~辿り着く場所~   作:ナナシの新人

17 / 32
Episode16

 12月31日大晦日。

 世間とは乖離された時間を、俺は過ごしていた。

 朝からコタツに入って、冬休みの課題を解き始めてから二時間ほどが過ぎた頃。いったん手を止めて、近所のスーパーで朝食の他に、昼と夜の分も一緒に確保しておく。

 年越しを迎えるこの日は、町の雰囲気がいつもと違って感られた。商店街も多くの店も、休業、あるいは普段よりも早い時間に暖簾を下げると聞いている。この町も、年越しへ向けた準備が着々と進んでいた。

 そんな商店街に新鮮さを感じながら歩いていると。通りの反対側から、上杉(うえすぎ)が歩いて来た。

 

「よう」

「ちょうどいいところに居た。今、借りた服を返しに行くところだったんだ」

「新学期でよかったのに」

「らいはが、ちゃんとしろって。とにかく、入れ違いにならなくてよかった」

 

 クリスマスに貸した服が入った紙袋を受け取る。

 

「思ったより早く用事が済んでラッキーだった」

「何か予定あったのか? バイト?」

「店は休みだ。今から、今年を締めくくる勉強納めを。そして、年越し勉強をする予定なんだ!」

 

 得意気な表情(かお)で高らかに言ってのける。

 相変わらず、とても勤勉なヤツだった。

 

「なぁ。どうして並んで歩いているんだ?」

「勉強途中の気分転換。ついでに聞きたいこともあったんだよ」

「なんだ?」

 

 上杉(うえすぎ)の家へ向かって歩きながら。近々、スマホを契約しようと考えていることを相談すると、返ってきた答えは――。

 

「よく分からん。知っての通り、電話帳には家族と五つ子しか登録していないからな。つーか、今現在も家に放置したままだ。充電が切れてるのを三日以上気付かないこともままある」

「それ、携帯の意味を成してないだろ?」

「要するに、その手のことを俺に聞いても時間の無駄ってことだ。それこそ、五人の誰かに聞いてくれ。俺よりも、遥かに詳しいからな」

「ああ。そうすることにする」

 

 助言に従って、アパートへ帰ったら姉妹の誰かに聞いてみることにしよう。

 

「俺も、教えて欲しいことがある」

「なにを?」

「五人の見分け方」

「まだ間違えるのか?」

「いや、普段の姿なら、間違える頻度は減った。けどな......」

 

 上杉(うえすぎ)が姉妹のことを間違えたのは、あのクリスマスの時。六人揃って川に落ちたあと、うちで風呂と着替えをした上杉(うえすぎ)が姉妹の部屋へ行った時、リビングで髪を乾かしていた二乃(にの)を、四葉(よつば)と間違えて怒らせてしまったそうだ。

 

「ああ~......今の二人、同じくらいの髪の長さだもんな」

「そうなんだ。おかげで難易度が格段に増した。最初から見分けられたお前なら、何かコツがあるんじゃないかと思って」

 

 上杉(うえすぎ)の質問に、俺は即答で返す。

 

「愛だ」

「お前も、(それ)かよ」

 

 呆れ顔でタメ息を漏らし、わかりやすく肩を落とした。

 しかし、事実なのだから仕方がない。

 

「まぁ、ないことはない」

「ホントか!」

「予め言っておくけど、参考にはならないぞ?」

「それでも構わない。聞いてから判断する」

「そうか、知りたいのか。なら、先ずは辞書を用意しろ」

「辞書?」

 

 真剣だった表情(かお)が一転、ポカンとした表情(かお)に変わった。

 

「方法は、至ってシンプル。二人に辞書を渡して、時々お互いのふりをしてもらって間違えたら辞書で殴ってもらう。重量感があるほど効果が高いぞ」

「なんの罰ゲームだ......」

「危機感があれば、嫌でも身に付く」

 

 俺たちは実際、そうして観察力を身に付けた。髪の長さやアクセサリーで判別していたのがバレた次の時は、きっちり対策講じてくるような狡猾なヤツを相手に、己の体の骨身を削って。

 

「そもそも、それは愛なのか?」

「もちろん、愛だ。お前は、理不尽に痛い思いをしたいか? そういう趣味があるのか?」

「そんなもんねーよ」

「なら、見分けられるようになるのが先か、回避運動が身に付くのが先かの勝負だ。俺は、後者の方が早かった。な? 愛だろ」

「防衛本能だろ、それは......」

「まぁ、好きに解釈すればいいけど。どのみち今の方法は、お前たちには絶対に無理だからな。参考にはならなかったろ」

「そりゃやらないけど。どうして、はっきり言い切れるんだよ?」

 

 首を傾げている上杉(うえすぎ)の表情を見る限り今のところ、本当に分からないようだ。

 つくづく罪な男だ。

 あの二人が、いや、姉妹全員がなんの理由もなく、躊躇せず手をあげる訳がないだろうに。

 

