~辿り着く場所~   作:ナナシの新人

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Episode19

 球技大会当日、体操着に着替えた俺と春原(すのはら)は、男女混合バスケットボールが行われる体育館で、軽くストレッチをして体をほぐしていた。

 そのすぐ隣では、参考書を手した上杉(うえすぎ)が、姉妹たちに言い聞かせるように強めの口調で話しをしている。

 

「いいか? 敗退次第即試験勉強に移るぞ。くれぐれも勝ち上がらないように」

「試験勉強のためとは言え、それは、どうなのでしょうか......?」

「私は、別にいいけど。運動苦手だし」

「ダメだよ、個人競技じゃないだからっ」

「うーん、今日くらいは、いいんじゃないかな? お正月でちょっと、ほら、ね?」

「そ、そうね。私は、真面目に参加することにするわ。あんたたちも後で後悔しても知らないわよ」

 

 二乃(にの)のセリフに、四葉(よつば)以外の姉妹が危機感を持った表情(かお)を覗かせる。まぁ、どう言う理由かは大方察しがつく。しかし、上杉(うえすぎ)の方は察していないようで、正当な説明の開示を求めたところ大ひんしゅくを浴びていた。

 

「くっ......なら、休憩時間を全て勉強に充てるぞ。もちろん、昼休みもだ。ゆっくり、飯を食えると思うなよ!」

「相変わらず気合い入ってるね」

「そうみたいだな」

「羨ましいですねぇっ!」

「あっそ。さて、軽くアップしておくか」

 

 四葉(よつば)に先に行っていると伝えて、ボールを弾ませながら、空いているコートへ。ハーフラインを越えた辺りで、春原(すのはら)が立ちはだかる。

 

「よっし、来いよ」

「軽くだぞ?」

「わかってるっての。まぁ僕は、ピッチ上のダイナマイトの異名を持っているからスタミナの心配は皆無だけどね! アハハッ!」

「ダイナモな。爆発するのか? お前は」

「フッ、僕のハートは常に爆発を、激しく燃え上がっているのさ。愛というなの情熱の炎がね!」

「そうか、体内に充満したメタンガスが燃えてるんだな。メタン春原(すのはら)だな」

「おっ、何だか経験値高そうな呼び名じゃん」

 

 それは、メタンじゃなくてメタル系だ。

 しかも、満更でもない顔をしている。絶対意味をわかってないな。よくもまあ、理科の赤点を回避出来たものだ。パス交換で感触を確かめつつ、徐々に距離を取り対峙。

 

「行くぞ?」

「おうっ!」

 

 ボールを弾ませながら、ゆっくり間合いを詰め、切り返しと同時に瞬間的にテンポを上げる。しかし、振り切れずに付いてこられた。緩急で揺さぶるチェンジオブペースに引っかからない。前よりも、身体の動きにキレがある。伊達に毎日部活で鍛えている訳ではないようだ。

 

「ふふーん、あれ? もしかして、もう終わりなの? なら、本気で奪っちゃうよ?」

「......ナメるなよ」

 

 ハンドリングで左右に揺さぶり、内側へ切り込むと見せかけて時計回りにターンして逆をつき、反対の外側から回り込んでジャンプ。春原(すのはら)は、跳ばなかった。右手に持ったボールを左手に持ち替えたタイミングに合わせて、シュートブロックに跳んできた。

 

「同じ技にかかるかっての!」

「だろうな――」

 

 そのままシュートには行かずに背中を回して、ゴール正面に向かってボールを手放す。

 

「ナイスパスですっ」

「はぁ!?」

 

 ほぼフリースローライン上で、ルーズボールを拾った四葉(よつば)が、お手本のようなキレイなフォームで打ったジャンプショットは、高い放物線を描いて、リングに触れることなくフープを潜り、ゴールネットを真上に浮き上がらせた。

 

「おお、スウィッシュ。やるな」

「えへへ、ありがとうございますっ」

「てか、なんで居るって!?」

「ターンした時に見えた」

 

 コートの外から駆け寄って来る、緑色のリボンがチラッと視線に入った。

 

「マジっすか、全然気がつかなかった」

「お前は、ストライカーだからな」

 

