スカサハと二人で行く人理修復の旅   作:Hiコーヒー

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初陣

草原には一面の死体が、切り裂かれた柘榴のごとく散乱している。

それらが身に付けている鎧や武器には持ち主たちの血がべったりと貼りつき、昼下がりの陽が鈍い光を反射していた。

これら、三桁はあろう数の兵士達は先刻、たった一人の槍使いによって皆殺しにされた。

首の無い者、内臓が溢れている者、半身を失った者。離れたこの距離まで、むせ返るような血と臓物の匂いが漂っている。

 

数え切れないほどの骸が転がるその中に、一人だけ立って歩いている姿があった。

この殺戮を実施した槍使い、「彼女」は得物である長槍を杖のようにして、よろけながらフラフラと歩いているようだった。

まだ彼女を負傷させる訳にはいかない事情があった。

安全な距離から、マシュ・キリエライトと共に彼女の戦闘を眺めていた藤丸立香は、槍使いを回復させるために治癒魔術を起動した。

しかしすぐに、治癒魔術が不要なものと気が付いた。

 

彼女は、まだ息のある者を一人一人見つけてはその心臓に槍を突き刺していた。

杖をついているように見えたのは、倒れた人間に槍を振り下ろしていただけだった。

よろけて歩いているように見えたのは、倒れた人間の身体を蹴って向きを整え、

まだ息があるかを確認しているだけだった。

当然、彼女自身は傷一つ負ってはいなかった。

 

「どうしてあんなことを......」

隣でマシュがぼそりと呟く。その横顔は苦しそうに歪んでいる。

淡々と、まるで農作業でもしているかのように槍を突き刺しながら死体の海を進む彼女の姿に、立香は僅かばかりの嘔気をおぼえた。

たまらず視線を外すと、ピタリと彼女の槍が止まった。立香が目を逸らしたことに気付いているような不気味さを感じた。

 

作業を終えた彼女は、穂先からまだ血が滴っている槍を肩に担ぎ、立香の元へ戻ってきた。

この地で彼女を召喚して以来、初の戦闘であったが、お疲れ様でしたと声をかける気にはなれなかった。立香の隣で棒立ちになっているマシュも、口をパクパクと動かすばかりで何も発言できずにいた。

どさりと、槍使いは立香の足元にそれを放った。

敵の兵士だった。

重症を負ってはいるが、まだ息はある。片腕を失い、残った腕で腹の辺りを押さえている。全身血塗れで、どこに傷があるのかも分かりにくい有様だが、よく見ると脇腹が裂けていた。

瀕死だが、治癒魔術を使えば助けられる可能性が無くはなさそうである。

ふと、紅い槍が視界に飛び込んできた。

槍使いが、その得物を立香に差し出していた。そして彼女は、まるで意地悪な教師が生徒に命令するような冷たい口調で、告げた。

「お前が殺せ」

 

 

 

人類最後のマスターになってしまった藤丸立香は、最初の特異点修復のためフランスに来た。

立香がこの地で唯一召喚できたサーヴァントは、自らをスカサハと名乗った。

聞けば、彼女はクーフーリンの師匠という話で、つまり先日の特異点Fで立香を導いてくれた、あのキャスターの師匠である訳だから、それはもう頼りになる存在に違いなかった。

 

カルデアでの英霊召喚は、マシュの盾を触媒として利用する。

ところが、特異点Fでの最終戦闘において敵セイバーの宝具を防いだ際、マシュの盾には修復不可能な傷が入った。

もはや盾としての使用は不可能、英霊召喚の触媒としても一度が限界だった。

つまり、この地で立香が一回だけ召喚できるサーヴァントが、立香が契約できる唯一のサーヴァントになる事態となった。

この先の人理修復の困難を考えると、出来る限り強力な英霊と契約する必要がある。

そのため、あのクーフーリンの師匠を名乗るスカサハの召喚は、大成功に思えた。

 

召喚してすぐにマスターとして契約することで、マスターはサーヴァントを現世に留めることが出来る。

さもなくば、サーヴァント自身の魔力が尽き次第、せっかく召喚できても消滅してしまう。

 

