12月31日大晦日。
世間とは乖離された時間を、俺は過ごしていた。
朝からコタツに入って、冬休みの課題を解き始めてから二時間ほどが過ぎた頃。いったん手を止めて、近所のスーパーで朝食の他に、昼と夜の分も一緒に確保しておく。
年越しを迎えるこの日は、町の雰囲気がいつもと違って感られた。商店街も多くの店も、休業、あるいは普段よりも早い時間に暖簾を下げると聞いている。この町も、年越しへ向けた準備が着々と進んでいた。
そんな商店街に新鮮さを感じながら歩いていると。通りの反対側から、
「よう」
「ちょうどいいところに居た。今、借りた服を返しに行くところだったんだ」
「新学期でよかったのに」
「らいはが、ちゃんとしろって。とにかく、入れ違いにならなくてよかった」
クリスマスに貸した服が入った紙袋を受け取る。
「思ったより早く用事が済んでラッキーだった」
「何か予定あったのか? バイト?」
「店は休みだ。今から、今年を締めくくる勉強納めを。そして、年越し勉強をする予定なんだ!」
得意気な
相変わらず、とても勤勉なヤツだった。
「なぁ。どうして並んで歩いているんだ?」
「勉強途中の気分転換。ついでに聞きたいこともあったんだよ」
「なんだ?」
「よく分からん。知っての通り、電話帳には家族と五つ子しか登録していないからな。つーか、今現在も家に放置したままだ。充電が切れてるのを三日以上気付かないこともままある」
「それ、携帯の意味を成してないだろ?」
「要するに、その手のことを俺に聞いても時間の無駄ってことだ。それこそ、五人の誰かに聞いてくれ。俺よりも、遥かに詳しいからな」
「ああ。そうすることにする」
助言に従って、アパートへ帰ったら姉妹の誰かに聞いてみることにしよう。
「俺も、教えて欲しいことがある」
「なにを?」
「五人の見分け方」
「まだ間違えるのか?」
「いや、普段の姿なら、間違える頻度は減った。けどな......」
「ああ~......今の二人、同じくらいの髪の長さだもんな」
「そうなんだ。おかげで難易度が格段に増した。最初から見分けられたお前なら、何かコツがあるんじゃないかと思って」
「愛だ」
「お前も、
呆れ顔でタメ息を漏らし、わかりやすく肩を落とした。
しかし、事実なのだから仕方がない。
「まぁ、ないことはない」
「ホントか!」
「予め言っておくけど、参考にはならないぞ?」
「それでも構わない。聞いてから判断する」
「そうか、知りたいのか。なら、先ずは辞書を用意しろ」
「辞書?」
真剣だった
「方法は、至ってシンプル。二人に辞書を渡して、時々お互いのふりをしてもらって間違えたら辞書で殴ってもらう。重量感があるほど効果が高いぞ」
「なんの罰ゲームだ......」
「危機感があれば、嫌でも身に付く」
俺たちは実際、そうして観察力を身に付けた。髪の長さやアクセサリーで判別していたのがバレた次の時は、きっちり対策講じてくるような狡猾なヤツを相手に、己の体の骨身を削って。
「そもそも、それは愛なのか?」
「もちろん、愛だ。お前は、理不尽に痛い思いをしたいか? そういう趣味があるのか?」
「そんなもんねーよ」
「なら、見分けられるようになるのが先か、回避運動が身に付くのが先かの勝負だ。俺は、後者の方が早かった。な? 愛だろ」
「防衛本能だろ、それは......」
「まぁ、好きに解釈すればいいけど。どのみち今の方法は、お前たちには絶対に無理だからな。参考にはならなかったろ」
「そりゃやらないけど。どうして、はっきり言い切れるんだよ?」
首を傾げている
つくづく罪な男だ。
あの二人が、いや、姉妹全員がなんの理由もなく、躊躇せず手をあげる訳がないだろうに。
「結局、自力で見分けられるようになるしかねーか」
