田園の中を走る単線列車、寂れた田舎駅、一面黄色の菜の花畑、遠くに見える雄大な山々。
そして、どこまでも遠くまで広がる、夕焼け空の岬。
いつ見た景色だろう。
思い出そうとしても、上手く思い出せない。
ただ確かに、記憶の片隅に残っている。
誰かに手を引かれ、一緒に歩いていたことだけは――。
* * *
「注文いい?」
作業をしていたところへ声をかけられた。エプロンのポケットからメモ帳を取り出し、注文を伺いに行く。テーブル席に座る二人組、
「お待たせ。どうぞ」
「いつものを、ホットで」
「えっ? いつものって何?」
「抹茶ソーダの、ホットな」
「通じたっ! それに今のやり取り、まるで常連のお客さんみたいだよ?」
「ダメ元で注文してみたら出てきたんだ。店内で飲める貴重なお店だからときどき通ってる」
「因みにホットには、アタリとハズレがある。
「えーと、ちょっと色んな意味で混乱しちゃってるんだけど。今回は、遠慮しておこうかな」
「そう」
表情にはあまり出ていないが、少し残念そうだ。
「
「あ、うん、じゃあ――」
承った注文の品を用意して、二人のテーブルへ運ぶ。
「ホントにあるんだね。お姉さん、ビックリだよ」
「今日のは......うん、アタリ」
「アタリ・ハズレの定義とは?」
真顔で疑問を投げかける、
俺も最初は、彼女と同じリアクションだった。
以前、
「商品補充のタイミングで温度が違うそうだ。冷たいのは、氷でいけるんだけどな」
「ああ~、それで判定してるんだね」
「前の時は、ちょっとぬるかった。けど今日のは、いい感じ。炭酸も飛んでない」
今度は、とても満足そうだ。どうやら大当たりだったらしい。そんな
「けど、珍しい組み合わせだな」
「ん? そうでもないよ。ショッピングとか、二人で行くし。この間も、
「でも
「あはは、そうかもね」
例の、
それにしても、この二人の様子......
どちらにしても、これは、俺が話していいことじゃない。
それだけは、間違いないんだ。
「どうしたの?」
「これは、あれだね。美少女の会話が気になって仕方ないんだよ」
「いや、特に気にならないけど。てか、何の話してたんだ?」
今、
「新しい下着を一緒に選んでもらおうって話してたんだよっ」
「い、
「こんなところで話すなよ、時と場合を考えてくれ。ついでに答えは、ノーな」
「あ、本当に聞いてなかったんだ」
「ここまで無関心だと、お姉さん、傷つくよ......?」
本当に、何の話しをしていたんだろうか。
手を動かしながら、二人の話しに耳をかたむける。話しの内容は、陸上部のことだった。今度の日曜日に、駅伝の大会があって、陸上部の助っ人として参加する、
「絶対寒いよねー」
「
「あ、それいいね。ちょうど、走るコースからも近いし。席の予約ってできるかな?」
「居酒屋じゃないんだけど。まあ、聞いてみる。店長」
レジについている店長に尋ねると、すぐに返事が返ってきた。
「できますよー。三日後の日曜日、取り置きしておきますね」
「だってさ」
「やっぱり、融通の利くお店。私の中では、五つ星。でも私たちは五分の一人前だから、一つ星評価」
「何の嫌がらせだ。融通の利く店を、自らの手で潰しにかかるなよ」
「あっははっ、じゃあ私も、星ひとつにしておくねっ」
「やめてくれ......」
その後話題は、明日返却日を迎える期末試験の話しに変わった。二人とも、若干緊張感のある面持ちをしている。
「いよいよ明日だね。手応えは、どう?」
「英語は、ちょっと自信ない。
「私は、国語かな? 理系は大丈夫だと思う」
二人の視線が同じタイミングで、空いた食器を片付けていた俺に向けられた。
「何だよ?」
「どうなのかなーって思っただけだよ」
「うん」
「......まぁ、理系以外はボーダーラインギリギリくらいだと思う」
特に、英語と社会には不安が残る。元々苦手な文系の科目な上に、空腹も相まって、何度か集中力が切れかかった。
「じゃあ、みんな一緒に補習かな?」
「また、フータローにしこたま怒られそう」
「きっと、スパルタで暗記させられるねっ。う~ん!」
椅子に座ったまま
「さて、そろそろ帰ろっか?」
「あ、待って。お土産に買っていく」
「手伝うよ」
席を立った二人がトレイとトングを持ってパンを選んでいる間に、テーブルを片付けて、奥の厨房へ入る。流しに食器を置いて、掛け時計を見る。バイト終わりの時間が近づいていた。
「すみませーん」
店の方から、
急いで戻って、レジを打ち、パンを入れた紙袋を手渡す。
「ありがとうございました」
「ごちそうさま」
「ごちそうさまー」
「ああ~、そうだ。三分後に出ると、ちょっとしたサプライズに立ち会えるぞ」
