なぜだろうか。
『□57』
まさか、本当に攻めてくるなんて……
予想はしていた。考えてはいた、そうなるのではないかと思っていた。
だが、そうならないでほしいと思っていたのだ。もう、魔王は倒されたのだから。
けれど、奴は……ベルウッドは、それだけでは飽きたらないらしい。
唐突なことだった。突然、ベルウッド率いる軍勢がバーンガイアに攻めてきたのだ。住民である魔物は殺され、それを守ろうとした人間も殺された。ベルウッド軍の侵攻を防ごうとした神々は封印され、長い年月を掛けて造り上げたバーンガイアは、一夜にして崩壊した。
ザッカートたちも、造ったまま倉庫に眠っていた数々の武器やマジックアイテムを引き出して戦った。ヴィダも、リクレントも、ズルワーンも、そして邪神悪神もベルウッド軍に対抗した。
しかし、出来たのは戦えない人々の避難のための時間稼ぎのみ。しかも、そこに魔王軍残党の邪神悪神たちまで乱入してきたことで事態は悪化した。
一部のバーンガイアの魔物や人間は邪神悪神と合流することになり、より多くの犠牲が出ることになった。
幸いにも、途中でベルウッド軍にいなかったぺリアとボティンがベルウッド軍を止めに入ったことで、全滅は免れた。しかし被害は大きく、かつては一万を越える数の人々がいたバーンガイアも、今では魔物を含めて二千に満たない。
あの時、私も戦うことができたのなら……もっと被害を抑えることが出来たかもしれない。
ベルウッド軍が攻めてきたとき、私は身重の体で戦うことのできない状態だった。
それでも魔術は使えたので避難の援護に入ったが……焼け石に水でしかなかった。
それでもなんとかベルウッドの追えない遠い地に空間魔術で人々を逃がすと、リクレントとズルワーンは巨大な山脈を形成し、何者も通ることのできない結界を作り出したあと深い眠りについた。
おかげでベルウッドからの追撃の危険はなくなった。しかしこれではっきりしたことがある。
私たちはこれから、魔物や邪悪な神々だけでなく……アルダやベルウッドまでをも、相手にしなくてはいけないということだった。
『□58』
ベルウッドの侵攻は、多くの人々の命を奪った。ヴィダはなんとか無事で、ザッカートたち勇者も無事。神々も一部を除いて封印は免れた。
しかし、魔物は、人間は、大きく数を減らした。家族を失った者もいるだろう。恋人を失った者もいるだろう。
ベルウッドは、多くのものを我々から奪った。これは、到底許せることではない。
『あいつは……越えてはいけない一線を越えたっ!』
ザッカートは、怒りを乗せてそう口にした。ソルダも、アークも、ヒルウィロウも……勇者たちは、ベルウッドに怒りを───憎悪を抱いていた。
私も……奴等が許せない。
しかし、今は駄目だ。今はまだ、ベルウッドに怒りをぶつけることは出来ない。残った命が、守るべきものがある。
だが、いずれ奴等と戦う時が来るだろう。奴等が魔物を、邪神悪神を認めない限りは和平も望めない。
いずれ来るベルウッドとの戦い。それまでは、力を蓄えておくのだ。それが例え、何百、何千、何万年と掛かろうとも。
『□57』
出産は、痛かった。新たな新天地で人が住める環境を作らなければならないのに、私一人が何もしていないことに苦悩していたが……なるほど、確かにこれは大仕事だ。
体力はもちろん痛みを耐える精神力も必要で、傷を与えられた時の痛みとは違ったものであるために慣れない。おかげで出産が終わったあとはろくに動けなかった。
だけどその甲斐あって、元気な双子が生まれることとなった。
二人とも、女の子である。名前は、まだつけていない。
先の見えない前途多難な状況ではあるが、みんな出産を喜んでいた。ベルウッドの襲撃のせいで、また一から復興をやり直さなくてはいけなくなったが、それでもみんな生きている。
生まれてきたこの子達のためにも、頑張らなくては。
あぁそれと、出産は無事に終わったので私も復興に混ざりますねザッカート。『駄目』や『無理』は受け付けませんから。
『□74』
あの日から十年ほど経過して、新バーンガイア共和国は元の形に戻りつつあった。子供は生まれ、新しい世代が誕生しつつある。魔物も人間も増え、今では四千ほどになっていた。
ザッカートも今では三十代ほどで、『とうとう『アース』の年齢に並んだな』と苦笑いを浮かべていた。
生まれてきたあの子達も、すくすくと元気に育っている。白い肌をした姉はカミラ、褐色の肌をした妹はグラと名付けた。
あの子達も、今では野良の魔物をランク9までならを倒すことが出来るほどに成長している。
正直、生まれてから数年も立たないうちにランク9を倒すことができるなど、明らかに異常な強さだ。
しかし、それも当然なのかもしれない。あの子達は魔物でもなく、人間でもない。しかし、同時に魔物と人の性質を併せ持つ種族───新種族なのだから。
普通の人間なら持てないランクを持ち、普通の魔物なら就けないジョブに就くことができる。それがあの子達の特徴だった。
姉のカミラは病的なまでに白い肌と鋭い牙、爪、そして異常なまでの再生能力と膂力を持つ、生まれながらの亜神。しかもカミラは、他者を眷属にして自身と同じ存在にすることができた。
そのせいか、どうにも太陽……光属性に弱く、他にも銀に弱かったりするなどの弱点を抱えていた。それは、眷属にした者たちも同じだ。光や銀を浴びたり触れたりしてしまったら身体が焼かれ、とても痛いらしい。