「結局、自力で見分けられるようになるしかねーか」

 

 ただ、本気で悩んでいることは確かな様だ。ぶっきらぼうな割に、問題に直面するとしっかり向き合う。きっと、こう言うところに惹かれたんだろう。

 

「俺が今、お前に話してやれることがあるとしたら。いずれ痛い想いをしないといけない時が来るってことだけだよ。たぶん、そう遠くない未来に......な」

「意味不明だ。哲学の類いの話しか? 悪いが、そっちは守備範囲の外だ。つーか、そんなキャラだったか?」

「さーな。さて、腹減ったから帰る。じゃあな、良いお年を」

「あ、おい。全く......」

 

 辞書で殴られるよりも、痛いことだけは確かだ。

 上杉(うえすぎ)が、姉妹たちと真剣で向き合えば向き合うほど、その痛みは大きく深くなる――どちらにとっても。

 それだけは、間違いない。

 

 

           * * *

 

 

 アパートへ帰ってきてから、紙袋の中を見ると、アイロン掛けされたキレイな服と一緒に手紙が入っていた。丸みのある筆跡から見て、妹さんの文字。手紙には、お礼の言葉が書かれていた。しっかり者の妹さんのようだ。

 服を片付けてから、話しを聞くために、お隣さんの呼び鈴を鳴らす。

 しかし、応答がない。留守だろうか。時間帯的に、買い物に出掛けているのかも知れない。出直そうと玄関を離れようとした時、ゆっくりドアが開いた。

 

「お待たせ。何か用?」

 

 出てきたのは、エプロン姿の三玖(みく)

 

「ちょっと聞きたいことがあって。取り込み中だったか?」

「ううん、平気。どうぞ」

 

 玄関に入って、ドアを閉める。何やら、焦げ臭いニオイがするのは気のせいだろうか。

 

「上がらないの?」

「ここでいい。長話じゃないから」

 

 スマホのことについて尋ねると、三玖(みく)は少し考え込んだ。

 

「そう言うことは、私より二乃(にの)の方が詳しい」

「そっか。今、居る?」

 

 首を小さく横に振った。

 

一花(いちか)と一緒に、近所のスーパーに行ってる。そろそろ帰って来ると思うけど」

 

 留守なら仕方ない。またの機会に聞くとしよう。

 

「サンキュー。じゃあ、また今度――」

「上がって待ってればいいよ。今、お茶用意するから」

「お、おい......」

 

 遠慮する前に、くるりと身をひるがえして奥へ行ってしまった。このまま帰ってしまうのも少々気が引ける。

 

「......お邪魔します」

 

 なんとなく緊張感を覚えながら、二乃(にの)が帰って来るのを上がって待たせてもらうことに。「コタツへどうぞ」と促され、お言葉に甘えて暖をとらせていただく。しかし、間取りはほぼ同じなのに、まったく違った造りの部屋に感じるのが不思議だ。

 

「他の姉妹たちは?」

「みんな、出掛けてる。どうぞ」

「ども」

「あと、コレも」

 

 湯気の立つ湯飲みと一緒に、小皿と割り箸が出てきた。小皿には、歪な形の黒焦げの物体が乗っている。箸で掴んでみた感じ、かなり堅い。似たような鉱物を授業で見たことがあった気がする。

 

「火山岩? それとも、コークスか?」

「違う。ハンバーグ」

「......なんて?」

「ハンバーグ」

 

 聞き間違いではなかったようだ。謎の物体の正体は火山岩でも骸炭でもなく、ハンバーグだった。部屋に入った時に感じた、焦げたニオイの原因はコレか。

 

「って、どうすれば、ここまで黒焦げになるんだ?」

「フライパンで焼いたらこうなった」

「......で、コレをどうしろと?」

「感想を聞かせて欲しい」

「俺に、死ねと?」

「そこまでかな......」

 

 落ち込んでしまった。少しはっきり言い過ぎたか。けど、これはさすがに命......は大袈裟かも知れないが、腹を壊すこと必至。年末年始を病院のベッドで過ごすなんてことは、さすがに御免こうむる。ひとまず、箸で割ってみる。

 

「表面は焦げてるのに、中まで火が通ってない。火力が強すぎたんじゃないのか」

「そうなの?」

「いや、わからないけど」

 

 料理は作る方じゃないし、作れるのはせいぜい、チャーハンくらいだけど。このハンバーグが失敗作なのはわかる。

 

「料理本とか見ないのか?」

「持ってない。今、みんなで節約して生活してるから、無駄遣いしたくない」

「なら、図書館とか。それこそ、スマホで調べれば良いんじゃないのか?」

「そっか。今度は、動画を参考にしてみる。じゃあ次ね」

 

 キッチンへ戻って行く、三玖(みく)

 

「つ、次......?」

 