それにもかかわらず、スカサハは未だ立香との契約を拒んでいる。

 

「この私のマスターを名乗りたければ、それに足る勇士であることを示してもらわねばな」

 

そう言って、召喚されてから二日と二十一時間、立香とは契約を結ばずに自身の魔力のみで行動している。

この先、新たなサーヴァントの召喚は行えない。

スカサハが正式に立香のサーヴァントにならなければ、カルデアは一切の戦力を持たずに人理修復を行わなくてはならず、当然、それは不可能な任務となる。

 

英霊として召喚に応じた以上、人理を守る意思はあるはずだが、カルデアには後がないこの事実をいくら説明しても、彼女は契約を結んではくれなかった。

 

スカサハの召喚後、マシュの盾は完全に破壊され、実体化できなくなっていた。

マシュ自身は、融合した英霊の力がまだ残っているらしく、デミ・サーヴァントとしての身体機能は維持しているようだった。

しかし主武装を失ったこの状態で、マシュに戦力を期待するのは難しい。

「まだクラスはシールダーですから、いざとなれば体を張って先輩を守ります」なんて言ってはくれるが、特異点Fのあのセイバーのような敵がこの先現れれば、体を張ってどうこうなるものではないことはマシュも理解していた。

 

そんな中、彼女との契約が果たせないまま戦闘は始まってしまった。戦闘とは言っても、スカサハの単騎による一方的な虐殺ではあったが。

 

 

 

「殺せ」

いつの間にか立香の背後にまわり、耳元に吐息すら感じる距離で彼女は囁く。

自らが他人の命を奪う、その覚悟を彼女に示すことが、この先、スカサハが立香の槍として戦うことの条件であると、立香はようやく理解した。

 

手渡された朱槍は、先程まで彼女が軽々と振るっていた物に違いなかった。

他人の命を奪う目的で作られた正真正銘の武器を手にするのは、立香にとって初めての経験だった。

ずっしりと重く、握った掌から体温が奪われていくように冷たい。

 

目の前には、スカサハに捕らえられた男が転がっている。すでに鎧は剥かれ、自分の血と仲間の血で全身赤黒く染まった細身の体躯が小刻みに震えている。

ひゅーひゅーと弱々しく息を吸い、絶望と憎悪が入り混じった眼で立香を睨むが、片腕の切断面と脇腹からじわじわと赤い液体を垂れ流すこの男の命は、持ってあと数分。もはや、もがく体力も残されていないようだ。

五分もすれば、彼は何も手を加えなくても死を迎えるだろう。

 

だからこそ、立香には時間が無い。

この槍を以って立香自らが、敵を殺してこそ彼女との契約が完了する。

 

握り締めた槍の穂先をこの男に突き下せば、それで終わるのだ。

 

「この男以外は、全員殺した。このまま何もせずにこの男が死ねば、お前が殺せる敵は他にいないぞ?」

 

先刻、スカサハが生存者を入念に探しては止めを刺していた理由を、立香は理解した。

彼女は、立香に悩む時間を与えないために、わざわざ瀕死の者を捕虜にしたのだ。

 

まるで槍を握る手が自分の腕ではないようだった。

それどころか、立っている地面が揺れているような、自分の方が浮いているような、経験したことのない浮遊感を覚えた。

何かを言いたくて、声が出なかった。

でも、誰に何を言おうとしたのだろう。

 

「言っておくが、時間がないのはお前だけではないぞ?」大量虐殺を演じた者の言葉とは思えないほど穏やかに、「私も、そろそろ契約してもらわないと消えてしまいそうなんだ」真実消え入りそうな声で呟いた。

 

少しだけ、槍が軽くなった気がした。

そうだ、自分には、カルデアを守り、マシュを守り、そして世界を救う義務があるのだ。

 

足元に転がる男は弱々しく何かを訴えているが、もう何も聞こえなかった。

 

立香は、敵の心臓に向かって槍を振り下ろした。


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