 春原(すのはら)は、サッカーでもバスケでも典型的な点取り屋。視野の広さよりも、本能的に相手の裏側を、死角を取ることが上手い。ただ、予想外のことをしてくるから、出し手側としても厄介なタイプ。災いして、病院送りになった。

 

四葉(よつば)は、外の方が得意なのか?」

「私は、ですねー」

 

 転がっていたボールを拾うと素早いドリブルで、棒立ちだった春原(すのはら)を抜き去り、これまたお手本のようなキレイなレイアップを決めて見せた。

 

「動き回るのが得意ですっ」

「今、めっちゃ速かったよ......」

「運動量と小回りで勝負するタイプか」

 

 男子バスケ部と勝負した時のように役割を決めて攻めるよりも、自由に動いて貰った方が良さそうだ。他のクラスの練習まで軽く汗を流し、コートの外へ出る。

 

「試合は、3on3なんでしょ?」

「はい。必ず男女が一緒に出ていなければならないそうです」

「男だけ固めるのも、女だけで固めるのもダメってことか」

 

 うちのチームは、林間学校の時の班と同じ面子で集まった。男子は、俺と春原(すのはら)の二人、女子は四葉(よつば)を含めた三人の計五人。試合は10分ハーフで、全クラス総当たり戦。最後に、上位二クラスで決勝戦が行われる。

 

「まぁ、遊びなんだし、テキトーに流せばいいんじゃないの?」

「そうだな、ケガしない程度にやるか」

「なに言ってるんですかー? 出るからには、優勝を目指しましょうよっ」

「楽しければいいってのは、どうなったんだよ?」

「もちろん一番ですよ。でも、勝った時の方が、もっと楽しいじゃないですか。しししっ」

 

 やる気満々の四葉(よつば)とは違って、他二名の女子は愛想を笑いをしている。練習の動きを見た限り、二人とも取り分け運動神経は低いというわけではなさそうだった。戦力的には、上位を狙えなくないんだろうけど――。

 

「ダルいな」

「僕、この後部活あるし」

 

 俺も、バイトがある。男女が必ず同時に出場ということは、俺と春原(すのはら)は常にどちらかがコートに立っていたなければならない。バイト前にガス欠なんて事態は勘弁願いたい。けど、四葉(よつば)はやる気だ。

 

「その時次第だな」

「立ち合いは強く当たって、後は流れでってね」

「相撲の八百長かよ」

「アハハ! まぁ、見た感じ......バスケ部所属の参加者は少なそうだけど。おっ、女バスの部長だ」

 

 春原(すのはら)が指を差した方を見ると、確かに女子バスケ部の部長がコートで練習していた。四葉(よつば)に気づき、軽く手を振ると練習に戻った。

 

「あそこは、そこそこ手強そうだねぇ。どこのクラスだっけ?」

一花(いちか)と同じクラスですよ」

 

 前は、部室の前で話しをしたから気がつかなかったけど、武田(たけだ)前田(まえだ)とも同じクラスだったのか。ということは、女バスの部長と同じコートでシュート練習をしている、あの茶髪は――前田(まえだ)だった。

 

「マジかよ。アイツ、アウトサイドからのシュートは上手いんだよな」

「ん? おい、岡崎。アイツ――」

「あん? あ......」

 

 更には、俺の額に肘打ちを決めた男バスの部長までもが練習に参加していた。

 

「あのクラスだけ、ガチな面子じゃないか。てか、険悪そうな感じがしないんだが?」

「話し合いの結果、男女一緒に合同練習をするようになったそうですよ」

 

 ギリギリの人数の女子バスは試合形式での練習を、練習時間を確保したい男バスは、女バスが休憩している間を使える。双方の利害が一致したところで手を打ったそうだ。あの勝負とアクシデントも、本来の目的とは違う予想外な形でも役割を果たしていたらしい。

 

「ふーん、そらよかったな」

「えーと。確か一花(いちか)ちゃんも、バスケだったよね?」

 

 春原(すのはら)からの質問に、一花(いちか)は「うん、そうだよ」と笑顔で答えた。

 

「じゃあ、私も練習に参加してくるから。試合の時は、お手柔らかにお願いねっ!」

 