 まだ次あるのか。胃が痛くなってきた。

 しかしそこへ、救いの手が差し伸べられる。玄関から「ただいま」と、声がふたつ重なって聞こえた。

 コタツを出て、出迎えに行く。

 

「おかえり」

「ただいまー......って、岡崎(おかざき)さんっ?」

「なぜ、あなたがうちに居るのですか......?」

 

 四葉(よつば)は不思議そうな、五月(いつき)は訝しげな表情(かお)を見せた。

 

「あ! もしかして、部屋間違えちゃったんじゃ――」

「いや、間違ってないから安心してくれ。とりあえず助かった」

 

 今、二人が女神に見えている。

 順を追って経緯を説明すると、二人とも納得してくれた。

 

「なるほど、そういう事情でしたか」

「ダメだよ、三玖(みく)岡崎(おかざき)さんに迷惑かけちゃ。私が食べてあげるから」

「うん、わかった」

「あのハンバーグは、やめておけ。合挽肉の生焼けはシャレにならない。下手すると、病院送りになるぞ。ところで、それは?」

 

 二人が持ってきた、五つの袋へ目を向ける。

 

「これですか? これは、ですね。じゃーん!」

 

 袋のひとつを開けた四葉(よつば)は、中に入っていてた物を自慢気に取り出した。

 それは、とても色艶やかな柄の着物。

 

「振袖?」

「はいっ。アパートの大家さんから、お借りしたものです。どうですか?」

 

 コタツを出た四葉(よつば)は立ち上がって、鮮やかな緑色と深い緑を基調とした振袖を体に重ね合わせる。

 

「まぁ、似合ってるんじゃないか」

「ありがとうございますっ」

「他には、どんな柄があるの? 見せて」

「どうぞ」

「この色、三玖(みく)に似合いそう」

「そうかな?」

 

 借りてきた全ての振袖を広げ、振袖の展覧会が始まった。

 俺の存在を忘れて、姉妹たちが振袖談議に花を咲かせているところへ、待ち人が帰ってきた。四葉(よつば)五月(いつき)の時と同じように出迎えに行く。

 

「おかえり」

「ただいま......って、なんでキミが居るのよっ?」

「あれ? もしかして、部屋間違えちゃったかな?」

「間違ってないから安心してくれ」

 

 ほぼ同じリアクション。彼女たちは、本当に姉妹だった。

 買い物の片付けを手伝いながら、二乃(にの)に用件を伝える。

 

「詳しいことは、ショップの店員さんに聞いた方が確実よ。でも今、開いてるかしら? ちょっと待ってて」

 

 片付けの手を止めた二乃(にの)が、スマホで調べてくれる。

 

「ダメ。年末年始は、どのショップも営業してないみたい」

「そっか、ありがとな」

「別に、このくらい大した手間じゃないわ。あ、でも、気をつけた方がいいわよ。言われたまま頷いてると、必要ないオプションとか付けられるから」

 

 マンションを出た際、料金を見直してみたところ結構な額を節約できたそうだ。俺の場合は、通話とメールの最低限の機能さえ使えればいい訳だから、その辺りは気をつけよう。

 

二乃(にの)、終わりましたか?」

「早く一緒に選ぼうよー」

「もうすぐ終わるわよ。てゆーか、あんたたちも手伝いなさいよ」

 

 顔を出した姉妹たちは若干気まずそうに苦笑いを浮かべるも、すぐさま戻って行った。

 

「まったく......」

「行ってくれていいぞ。あと野菜だけし、礼とでも思ってくれ」

「そうさせてもらうわ。ありがと」

 

 片付けを終え、振袖を選んでいる姉妹たちに別れを告げて家に戻り、ようやく朝食にありついた時には、既に昼を回っていた。

 

 

           * * *

 

 

 翌朝。ちょうど朝飯を食べ終えたところで、呼び鈴が鳴った。

 

「明けましておめでとうございますっ」

 

 ドアの外に立っていたのは、振袖に袖を通した四葉(よつば)

 

「ああ、おめでとう。どうした?」

「良かったら、一緒に初詣に行きませんか?」

「初詣?」

 

 顔を外に出すと、他の姉妹たちも振袖を着て準備万端。

 

「そうだな......」

 

 特に、予定もないし。

 

「ん?」

 

 ふと、目を落とすとポストにハガキが数枚届いていた。

 手に取って、差出人を見る。武田(たけだ)と......幸村(こうむら)の爺さん。

 

岡崎(おかざき)さん?」

「......悪い。先に行っててくれ」

「え? あ、はい。では、また後で」

 

 近所の神社へ初詣へ向かう四葉(よつば)たちを見送り、改めて、届いた年賀ハガキに目を通す。

 ――拝啓、と堅苦しい言葉から始まる文章。

 元気でやっているか、と近状を伺う言葉が続き。旭高校の校長から、こちらでの成績と生活態度を聞いた旨。

 そして最後に「今後について、話しておきたいことがある」と、連絡先と共に締められていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。