GOD EATER 3 -BEAST- ~人の心を宿した神は、人を守るべく神を喰らう~ 作:Ingwelsh
ボディバッグを腰に取り付け、マントを羽織って肩の上で結ぶ。これでよほどのことが無ければ、脱げたりはしないだろう。
「これでいいかな……」
「ん?」
「ひっ」
ふっと息を吐くと、その音を聞きつけたかアラガミが穴の中を覗き込んできた。虎のような顔に鋭い牙。ヴァジュラだ。
ボクは慌てて自分の神機を右手から出現させる。どうやら自由に出し入れが出来るらしい。ショートブレードの切っ先を向けながら、力いっぱい叫んでみせる。
「く、くそっ、く、来るなら来い! お前なんか、こ、怖くないんだぞ!」
虚勢を張るが、相手にも見透かされているだろう。叫んだ自分の声が明らかに震えている。そんなボクの姿を見て、ヴァジュラがニヤリと笑った。
「若いな、足が震えているぞ、ゴッドイーター」
「く……!」
彼の言葉にボクは歯噛みする。ヴァジュラはアラガミの中でも強い部類だ。こんな相手を前にして、ボクが生き残れる自信は全くない。なにしろ生まれたてのペーペーなのだ。
ヴァジュラがおもむろに右前足を持ち上げる。
「ゴッドイーターは殺す」
「っ……!!」
攻撃が来る。バックラーを展開して防ごうとした、その瞬間。
どうっ、と音がして、ヴァジュラの身体がぐらりと揺れた。
「ぬっ!?」
「ハウンド1、討伐対象のアラガミを発見! これより会敵する!」
「ゴッドイーター、小癪な真似を!!」
穴の外、右手側から声が聞こえてくる。人間の声だ。
ヴァジュラがその声のした方に身体を向けて吠え、一気に距離を詰めに行く。穴の入り口からそっと覗き込むと、そこには両手首に赤い腕輪をつけた金髪の少年が、半月状の神機を手にヴァジュラを迎え撃っていた。
「ほ……本物の、ゴッドイーター……?」
ゴッドイーター。それも
その少年の後ろから、数名彼の仲間が見える。少年はヴァジュラに斬り込みながら、矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。
「ユウゴ、ジーク! 側面にはりついて攻めろ!」
「オーケー!」
「任せとけ!」
彼の両脇から飛び出してヴァジュラに肉薄する、黒髪の青年と銀髪の少年。金髪の少年は神機を銃形態に変形させ、レーザーを発射しながら後方にいる少女へと声をかける。
「クレアは二人を遠距離から援護! 回復を優先だ!」
「分かったわ!」
少女は前衛の二人に回復弾を撃ちながら、位置を固定しないように動き回っていた。金髪の少年は距離を取りながら、的確にヴァジュラの頭にレーザーを撃ち込み、また前衛へと回復レーザーを飛ばしている。
的確だ、そして連携の取れた動きだ。
「す、すごい……」
見る間にヴァジュラは追い詰められ、頭部と尻尾が結合崩壊してボロボロだ。そして再び半月状の近接形態に切り替えた金髪の少年が、ヴァジュラの前脚を砕く。
「おぉぉ……お、のれ……」
「っしゃあ、結合崩壊! もう少しだぜ!」
「最後まで油断するな、行くぞ!」
苦悶の声を上げるヴァジュラ。それに対してゴッドイーター達は嬉々としていた。もうすぐあのヴァジュラは倒され、彼らの仕事も終わるのだろう。
と、ヴァジュラが自身の周囲に、一気に雷撃を放つ。金髪の少年がもろに食らって吹き飛ばされた。
「ぐ……っ!」
「ビクトル!」
「いけない――!」
岸壁に叩きつけられた少年がゆっくりと立ち上がる間に、ヴァジュラが追撃をかけんとする。このままでは彼の命が危ない。
ふと、後方を見る。そこには事切れた人間の骸。このままではあのような死体が、もう一つ増えてしまう。
「くっ!!」
