『太陽の巨人』タロスが破れた───その情報が山脈内に広がり始めたのは、タロスが封印されディアナが巨人種たちを安全な場所に逃がし終えてからのことだった。
一対多の状況であったとはいえ、山脈内に存在する巨人の中でも上位の力を持っていたタロスが封印されたことは、山脈内の人間たちを驚愕させた。
その驚愕から素早く立ち直ったのは、意外なことに巨人種たちであった。
彼らは最後までタロスの戦いを見れたわけではない。しかし、巨人種の片親であるタロスは最後まで戦い抜き、逃げる子等を守りきったことを知っている。
ならばこんなことで立ち止まってはいられないと、近い内に攻めてくるであろうアルダ陣営に備え、巨人国に最も近かったハイコボルト国で準備を行っていた。
そして、アルダ陣営の襲撃に最も驚いていたのは魔王軍との戦いを経験した吸血鬼たちと神々であった。
『アルダは、そこまでして邪神悪神を、魔物を滅ぼしたいのか?自身の兄弟姉妹と、埋められない溝を作ってまで……』
『……我々はあの時、アルダと完全に決別した。いずれ、戦いは起きていただろうな』
『シザリオンは、ナインロードはアルダを……ベルウッドを止めなかったのかっ!?あの方たちならば、ベルウッドとアルダを止めることも出来たはずだ!なのに、なぜこんな……』
『……わからない。何か心変わりしたのか……それとも、アルダとベルウッドの独断なのか……』
『今はそんなことはどうでもいいだろう!今気にするべきなのは、いかにして奴等を撃退するかだ!』
アルダを古くから知っている神々はアルダの凶行に混乱した。こんなことを率先してするような神ではないと彼らは知っていたからだ。
それとも、そこまで邪神悪神や魔物が許せないというのだろうかと考えた。
『いつか仕出かすだろうなとは思ってた』
『奴等は山脈崩壊の被害を気にしてないのか?あちらにも、住んでいる人間はいるだろうに』
『我らも過去に色々やったりしたが、信者たちも巻き込みかねないことは滅多にしないというのにな』
『奴等が仕出かしたことは置いておくとして、だ。まずそれぞれの守護神は神託を行い備えさせろ。特に巨人国に近い国の非戦闘民の避難が最優先だ』
しかし大してアルダのことを知らない邪神悪神は気にした様子もなく、戦えない人間を守るべく戦いに備えさせるよう自身の加護を持つ者へと神託を行った。
神託を受け取った者は近い内に来る戦争に備えて準備をし始めた。
国を治める王族の一員が神託を受け取れば民に神託を伝え国全体で非戦闘民の避難、もしくは戦争になる国へと支援を開始した。
治める立場にない者は親しき者に神託の内容を伝え、すぐさま戦争となる国へと急行する。誰も彼もが、アルダ陣営との戦争に備えて行動を始めた。
そんな中、ザッカートとライラックの娘、カミラが治めるバーンガイア帝国はというと────
「行ってくる」
「「ダメです母上!」」
「なんで止めるの!」
彼女の生んだダンピールの双子───ベートとバートに止められていた。
「母上、行くにしても原種吸血鬼の皆さんは連れていってください」
「母上、急かされる気持ちもわかりますが準備をちゃんとしてからにしてください」
「あ、ごめん」
ただし引き留めるためではなく、むしろ行こうとする母を手助けするためだったが。
山脈内の新種族や魔物は元々の気性からか、戦いでは真っ先に前線に出てくる。特に国を治める王族などは付き従う部下や兵を引き連れ先頭へ行き戦うのだ。
そのため、戦いに行くことを止めるような者は山脈内には一人もいなかった。
それはかつてバーンガイア帝国を治めていたカミラも、そして今現在帝国を治める現皇帝であるベートとバートも同じことであった。
「出来ることなら、僕達も母上と共に行きたい」