ただ、本気で悩んでいることは確かな様だ。ぶっきらぼうな割に、問題に直面するとしっかり向き合う。きっと、こう言うところに惹かれたんだろう。
「俺が今、お前に話してやれることがあるとしたら。いずれ痛い想いをしないといけない時が来るってことだけだよ。たぶん、そう遠くない未来に......な」
「意味不明だ。哲学の類いの話しか? 悪いが、そっちは守備範囲の外だ。つーか、そんなキャラだったか?」
「さーな。さて、腹減ったから帰る。じゃあな、良いお年を」
「あ、おい。全く......」
辞書で殴られるよりも、痛いことだけは確かだ。
それだけは、間違いない。
* * *
アパートへ帰ってきてから、紙袋の中を見ると、アイロン掛けされたキレイな服と一緒に手紙が入っていた。丸みのある筆跡から見て、妹さんの文字。手紙には、お礼の言葉が書かれていた。しっかり者の妹さんのようだ。
服を片付けてから、話しを聞くために、お隣さんの呼び鈴を鳴らす。
しかし、応答がない。留守だろうか。時間帯的に、買い物に出掛けているのかも知れない。出直そうと玄関を離れようとした時、ゆっくりドアが開いた。
「お待たせ。何か用?」
出てきたのは、エプロン姿の
「ちょっと聞きたいことがあって。取り込み中だったか?」
「ううん、平気。どうぞ」
玄関に入って、ドアを閉める。何やら、焦げ臭いニオイがするのは気のせいだろうか。
「上がらないの?」
「ここでいい。長話じゃないから」
スマホのことについて尋ねると、
「そう言うことは、私より
「そっか。今、居る?」
首を小さく横に振った。
「
留守なら仕方ない。またの機会に聞くとしよう。
「サンキュー。じゃあ、また今度――」
「上がって待ってればいいよ。今、お茶用意するから」
「お、おい......」
遠慮する前に、くるりと身をひるがえして奥へ行ってしまった。このまま帰ってしまうのも少々気が引ける。
「......お邪魔します」
なんとなく緊張感を覚えながら、
「他の姉妹たちは?」
「みんな、出掛けてる。どうぞ」
「ども」
「あと、コレも」
湯気の立つ湯飲みと一緒に、小皿と割り箸が出てきた。小皿には、歪な形の黒焦げの物体が乗っている。箸で掴んでみた感じ、かなり堅い。似たような鉱物を授業で見たことがあった気がする。
「火山岩? それとも、コークスか?」
「違う。ハンバーグ」
「......なんて?」
「ハンバーグ」
聞き間違いではなかったようだ。謎の物体の正体は火山岩でも骸炭でもなく、ハンバーグだった。部屋に入った時に感じた、焦げたニオイの原因はコレか。
「って、どうすれば、ここまで黒焦げになるんだ?」
「フライパンで焼いたらこうなった」
「......で、コレをどうしろと?」
「感想を聞かせて欲しい」
「俺に、死ねと?」
「そこまでかな......」
落ち込んでしまった。少しはっきり言い過ぎたか。けど、これはさすがに命......は大袈裟かも知れないが、腹を壊すこと必至。年末年始を病院のベッドで過ごすなんてことは、さすがに御免こうむる。ひとまず、箸で割ってみる。
「表面は焦げてるのに、中まで火が通ってない。火力が強すぎたんじゃないのか」
「そうなの?」
「いや、わからないけど」
料理は作る方じゃないし、作れるのはせいぜい、チャーハンくらいだけど。このハンバーグが失敗作なのはわかる。
「料理本とか見ないのか?」
「持ってない。今、みんなで節約して生活してるから、無駄遣いしたくない」
「なら、図書館とか。それこそ、スマホで調べれば良いんじゃないのか?」
「そっか。今度は、動画を参考にしてみる。じゃあ次ね」
キッチンへ戻って行く、
「つ、次......?」
まだ次あるのか。胃が痛くなってきた。
