「いねぇし」
かすみと別れ、最後にすみれと志帆さんから逃亡した場所に戻ってきたが、二人の姿はなかった。まぁ流石にあのまま言い合って欲しくはないけども。それはそれとしても会話に入る口実としてパンを買ったんだけどな。
とりあえずちょろっと校舎内を探していなかったら、自分の昼食をとろう。
「お」
と、思っていたら。廊下で竜司とばったり会った。
「見つけたぜぇ……」
ばったりだと思ったのは俺だけで、どうも向こうは探していたらしい。俺を見つけるなり、竜司は獲物を見つけた不良みたいな顔をして近づいてきた。
「なに。カツアゲ?」
「違ぇよ。もっと大事な用だ。いいから来い」
右腕が使えない人間に対して、肩をがっちり組んで連行するのはどうなんだ。と思わなくもなかったが、抵抗したところで無駄そうだったので、そのまま連れていかれる。着いたのは、2-D。蓮のクラスだった。蓮の席には、なぜか杏が座っている。机の上には開かれたノートと教科書。そこに、妙に几帳面な字と、途中から急に乱れた線が並んでいた。
「はい、確保」
杏が顔を上げる。俺は目の前の席──たぶん杏の席に座らされ、竜司はどこからか椅子を引っ張ってきて近くに座った。
「じゃ、わかるよね」
「何となく。察しは」
多分、蓮に話した内容を詳しく聞きたいんだろう。あの後、蓮はみんなにうまく事情を話した(話したところを見てないから何を伝えてどれを伝えてないかわからん)みたいだけど、納得はいかない部分はあるだろう。それの尋問だろう。
とはいえ学校だからかここで怪盗団というワ―ドを使いたくないから後にしてもらいたい。……という理由で放課後に尋問を後回しにして、今ここでは蓮から何を伝えられたか情報を引き出して、どうやって言いくるめか考えよう。
「お、話早いじゃん。じゃあここ」
「ん?」
と、言って杏がペンで指したのはノートの一文。
『下人が老婆から着物を剥ぎ取った時──…………』
……。
「……ん?」
「ここ」
「いや、ここ、とは」
「だから、ここ。先生なんて言ってた?」
杏がノートを軽く叩く。俺は一度、ノートを見る。次に杏を見る。それから竜司を見る。竜司は、何もわかっていない顔をしていた。
「……もしかして、用ってこれ?」
「これだけど」
「尋問じゃなくて?」
「尋問?」
杏が首を傾げる。竜司も首を傾げる。やめろ。二人して純粋な顔をするな。こっちが勝手に深読みしたみたいになるだろ。いや、勝手に深読みしたんだけど。
「蓮、今日休んでるでしょ」
「うん」
「だから代わりにノート取ってあげてたの」
「優し」
「でしょ。でもちょっと寝たわけ」
「ちょっとでここまで線乱れる?」
ノートの途中から、文字がゆるやかに沈没していた。
最初はきれいに書かれているが、そこから数行下で、字が斜めになり、さらにその下には、もはや文字ではなく波形みたいなものが走っていた。心電図か?
