~辿り着く場所~   作:ナナシの新人

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Episode10

「ふっ、侮るなよ。俺の運動能力を......」

 

 正門前で、登校してくるところを待ち伏せして声をかけた上杉(うえすぎ)は、どや顔で言い放った。

 

「俺の体力は、三玖(みく)と同等レベルと言っても過言ではない!」

 

 比較対象の三玖(みく)が、どれ程の運動能力の持ち主なのかは分からないけど。今の発言からして、良い方ではないのだろう。

 

「仕方ないだろ。勉強に不要と思って、運動能力は切り捨ててきたんだ。それ以前に、その方法で事態を打開できるのか?」

「不服なら対案を提出してくれよ、学年一位の天才。僕達にも分かりやすい簡略な方法でさ」

「女バスの部長が、協力の申し出を撤回する」

「はい、分かりました、と素直に受け入れると思うか? あの、四葉(よつば)が――」

 

 一寸の迷いもなく、上杉(うえすぎ)が出した答えは正に、明々白々。

 

「無駄だろう。四葉(よつば)のお人好しは筋金入りだ。一度引き受けたら最後、問題が解決されるまで走り続けるに決まってる」

「なら、やるしかないだろ」

「問題そのものをなかったことにする、か。勝算は?」

「フッ、神のみぞ知るってね......。どう? 今のセリフ、カッコ良くないっ!」

 

 俺と上杉(うえすぎ)は、春原(すのはら)の軽口に同じタイミングでタメ息をついた。

 

「頼りないセリフだな。宝くじの当選確率の方が高いんじゃないのか?」

「まあ、買わなきゃ当たらねーし。ゼロよりはマシだ」

「それはそうだ。俺に、協力できることはあるか?」

「それこそ、勉強だろ?」

 

 五つ子の姉妹の家庭教師なのだから。一番危うい四葉(よつば)を見てやれるのは、上杉(うえすぎ)の他に居ない。

 

「あと。このことは――」

四葉(よつば)には、内密にだろ。分かってる。陸上部の方は、俺が何とかする。あいつの、あいつたちの家庭教師だからな」

「ああ、そっちは任せた」

「よし。じゃあ俺の方も、知り合いに当たって――」

 

 携帯を取り出した上杉(うえすぎ)だったが、画面を見たまま固まった。どうしたのか? と思って、横から画面を覗いてみると。表示されていた電話帳の一覧表には、家族と中野(なかの)姉妹のアドレス以外登録されていなかった。

 

「くっ、この携帯使えねぇ......!」

「アハハッ。まあ僕達は、携帯すら持ってないから、上杉(うえすぎ)のことを言えないけどね」

「全くだな」

 

 連絡手段すら持ち合わせていない。

 おかげで、こうして朝早くから待ち伏せするはめになったし。

 

「あれ? 珍しい組み合わせだね」

 

 声がした方へ、俺達の視線が一斉に向く。

 声の主は先日、学校を早退して話し合いに参加していなかった、一花(いちか)

 

「おっはよー。何だか、真面目な表情(かお)で話し合っていたみたいに思えたけど。ひょっとして、エッチな相談かなっ?」

 

 いきなり何を言い出すんだ、一花(いちか)のヤツ。

 正門から離れて話していたからよかったものの、他人に聞かれていたら面倒なことになってたぞ。上杉(うえすぎ)はもちろん、あの春原(すのはら)ですらも言葉を失って、苦笑いで冷や汗を流してるし。

 

「ふふっ、冗談だよ。四葉(よつば)のことでしょ?」

「......からかうなよ。話し、聞いたんだな」

「姉妹だからね。どうやって説得しようか、みんなで話し合ってるよ。家でも、スマホでも。本当はもっと、お姉ちゃんのことを頼って欲しいんだけどね」

一花(いちか)......」

 

 先ほどのテンションから一転、とてもしおらしく顔を伏せた一花(いちか)に、上杉(うえすぎ)が心配そうに肩へ手を伸ばした、次の瞬間――。

 

「なんてねっ!」

 

 勢いよく顔を上げた一花(いちか)は、悪戯な笑顔を作って見せた。

 

「どう? びっくりした?」

「お、お前なぁ......こんな時に、演技するな」

「あははっ、上手くなったでしょ? じゃあ、先に行くね」

 

 笑顔のまま手を振って、校舎へと歩いて行く。

 

