~辿り着く場所~   作:ナナシの新人

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Episode15

 年の瀬、大晦日の前日の早朝。

 家を出るための準備を済ませた春原(すのはら)は、大きめの荷物を担いで、玄関のドアノブに手をかけた。

 

「じゃあ行ってくるよ」

「ああ、元気でな」

 

 開かれた玄関のドアが、ゆっくりと閉じられる。

 そして――。

 

「――って、来ないのかよ!?」

 

 閉じられたドアが勢いよく開き、春原(すのはら)が戻ってきた。

 

「別に、今生の別れって訳でもないだろ」

「いや、それはそうだけどさ。ほら、あるだろ? 遠距離になる恋人との別れを、駅のホームで惜しむみたいな感じのやつ?」

「誰と誰がだ......身の毛がよだつことを言うな。まぁ、改札までなら行ってやる。餞別に、飲み物でも奢ってくれよ」

「......それ、普通逆ですよね?」

 

 厚手の上着をはおり、駅の改札の前で改めて見送る。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。面倒だけどさ」

 

 春原(すのはら)は今日、この町を離れる。

 その理由は、つい先日のこと。春原(すのはら)宛てに一通の封書が届いた。送り主は、親御さん。転校してから一度も連絡を入れなかったことを心配して、顔見せと経緯の説明に帰ってこい、と実家のある東北までの切符が同封されていた。

 

「成績表とか、写真とか持っていくから納得すると思うけどさ。たぶん戻ってくるのは、早くて年明けになる」

「ゆっくりでいいぞ。たまには親孝行して来いよ」

「そんなツレないこと言ってさぁ、本当は寂しいんじゃないの? 僕のことが恋しくなったら、いつでも電話してくれていいからねっ。アハハッ!」

「布団の下の本、古紙回収に出していいか」

「......マジ勘弁してください」

 

 指先まで伸ばし、体を直角に折り曲げて、必死に懇願して来た。呆れ果てて、思わず大きなタメ息が漏れる。そもそも、連絡手段もない。

 

「アホやってると乗り遅れるぞ。ほら」

「おっ、サンキュー! じゃあな」

 

 放り投げた缶コーヒーを受け取った春原(すのはら)は、笑顔を覗かせて、改札を潜って行った。その後ろ姿が見えなくなるまで見送る、なんて律儀なことはせずに来た道を戻る。

 

「里帰り、ねぇ......」

 

 武田(たけだ)は、資産家の親父さんの付き添いで連日立食パーティーにかり出され、休まる暇がないと大変そうだった。当人は小遣いが目当てだと言っていたけど、前田(まえだ)も、両親の実家へ帰省する予定だと話していた。

 みんな、何かしらの予定が組まれている。

 

 それに比べて俺は、俺には――帰る場所も、帰る理由もない。

 

 年末年始は、バイト先のパン屋は休業。唯一予定と言えることは、病院への通院くらい。内出血の跡も消えつつあるのに、なぜか未だ、完治の診断をもらえないでいる。

 このまま病院へ行ってしまおうとも思ったが、診察までまだ時間がある。そんな訳で、朝飯を調達して、一度家に戻ることにした。

 その帰り道、何の因果か。お隣さんの中野(なかの)姉妹と偶然遭遇。出会った姉妹は、一花(いちか)四葉(よつば)の二人。二人は、朝早くから営業しているホームセンターで掃除用品を買ってきた帰りで、五月(いつき)は洗濯を、三玖(みく)は玄関前の掃き掃除、二乃(にの)は朝食の用意をしているとのことだった。

 

春原(すのはら)さんは、帰省されたんですね」

「ああ。しばらくの間、実家の方に滞在することになるらしい」

「へぇ、そうなんだね。だけど、駅まで見送りなんて仲良いね。もしかして、アレかな......」

 

 からかおうといたずらっ子のような笑顔になった一花(いちか)が言い切る前に、ぶった切る。

 

「それ以上言ってくれるな。せっかくの朝飯が台無しになる」

「ノリ悪いよ? もう少しノってくれてもいいと思うけどなぁ」

「誰が得をするのか教えてくれ。納得できる答えならノってやってもいい」

「私の笑顔が見られるよ」

「却下」

「わぉ、即答だね。自信あったんだけどなぁ」

「答えか? それとも、笑顔か?」

「両方だよ」

「笑顔だけにしておけ。もらって嫌な気分になるヤツは少ないだろ」

「あははっ! うん、そうしとくよっ」

 