「で、竜司に聞いたんだけど」
「授業聞いてねぇ」
「でしょうね」
「即答すんなし。……だから俺が探しに行ったんだよ。クラス違うけどお前なら聞いてそうだし」
「スマホで連絡すればよかったのに」
「それだけのためにすんのメンドクセ」
「それに腕怪我してるし」
「メッセージ打つぐらいはできるけども、まぁ、確かにそれだけのために打つのは面倒くせぇわ」
俺は小さく息を吐いて、ノートを覗き込む。指された一文の前後を読むと、なんとなくこの間の授業でやった記憶が戻ってきた。
「続きは赤文字で『生きるためなら悪も許される』と『自身の正当化』だな」
「へー、なんで?」
「授業聞くか読んどけよ……えっと、老婆って死体から髪を抜いてたろ」
「うん」
「で、それを悪いことだとわかってる。でも、生きるためだから仕方ないって理屈で正当化してる」
「うんうん」
「下人は最初、それに怒る。けど、その老婆の理屈を聞いたことで、今度は自分が老婆から着物を奪う理由に使うんだよ」
「……つまり?」
「老婆が生きるために死人から髪を抜くなら、自分が生きるために老婆から着物を奪ってもいい。そういう理屈にすり替えた」
「あー……」
杏が納得したように頷き、ノートに書き込んでいく。
「じゃあ、先生が言ってたのは、『老婆の言い訳を聞いた下人が、その論理を自分に都合よく利用した』って感じ?」
「そう。あと、ここで下人の迷いが消える。飢え死にするか、盗人になるかで迷ってたのが、老婆の言葉で踏み越える理由を得た」
「踏み越える理由……」
杏がその言葉を繰り返して、ノートの端に小さく書き足す。
蓮に渡すためだからか、字はかなり丁寧だった。途中で眠気の心電図みたいになっていた部分以外は、普通に見やすい。
「つまり、こう?」
「だいたい合ってる」
「よかった。蓮に渡せる」
「自分で授業受けてるときより、真面目じゃない?」
「うるさいな。休んだ時くらいちゃんと渡してあげたいでしょ」
杏は少し照れたように口を尖らせた。竜司が横からノートを覗き込む。
「でもよ、これ、結局ババアのせいってことじゃねぇの?」
「違う。きっかけは老婆だけど、選んだのは下人。だから怖いんだろ」
「怖い?」
「自分が悪いことをする時って、案外、自分だけで理由を作るんじゃなくて、誰かの言葉とか理屈を借りるんだよ。で、『あいつもそう言ってたし』『こういう状況なら仕方ないし』って、自分に言い聞かせる」
そこまで言ってから、ふと黙った。言いながら、嫌なほど身に覚えがあった。都合よく解釈すること。曲解すること。自分にとって都合のいい理屈だけを拾って、先に進むこと。
「……おい?」
竜司の声で、意識が戻る。
「急に黙んなよ。現代文でそんな深刻な顔すんな」
「いや、現代文って本来そういう科目だろ。こう……人のふり見て我がふり直せ的な」
「俺そんな顔して受けたことねぇぞ」
「だから頭に入ってきてないんだよ」
杏が小さく笑った。
「でも、今の説明はわかりやすかった。ありがと」
「どういたしまして」
「で、尋問ってなに?」
杏がノートの端っこに落書きを書きながら、何気ない調子で聞いてくる。結局聞かれる流れが来るんかい。
「蓮から何か聞いたんだろうし、俺にも聞きたいことはないんかなって」
「あるけどない」
どっちだよ。と思ってると、竜司が補足してくれる。
「アイツからあんまり問い詰めんな~~って言われたんだよな。アイツがそこまで言うんだったらまぁ言わないし、それ破ってまで聞きたいことないし」
「私はどうやって脱出できたのかぐらい? でも無事ならそれでいいし」
「……本当に?」
「ん~~? ……強いて言えば、お前頭良すぎってことぐらい?」
「いやはや照れますわ」
蓮に『未来を見たから先読みして動いた』っていう嘘の件を『頭良い』で片すか? ……蓮はそこをうまく誤魔化してみんなに伝えたのか。
でもベルベットルームに関して話さない理由はなんだ? 蓮からしたらベルベットルームのことをばらさないメリットがなくないか? 蓮もみんなに話したくない理由がある? ……ゲームでそんな理由あったっけか?