「今の、ホントに演技?」

「んな訳ないだろ」

「ああ。あれは、作り笑いだ。本心を隠す時のな」

「だよねー」

 

 本当は心配で、心配でどうしようもないクセに、それを周りに悟られまいと作り笑いでごまかす。ああ言うところは、無理して笑う四葉(よつば)とそっくりだ。

 

 本当に世話の焼ける姉妹だ。

 

 

           * * *

 

 

 一日の授業を終た放課後、俺達は、武田(たけだ)のスマホのナビを頼りに、近くのバスケットコートへ向かって歩いていた。

 

「それで、どうだった? メンバー探しの方は」

「全滅だよ。サッカー部の連中に声かけてみたけど、試験前はキツいってさ」

「そっか。僕の方も、似たような返答だったよ」

「やっぱり、この時期に助っ人は無理があるよな......」

 

 空を仰いで吐き出した息は白く、季節は確実に冬へ移り変わっていた。今年も残すところ、あと半月あまり。悔いが残らない様に、キレイに終わらせたいところだけど――。

 

「女子バスケットボール部の部長には?」

「昼に事情を話した。どのみちテスト前だから、粘って時間を稼いでみるってさ」

「そう。あ、ナビが終わった。この近くようだよ」

「アレじゃない?」

 

 春原(すのはら)が指を差した先の公園内に、バスケットゴールが設置されていた。運が良いことに、先客の姿もない。さっそく、荷物をベンチに置いて、動きやすいように準備を済ませる。

 

「ほい、ボール」

 

 放られたバスケットボールを受け取り、コートで軽く弾ませる。

 最後に触ったのは、もう二年も前こと。懐かしい感触が手のひらに伝わって来る。

 感覚を確かめながら弾ませていると、後ろから伸ばされた手に、ボールが弾き飛ばされた。

 

「へへっ、来いよ!」

 

 ボールを奪い取った春原(すのはら)は後ろへ回り込んで、あからさまに挑発して来た。実に、腹の立つニヤけ顔だ。

 

「まあ、ブランクあるし。手抜いてあげるからさっ」

「......後悔すんなよ」

「盛り上がってるけど、準備運動した方がいいと思うよ。今、ケガをしてしまったら支払い確定だよ」

「......ストレッチしてからにしよっか?」

「だな」

 

 忠告を聞き入れ、しっかり体をほぐしてから、ゴールを背に改めて対峙。攻守に分かれて、1on1。

 ドリブルで突っ込んで来た春原(すのはら)の動きは、想像以上に速いし、キレもある。伊達に毎日、部活をやっている訳ではないらしい。だけど――。

 

「おおっ!?」

「甘ぇよ」

 

 動き自体は、直線的で単調。体育を真面目に受けておいたおかげで、対応も出来る。

 

「へぇ、やるじゃん。僕のクイックネスに付いてくるなんてさ。これで、どうよっ!」

 

 体の後ろで弾ませたボールを、持ち手から逆手側へ弾いた。

 ――バックチェンジ。

 

「って、お前なぁ」

「あ、あれ? サッカーだと上手く行くんだけどな、アハハ」

 

 背後でバウンドさせたボールを収めきれず、あらぬ方向へと転がっていく。

 

「せめて、フロントチェンジをノールックで出来るようにならないと、バックチェンジは無理だぞ」

「だって、後ろの方がカッコいいじゃん」

「格好の良し悪しで決めるなよ」

 

 ひとつ息を吐いて、転がったボールを拾いに行く。

 すると――。

 

「オイ、コラ。お前ら、誰の許可貰ってやってんだコラ」

「あん?」

 

 茶髪でオールバックの男が、いきなり因縁を付けてきた。

 しかもそいつは、旭高校(うち)の制服をだらしなく着崩している。

 

「今時いるんだねぇ。あんなゴテゴテのヤンキー」

「ん? おや、彼は......」

 

 茶髪が、足下のボールを拾い上げた。

 

「おい、返せよ」

「誰が返すかコラ」

 

 意味不明な絡みだ。まったく、時間が惜しいってのに。

 

「フン、返して欲しけりゃ取って――はっ!?」

 

 言い終わる前に素早く踏み込み、左手でスティール。ボールを弾き飛ばし、奪い取る。

 

「拾ってくれてサンキューな。じゃあな」

「ちょ待てよ!」

「何だよ? 暇じゃないんだ。ケンカ売るなら別のヤツにしてくれ。アイツとか」

「僕を指名しないでいただけませんか!」

「......まぁ、ちょうどいい。お前にも、話しがあったんだ」

 