「サプライズ?」
「それはつまり、一緒に帰ろうとナンパしてるんだねっ!」
「三分じゃ帰り支度なんてできねーよ。店長、お先に失礼します」
「はーい、ご苦労さま。またよろしくね」
奥に下がって洗い物をしていると「わぁ!」と、弾んだ声が表から聞こえた。手を止めて、窓の外へ目を向ける。
定刻通り点灯された、青と白を基調とした鮮やかなイルミネーションで彩られた町の通りを、仲良く歩幅を合わせて歩いている姉妹の姿が目に映った。
これで、もし雪が降っていたらスノードームみたいだなと、ガラでもないことを思ってしまうほど、二人の姿は絵になっていた。
* * *
翌日、放課後のホームルーム後に、期末試験の結果発表。
出席番号順に結果が記された紙を受け取り、席へ戻る。受け取った紙に書かれた結果を若干緊張しながら確認。裏にして机に伏せ置き、深くゆっくり息を吐いて天井を仰いだ。
「どうだったよ? 見せてくれよ」
「あ、おい――」
結果を受け止めていたところを
「おっ、四科目もクリアしてるじゃん。数学は60点近いし、理系の方が得意ってのはマジだったんだね。んで、唯一落とした科目は......英語か。文系は、お互い鬼門だねぇ」
「合計点数でならクリアしてるんだけどな」
兎にも角にも、これで崖っぷちに追い込まれた。
退学宣告回避のチャンスは、あと一回。来年の年度末試験が、本当に最後の勝負。
「あと一回じゃない、まだ一回あるんだ! ほら、そう考えれば気持ちも楽になっただろ?」
「ああ、そうだな。今回は、そのポジティブさを素直に見習わせてもらう」
しかし、
「既に自分が、崖の下に落ちているということに......!」
「......まる聞こえなんすけど。言っておくけどな、僕も、二科目クリアしたんだぜ」
「マジかよ?」
「中間試験オール7のジャックポットから大躍進だな」
「フッ、僕をナメてもらったら困るね。本気になれば、こんなものさ!」
「わぁー、お二人ともスゴいですね!」
担任から試験結果の紙を受け取った
「
「今回は、国語と社会の二科目でした」
それでも、全科目で中間の点数を上回っている。部活との両立していたという点を考慮すれば、試験勉強に時間を割けた俺よりも、二人の方が伸びしろは高いのかも知れない。
「また仲良く補習だねぇ」
「あはは、よろしくお願いしまーす。では私は、お先に失礼しますっ」
笑顔で敬礼した
「さて、俺たちも行くか」
「どこへ?」
「図書室。
「ああ~、そんなこと言ってたね」
「ハァ、さっさと行くぞ」
バッグを肩に担いで、図書室へ向かう。
「二人とも、僕の予想以上の結果だよ」
いつも通りの爽やかな笑顔の上に、満足感も加わっている。
「
「少し集中力が切れた」
「ケガの影響かな?」
「それはない」
「うん。そうだね」
こう言うところは、しっかり空気を読むヤツだ。
だから、教えてもらっている時も素直に受けられる。
「お前は、どうだった? 俺達の面倒とか、バスケの練習にも付き合わせちまったし」
「残念ながら。今回も、二位に終わったよ」
結果を見せてもらう。記されていた数字は、正に雲の上。
満点が、三科目。残り二科目も90点台半ばをたたき出していた。
「これで、二位なのかよ。ってことは一位は、
「また全部満点なのー?」
「お察しの通りだよ」
「アハハ、バケモノだね」
「もう、満点取るしかないってことか。俺達の勉強見てなかったら、チャンスあったんじゃないのか?」
「そんなことはないさ。教える側に立ってから問題点を見るようになって、僕自身のケアレスミスが減った自覚があるからね。その証拠に、中間試験よりも成績が上がったから、ね!」
爽やかにウインクした笑顔が一転、どこか儚げな顔に変わった。
「......付き合いは短いけど。僕は、キミたちのことを本当に友達だと思っているよ」
「はぁ? 何だよ急に、マジなトーンで」
「何かあったのか? 親父さんと――」
前は飲み込んだ言葉を口に出す。
「......今は、話せないんだ。でも、いつの日か話せる時が来たら必ず話すよ」
「そっか。じゃあ何か食いにでも行くか? 勉強教えてくれた礼も兼ねて」
「おっ、いいねぇ!」
「
「そう言えば、そうだったな。どこ行く?」
「焼き肉!」
「最近、食ったばかりだろ。年越せなくなるぞ」
「えぇ~、なら、
「パン屋だったね。僕も異論はないよ」
「まっ、いいけど。そのままシフトに入るからな?」
図書室を出て、話しをしながら廊下を歩く。
でもそれは、俺達に関わりのあることだと、なんとなくは分かる。
だから、待とうと思う。
必ず話すと言った、友達の言葉を信じて。