週明け、期末試験当日の昼休みのこと。
教室内は、試験のまっただ中とはとても思えないほど騒がしかった。騒ぎの中心に居るのは、金髪のお調子者。バスケ部との試合の動画が流れ、校内で話題になっているとかで周りからちやほやされ、より一層調子に乗って絶好調で、さながら武勇伝のように語り、悦に浸っている。
そんな訳で、面倒に巻き込まれる前に退散を決めた。
購買で買ったパンと飲み物を持って、人気のない中庭のベンチに腰を落ち着け一人、静かに飲み物を口に運んで、午前の試験を振り返る。
でもまあ、そんなことよりも一番気がかりだった
あの試合も、無意味じゃなかった。
「――ねぇ、ちょっと、ねぇってばっ」
突然、目の前を暗くした影に顔を上げる。
声をかけて来た女子は、俺の知る彼女よりもずっと後ろ髪が短かくなっていた。
「ん? あれ? お前......
「そうよ」
見た目
そして、彼女と一緒に居た
「私も、居ますけど」
「分かってるって。ただ、ちょっと驚いたから」
「私も、驚きました。突然、短くしたものですから」
「まぁ、ちょっとね」
「そっか。短いのも似合うな」
「どうも。それより、この動画見たわよ」
例の試合映像が映し出されていた。映像は、攻撃側の背中側が遠目に映っている。角度的に、入り口付近のギャラリーが撮った代物のようだ。ブレはあるものの、まるでテレビのスポーツ中継のようにキレイだった。
「よく分かったな」
「こんな目立つ金髪なんて、キミたちしかいないじゃない」
「ああー......そりゃそうだな。スマホって、スゲーのな」
「たぶん、画質に特化した機種よ」
ひとえにスマホと言っても、いろいろあるらしい。
しかし、よくよく考えると恐ろしい。知らない間に撮られていた上に、不特定多数に拡散されるって。
「うっ、正直、この場面は見たくありません......」
ちょうど、肘が額に入った場面が映った。その不測の出来事に、場内が騒然としている。
「ところで何で、こんな寒空の下一人で寂しくお昼してるのよ?」
「教室は、騒がしいからだ」
学食も話し声とか、食器の音とか、同じ理由で気が散る。
ついでに、頭にも響く。
「そう。で、大丈夫なの?」
「そ、そうですっ。保健室に担ぎ込まれて、意識不明のまま、病院に入院していたと聞きました」
「大袈裟だな。こうして今、ここに居る。それが答えにならないか?」
「それこそ、気を遣わせないように無理しているのではないですか?」
「さっきも呼びかけに、しばらく反応しなかったわね」
「ちょっと考えごとしてたんだよ。次は、苦手な英語があるから。それに、お前たちに父親から、退院のお墨付きを貰ったんだ」
父親のことを持ち出したところ、空気が微妙に重くなった気がした。思春期ってやつだろうか。親子の問題だから突っ込んで聞くようなことでもないし、俺なら聞かれたくない。
「うっわっ! めっちゃ青黒くなってるわ」
「すごく痛々しいですね。触ってもいいですか?」
「やめてくれ......」
何の嫌がらせだ、まったく。
前髪をかき上げ、改めてしっかり患部を覆い隠す。
「それで?」
「別に。偶然、廊下から姿が見えたから来ただけよ」
「と言うのは、建前です。女子バスケットボール部の話しは解決したと連休前に、
「関係ねーよ。ただ、試験勉強の息抜きに体動かしただけだ。ケガは、不慮の事故」
「......本当ですか?」
「まぁ、いいじゃない。そう言うことにしておいてあげましょ。損できるのは、いい男の役回りだもんねっ」
可笑しそうにくすっと小さく笑った
「何の話しですか?」
「知らなーい」
「えっ、どうしてですか? 教えてくださいよ」
「内緒よ、ないしょ。それより、早くしないとお昼休み終わっちゃうわよ」
急かされて、ベンチを立つ。
「ねぇ。映画、いつ見にいく?」
「そうですね。どちらも今週末の公開ですから――」
廊下を教室へ向かって歩いている途中、ふと思い出した。
昼飯を、食べ損ねたことを。
* * *
期末試験の終了を告げるチャイムが、校舎中に鳴り響いた。
ペンを置くように言った教師は、集めた解答用紙を持って、教室を出て行く。それを合図にしたように、
「よし、終わったっ!」
「長かったな......」
本当に、いろいろな意味で。
そして、連絡事項だけの短いホームルームが終わる。
「どうする? ぱーっと遊びにでも行く?」
「とりあえず、飯。昼食い損ねた」
糖分が足りない。今にも、ぶっ倒れそうだ。
包装紙をかっさばいて、パンをほおばる。
「お疲れさまでしたー」
「おっ、
「お疲れ――」
言い切る前に
「この度は、多大なるご迷惑をおかけいたしまして......」
「何の話しだ?」
