「――わかった。
終了ボタンをタップし、連絡を寄越せと年賀ハガキを送ってきた老教師、
「どう? ちゃんと電話通じた?」
「ああ、おかげさまでな」
正月、三ヶ日の最終日。
今朝、契約してきたばかりのスマホの使い方をレクチャーしてくれている
「じゃあ次は、アドレス帳だね」
「この番号を、そのまま登録すればいいんだよな?」
「そうよ。通話履歴から新規登録を選んで、名前を入力すればいいわ」
画面とにらめっこしながら慣れない手つきで、名前を打ち込む。下の名前、なんだっけ? まぁ、爺さんでいいか。隣の部屋のテーブルに置きっぱなしの年賀ハガキを取ってくるのも面倒だし。俺自身が分かれば特に問題ない。
続けて、アパートに完備された無線への接続設定を教えてもらう。パスワードを打ち間違えたり、途中で画面が替わってしまったりと手間取ったが、受信可能な状態になったはず。念のため確認をしてもらう。
「オッケー。これで、ネットに繋がってるよ」
「ふぅ、結構ややこしいな......」
「使っているうちに慣れるわ」
「そういうもんか」
「そういうものよ」
結局、使いながら慣れていくしかない。
次は、学校の連絡先をいちから登録してみる。
「へぇ、こんな感じなんだね」
操作に悪戦苦闘する中、対面に座っていたはずの
「勝手に見るなよ」
「見られて困る物があるのかなっ?」
「見たんだからわかるだろ。何もないって」
つまらなそうな顔をして、コタツに戻って来た。
ちょうど、学校の連絡先の設定が出来た。姉妹たちの父親は今日の午後。バイト先の店長とは、次会う機会に交換すればいい。これで、とりあえず一段落。
「サンキューな。助かった」
充電状態にして、スマホを置く。
「二件だけでいいの?」
「前に話しただろ。常時連絡を取り合う相手なんて居ないって」
「そう言えば、そんなこと言ってたわね。寂しいわね」
「ほっとけ」
「あははっ。前の学校ではどんなだったの?」
「二人とも、スポーツ特待生って聞いたわね」
別に隠すことでもないし、使い方を教えてくれた礼になるのなら安い上がりだ。
「町一番の進学校。けど、部活にも結構力を入れてて、スポーツ推薦専用の寮もあった。
俺は、中学時代の故障。
それで、当時俺の担任だった
実際、居心地の悪さで辞めていたと思う。いや、辞める辞めない以前に――あの人が庇ってくれなければ、進級はおろか退学処分を言い渡されていたに違いない。今、ここに居られるのは、爺さんのおかげだ。
「......まぁ、お互い事情があって、部活はやめちまったけどな。それからは、この通りだよ」
「この通りって、なんのことよ?」
「あん? だから、不良だよ不良」
「えっ、そうなの?
「別に、そんな感じに見えないよね。タバコ吸うの?」
「いや、吸わない」
「じゃあ、お酒は?」
「飲まない」
「ケンカは?」
「絡まれた時は、仕方なくやり返した」
ふっかけることはしなかった。面倒なことこの上ない。
何かと振り回されはしたけど、
「それ、不良なの?」
「話しを聞くと、冷めてるだけって感じだよね」
「......少なくとも素行と成績不良だったのは間違いない」
それを理由に、こっちへ転校することになったのは確かだ。
「
「仲がいいかはわからないけど、なにかと突っかかってくる物好きなヤツはいたな」
「女の子だね!」
――なぜ、断言できる。合ってるけど。
沈黙は肯定と同義と言わんばかりに、
「やっぱり! 女子の扱い手慣れてるもんねっ」
「ちょっと待て。誤解を招く言い方はやめろ」
「ふふっ、前に言ってた双子の姉妹だよね? どっちとラブだったの?」
「そんな関係なら、こっちに来てないっての」
「それもそうね」
「ちょっと残念かなぁ。恋バナ聞けると思ったのに」
「まったく。そう言う話しは、お前らの方が豊富だろ」
「ん? どうして?」
「モテるだろ? お前たち」
少なくとも、バスケ部の件で協力してくれた
「ま、まぁ、
「わ、私に来たか~」
狙い通り、標的を逸らせた。
これで、攻勢に転じられる――と行きたいところだったが、あいにくタイムオーバー。二人のスマホに、ほぼ同じタイミングで連絡が入った。
「あ! フータロー君が来たって。いつの間に......」
「話しに夢中で気がつかなかったわね。じゃあ行くわ」
「ああ。ありがとな」
「どういたしまして」
「またね」
玄関で二人を見送り、財布と携帯を持って、病院へ行くために家を出た。
「経過は良好のようだね」
もう注意して見ないと気がつかないほど薄くなった患部を見て、姉妹の父親はペンを走らせる。
「あのー」
「なんだい」
スマホを見せる。
「連絡先、用意しました」
「そのようだね。では、教えてもらおうかな」
「あ、はい。あれ......?」
自分の連絡先ってどうやって出せばいいんだ。聞いておけばよかった。
「貸してみなさい」
スマホを渡すと、ユーザー情報のページを開いた。どうやら、あれで自分の情報がわかるらしい。
「ふむ、まだ設定されていないようだね」
そう言うと首から下げてた携帯ではなく、引き出しの中から取り出したスマホの画面を見て、素速く文字を打ちこんだ。
「アドレス帳に、僕の連絡先を登録させてもらった。ここへ名前と電話番号を入れてメッセージを送ってくれたまえ。週に一度は連絡を入れるように」
「わかりました」
「次回以降の診察は、処方薬がなくなり次第で構わないよ。ところで......」
この言葉が出た、と言うことは――。
「娘たちのようすはどうかな?」
予想を裏切らない、想像通りの言葉だった。
* * *
病院の帰り、近くの店で夕食を調達。腹ごなしも兼ねて、新年で賑わう町を抜け、いつか来た高台の公園のベンチに腰を落ち着け、町並みを眺めながら、暖かい缶コーヒーを飲んで時間を潰す。
「今さら、だよな......」
呟いた言葉と一緒に、白い息が空を舞って消えていく。
爺さんから聞かされた話は、思いもよらない話しだった。
「あれれ?