ボクは意を決して穴の中から飛び出した。銃形態に神機を変形させ、ヴァジュラ目掛けてレーザーを放つ。はたして赤色を帯びたレーザーが、ヴァジュラの前脚に直撃した。
「ガァッ!」
「え……?」
「なんだ、今どこから――」
「よそ見してるな、とにかく倒すぞ!」
苦悶の声を上げて立ち止まるヴァジュラ。その、予想しないところから飛んできた一撃に、ゴッドイーター達も困惑している様子だった。
しかし今は戦闘中、黒髪の青年の言った通り、よそ見している暇はない。
やがて、何度目かの攻撃を経て、ヴァジュラの身体がどうと地に倒れ伏した。
「あぁぁ……」
身体からオラクル細胞が霧散していく。その身体に神機の捕喰口を噛み付かせたゴッドイーター達が、ふとこちらを見る。
「ふー……任務完了、っと」
「コアの捕喰も完了だ……さて」
視線の先にいるのは、狼の頭をして緑色の体毛に覆われ、マントをまとって神機を手にした生き物。つまり、ボクだ。
身体から力が抜け、へなへなとその場にへたりこむボク。彼らは、ボクへとゆっくり近づいてくる。
「ふぇぇ……よかった……」
そんな声を漏らすボクを見下ろして、金髪の少年が首を傾げた。そのまま隣に立つ黒髪の青年へと声をかける。
「……ユウゴ、どう思う?」
「どうもこうも……アラガミだろう、これは」
「見たことのない種類ですね……新種でしょうか」
「てか、俺達を見ても襲ってこないって、おかしくね?」
黒髪の青年も、少女も、銀髪の少年も、ボクの正体を測りかねている様子だ。
それもそうだ。ボク自身にだって、ボクの正体が分からないのだから。
とはいえ、このまま何もしないわけにはいかない。必死に、喉から声を絞り出す。
「あ、あう……その……」
「げ、喋ったぞ」
「どうしましょう、敵意はなさそうですけれど……」
ボクの言葉に、その場の全員が目を見開いた。銀髪の少年など明らかに慄いて後ずさっている。
どうしたものかと思っていると、金髪の少年が耳に手を当てながら何やら話し始めた。
「……エイミー、現場にてAGEの遺体と神機、および未確認のアラガミの生体を確認した。船の傍まで運びたい。いいか」
その言葉に、黒髪の青年が目を見開く。信じられないと言いたげな目をして、彼は自分の仲間を見ていた。
「おいビクトル、まさかお前、こいつを船に入れようってつもりじゃないだろうな」
「そこまでは言っていない。こいつから話を聞くにせよ、灰域の外に出ないと俺達の身が持たないだろ……了解、ありがとう」
その言葉に、ビクトルと呼ばれた金髪の少年が首を振る。鋭い視線を黒髪の青年に向けながら、また再びどこかへと声をかけると、その紅い瞳がボクをまっすぐに射抜いた。
「そこのお前」
「ひゃいっ」
淡々と呼びかけられ、思わず身体が跳ね上がる。ボクをまっすぐ見つめながら、少年は穴の奥、そこに転がっている死体を指さして口を開いた。
「そこに転がっている神機使いの死体を運びたい。手伝ってくれるか」
彼の言葉に僕は目を見張った。どうやら、あの死体をボクに運び出してほしい、ということらしい。
ゴッドイーターの死体をアラガミに運ばせる、というのも不思議ではあるが、ボクを試す意味合いもあるのだろう。それなら応えるしかない。
「あ……わ、分かりました!」
右手の神機をしまって、ボクは穴の奥へと駆けていく。
ボクの背中に、銀髪の少年と少女の声が飛んできた。
「人間の言うことに素直に従うアラガミ……???」
「なんなんでしょう、この子……」
何が何だか分からない、と言いたげな彼らの声に申し訳なさを感じながら、ボクはゴッドイーターの死体を持ち上げる。
その身体はとても重たかったけれど、これが命の重さなんだな、と思って頑張ることにした。