからルブランへと移動し、事の顛末を惣治郎さんの口から直接聞いていた。

 

 移動費は志保さんが持ってくれた、ありがとうマジでゴメン。

 

「俺はあいつらの言ってることが理解できなかったから口出すことはしなかったけどよ、あいつらになんか隠しごとしてたのか?」

「……はい」

 

 ……バレた。

 

 俺がなにをしようとしているのかはまだバレてはいないけど、あのパレスに入っていたことを隠していたこと、そして鴨志田のパレス攻略期間中に、その時点で知るはずのないメメントスに入っている履歴も見られたはずだ。

 

「……ど~~~~~~~~~~~しよ」

 

 あの不思議なパレスもメメントスも偶然入りました~~……は通らない。メメントスはともかく丸喜先生のパレスに何回も入ってんだから、無理がある。

 

 あのパレスはなんか怪しいから個人で探索してました~~……はきついか? それなら隠す必要無くないって言われるがオチ?

 

 丸喜先生のパレスってのがバレてないのは不幸中の幸いだな。

 

「素直に謝ったら?」

 

 う~~ん……と、カウンターに顔面を置きながら悩んでいると隣に座っている志保さんが単純明快な解を出してくる。

 

「許してくれない人達じゃないと思うけど」

「問いただされて、やってることを言わされるのが嫌だ」

「……お前そんなマズいことやったのか?」

「いやそんなことは……ただ、あいつらのやり方と俺のやり方が違うっていうか……。それで、もしそれがバレたら、絶対に衝突するだろうなって」

 

 俺の声は自然と低くなり、ルブランの静かな店内にぽつりと落ちる。惣治郎さんがカウンターでコーヒー豆を挽く音だけが、どこか遠くに響いているように感じる。

 

「それでもさ」

 

 志保さんが、少しだけ身を乗り出すように言った。

 

「もう一度考えてみたらどう? 本当に隠し通すべきことなのか。それとも、全部ぶちまけて、腹を割って話すべきことなのか」

 

 俺は顔を上げることなく、天板越しに志保さんの言葉を反芻する。彼女の言葉はいつも正論だ。そして、正論だからこそ耳が痛い。

 

「それでもさ、言っちゃったら俺のやってること、たぶん全部終わるんだよ。言った瞬間、あいつらと対立する羽目になる」

 

 志保さんが何かを言いかけたが、その時惣治郎さんが重い声で口を開いた。

 

「……お前のやってることがなにか知らないけど、隠してばかりだと、結局自分の首を絞めることになるぞ」

 

 静かに響いたその言葉は、妙に胸に突き刺さった。俺が言葉を失っている間、惣治郎さんはさらに言葉を続ける。

 

「それに、今のままじゃお前が本当に何を考えてるのか、もう誰も分かんねえぞ。何を隠して何を守りたいのか、そいつをちゃんとあいつらに伝えるのも、お前の役目じゃないのか?」

「役目……」

「ま、あいつらが納得いかねえとしてもだ。お前が自分のやり方を曲げられないってんなら、いずれ話すしかねえんじゃねえのか?」

 

 ……それもそうだ。今まで自分のやっていたことを怪盗団に話す時がいずれ訪れるということが頭から抜け落ちていた。

 

 俺はその先にある怪盗団との戦いのことしか見えていなかった。きっと怪盗団は丸喜先生の提案を突っ返し、自分達の現実へ帰ることを選択するから戦うしかないと思っていた。戦う前に、対話があるんだ。

 

 今、その“いずれ”が、少し前倒しになっただけなのかもしれない。

 

「…………し、死んだままにしておくのって、アリ?」

「無しだよ」

「無しに決まってんだろ」

「で、ですよね~~……」

 

 気まずい空気を、わざとらしい軽口で誤魔化す。

 

「とりあえず、全員はまだしも双葉とアイツはここに戻ってくんだからそれまで言い訳でも考えとけよ」

「言い訳って……」

「でも案ずるよりも産むがやすしって諺あるじゃん? 私もバレーの試合前って緊張するんだけど、案外始まったら上手くいくこと多いから深く考えすぎなくてもいいんじゃない? 当たって砕けろだよ」

「他人事みたいに……」

 

 それに上手くいくのはバレーの練習頑張ってるからでしょそれは。

 

「ま、もうこんな時間にもなってるから、飯でも食って待っとけよ。あと時間潰すなら本もクロスワードもあるぞ」

 

 どっちも片手じゃやりづらいな……。

 

「あ、そういえば、今日明智君出る生放送特番やるんだった。惣治郎さんチャンネル変えていいですか?」

「なんチャン?」

「多分8です」

「……今あんまアイツの顔見たくねぇんだけどな」

 