 ウインクして腰の後ろで手を組み、練習中のコートへ歩いて行く。彼女に合わせた様に上杉(うえすぎ)と姉妹たちも、自分たちが参加する種目へと移動して行った。

 

「優勝するには、一花(いちか)のクラスを倒さなければなりませんね!」

「いや......さすがにちょっとガチな面子過ぎじゃないっすか?」

「フッフッフ......」

 

 背中から聞こえた、まるで悪役の様な笑い声に振り返ると、武田(たけだ)が壁に寄りかかっていた。

 

「申し訳ないけど。今回の勝負、僕たちが勝たせていただく!」

 

 そして、あの面子を招聘した張本人であると自ら告白。

 

「キミたちに、挑戦状を叩きつけさせてもらうよ」

「何でだよ?」

「意味不明だな」

「目標があった方が面白いからさ。スポーツ特待生たちを倒す、みんなも乗り気だったから、ねっ?」

 

 前田(まえだ)が乗り気なのは、また別の理由だろうけど。

 

「ってことはお前が、五人目のメンバーってこと?」

「ご明察。僕は、作戦参謀......いや、軍師と言ったところかな?」

 

 それは別に、拘るところではないだろう。

 

「ふふ、決戦の時を楽しみにしているよ」

 

 また無駄に爽やかな笑顔を残して去って行く。

 

「今の方は、お友達ですか?」

「ああ」

「それは、ますます負けられませんね!」

「どういうことだよ?」

 

 四葉(よつば)のやる気に、ますます火がついてしまった。

 

「何か妙なことになっちゃったねぇ」

 

 ――まったくだ。遊びのつもりだったはずなのに。

 思わずタメ息が出そうになった。

 そして、審判役の教師バスケ部の顧問が体育館に姿を現し、定刻通り、球技大会は始まりを告げた。

 

 

           * * *

 

 

 試合は滞りなく順調に消化され、総当たり最終戦を前に決勝戦の組み合わせが決まった。勝ち上がったクラスは共に全勝、一花(いちか)のクラスと――。

 

「やりましたね、決勝戦進出決定です!」

「なんだかんだで勝ち上がっちゃったよ」

「他があんまりやる気なかったからな」

 

 結構、笑い声とかが飛んでいたし。

 本気で勝ちに行っていたのは、決勝を決めたクラスだけだった。

 

「おいおい、勝ち上がってるじゃないか」

 

 ネットで間仕切りをした向こう側、男女混合バレーに参加していた上杉(うえすぎ)が、ネットの切れ目から入ってきて、わかりやすく項垂れた。

 

「あ、上杉(うえすぎ)さん。決勝戦は、私たちと一花(いちか)のクラスですよ」

「よりにもよって、二人のクラスが勝ち上がったのか。一分一秒が惜しいってのに......」

「他の連中もまだ、来てないだろ?」

「まあな。仕方ない。今のうちに、問題集を拵えておくとしよう。時間は、有効に活用してこそだからな!」

 

 コートの外で座って、どこからか取り出した参考書に目を通し始めた。

 

岡崎(おかざき)君、ちょっといいかい?」

 

 教師と話していた武田(たけだ)が、手招きしてきた。

 二人の下へ向かう。

 

「どうした?」

「うん。次の試合のことなんだけど、一試合にまとめてしまおうと思って。どうかな?」

 

 ――なるほど。決勝戦と同じ組み合わせになるからか。

 浮いた一試合分は、自由時間に充てられる。それなら、飲まない理由はない。

 

「わかった。それでいい」

「決まりだね。では、その形でお願いします」

「じゃあ、それで進めるぞ。そうだな。少し長めに休憩時間を取って、二十分後にするとしよう」

「はい。わかりました」

 

 返事を聞いた教師は、体育館を後にした。

 

「手の内を隠すためか?」

「さあ? それは、どうかな?」

 

 思わせぶりな笑みを浮かべて、クラスメイトの輪の中へ戻って行く。事情を話したところ、一番大きな反応をしたのは、上杉(うえすぎ)だった。

 

「英断だ! これで、勉強時間を確保出来るぞ。後は、他の姉妹たちが負ければ完璧だな!」

「あ、あはは......ちょっと、休憩に行ってきますね~」

 