「ん?」
ジャージ姿の
「どうしたんだ? こんなところで」
「晩ご飯の前に走っていたんです。ちょっとおやつを食べ過ぎてしまいまして、あはは」
そう言えば、
「
「散歩途中の休憩だよ。ああそうだ、ちょうどよかった。時間があれば教えて欲しいんだけど」
「なにをですか?」と、隣に座った
「設定。まだ使い方がよくわからないんだ」
「そう言うことでしたら、お任せを。ここをですねー」
教わりながら、プロフィール設定を行う。
「はい、それで完了ですよーって、あれ? お、お父さんの名前が登録されています!」
アドレス帳を見た彼女は、ベンチから転げ落ちそうになりながら、とても驚いた
「通院が面倒だって話をしたら、メッセージで報告してくれればいいって」
「あっ、そうでしたかー。でも、この番号......」
「どうした?」
「プライベート用の番号ですよ。お仕事関係用と、二台持っているので」
プライベート用を教えたということはつまり、完治の診断を下さなかったのは、姉妹たちの話しを聞くための口実だったのではないか、という疑念が俺の中で深まった。
もし、そうだったとしたら――どれだけ不器用で、子煩悩な人なんだ。
言葉を失っていたところ、
「う~ん、でもこれは、ちょっとアレですね。私たちも、アドレス交換しましょうっ」
「どういう理由だよ?」
「だって、少し悔しいじゃないですかー」
「どこに対抗心を燃やしてるんだよ。ほら」
スマホを渡すと、あっという間に交換作業を終わらせた
「私が、姉妹の中で一番乗りですね。しししっ」
「そらよかったな」
何がそんなに嬉しいんだか。まぁ、別にいいけど。
「さて、日も落ちて来たし。そろそろ帰るか」
「ですね」
帰り道は同じ。寒空の下を話しながら歩く。
「もうすぐ新学期ですね。三学期も、イベント盛りだくさんです、楽しみましょうね!」
「イベント? 修学旅行か?」
「うちの学校の修学旅行は、三年生の一学期ですよぉ。先ずは、球技大会ですっ」
「球技大会ねぇ」
肩を故障してる俺には、ありがたくないイベントだ。
「種目には、男女混合バスケもあるそうですよ。一緒にやりませんか?」
「無茶言ってくれるなぁ」
でもまぁ、もう本当に気にしていないと言うことなのだろう。少し安心できた。
早足で前に出た
「勝ち負けなんて関係ないですよ、楽しければ。私、思い出をいっぱい作りたいんです。心に残る楽しい思い出を――」
「思い出ねぇ......」
夜空を見上げる。
すっかり日が落ちきった夜空には、数え切れないほどの星々が瞬いていた。
――まだ半年にも満たない短い時間。
それでも、前の学校に居た時よりも充実していることは確かだと思う。
「よそ見してると、またぶつかっちゃいますよー」
「......ああ、そうだな。気をつけないとな」
「そうですよ。よそ見は危ないですから」
しっかりと前を向き、歩幅を合わせて帰り道を歩いた。
そして、姉妹の部屋の前で別れ、ドアの前に立つと違和感に気がついた。
誰も居ないはずの部屋に、灯りが点っていた。騒がしいヤツが戻ってきたらしい。
ゆっくりドアノブを回して部屋に入ると、一昔前の歌謡曲が聞こえ、金髪の後頭部が視界に入った。
気付かれないように近づき、後頭部にスマホを押し付ける。
「ホールドアップ」
「ひぃ!? ぼ、僕、金ないっす!」
両手を上げ、命乞いしてきた。
「俺だ」
「な、なんだよ、お前かよ......脅かすなよな。マジでビビったっての」
批難の声をスルーして、手を洗いながら聞く。
「思ったより早かったな。説得は上手くいったのか?」
「まーねぇ。新しい成績を交渉材料に仕送りアップの銭闘してきた。出来高も勝ち取ってきたよ!」
「契約更改かよ。お前、オフシーズン満喫してるな」
コタツに入り、スマホを置いて、夕食の弁当を広げる。
「おっ、スマホじゃん。買ったの?」
「連絡用にな。一番安いやつ」
そうだ、姉妹の父親に連絡入れておかないと。アドレス帳を開いて、本文に名前と電話番号を入れて、送信をタップ。
「手慣れたもんだねぇ、僕も持とうかな? アレも見放題だし!」
「不純な動機にもほどがあるぞ」
小さくタメ息をついて、弁当に箸をのばす。
「
「なんて?」
内容を伝える。
「また唐突な話しだね。ハンコどころか、交渉のテーブルに着く以前の話しだよ」
「ああ、全くだ」
年度末の成績如何によっては、復学の可能性もあり得る。
それが、聞かされた話。寝耳に水もいいところだ。
まぁ、考えるまでもない。
今さら、前の学校へ戻るなんてことは――あり得ない話しだ。