~辿り着く場所~   作:ナナシの新人

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Episode14

「はよ~......」

 

 休日だというのに、春原(すのはら)が普段よりも早い時間に起きた。

 

「本当に早いな」

「......騒々しくて目が覚めたっての。お前、何してたんだよ?」

 

 コタツに入った春原(すのはら)が、恨み節を言いながら批難の目を向けてきた。

 

「俺じゃない。表で何かやってるみたいだ。業者らしき車が停まってるし、水道かガスの工事かもな」

「マジっすか、こっちはまだ眠いってのに。重機でコンクリ削られた日にはシャレになんないよ。よーし、ここは眠気覚ましに一曲聞きますか!」

 

 部屋の隅で埃を被っていたラジカセを持って、コタツに戻ってきた。引っ越し初日に話したことを忘れたのだろうか。しかし春原(すのはら)は、得意気な顔で笑みを浮かべた。

 

岡崎(おかざき)、電気代の心配は必要ないのさ」

「どう言う意味だよ?」

「どうして、もっと早く気がつかなかったのかな......。このラジカセは、乾電池でも動くってことにね!」

 

 春原(すのはら)のラジカセへの思い入れは、もはや執念の領域まで達していた。

 思わず言葉を失っていたが。お構いなしに再生ボタンは押され、使い古された年代物の黒いラジカセのスピーカーから、一昔前のヒップホップ歌謡曲が流れる。

 テレビすらないこの部屋は、どうやら時代が20世紀末で止まっていたみたいだ。

 

「やっぱ最高だねっ!」

「......もう少し音を絞れよ。隣からクレーム来るぞ」

「隣空き部屋じゃん?」

「ひと部屋はな。もう片方は、俺達より前に入居者が居るだろ。じゃあ俺は、バイトと病院に行ってくる。洗濯物頼むぞ」

「はいよー、いってらっさーい。さーて僕は、久しぶりにボンバヘッを堪能させてもらうことにするよっ。アハハッ!」

 

 朝っぱらハイテンションになった春原(すのはら)を部屋に残し、防寒対策をして表へ出る。途端に、肌を刺すような冷たい北風が吹き抜ける。寒空には、今にも落ちてきそうなどんよりとした灰色の雲が覆っていた。

 

「傘、持ってった方がいいかな......まぁ、いいか」

 

 バイト先は遠い距離じゃないし、病院へはバスで直通。少しくらいの降雨・降雪なら、フードを被れば大丈夫だろう。

 階段を半分ほど下ったところで、下から上がって来た、品良くスーツを着こなす初老の男性と目が合った。

 左側へ避けると、老人はどこか嬉しそうに微笑んだ。

 

「お心遣い。どうもありがとう」

「あ、いえ」

「こちらに、お住まいの方ですかな?」

「はぁ、そうっすけど」

「それはそれは。実は、近くここへ越してくることになっておりましてな。また、改めてご挨拶にお伺い立てたいのですが。ご都合のほどは?」

 

 表に停まっていた車は、引っ越しの関連業者か。

 今なら、春原(すのはら)が居るけど。引っ越しの挨拶なら、落ち着いてからになるだろう。ランドリーへ行っている間に、入れ違いになるかも知れない。

 

「昼過ぎなら、基本的に家に居ますけど」

「そうでしたか。では、その頃にお伺いさせていただきたいと思います。お引き留めして申し訳ない」

「いえ。じゃあ俺は、これで――」

 

 老人に別れを告げ、バイト先のパン屋へと向かった。

 朝の仕出しを手伝い、開店から一時間の忙しい時間帯を過ぎ、病院で診察を受けて、昼前にアパートに帰宅。

 昼飯を食べながら朝の出来事を、春原(すのはら)に伝える。

 

「引っ越しぃ? それで、騒がしかったんだねぇ。納得したよ」

「昼過ぎに、改めて挨拶に来るってさ」

「なぁ、岡崎(おかざき)。その人は......美人なお姉さんだったか!?」

「いや、幸村(こうむら)のジイさんと同じくらいの年配の人だった」

「何だよ、ジイさんかよ。期待させるなよなぁ」

「期待させるようなことは、ひと言も言っていないからな」

 

 面白くなさ気に横になった春原(すのはら)は、近くに積まれていた雑誌を読み始めた。

 俺は、再び昼食を食べ進めながら、病院での出来事を思い返していた。

 

           * * *

 