「バスケ部の話しです。部長さんから、お聞きしました。正確には、問いただしたですけど......」
「なんだ、バレバレだった訳だね。目立たないように、湿布しないで来た意味なかったね」
「さらっと言うなよ」
「アハハッ、カッコつかないねぇ。ほい」
バッグの中をまさぐり、放り投げられた湿布箱を、パンを持っていない方の手でキャッチ。
「あっ、私が、お貼りします」
「別に――」
「いえ、やらせてください!」
絶対に引きそうにない。これで気が済むならいいか。箱を渡して、前髪を上げる。
「わっ!」
「おお~、なかなかエグいねぇ。昨日より、ドス黒くなってない?」
「お前の、無謀なプレーが原因だからな?」
「はい。貼れました」
手を放す。湿布のニオイが鼻についた。
食べ終わってからにすればよかった、と若干後悔。
何はともあれ、これで――。
「貸し借りなしな」
「えっと......」
「気付いてただろ? コレ」
左手で、右肩に触れる。
「あ、あはは......」
「優しいねぇ、
「気を遣いすぎだけどな。けど、そのお陰で助かった。ありがとな」
「いえ、こちらこそ。ありがとうございました!」
そう言って、もう一度丁寧に頭を下げたあと、顔を上げた
* * *
近所のスーパーで、夕食の買い物を済ませて、帰宅。
「ヤッホー! 久々の焼き肉だ、早く食おうぜっ!」
「まだ四時前だぞ?」
「
「あ、タレ買い忘れた」
買い物袋の中には、値引きシールが貼られた肉のパックと野菜だけ。焼き肉のタレどころか、塩コショウなどの調味料、ついでに米も買い忘れた。
「どうした、食べないのか? 素材の味を楽しめるぞ」
「味のない焼き肉なんて、焼き肉じゃない! 空腹で、もう一歩も歩けない......」
「最高のスパイスじゃなかったのか? 買ってきてやるから、大人しく待ってろ」
財布を持って、家を出る。
近所のスーパーで、買い忘れた焼き肉のタレとライスを買い求める。夕食には、まだ早い。少し遠回りをして時間を潰すことにした。
通い慣れた商店街へ足を運ぶと、何やら、自治会の人たちが集まって作業をしていた。邪魔にならないように、横を通る。
「そっか......」
イルミネーションの準備。よく見ると、商店街の至る所で、クリスマスへ向けた準備が着々と進められていた。
そういえば、バイト先のパン屋も特別メニューを出すとか言っていた気がする。
ちょうど、そのバイト先のパン屋の前を通りかかった時、思わぬ人物と遭遇した。
「
「あ、ああ......
パン屋の向かいの店から、
「バイト? あのケーキ屋で?」
「ああ。今、面接を受けてきた。忙しい時期だから、すんなり決まりそうだ」
「家庭教師と掛け持ちか。ご苦労さん」
「まーな......。そもそも、家庭教師は週末だけで。平日は、元々時間があったんだ」
「ふーん。ってことは、客の奪い合いになるな」
「そうか、そうなるんだな」
「悪いな」
「おい、潰すことを前提で話さないでくれ。今、
眉間に手を添え、小さくタメ息をついた。
「それで? 捌け口くらいにはなってやるぞ。まあ、無理には聞かねーけど」
――場所移すか、と
訪れた場所は、パン屋のバイトが決まった日に訪れた公園。
その中でも一番大きな出来事が、
「正直、力のなさを思い知らされた」
「解決したじゃないか」
「あいつらの力でな。バスケ部の方は、お前たちだ。それ以前に、問題を起こしちゃいけなかったんだ。あいつたちの心の内を掬い取ることを、俺には出来なかった」
「そうかよ」
軽く反動をつけて、柵から立ち上がる。
「どうした?」
「帰るんだよ。日も暮れたし。捌け口にはなるって言ったけど、相談に乗るとは言ってないぞ」
「......そうだったな」
「安心しろ。俺は、口は堅い。他言はしないからさ」
「そうしてくれると助かる。けど、意外だった」
「何が?」
「軽蔑されると思った」
「悩んで出した結論だろ? 当事者じゃない他人の言葉なんかで揺れるような生半可な決意なのか?」
「それはない」
迷わず、はっきりと答えた。
「だったら、それこそ無駄じゃないか」
「それもそうだな」
立ち話をしている俺達の間を、冷たい風が吹き抜ける。
「さむっ」
「その湿布......」
「これか? 試合中のアクシデント。言っておくけど、
「分かった。気にしない」
「さてと、じゃあ帰るか。マジで風邪引く」
「知ってるか? 人って生涯で100種類以上の風邪にかかるんだぞ」
「なんだ? お前も、トリビアか。流行ってるのか?」
帰り道を話しながら歩いていると、唐突に疑問が浮かんだ。
それは――今回の件で、学校側から何ひとつお咎めを受けなかったこと。
何か、特別な理由がある。そんな気がしてならなかった。