 少し可笑しそうに笑う一花(いちか)と、首を傾げる四葉(よつば)

 

「えーと、何の話し?」

「笑顔の私たちが、大好きなんだって!」

「え......えぇ~っ? そ、そうだったんですかーっ!」

 

 結局、イジりの方向性が変わっただけだった。

 玄関の前に居た三玖(みく)を加えた三人と別れて、コタツで暖を取りながらの朝食。いびきやら、話し声、ダサい音楽を聴きながらの食事も今日は、お隣さんの物音が微かに聞こえるだけ。

 これほどまでに静かな食事は、本当に久しぶりだった。

 容器を片付け、コタツに戻って横になる。このまま目を閉じれば、気持ちよく寝られそうだ。惰眠むさぼろうと思ったところへ、眠りを妨げる呼び鈴が鳴った。

 

「誰だよ......」

 

 居留守を使おうと決意した直後、もう一度呼び鈴が鳴り、更には直接ノックまでされた。どうやら、なかなか根性のある相手のようだ。どちらが先に折れるかの根比べ、持久戦へ持ち込んでもよかったが。あまりにも生産性が低いため、さっさと追っ払った方が賢明と判断し、仕方なく応対へ向かう。

 

「新聞ならいらないぞ。テレビもないからな」

「ん? 何のことでしょーか?」

 

 訪問者は、お隣さんだった。

 目立つ緑色の大きなリボンが頭の上でそよいでいる。

 

四葉(よつば)か。どうした? 何か用事か」

「お掃除に来ました!」

「はぁ?」

「ふっふっふ、二乃(にの)から聞きましたよー。なかなかの汚部屋だとっ!」

「それで?」

「お掃除に来ました!」

 

 話しが振り出しに戻った。

 

「ダメですよ。今年の汚れは今年のうちに落とさないと、気持ちよく新年を迎えられません。と言うことで、お掃除に来ました!」

「どう言うことだ? 掃除くらい自分で出来る」

「いえいえ、遠慮なさらずに」

 

 これはたぶん、アレと同じだ。「はい」と答えない限り、永久にストーリーが進まないゲーム的な選択肢。

 

「......はい」

「ししし。お邪魔しまーすっ」

 

 四葉(よつば)に指揮の下、年末の大掃除が始まった。

 春原(すのはら)の布団と、コタツのある部屋のゴミを手分けして片付ける。とは言ったものの、殆どが春原(すのはら)の寝床の周辺に集中しているから分別するだけで、さほど時間はかからなかった。

 

「一通り、ゴミは片付きましたね。次は、掃除機ですよー。先ずは、おコタとお布団を片して――」

「ああ......あっ、ちょっと待て!」

「はい?」

 

 布団に手をつけようとしていた四葉(よつば)を、間一髪のところで止める。春原(すのはら)の布団の下には、例のブツが眠っているはずだ。四葉(よつば)に、女子に見せる訳にはいかない。とばっちりで白い目で見られる。

 

「先に、こっちの部屋にしないか? 何もないから、今すぐに掃除機をかけられる。その間に、コタツと布団を片付けておくから。その方が効率がいい」

「なるほど! じゃあ奥の部屋からやっちゃいますね」

「ああ、是非とも頼む」

「はい、任されましたっ」

 

 掃除機を持った四葉(よつば)が、俺が使っている奥の部屋へ入っていったことを確認。天井を仰ぎ見て、大きく息を吐く。正しく、冷や汗ものだった。

 ――高い貸しだぞ、春原(すのはら)

 コタツと、布団を例のブツもろとも片付けて、奥の部屋へ入る。

 

「あ、岡崎(おかざき)さん。今、終わったところですよ」

「もう? ずいぶん手際が良いな」

「お掃除は得意なんです。実は、姉妹の中に片付けが苦手な子がいまして。それに元々、片付いていましたから。このお部屋は、岡崎(おかざき)さんが使っているんですよね?」

「寝るためだけだからな。向こうも片付いた。掃除機、貸してもらえるか?」

「いえ、私にお任せください」

 

 そこまで甘えるは、さすがに気が引ける。

 

「ところで岡崎(おかざき)さんも、帰省されるんですか?」

「いや、しないけど。どうして?」

「荷物がまとまっていたので。里帰りされるのかな、と」

「元々、持ち物が少ないだけ。お前たちこそ、帰らなくていいのか? 年末年始なんだから、多忙な親父さんも、少しは時間を作れるだろ」

「えっと、それはどうなんでしょう。今までも、一緒に年を越した記憶はありませんので。年末年始は毎年会食で、家を空けることが殆どでしたし。あはは......」

 