 ズボンに両手を突っ込んで、これでもかとオラつきながら、春原(すのはら)へ近づいていく。

 

「おいコラ」

「やっぱり、そうだ」

「げっ! 何で、お前がいんだよ......」

 

 武田(たけだ)の姿を見て、茶髪の表情が変わった。

 どうやら二人は、多少面識があるらしい。

 

「知り合いか?」

「僕の、クラスメイトだよ。横の席の......横田君」

前田(まえだ)だよ! お前、わざと間違えてるだろ」

「あ、ごめん。そう、前田(まえだ)君だったね」

 

 一瞬で、不穏な空気を変えた。

 林間学校の時と同じだ、主導権を握るのが上手い。

 

「で、何の用だよ? まさか、本気でケンカを売りに来たわけじゃないよな。付き合ってやる暇はないぞ」

「そりゃ返答次第だな......!」

「待っておくれよ。話しは、僕が代わりに聞く。二人は、練習を続けて」

「何でお前が、しゃしゃり出てくんだよっ。俺は、アイツらに話しが――」

「まあまあ、暖かい飲み物でも飲みながら話そう」

 

 武田(たけだ)にペースを握られた前田(まえだ)は、渋々、近くのベンチへ引き下がって行った。

 

「何だったんだろうね?」

「さーな。とりあえず、続けるか」

 

 攻守を交代して、練習再開。

 運動能力の高い春原(すのはら)を相手に、1on1を続けるうちに、徐々に当時の勘が戻ってきた。これなら、ある程度やれるかも知れない。

 

「ちょっといいかな?」

「何だ?」

 

 武田(たけだ)に声をかけられ、いったん休憩。

 水分補給をしつつ、話しを聞く。聞かされた話は、思いもよらないことだった。

 

「はあー? 助っ人? このヤンキーが?」

「何だ? 文句あんのかコラ」

「いや、別にないけどさ。探してたし」

「動けるのか?」

「その辺りは、問題ないと思うよ。クラスの中では、運動神経いい方だからね。彼は」

「おい。言っとくけどな、お前らのためじゃねーからな。勘違いすんじゃねーぞ!」

 

 ツンデレってヤツなのだろうか。

 

「今、僕の中で、ツンデレは美少女ってイメージが崩壊したよ......」

「あっそ」

 

 どうであれ、キャラが濃いヤツなのは間違いなさそうだ。

 

「じゃあ誰のためだよ?」

 

 春原(すのはら)に突っ込んで聞かれた前田(まえだ)は、やや言いづらそうに顔を背けて答えた。

 

「そ、それは、いち......中野(なかの)さんのためだ」

中野(なかの)? 四葉(よつば)ちゃんのこと?」

「違う。い、一花(いちか)さんだ......」

「ふーん、一花(いちか)ちゃんのためねぇ、なるほどねぇ~」

 

 なるほど、そう言うことか。

 協力を申し出てくれた理由も、因縁をつけて来た理由も、とても分かりやすかった。朝、一花(いちか)と話していたところを見られていたようだ。

 

「おい金髪! 馴れ馴れしく中野(なかの)さんを下の名前でちゃん付けで呼んでんじゃねぇよ、羨ましいだろコラ!」

「声に出てるぞ」

「あはは、まあ、そう言う理由だから。ともあれ、これでメンバーは揃った訳だね。ちょうど日も暮れて来たことだし、今日は、ここまでにしよう」

 

 武田(たけだ)の提案に頷き、今日の練習は終了。

 近くのファミレスで勉強を見てもらい、各々帰宅の途についた。

 

 

           * * *

 

 

「どうだ?」

「プレーは繊細だな。厳つい顔の割に」

「ケンカ売ってんのかコラ!?」

 

 三人で練習を始めて数日、前田(まえだ)の力量も掴めてきた。練習参加初日に、ケンカに明け暮れていたと豪語していただけあって、基本的な運動能力は高いし、スタミナもある。想定外の拾いものだ。

 

「みんな、ちょっといいかな?」

 

 武田(たけだ)が座る、ベンチへ移動。

 

「試合は、いよいよ明日だね。そこで、作戦を立てておこうと思うんだ」

「だな」

「作戦って言っても。岡崎(おかざき)がゲームを作って、僕と前田(まえだ)で点を取るだけだろ?」

「それだ。お前、抜群に上手いクセに、何でシュート打たねぇーんだよ?」

 