「まだアザは残っているが、腫れは完全に引いたようだね。痛みはあるかい?」

「いえ、大丈夫です」

 

 無表情で頷いた医師......中野(なかの)姉妹の父親は、カルテにペンを走らせる。

 

「ところで、娘たちの様子はどうかな?」

「話さないんですか?」

「この通り忙しくて、なかなか顔を合わせて話せる機会を作れなくてね」

 

 土日も祝日も関係なく、毎日フル稼働している大病院の経営者。忙しくて当然と言えば、当たり前か。

 

四葉(よつば)君と同じクラスだったね。どうかな? 友人から見て、彼女は――」

「いつも元気です、ありあまるくらいに。お陰でクラスも明るいですし。まぁ、ちょっと無理している時もありますけど」

「そうか。気苦労をかけるね」

 

 無表情は変わらないけど、姉妹のことを気にかけていることは伝わって来る。だけど、それ以前に引っかかることがある。

 ――この人も、あの人と同じか......。

 

「どうかしたのかい? 痛みが出たかな」

「あ、いえ。ちょっと気になったって言うか」

「何がだい? 話してくれて構わないよ」

「......他人の家庭のことなんで、俺が言うようなことじゃないですけど。ろくなことないですよ、他人行儀な言葉使いは――家族なのに」

 

 俺は、そのことを身をもって知っている。

 本気でぶつかってくれたのなら、本気で怒ってくれたのなら、本気で心配してくれたのなら、どれだけ良かっただろうか......。

 

「確かに、他人に言われるような事柄ではないね」

 

 変わらない無表情だったが、迫力のある眼をしている。

 だけど、それ以上に、あの人の眼からは――。

 突然鳴った呼び鈴の音に、引き戻された。

 

「おっ、誰か来た」

「あ、ああ......」

 

 コタツの天板に置いてある、目覚まし時計を見ると、時刻は十三時を回ったところだった。どうやら、引っ越しの挨拶に来たらしい。

 

「はーい。今、居留守でーす」

「アホか」

 

 返事をしたら居留守を使う意味がないじゃないか、と心の中でツッコミを入れつつ、訪問者の応対へ向かう。

 玄関の近くにいくと、ドアの向こうから話し声が漏れ聞こえてきた。

 

『今、留守って聞こえた気がしたけど。出かけてるのかな?』

『返事があったんだから居るでしょ』

『留守じゃなくて、居留守じゃなかった? どうするの』

『取り込み中なのかもしれませんね、一度出直しましょうか?』

『う~ん、とりあえずもう一回押してみよ』

 

 気のせいだろうか。何だか、聞いたことのあるような声の気がした。それもごく最近、とても身近で。

 ドアスコープを覗く。特徴的な大きな緑色のリボンが風に揺れていた。

 

「どったの?」

「いや、なんでもねーよ」

 

 ロックを外して、ドアを開ける。

 冷たい外気と共に、目に飛び込んできたのは、とても驚いた表情(かお)をしている。中野(なかの)さんのお宅の、五つ子の姉妹たちだった。

 

           * * *

 

「どうしてこうなった......?」

 

 コタツには今、突然尋ねて来た中野(なかの)姉妹の次女の二乃(にの)と、五女の五月(いつき)が一緒に入っている。一花(いちか)三玖(みく)四葉(よつば)は、隣で引っ越しの真っ最中。

 

「......汚いわね。掃除なさいよ。この雑誌なんて去年のじゃない」

春原(すのはら)に言ってくれ。俺が使ってる部屋に続く動線は、ちゃんとしてある」

「本当ですね。不自然に片付いています」

「ついでにしてくれればいいのにね。二人も、そう思うでしょ?」

「自分でなさいよ」

「全くだ。それで、これは、どう言うことなんだ?」

 

 二乃(にの)の意見に賛同しつつ、改めて問いかける。

 

「さっき話した通りです。隣に引っ越して来たんです」

「なぁ、岡崎(おかざき)。僕、隣に越して来るのは、お年寄りって聞いてたんだけど?」

「俺も、そう思ってた」

 

 と言うより、実際に会って話した。

 俺が話しをしたあの初老の男性は、いったいなんだったのだろうか。寒すぎて、幻覚でも見ていたのだろうか。

 

岡崎(おかざき)君がお会いした方は、お父さ......父の秘書の方でして。今回の件で、私たちのワガママを聞いていただいたんです」

「未成年だと、賃貸契約とかいろいろ制限があるでしょ?」

「ふむふむ、つまりアレだ。要するに、壮大な家出ってことだよね」

 