 そう言った四葉(よつば)の笑顔は、見るからに無理をしている作り笑顔。他に姉妹も同じだった。両親の、特に父親の話題を意識して避けるように、どことなくよそよそしい感じになる。

 そもそもの話し、良好な関係なら家出なんてしていないか。

 

四葉(よつば)ー、朝ご飯出来たわよー」

 

 二乃(にの)の声......と言うより、隣の部屋に本人が居た。

 

「さも当たり前のように入ってきたな」

「別にいいでしょ? 四葉(よつば)も居るんだから。それとも、乙女には見せられないやましいモノでもあるのかしら?」

「アイツと同列にしてくれるな」

「まぁ、いいわ。朝ご飯にしましょ」

「先に食べててー。終わったら行くから」

「もういいって。俺も今から、用事があるから出ないといけないからさ。掃除機は、出掛けに返せばいいよな?」

「う~ん......半ばで終えてしまうのは心残りですが、そう言う理由でしたらお任せします」

 

 難しい顔で思案していた四葉(よつば)だったが、納得して頷いた。

 

「ありがとな」

「いえいえ、どういたしまして。それではー」

 

 四葉(よつば)は玄関へ向かい、二乃(にの)は何故か疑いの眼差しを向けて来た。

 

「用事って?」

「通院」

「えっ? まだ通院してるの?」

「お前たちの親父さんが、完治の診断を下してくれないんだ」

「そう、平気なの?」

「見ての通りな。ところで四葉(よつば)は、どうして掃除に来てくれたんだ?」

「朝ご飯ができるのを待つ間、手持ち無沙汰だからって。料理作ってる横で掃除されると埃が立つでしょ」

 

 そう言う理由だったのか。

 構わずに、冬休みの課題をやっておけばよかったのに。

 

「課題なんて、もう終わってるわよ」

「マジか。早いな」

 

 姉妹に習って片付けておくことにしよう。騒がしいヤツが戻ってくる前に。

 

「ちょっとした意地みたいなものよ。またね」

 

 二乃(にの)を玄関まで見送ったあと、素早く掃除を済ませて、病院へと向かった。

 

 

           * * *

 

 

「内出血の跡も薄くなってきたね」

 

 中野姉妹の父親は、いつもと変わらずポーカーフェイスを崩さず、カルテにペンを走らせている。

 

「後遺症の類いはないかな? 目まいがするとか、視覚に違和感を感じるとか」

「特に、これと言って何も」

 

 診察を受ける度に、同じことを聞かれる。

 そして、このあとに続くであろう言葉は――。

 

「なるほど。ところで、娘たちの様子はどうかな?」

 

 思った通りの言葉だった。

 

「元気ですよ。冬休みの課題も終わらせたと聞きました」

「そうかい。それは何よりだ」

「話したら、どうですか?」

「以前話した通り、忙しい身でね。それに――」

 

 ペンを止めずに話しを続ける。

 

「知らぬ間に、マンションを出て行ってしまった。困ったことにね」

 

 知っている、お隣さんだ。

 

「忠告を真摯に受け止めなかった報いかな。正しかったのは、キミの方だったようだね」

「直接話せないなら、携帯で話せばいいんじゃないですか? 結論を出すには、早すぎですよ」

 

 なんで俺、励ましているんだろうか。立場が逆になっているみたいで、自分でもよく分からない立ち位置になってしまっている。

 

「しかし、何故だろう。キミの言葉が、これ程までに重く感じるのは」

 

 それは間違いなく、経験の差。

 俺と、あの人――父親との関係は、修復不可能な状態。

 でも、姉妹と彼女たちの父親は違う。まだやり直せるチャンスは幾らでもある。話そうと思えば、いつでも話せるんだから。

 

「あのー」

「なんだい?」

「いつまで通院すればいいんですか?」

「もちろん僕が、いいと言うまでだよ。診察料の心配はいらない」

 

 それも聞いた。けど、通院に必要な交通費の方は結構バカにならない。

 

「定期的に連絡を取れる状態であれば、話しは変わるけどね」

 

 つまり、連絡手段を持って欲しいと言うことなのだろう。

 もしかしたら良い機会なのかも知れない。バイト先とか、学校への連絡にも必要ではある。

 

「では、次回の診察の予定を決めよう。年明けの――」

 

 あの眼を、迫力の中に自虐と自覚が混ざったような眼を見た時から、薄々気付いてはいたけど。

 

 この人――親バカだ。

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