 志保さんがテレビのリモコンを操作して、若いニュースキャスターが原稿を淡々と読み上げるものから、お堅いタレントたちが最近のニュースを切る番組に切り替わる。

 

「あれ、明智君いない。今日出るってネットで見たんだけどな」

「……………………」

 

 ……何か嫌な予感がして、取り戻した自分のスマホでSNSを開き『明智』と検索する。

 

『仕事早めに切り上げてきたのに明智君、今日出てないじゃん~~』

『リーダー死んだから絶対忙しそうだもんな』

『諸事情により欠席って、怪盗団絡みなのバ レ バ レ』

 

 ………………あ。

 

「ヤッ……バいかも、しれん」

 

 思わず立ち上がってしまった。

 

 このタイミングで生放送の特番を休むなんて、明智がただの体調不良やスケジュールの都合で欠席するとは思えない。

 

 それにゲームだと怪盗団がシドウパレスと攻略してる一方で、明智は番組撮影中に気付く描写があった。タイミング的に今。

 

 ……でも、そんなすぐバレ……るかもしれん! だって俺から情報聞けなかったなら、次は押収物のスマホを調べにいく。それが無くなってたってなれば怪しむに決まってる! 

 

「……向かってる。明智がパレスに」

 

 そう言った瞬間、自分の中の緊張が一気に弾けたような感覚があった。椅子に掛けたコートを手に取る。

 

「おい、どこ行くんだ?」

「アイツらのところ。怪盗団と明智が鉢合わせたらダメなんだ絶対」

 

 この世界が自分の知っている通りに運命が動くんだとしたら……明智は死ぬ。

 

 運良く怪盗団と戦わなかったり、どこかに死なない可能性があるかもしれない。……でも行かなきゃ。きっと死の運命を変えられるのは俺しかいない。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。さっきまで皆とあんまり話したくない感じだったじゃん」

「それはそれ。当たって砕けろでしょ? アイツらと俺の秘密はアドリブで乗り切る」

 

 それに考えたら、今までもずっとアドリブで生きてきた気がするからそんなにやることは“変わってない”

 

「それは冗談のつもりで言ったんだけど、そうじゃなくて……!」

 

 志保さんは俺の手首を掴む。右の包帯のされていないところを掴まれ、熱が伝わる。

 

「その怪我で行くの? ……また危ないところに?」

「行く」

「……次は、本当に死ぬかもしれないんだよ?」

「心配してくれてありがとう。でもこれは譲れないことだから」

「でも」

「俺ならまだ手が届く」

 

 その時、志保さんの目が少し揺れた気がした。

 

「……なんかあの時の逆みたいだね」

「あの時?」

「鴨志田先生の時、どうしようもなく絶望してた私を……徐々に死んでいっている私をこうやって、無理やり手を掴んで引っ張りあげてくれたじゃん」

「俺はデジャヴを感じたよ。屋上のあの時、引き留めてくれた志保さんのおかげで今の俺はここにいる。──ここで行かなきゃ、乙守胡桃じゃない」

「……じゃあ、うん」

 

 志保さんとの押し問答を繰り返し、やがて志保さんは諦めたように手を離した。志保さんは「はぁ……」と聞こえるように大きくため息を吐いて、そして俺の背中を根を入れるように強く叩いた。

 

「ガン!! バレ!!」

 

 言葉をわざわざ区切って言って、叩かれた背中の痛みともにエールが刻みこまれる。

 

「いってくる」

 

 短く返し、俺は走りだしてルブランの店を飛び出……。

 

「ゴメン。立替えてもらったのいくら? お金返す」

 

 ……どうも締まらないし、そんな俺を見て志保さんもどことなく呆れつつ笑っている。

 

「…………生きて帰ってきたら返して」

「うん、必ず返す」

 

 そして今度こそ、俺はシドウパレスへと向かって走り出した。

 

 

 


 

 

 志保は未練を残すようにルブランの扉を見つつも、カウンター席に腰を下ろした。椅子の座面が小さな音を立て、身体が沈み込む感触がどこか現実感を伴って心に響く。けれどその表情はまだ、外に飛び出していった胡桃の後ろ姿を追いかけているようだった。

 

「……ったく、罪な男だな、あいつも」

 

 カウンターの向こう側で、腕を組みながらぼやくように続ける。

 

「こんな優しい嬢ちゃんにため息を吐かせるなんてな」

 

 志保は思わずその言葉に反応し、軽く目を伏せた。彼の視線を感じながらも、返す言葉が見つからない。

 

「……全く、です」

 