「……勘違いしてそうだから補足するけど、蓮が言ったから問い詰めないんじゃなくて、胡桃のことも信じてるから聞かないだけね」
「え、あ、はい」
「反応薄」
「いや、薄いんじゃなくて。なんかこう、急に真っ直ぐな球投げられると反応に困るというか」
「ひねくれてんなぁ」
「よく言われます」
「誰に?」
「主に俺に」
竜司が「自覚あんのかよ」と呆れた顔をした。ある。ありすぎて困っている。
「でも、信じるって言われてもな。俺、そんな信用されるようなことしたっけ」
「したでしょ」
「記憶にない」
「じゃあ記憶力悪いんじゃない?」
「現代文の授業寝てた人に言われたくねー」
「ちょっとだってば」
杏が机を軽く叩く。その拍子に、机に置いてあったマーカーペンが転がり、竜司の方へ落ちた。竜司がそれを拾って、くるくる回しながら言う。
「つーかよ。信用されるようなことしたかって、そういうもんじゃねぇだろ。なんつーかそいつの生きざまっていうかそれまでの行動の積み上げじゃねぇの信頼って。結局、お前が正しいと思ったことが誰かの助けになってっし。今回も何も言わずに行動したのだって正しいと思ってのことならなんも言わねぇよ」
「竜司さん……!?」
「竜司ってそういうこと言うキャラだっけ」
「うっせ茶化すな。でも、前に蓮と似たような話をして、うまく言葉にできないとこができた気がしたわ」
「あ、言語化ってやつだ」
「日本語では話してるだろうがよ!」
「そういう意味じゃないって、怒んなし!」
“前”とは多分【戦車】コープの後半の居場所についての話かもな。居場所を探すのではなく、お前がカッコいいと思った行動をしてると、お前が居場所になってくる的な話だった気がする。
「……うまく言葉にできたってことは、自分の言葉になった、ってことだろ」
その言葉を聞いて竜司はパチンと指を鳴らして俺を指さす。
「言語化が上手いってやつだ」
「理解した?」
「したわ」
外付けの誰かの言葉の引用ではなく、自分の内側から出た言葉。その言葉が心の血肉になったってことだ。
「あ、完成~~。見てこれ」
そう言って、杏はさっきから書いていた落書きを見せてくる。
「何を書いているのかと思ったら………………何を書いてんのそれ」
「モナ」
「見たら泣くぞ」
「ていうかモナなんてそんな時間かけるほどのパーツないだろ」
「じゃあアンタら書けんのかって」
言われ、俺と竜司は杏からペンを借りてノートにモナを書く。お互いに迷うことない線を引いてものの数秒で完成する。俺らが書いた二体のモナを見て杏が一言。
「ふーん……ま、及第点ってとこかな」
「なんでそんな上からになれんだ?」
「俺の利き手じゃない方の腕で、書いた絵の方が上手くない? てか杏の書いたモナなんで足五本あるの?」
「いやこれ尻尾だから」
「じゃあこれは?」
「背中」
「なんでこんな不自然に盛り上がってんだよ」
「あーもううるさい! 二人とも全身描いてないからレギュレーション違反で失格!」
杏はぷいっと顔を背けて、ノートの端に小さく『モナ』と書き足した。自信なくなっちゃってんじゃん。怪盗団のグループにでも送ったろ、と思ってスマホを開くと、映された画面に映るのは、もうすぐ昼休みが終わる時刻だった。
「やば、もうここで昼食べるわ」
「おう食え食え」
パンの袋を開け、残り少ない昼休みに滑り込むように昼食を済ませることにした。チャイムが鳴るまでの数分間、俺はその妙に落ち着かない昼休みの残りを、杏と竜司のくだらない会話を聞きながら過ごした。
***
「あ」
「あ!」
「あー!!」
昼休みが終わる直前、自分の教室に戻ろうと蓮のクラスを出たところで、志帆さんとすみれと鉢合わせた。
「二人ともどこ行ってたの?」
「こっちのセリフだよ」
「まったくですよ。ねー、志帆先輩」
「ねー」
二人ともそう言って仲良さげに体を傾ける。
「仲良くなったん……だよね?」
「はい! あ、胡桃先輩! 志帆先輩にちゃんとお金返してください! タクシー代とか色々!」
「あと君はもうちょっとみんなに言葉を尽くした方がいいんじゃないかな。結果で出す信頼はあるけど、その行動の過程も大事だよ?」
「はい。返します……反省します……」
……二人が仲良くなった大方の話題って多分、俺の愚痴だろうなぁ。
女って怖ぇ……。