それに、定期的に血の補給が必要になるなど、色々と弱点は多い。
……まぁ、カミラの眷属となったゾルコドリオは自身の打たれ強さと眷属になったことで得た再生能力でもって当然のように弱点の一つを克服していたが。しかも途中で日光耐性スキルを獲得して完全に太陽が効かなくなってたし。
一方妹のグラは姉のカミラほど尖った能力は持っていなかったが、全体的にバランスが良く魔術スキルや武術スキルにも優れていた。
カミラと比べても弱点といえるものはなく、カミラと同じく眷属にすることで他者を自身と同種の存在に変える力を持っていた。
その二人の誕生は、一時は崩壊したラムダを復興させる助けになるのではないかとヴィダは思ったらしい。そこでなにやら『いいことを思いついた!』と言わんばかりの顔をしていたが……まぁ今はいいだろう。
ザッカートたち勇者の知識から、カミラの種族は吸血鬼、グラの種族はグールと名付けられた。
カミラはともかく、グラはなぜグールと名付けたのか疑問に思ったが……なんでも『吸血鬼の妹なら、それっぽいグールでいいと思って』とのことらしい。
つまり、特に深い意味はないらしい。まぁそれに問題はないのだけど。
ザッカートはカミラに太陽を浴びても問題ないように自作のマジックアイテムを渡して、太陽の下でも出歩けるようにしてくれた。
『普段は父親として構ってあげられないし、これくらいはな』と苦笑しながら、嬉しそうに喜んでいたカミラを抱き上げていた。グラも姉に続くようにザッカートに抱きついて楽しそうにしていた。
普段は寡黙で礼儀正しいグラがこうやって楽しそうにしてくれるのは、母親として嬉しく思う。
カミラの方はすぐに感情を表に出すが、そのためちょっと我が儘に育ってしまった。そこらへんはちゃんと言っておかないと。
ベルウッドに攻められてきたのが嘘のように平穏な日々だ。
しかし、私はベルウッドを許したわけではない。今でも怒っている。
けれど……怒ってばかりでは子供たちを不安にさせてしまう。だから、今は頭の片隅に置いておく。
いずれ、戦わなくてはいけないときが来るのだから。
『□80』
つい先日、ぺリア、ボティン、そしてザンタークと勇者であるファーマウン・ゴルドと合流した。
ぺリアやボティンはともかく、ザンタークとファーマウンがこちらに合流するとは、思ってもみなかった。原典ではヴィダ側に属してはいたが……あれは色々な事情があったからで、今はないはずなのだ。
なのに、なぜ。そう思ったが、ザンタークはアルダがおかしくなったと考え、ファーマウンは『今まではベルウッドは正しいことをしていたと思っていた。けれど、今はどうなのかわからない』と口にしていた。だからザンタークについていく形で合流したのだ、と。
シザリオンはアルダに付くことを選んだらしい。というよりは、アルダやベルウッドの近くでストッパーを兼ねるのだとか。
最初はボティンやぺリア、ザンタークもシザリオンを誘ったが、自身の選んだ勇者であるナインロードのこともあって断ったらしい。
ヴィダは合流したぺリア、ボティン、ザンタークとその従属神と人種たちを受け入れ、ザッカートもそれに納得したし、ソルダやヒルウィロウはぺリアとボティンがこちらに合流してきたことに嬉しそうにしていた。
ファーマウンはザッカートたち四人の勇者たちと話すべく一旦個室に行ったが、そこで何を話したのかはわからない。
ただ、以前よりも距離感が縮まった……と、思われる。
……どうしてか、合流した神々は一様に私を見ると『本当にあのラドゴーンだったのか?』『以前見たときとはまるで違う』などという言葉を口に出していた。
しかも私がカミラやグラを出産したことも知ると、とても驚愕していたな。
ボティンは自身が母神であるためか『母親として頑張りなよ。まぁ、今のあんたは立派な母親みたいだし、余計なお世話かもしれないけどね』と声援を送ってくれた。その言葉、ありがたく頂戴しておく。
他の大神たちも合流したことで、新バーンガイア共和国の総人口は約七千ほどになった。これならあと数年以内にはかつてのバーンガイアを取り戻せるだろう。
ただ……ヴィダが何かしようとしているみたいなので、少し話を聞く必要があるようだ。
『□80』
ヴィダやその従属神、邪神悪神と亜神たちにぺリア、ボティン、ザンターク。それらの神々と話し合った結果、ヴィダは強い種族を生む出すことを決めたようだ。
原典ではヴィダの新種族と呼ばれた者たち。カミラやグラのような新種族であり、ランクとジョブの二つの力を持つ強い種族。ベルウッドに対抗するためにも、強い新種族は必要だ。
出来れば戦いなど、起こらないでほしいものだが……それに期待するだけ、無駄なのだろう。それが何千、何万年後であろうとも。
ヴィダは今日から一種ずつ生み出していくとのことで、最初に生まれたのはヴィダに付き従っていたエルフの青年との間に誕生した黒肌のエルフ───ダークエルフ。
もう後戻りは出来ない。ここまで来れば、アルダとベルウッドとの和解も絶たれた。
以前はベルウッドに敗れて逃げ出さなくてはならなくなったが、次はそうはいかない。
お前に勝ち、バーンガイアを守る。
ザッカートとみんなで、一緒に。
ライラック、母親になる。それと、新種族が増える順番が変わる
ラムダ√→ザッカート√→■母√