「ですが、それでこの国から離れるのは愚かなこと。やってはならないこと」
「だから、原種吸血鬼の方たちと共に行って下さい」
「僕達も、この国の混乱を静め次第すぐに後を追います。ですから母上」
「「ご武運を」」
交互に意見を言い合うベートとバート。その様子は、かつてカミラと共にいた自身の半身である妹……グラのことを思い出させた。
懐かしい思い出に内心穏やかな気持ちになりながらも、心にある戦意が崩れることはない。なぜならいつか来ると予見されていた戦い……それが今、現実となって起きている。
かつては、なすすべもなく逃げるしかなかったと聞いている。突然の襲撃に多くの命が消え、数々の神々が封印された、と。
あの時はまだ、新種族は生まれていなかった。カミラとグラは生まれていなかった。だから、断言しよう。
かつてとは違う。もう、逃げる必要はない。
「うん、行ってくる」
アルダの軍勢よ。
この山脈内にいるのは、かつてお前たちに負けた敗者の子孫だ。しかし、何万年と過ぎようと常にお前たちへのリベンジのため力を磨いてきた者たちだ。
故に、ここに宣言しよう。
我が母『調和の母神』ライラックと、我が父『共和の英雄神』ザッカートに代わって。
「リベンジマッチだ」
先祖の屈辱、晴らしてやる。
▼▼▼▼▼
「進ぶぎゅぼ」
「鈍いっ!」
「先祖の恨みだっ!」
「前はよくもやってくれたな貴様等ぁ!」
その戦場は、ハイコボルトやハイゴブリン、ノーブルオークを含めた魔物とグールに巨人種、獣人種などといった新種族が混ざった混成軍がアルダ陣営の軍勢と戦いを繰り広げていた。
士気は両軍とも高く、一進一退の攻防を繰り広げていた。だが総合的に見ると押されているのは混成軍の方であった。
「グルル!こいつら、一人一人がしぶとい上に、強い!」
「焦るなっ!少しずつ削っていくぞ!」
混成軍はアルダ軍の異様な強さに戸惑いを隠せないでいた。技量も、肉体も、決してこちらの方が劣っているわけではないというのに。
混成軍とアルダ軍、その平均的な強さは混成軍の方が高い。そのため、どれだけ士気が高かろうと有利になるのはジョブとランクの両方を持つ新種族のいる混成軍となる。そのはずだった。
しかし戦況はほぼ互角……いや、混成軍の方が押され気味だった。それは一体なぜなのか。
「我々には、ベルウッドに選ばれし英雄ベルベットの導きがついている!恐れず進めぃ!」
「「「「オォォォォォ!!!」」」」
その答えは、他ならぬアルダ軍が教えてくれた。
「っ、まさか、奴等の中に導士がっ!?」
「かつて勇者が就いていたというジョブか!まさか奴等に導士がいるとは……」
「不味いっ、押されてるぞ!」
かつて魔王を倒し封印した七人の勇者。その全員が就いたという導士ジョブは、導いた者を強く強化する。
そのため、例え技量や肉体が劣ろうとも導きの効果によって強い戦士が誕生する。アルダ軍の異様な強さの原因はそれだった。
アルダ軍の猛攻に守りに入らざるを得なくなった混成軍は、少しずつ押されていった。中には【御使い降臨】スキルを使って反撃に出ようとする者もいたが、同じく相手側も【御使い降臨】を使われ抑え込まれる。
混成軍は反撃に出れない状況に陥っていた。
「くっ!ここにハイデルがいたなら、敵を蹴散らしてくれるんだがなぁ…!」
「今は大物の敵に対処していることを忘れたかっ?」
「わかってるよ!強い奴等はみんなあっちに流れちまったもんなぁ!くそっ、せめて一人、こっちに来てくれたら……」
この状況を打開しうる者も、アルダ軍の強者と戦っていて混成軍と合流できない。このままでは少しずつすり潰される────そんな時だった。
「助太刀いたす!【高速抜刀】!」
「切り刻む!【刃手乱】!」