 それだけ答えると、志保は視線をカウンターの木目に落とした。その声には、自分でもどちらとも言えない曖昧な感情が滲んでいた。「全くその通り」と「全くそんなことない」の狭間で揺れているようだった。

 

「……なんで皆、そこまで頑張れるんでしょう」

 

 惣治郎は黙って彼女の言葉を聞いた。その問いは、単なる疑問ではなく、志保自身の中にある葛藤を映し出しているようだった。

 

「確かに私も悪い事は許せないしなるだけ見逃したくないと思います。……でもそれって命を懸けてやらなきゃいけないのかなって」

 

 志保の視線はルブランの扉へと向けられていた。その向こう側で、胡桃や他の仲間たちがどこか遠い世界で戦っているように感じた。

 

「……私は傍にいてほしいだけなのに」

 

 志保がぼそりと呟いたその言葉は、鈴井志保という人間が抱く信念そのものかもしれなかった。

 

 彼女はきっと、悪意に傷つくことはあっても、それを理由に巨悪と戦う必要までは感じていない。彼女にとって何よりも大切なのは、周りの人たちが無事で、笑顔でいてくれること。それさえ叶えば、世界のすべてが正されなくても十分だと心の奥底で思っているのかもしれない。

 

「……優しい考え方だ。志保ちゃんのような優しい人間が世界中に沢山いたら、あいつらもここまで忙しくなかったかもしれないな。……でも、きっと悪を改心させることが目的じゃないと思うぜ」

 

 惣治郎はふっと口元を緩め、優しい笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。

 

「あいつらはきっと信念を曲げたら死んじまうのかもしれないな」

「死ぬ……」

 

 志保の表情が一瞬強張る。惣治郎は首を振って軽く笑った。

 

「大げさな話じゃねぇさ。……大切な人間や居場所を奪われたって人間は生きていかなきゃならない。でも自分の中にある信念を踏みにじられ奪われてしまえば……生きてるとは言えなくなっちまう」

「……わかります、私もそういう“死んでないだけ”っていう時期がありましたから」

「そうか、俺もだよ」

 

 志保は鴨志田に支配されていた時代を、惣治郎は一色若葉を亡くした後のことを思い出していた。息をしづらい世界の中で窒息しないようにただ心を殺して生きてただけの経験を。

 

「怪盗団なんて呼ばれてるけど、あいつらはただ自分の中の“本当の自分”を奪われたくないだけなんだろうな。胸張って“自分は自分だ”って生きていたい──そんな普通の欲望を抱えた奴らだよ」

「……だとしたら欲張りですかね。何もできない私が、傍にいてほしい願ってしまうのは」

 

 志保自身の願いと相反する、惣治郎の言葉を理解できてしまうが故に、少しいじけた物言いになる。

 

 怪盗団は信念を抱き、それを守るために戦っている。

 

 けれど、自分はただ「傍にいてほしい」と願うだけで、そのために何かできるわけでもなく、ただ彼らの帰りを待つことしかできない。

 そんな自分が彼らを引き留めるのはある意味では怠惰で強欲なのではないかと。

 

「“何かできなきゃ”なんて思う必要もねぇよ。……それに命懸けで走ってるアイツはお前さんが“ここにいる”ってだけで、十分支えになってるんだと思うぜ」

「……それなら、いいんですけど」

「いいんだよ、それで。だから一緒にいたいって思いすぎてもバチは当たんねぇよ」

「……ですよね」

 

 曖昧な返答をしながらも、志保の声にはほんの少しだけ温かさが戻っていた。その変化を感じ取ったのか、惣治郎は小さく頷く。

 

「……随分と柄にもないこと語っちまったな。コーヒー淹れるから忘れてくれ」

 

 惣治郎は豆を挽き、湯を注いでコーヒーを淹れる。しばらくして、カップに注がれたコーヒーを志保に手渡した。

 

 カップの中の黒い液体に映る自分の顔をじっと見つめながら、志保は小さく息を吐いた。その吐息は、まるで心の中の澱を外へ解き放つようだった。

 

 静かに一口含むと、ほっと息をつきながら、ゆっくりとカップを置いた。

 

「……苦い」

「あ、悪い。ブラック苦手だったか」

 

 志保は少しだけ笑みを浮かべ、カップを持ち上げ直す。苦味が舌に広がるけれど、その感覚は今の彼女には不思議と心地よかった。

 

 





 ニイジマパレス編終了。終わりが見えてきましたね。

 この章だけで十万字超えてたので、読んでくださった方に頭上がんないです。いつものようにシドウパレス編は死ぬまでには投稿します。
 
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