 事情を知っている春原(すのはら)が、気を使った。

 

「別にいいじゃん。そんなの」

「いや、話しておいた方がいい」

岡崎(おかざき)......」

「いいんだ。俺は――」

 

 利き腕が、肩から上にあがらない。

 

「中学ん時に、右肩やっちまって。そんな訳で、左のレイアップくらいしか出来ないんだよ」

「マジかよ、おい......」

「ケガのことは知っていたけど。それ程の故障を抱えた状態、あれだけの動きを......」

「それより、作戦だろ? 武田(たけだ)

「あ、うん。そうだったね」

 

 武田(たけだ)は、ノートを広げた。

 

「勝算は十分あるよ」

「おっ、マジ?」

「例に漏れず、バスケ部も今は、テスト前で練習時間が短くなっているからね。それに、まず本気では来ない」

「どう言うことだ?」

「たいしたデメリットがないからだよ。相手にとってこの試合は、テスト勉強の気晴らしのようなもの。勝てば、ご飯を奢って貰えるけど。負けても特に何もないからね」

 

 言われてみれば、その通りだ。

 ただの遊びで本気じゃなかった、と言い訳が立つ試合なら面子は潰れない。

 

「そこで重要なことは、相手に危機感を植え付けること」

「具体的には?」

「試合開始直後に、強烈なインパクトを与える」

「その気じゃないなら、その気にさせればいいってことか」

「その通りだよ。ただ、普通のプレーじゃダメだけどね」

「ダンクとか?」

「いや、無理だろ。ちょっと試したいことがあるんだ、相手してくれ」

 

 春原(すのはら)前田(まえだ)に、ディフェンスに着いてもらう。

 

「行くぞ?」

「かかって来い――って、速ぇ!?」

 

 前田(まえだ)をかわし、左から回り込んでゴールを狙う。立ち塞がった春原(すのはら)を、フロントチェンジで体勢を入れ替え、引きつけたままジャンプ、ボールを持った右腕をリングへ伸ばす。

 

「右!?」

 

 戸惑いながらもシュートブロックに飛んだ春原(すのはら)を後目に、ボールは、赤いフープを潜った。

 

「ふぅ、どうだった?」

「......何で、反対側で着地してんだよ? 訳分かんないっての!」

「普通のレイアップだけじゃキツいと思ってな。まあ、あんま自信ないけど」

「今、空中で動いたよな?」

「よく分からないけど。とりあえず、今のシュートならインパクトを与えるには十分だよ。でも、自信がないのなら保険はかけておきたいね」

「それは僕に任せといてくれよ。良い考えがあるからさ!」

 

 何故だろうか、嫌な予感しかしないのは――。

 そして、試合当日の放課後。その予感は的中することになった。

 

「おい、何だよ......これ?」

「いやー、思った以上に盛況だねぇ~」

 

 放課後の体育館には、そこそこな数のギャラリーが集まっていた。

 

「宣伝して回った甲斐があったよ。これなら、向こうも本気でやるしかないだろ?」

「確かに、な」

 

 大敗したらシャレにならなくなった。双方どちらにとっても。

 その証拠に、相手のスターティングメンバーが代わった。アップをしていた下級生から、ベンチでくつろいでいたレギュラーがコートに出てきた。

 

「引きずり出せたね、スタメン連中を。じゃあ、速攻、先手必勝で決めようぜ」

「ああ」

 

 女バスの部長が審判を務め、俺達の攻撃で試合開始。

 相手にボールを出し、返ってきたボールを受け取り、速攻を仕掛ける。

 

「速い!?」

春原(すのはら)!」

「ナイスパス! 岡崎(おかざき)!」

 

 リターンパスを受け、ドリブルで一気にゴール下まで攻め込む。そして、立ち塞がったディフェンスを練習の時と同様に、フロントチェンジで左右に揺さぶり、リングへ向かって勢いよくジャンプ。ブロックに飛んだ相手の背後へ回り込み、ボールを持ち替えた左手でシュート。

 リングに跳ねたボールは、そのままフープを潜った。

 

「よっしゃ、決まった!」

「ダブルクラッチリバース! ナイス岡崎(おかざき)!」

 

 二人とタッチした、拳を軽く握る。

 作戦通り、試合直後の速攻からの奇襲に成功。

 今のプレーで、相手の目の色が変わった。

 ――勝負は、ここからだ。

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