しかしそこへ、救いの手が差し伸べられる。玄関から「ただいま」と、声がふたつ重なって聞こえた。
コタツを出て、出迎えに行く。
「おかえり」
「ただいまー......って、
「なぜ、あなたがうちに居るのですか......?」
「あ! もしかして、部屋間違えちゃったんじゃ――」
「いや、間違ってないから安心してくれ。とりあえず助かった」
今、二人が女神に見えている。
順を追って経緯を説明すると、二人とも納得してくれた。
「なるほど、そういう事情でしたか」
「ダメだよ、
「うん、わかった」
「あのハンバーグは、やめておけ。合挽肉の生焼けはシャレにならない。下手すると、病院送りになるぞ。ところで、それは?」
二人が持ってきた、五つの袋へ目を向ける。
「これですか? これは、ですね。じゃーん!」
袋のひとつを開けた
それは、とても色艶やかな柄の着物。
「振袖?」
「はいっ。アパートの大家さんから、お借りしたものです。どうですか?」
コタツを出た
「まぁ、似合ってるんじゃないか」
「ありがとうございますっ」
「他には、どんな柄があるの? 見せて」
「どうぞ」
「この色、
「そうかな?」
借りてきた全ての振袖を広げ、振袖の展覧会が始まった。
俺の存在を忘れて、姉妹たちが振袖談議に花を咲かせているところへ、待ち人が帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま......って、なんでキミが居るのよっ?」
「あれ? もしかして、部屋間違えちゃったかな?」
「間違ってないから安心してくれ」
ほぼ同じリアクション。彼女たちは、本当に姉妹だった。
買い物の片付けを手伝いながら、
「詳しいことは、ショップの店員さんに聞いた方が確実よ。でも今、開いてるかしら? ちょっと待ってて」
片付けの手を止めた
「ダメ。年末年始は、どのショップも営業してないみたい」
「そっか、ありがとな」
「別に、このくらい大した手間じゃないわ。あ、でも、気をつけた方がいいわよ。言われたまま頷いてると、必要ないオプションとか付けられるから」
マンションを出た際、料金を見直してみたところ結構な額を節約できたそうだ。俺の場合は、通話とメールの最低限の機能さえ使えればいい訳だから、その辺りは気をつけよう。
「
「早く一緒に選ぼうよー」
「もうすぐ終わるわよ。てゆーか、あんたたちも手伝いなさいよ」
顔を出した姉妹たちは若干気まずそうに苦笑いを浮かべるも、すぐさま戻って行った。
「まったく......」
「行ってくれていいぞ。あと野菜だけし、礼とでも思ってくれ」
「そうさせてもらうわ。ありがと」
片付けを終え、振袖を選んでいる姉妹たちに別れを告げて家に戻り、ようやく朝食にありついた時には、既に昼を回っていた。
* * *
翌朝。ちょうど朝飯を食べ終えたところで、呼び鈴が鳴った。
「明けましておめでとうございますっ」
ドアの外に立っていたのは、振袖に袖を通した
「ああ、おめでとう。どうした?」
「良かったら、一緒に初詣に行きませんか?」
「初詣?」
顔を外に出すと、他の姉妹たちも振袖を着て準備万端。
「そうだな......」
特に、予定もないし。
「ん?」
ふと、目を落とすとポストにハガキが数枚届いていた。
手に取って、差出人を見る。
「
「......悪い。先に行っててくれ」
「え? あ、はい。では、また後で」
近所の神社へ初詣へ向かう
――拝啓、と堅苦しい言葉から始まる文章。
元気でやっているか、と近状を伺う言葉が続き。旭高校の校長から、こちらでの成績と生活態度を聞いた旨。
そして最後に「今後について、話しておきたいことがある」と、連絡先と共に締められていた。