 苦笑いの四葉(よつば)は、女子二人と一緒に体育館の外へ。

 彼女たちと入れ替わるようにして、日焼けした肌、ゴツい身体、金髪で頭にはサングラスと。まるで、更生し損なったヤンチャがそのまま大人になった感じの見た目の男性が、体育館に入ってきた。

 

「おっ、やってるじゃねーか」

「親父......?」

「よぅ、息子! ちゃんと参加してるか?」

「この人、上杉(うえすぎ)の親父さんか?」

「あ、ああ......。なんで、学校に居るんだ?」

「依頼を受けたんだ」

 

 これ見よがしに、一眼レフのカメラを構えて見せる。

 

「親父さんは、カメラマンなのか?」

「まぁ、そんなところだ」

「カッコいいねぇ! 僕、カメラマン目指そうかな? あんな写真とか、こんな写真とか......ヤベぇ、マジでいいかも!」

 

 完全に邪な動機だった。

 

「フッ、この道を極めるのは険しいぜ? さてと」

 

 肩に担いだ荷物を降ろし、撮影の準備を始めた。

 

「で、何を撮りに来たの?」

「さあな」

 

 この学校で、被写体になるものといえば――。

 

「タマコちゃんじゃないか」

「ああ~」

「誰? それ」

「二人とも、ちょっといいかなっ!」

「僕は放置っすか......」

 

 一花(いちか)に腕を引っ張られ、体育館の外へ強制連行。人気のない体育館裏へと連行された。焼入れが始まりそうなシチュエーションだ。

 

「......内緒にしてって言ったよねっ?」

 

 頬を紅くして、とても恥ずかしそうな表情を見せる。

 

「俺は、言ってないぞ? 言ったのは、岡崎(おかざき)だ」

「同意してたでしょ!」

 

 一花(いちか)は、駆け出しの若手女優。

 それを知ったのは、つい先日のバイト中のこと。

 表が妙に騒がしく、何ごとかと思えば、上杉(うえすぎ)がバイトをしている向かいのケーキ屋に、映画撮影のロケ班が組まれていた。その映画の演者の中に一花(いちか)が居て。その映画での役柄が、天然キャラのタマコちゃん。

 役柄と本人のキャラの相違はともかくとして。俺が想像している以上に険しい道なんだろうけど、目指す道が決まっているのは、正直、少し羨ましくも想った。

 ――だから、焦ったんだろうな。きっと。

 

「てか。あんな過剰に反応したら余計に怪しまれるだろ」

「そ、それは、そうかもだけど......とにかく! 内緒にして。お姉さんとの約束だよ!」

「へいへい」

「へいは一回!」

「へーい」

「フータロー君もだからねっ?」

「わかってるって......」

 

 再度念押しをされて、ようやく解放。

 体育館へ戻ると、通常のスケジュールであれば本来昼休みの時間帯であることもあって、姉妹たち全員が揃っていた。

 

岡崎(おかざき)さん、どこへ行っていたんですか? もうすぐ試合始まっちゃいますよー」

「ちょっとな」

一花(いちか)四葉(よつば)のクラスで、決勝戦だって?」

「困りましたね。どちらを応援すればいいのでしょうか?」

「うーん、テストより難しい問題かも」

「どっちでもいいだろ。そんなことより、始まるまでテスト勉強やるぞ」

 

 要点をまとめたノートを取り出した上杉(うえすぎ)に、機材の調整をしていた親父さんが叱りつける。

 

風太郎(ふうたろう)、こんな時まで勉強の話しなんて止めなさい!」

「だから、どういう教育方針だ......」

 

 どうやら、この親子の仲は良好なようだ。

 

「で、結局なんなんだ?」

「卒業アルバムとか、学校案内のパンフレットに使う写真の撮影だってさ」

「ああ、それでか」

 

 戻ってきた、バスケ部顧問の呼びかけで集合。

 ジャンケンで先攻後攻を決めて、いったんコートの外へ出る。

 

「おい、見ろよ。あちらさん、初っぱなからフルメンバーだぞ」

 

 先にコートに戻った一花(いちか)のクラスは、男性両バスケ部と前田(まえだ)の三人が準備していた。本気モードではない俺達は、やる気満々の四葉(よつば)、ジャンケンで決めた春原(すのはら)と、もう一人の女子の三人で臨む。