 直球ずぎて身も蓋もないが、春原(すのはら)の指摘は、実に的を射ていた。

 

「うっ、別にいいでしょ!」

「で、ですが。やはり、同級生の男子と隣同士というのは、どうなのでしょうか......?」

「そんなこと言ったって敷金、礼金も入れちゃったし。今さら、どうしようもないでしょ」

「僕は、大歓迎だけどねっ!」

 

 下心満載の言葉に、二人の目が据わった。

 

「あんたたちが出て行けば解決するわ」

「そうですね。それが一番の解決策だと思います」

 

 理不尽にもほどがある解決策だった。

 春原(すのはら)が額を床につけて謝罪し、仕切り直し。

 

「まぁ、決まったことは仕方ないだろ。親御さんには、ちゃんと報告してあるのか?」

「家出なんだから、普通話さなくない?」

「警察沙汰になったら、さすがにヤバいだろ」

「......そうね。そこはちゃんとしておかないと、ワガママを聞いてくれた江端(えばた)さんに迷惑が掛かるわ」

「はい。事後報告のカタチになりますが、本引っ越しが済み次第報告しましょう。みんなにも伝えます」

 

 五月(いつき)は、スマホを操作。

 二乃(にの)は改めて、部屋の中を見回している。

 

一花(いちか)から聞いていたけど、本当にテレビもないのね。あるのは、コタツと小型の冷蔵庫だけ?」

「ラジカセがあるっての」

「今時、カセットテープって......」

「分かってないなぁ。アナログだからこその味があるんだよ。その耳で聴いてみろよ」

 

 春原(すのはら)が、ラジカセの再生ボタンを押す。今朝と同じ、一昔前のヒップホップ歌謡曲が流れた。

 

「ダサ、趣味悪いわ」

「ボンバへッをバカにするなよ! くそっ、毎日大音量でリピートしてやるからな!」

「騒音で訴えて強制退去にしてもらうわ。キミの部屋は?」

「別に、何もないぞ」

 

 寝具と、テーブルと、目覚まし時計くらいしかない。

 

二乃(にの)ちゃん、気をつけた方がいいよ。岡崎(おかざき)はむっつりだから、エロ本が隠されてるかも......!」

「それは、お前の布団の下だろ」

「なんで知ってるんだよ!? あっ......」

 

 二乃(にの)と、連絡を終えた五月(いつき)から、ケダモノを見るような冷たい視線が、春原(すのはら)へ向けられる。本当にあるのか。下の事情なんて知りたくもなかった、本気で気分が萎えた。

 

「ハァ、洗濯物取りにいったのか?」

「あ、やべっ」

「お前なぁ。ったく、取りに行くから番号教えろ」

「あ、いや、その......久しぶりにボンバへッを堪能してて持っていくの忘れてた。アハハ」

 

 二乃(にの)が気を利かせて、雑誌を渡してくれた。

 受け取った雑誌を丸めて、脳天を軽く引っぱたく。

 

「イテっ!」

「行ってくる。端数は、お前持ちな。ほら、ジャンプしろよ。まだ小銭残ってんだろ?」

「初っぱなからカツアゲ二回戦ですか!?」

「あはは......賑やかになりそうですね」

「はぁ、憂鬱だわ」

 

 脱衣場から洗濯物が入った大袋を担いで、部屋を出る。二乃(にの)は隣で引っ越しの手伝いに戻り、五月(いつき)はそのまま付いてきた。

 近所のコインランドリーの洗濯機に、洗濯ネットをふたつ放り込んで店を出る。

 

「洗濯はいつも、コインランドリーを使うのですか?」

「ああ、一週間分まとめてな。洗濯機を買うより安上がりで、乾燥もしてくれるし、突然のにわか雨の心配もしないで済む。ついでに待っている間に用事を済ませられる」

「なるほど、参考になります」

 

 仕上がりを待つ間に、いつもの商店街まで足を運んだ。

 

「ここまで来れば、学校までの道は分かるよな?」

「はい。ありがとうございました」

「じゃあ戻るか」

「――あっ!」

 

 踵を返した時、五月(いつき)が声を上げた。向き直す。

 人混みの中、年に一度子供たちにプレゼントを配る物好きな爺さんと同じ赤服を着た男子――上杉(うえすぎ)が、通行人にビラを配っていた。

 