「我が筋術、喰らうがいい!【狂筋雷】!」
突如アルダ軍の横から、何処からともなく現れたアラクネが、エンプーサが、そして原種吸血鬼ゾルコドリオが攻撃を仕掛ける。
突然の攻撃に殆どのアルダ軍が無防備な状態で攻撃を喰らい、アルダ軍の統制が乱れる。
今こそチャンスだと混成軍もアラクネやエンプーサの攻勢に乗じて攻めだし、一気にアルダ軍を押し戻していく。
「助かった!しかし、一体ここまでどうやって……」
「我々は少数精鋭でマジックアイテムで姿を隠してこちらに来ました。ただそれだけでは足りないので風属性と光属性を得意とする方に手伝ってもらいましたが……」
「いや今はそんなことはいい!まだ戦いは終わってないからな」
「ええ、では話は戦いが終わってからにしましょうか!むぅん!【神鳴り】!」
ゾルコドリオが拳を振るい、突進し、膨張させた筋肉を敵にぶつけ、雷を発する度に相手の肉体は弾け飛び、粉砕される。ゾルコドリオの繰り出す攻撃に技術はないが、しかしその肉体だけで事足りる。
アラクネとエンプーサが参戦したこともそうだが、何よりゾルコドリオが混成軍に加わったことで戦況は大きく傾いた。
優勢は、混成軍にあった。それを悟った敵指揮官は素早く周りを見渡し決断する。
「今は無理か……撤退だ!撤退するぞ!」
アルダ軍は撤退を始め、混成軍はそれを……追わなかった。
負傷者多数、疲労困憊。混成軍の状況はまさにその二言で表せた。ゾルコドリオやアラクネ、エンプーサが加わったとはいえ、先程までは追い詰められ、無理をしていたのだ。
そのためすぐに追撃をかけられる状況ではなかった。しかし、一部の者はまだ動けたため場を動こうとする。
「っ、そうだ、まだ終わってない!あいつらがまだ戦って……」
「その心配はないでしょう」
しかし、その一部の者もゾルコドリオが止めてしまう。
「退いてくれ!足手まといにしかならないとわかっていても、俺は……!」
「あちらには、カミラ様が向かいました。ですので、大丈夫ですよ」
「え…?」
ゾルコドリオの言葉に驚き動きを止め……そのまま安心したように座り込んだ。
「なら、よかった。あの方が行ったのなら……」
「ええ、きっと無事ですよ」
ゾルコドリオは、いや山脈内にいる全ての人間は知っている。
この山脈内の中で、誰が一番強いのかを────
▼▼▼▼
「はい、終わり」
「ご、ぶごほ!」
辺り一面に広がる血の海。そして各所に転がる肉の塊と、その中心に立つ白銀の乙女。
不思議なことに、彼女─────カミラは、血の海の中心にいるというのにまるで血に汚れた様子がない。
その手に大量の血を流す瀕死の人間がいたとしても、それは変わらない。なぜなら彼女にとって、血とは自身が支配するモノであるからだ。
故に血で汚れないし、ましてやその血に
「ごふっ……ばけ、もの……が……」
「お前の感想なんて聞いてない」
瀕死の男が放った言葉に大して感情を動かされることもなく、トドメを刺す。次の瞬間には大量の血を流していた男は干からび、血の一滴も流さなくなった。
カミラは干からびた死体を明後日の方向に投げ捨てると、混成軍のいる方向へ歩き出した。
仲間のいる場所に戻るようにと、戦っていた者には伝えておいた。あとはその方向に進めばいい。そう思って急ぐことなく歩き始める。
敵はここにはおらず、もう引いたことを血の流れから知っていたから。カミラは焦ることなく向かう。
「一応、追いかけられるように逃がしておいたけど……さて、尾行はどのタイミングでバレるかな」
敢えて逃がしたアルダ軍の強者を、血で作り出した眷属で尾行させながら。まるで罠にかかった獲物を貪るように、ゆっくりと。
ちなみにアルダ軍の強者はランク13以上の猛者が揃っていました。カミラにとってはほぼ雑魚です。