 

「見たかコラ!」

 

 試合開始早々、前田(まえだ)のシュートで失点を許してしまった。加えて、男女の部長には四葉(よつば)春原(すのはら)がマッチアップ。前田(まえだ)と10センチ以上の体格差(ミスマッチ)を利用され、立て続けに失点。

 こちらも、四葉(よつば)を中心に食らい付くも、徐々に点差が広がっていく。

 

「先に出るか?」

「ううん、ついて行けそうにないから。お願い」

「そっか」

 

 前半残り五分。

 ゲームが止まったところで交代して、コートに入る。

 

岡崎(おかざき)。アイツら、マジでガチだよ」

「みたいだな」

「まだまだ勝負はここからですよっ!」

 

 四葉(よつば)には、女バスの部長。春原(すのはら)には、前田(まえだ)が付いた。と言うことは――。

 

「今度は、簡単にやられないぞ......!」

 

 ――結構、暑苦しいヤツだったんだな。肘打ちの件は、気にしていないようだからいいけど。

 静けさの中、右手で弾ませるボールの音だけが体育館に響く。

 ジリジリと間合いを詰めて、手を出してきた瞬間、思い切りボールを投げつける。顔の横を抜けたボールは、ゴール下へ飛び出した四葉(よつば)に渡り、フープを潜った。

 

「ナイス! 四葉(よつば)ちゃん」

「ナイスシュート」

「ナイスパスですっ」

「くそっ、ボール!」

 

 今度は、守備。さすがに上手い。奪うのは難しいだろうけど、ついて行くだけなら出来る。攻め手を潰していき、前田(まえだ)へ出されたパスを、春原(すのはら)がカット。

 パスを受け、攻守交代。今度はドリブルで切り込み、二人を引きつけたところで後ろへ流す。

 

「よし、キタッ!」

 

 完全フリーで受けた春原(すのはら)のジャンプショットが決まり連続でポイントを奪うも。その後は、なかなか点差は縮まらず膠着状態のまま前半戦を終えた。

 

「思った以上に手強いな」

「でも、確実に縮まってますよ」

「つーか、守備堅すぎじゃない? 頑張りすぎっしょ」

「ちょっと、何やってるのよっ?」

 

 水分補給と休息を取っていたところへ、姉妹と上杉(うえすぎ)がやって来た。

 

一花(いちか)の方は、いいのか?」

「今は、こっちの応援」

「出場している方を応援しようと言うことになったんです」

「それより、どうなってるのよ? バスケ部との時と、全然違うじゃない」

「なかなか崩すポイントがないんだよ」

 

 対バスケ部の時は、準備不足の相手に試合開始直後の速攻から崩し、浮き足だったところを一気に攻めて勝負を決めた。

 今回は逆に、それをやられてる感じだ。

 

「まるでアレだな。風林火山」

「信玄公......!」

「確か、武田信玄だったか」

 

 三玖(みく)の目が輝いた気がした。

 そういえば、社会科が得意だと補習の時に聞いたのを思い出した。

 

「その疾きこと風の如く、その徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し。軍師・武田信玄の有名な戦術」

 

 諳んじた三玖(みく)の言葉の意味に当てはめると――。

 試合開始直後の速攻が「風」。一気に点差を広げた攻撃が「火」。鉄壁の守備で耐え抜き、攻勢に転じる機会を狙う姿勢が「林・山」ってところだろうか。

 

武田(たけだ)だから、武田信玄ってか。またベタなことを......」

「その策に嵌まっちゃってるけどね」

「う~ん、どうすればいいんでしょうか?」

「そうだな」

 

 打開策を講じる前に、教師から声がかかった。

 

「後半始めるぞ」

 

 両チーム共に、前半戦終了時と同じメンバーのままコートへ出る。

 無駄に爽やかな武田(たけだ)の笑顔が、視界に入った。

 今は、その笑顔が妙にムカついて見えた。

 

 ――動かない山なら、無理矢理にでも動かしてやる。

 

 この時、気がついた。

 いつの間にか、この試合に本気になっている自分がいることに。


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