「声、かけないのか?」

「......今は、やめておきます。ちゃんと準備を整えてから、みんなで真意を伺いにいきます」

「そっか。じゃあ行ってくる。その辺で待ってろ」

「えっ? ちょっ......」

 

 五月(いつき)を置いて、上杉(うえすぎ)の元へ向かう。

 

「ビラ、貰えるか?」

「あ、はい。どうぞ......って、お前か」

「なんだ? ずいぶんと無愛想な店員だな。クレーム入れるぞ」

 

 冗談で軽く悪態をつきつつ、ビラを受け取る。

 

「面接決まったんだな」

「ああ。まだこれくらいしか出来ないから薄給だけど」

「じゃあ、決まった祝いに貢献してやるよ」

「マジか!」

「一番安いのな」

「ケチ」

「男二人で、デカいホールケーキなんて食えてたまるか」

「それはそうだな。そのビラ持っていけば割引いてくれるから」

 

 上杉(うえすぎ)に別れを告げ、五月(いつき)の元へ戻り、受け取った広告を渡す。

 

「ほい、戦利品」

「これは......クリスマスケーキの広告ですね」

「その店でバイトが決まったそうだ。クリスマス当日までシフト入ってるってさ。一週間もあれば、少し落ち着くだろ」

「このために?」

「引っ越しの品のお返しとでも思ってくれ」

 

 こっちは、タダだけど。

 

「つか明日、駅伝大会の当日だろ? 四葉(よつば)は、大丈夫なのか?」

「体を動かしていないと逆に落ち着かないそうです」

「ふーん」

 

 話題を逸らし、テキトーに話しながら帰宅の途についた。

 翌日の駅伝大会は、四葉(よつば)の活躍もあり好成績を収めた。

 そして、迎えたクリスマスイヴは、昼過ぎから雪になった。

 

「ホワイトクリスマスってヤツだねぇ」

「ああ......」

 

 バイトから帰ってきた俺は、コタツに入って、冷えた体を温めてながら生返事を返した。テーブルの上には、スーパーで買ったチキンと、上杉(うえすぎ)のバイト先で買った小さめのケーキ。ツリーもない、形だけのクリスマス。

 

「寒いっての。窓閉めろよ」

「いいじゃん、風情あってさ。おい、サンタが居るぞ」

「はぁ?」

 

 コタツを出て、窓の外を見る。

 橋の上に見える六つの人影が街頭に照らされ、サンタの衣装を着た男子が、女子五人と一緒に歩いていた。

 

上杉(うえすぎ)だな」

「五つ子ちゃんたち、今日、仕掛けたんだね。お、立ち止まった」

「これ以上は、野暮だぞ」

「ここからが面白いところじゃん?」

「悪趣味なヤツだな」

 

 コタツに戻ろうとした時、大きな水音が聞こえた。

 

「マジかよ!? 川に落ちたぞ!」

「はあ!?」

 

 急いで、部屋を飛び出たのとほぼ時を同じくして再び水が跳ねた音を六つ捉えた瞬間、俺たちは考える間もなく駆け出していた。街灯の明かりだけが頼りの、白い雪が舞う冬の寒空。救助を要請する手段は待ち合わせていないことの無力さを痛感しながらも、見過ごす選択肢はほんの僅かも頭を過ることはなかった。それは、同じタイミングで駆け出した春原(すのはらも)同じ。一刻も早く救助に向かおうと数段飛ばしで階段を降りきった時、ふと笑い声が聞こえた。足を緩め、河原を見る。水しぶきの中、六つの影が見えた。

 

「何ごともなかったみたいだねぇ」

「取り越し苦労で済んでよかったな。戻るぞ」

「分かってるって。僕も、そこまで野暮じゃないっての。よーし、ケーキ食おうぜ。男同士で寂しくさ!」

「そうだな。コーヒー淹れるか」

 

 部屋に戻って、コタツに入ると呼び鈴が鳴った。

 ドアの向こうに立っていたのは、びしょ濡れのサンタクロース。

 

「悪い、服貸してくれ。風邪引きそうだ」

「知ってるか? 人って、生涯で100種類以上の風邪にかかるそうだぞ」

「ああ、知ってるさ。よーくな」

 

 今年のクリスマスは、びしょ濡れのサンタクロースに、風呂と服を貸してやるという異色のクリスマスになった。

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