~辿り着く場所~   作:ナナシの新人

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Episode20

 マイボールでスタートの後半戦。

 相手の作戦は前半と同様、各々がべったり貼り付くマンツーマン。相手は、本職のバスケ部が二人。俺達の方が基本的な運動能力では勝ってるといっても、経験値で上回る本職を相手に下手に動き回って振り切ろうとすれば、先にこっちのスタミナが切れかねない。特に、俺の体力が。

 けど、完全に守りに徹してる今の状況を、動かない山を動かさない限り勝機も見えてこない。

 ――インパクトを与える。

 ふと、あの時の、アイツの言葉が頭に浮かんだ。

 突けば、何かしらのアクションを起こしてくれるはず。そして、狙うなら一番効果的なところを狙って崩す。

 男バスの部長を引き付けながら、春原(すのはら)前田(まえだ)の方へ向かって切り込み、動いたことで出来たスペースへ走った春原(すのはら)と交差したタイミングで、ボールを手放す。

 

「アウトサイドスクリーン! ボールは――」

「ねぇぞ! どこだコラ!?」

 

 ボールを見失った二人へ、コートの外から武田(たけだ)が指示を飛ばした。

 

「ボールは、春原(すのはら)君の背中だよ!」

 

 春原(すのはら)の身体の陰に隠れ、二人からは見えない死角。当然、春原(すのはら)自身も見えていない。

 

「今だ!」

「あいよっと!」

 

 振り返るタイミングを教えると、身体を捻って背中に当てて、リターンパスを出してきた。まったく、また無茶なプレーを。勢いなく転がったルーズボールを素早く戻って拾い、その勢いのままリングへ向かってジャンプ。四葉(よつば)のマークから離れた女バスの部長が、ブロックショットに跳び、懸命に腕を伸ばしてきた。

 大丈夫、問題ない。高さは余裕で上回ってる。構わず、シュートにいく。ボールを放そうとした時、お互いの腕同士が接触。ボールはリングに弾かれ、笛の音が鳴り響いた。

 

「ファール!」

「あっ、ごめんっ」

「いや、いい......」

 

 わざとじゃないのは分かる。今のは、勢いが余って当たっただけ。コンタクト競技のバスケではよくあることだ。

 ただ問題なのは、今のファールで与えられるフリースロー。

 相手に一切邪魔をされず、後半戦開始直後で先制点を奪える願ってもないチャンスなのだが、利き腕が上がらない俺には、一番厄介なプレー。完全フリーになっていた四葉(よつば)に、任せるべきだったか。

 

「イテテ、バスケのボールって思ったよりも硬いんだね」

 

 どうすべきか頭を悩ませていたところへ、春原(すのはら)が背中をさすりながらやって来た。

 

「今度は、肘で決めるよ」

「やめろっての。今のも逸れたじゃないか」

「心配すんなって、ちゃんと決めるからさ! まぁ、リバウンドも任せとけよ」

 

 笑いながらポジションへ戻っていく、春原(すのはら)

 いつもと変わらない軽いノリに呆れて、力が抜けた。アイツなりの励ましだったようだ。

 フリースローラインに立ち、審判を務める顧問からボールを受け取り、軽く弾ませ逆手で構える。左なら、肩から上に上がらない右腕は添えるだけでいい。

 こういう時、マンガとか、映画の主人公ならカッコ良く決めちまうんだろうけど......。

 ゴールを狙って、シュート。いい感じに孤を描いたが、ボールはリングに触れることなく、コートに弾んだ。

 まぁ、そう都合よくいくわけない。エアボールなんて、いつ以来だろうか。結構、力を入れたつもりが想像以上に飛距離が出なかった。二本目は、もっと強く打つ。そんなことを考えながら顔を上げると、不思議そうな表情(かお)をしているバスケ部の両部長が目に入った。

 二人の表情で大方察した。右肩のことは知らされていない。

 

「......正々堂々ってか」

 

 ――まったく、武田(アイツ)らしい。

 大きく息を吐いて、リングを見つめて構える。

 二本目のフリースロー。一本目よりも意識して強く打った、が――。

 

「リバウンド!」

 

 軌道が低い上に、横へ逸れた。

 ボードの下部に当たって、コートに跳ね返ったリバウンドを制したのは、四葉(よつば)。着地すると、その場でくるりと回って、振り向きざまで打ったシュートが決まり、後半戦の先制点を奪った。

 

「ナイスフォロー、四葉(よつば)ちゃん!」

「サンキューな」

「いえいえ、さあ反撃開始ですよー!」

 

 四葉(よつば)の言葉通り、今の得点で戦局が変わった。

 一見無謀に思えた春原(すのはら)のあのプレーが、いい感じに作用して過度に警戒してくれている。試合序盤から春原(すのはら)に付いていた、前田(まえだ)の体力が限界に近い。

 

「行かせねーぞ、コラ......!」

「ふふーん、そんなヘロヘロで止められると思っちゃってんの?」

「ざけんなコラ! 伊達にバイトで、たこ焼き焼いてねーんだよ!」

 

 意味不明な返しだ。

 男バスの部長の視線が動いた一瞬を逃さず裏へ出て、パスを要求。

 

「へい! って、おい――」

 

 ニヤリと意味深に笑った春原(すのはら)は弾ませたボールをノールックで弾くようにパスを出した、肘で。しかも、構えたところへドンピシャリ。

 

「え、えぇーっ!?」

「うげっ、マジかよ!? 決めやがった!」

「出した張本人が驚くなよ......」

 

 まさかのプレーで全員の足が止まったすきに、レイアップを決めて連続ポイント。そのまま勢いに乗り、一気に差を詰める。

 残り時間、あと四分弱。一時は、二桁あった点差も射程圏。このままのペースで行けば、十分逆転出来ると思った次の瞬間、相手チームの武田(たけだ)がタイムアウトを取った。

 

「えぇ~、ここでタイムかよ。これからって時にさー」

「上手いな」

 

 こちらの良い流れを、向こうにとっては嫌な流れを、タイムを取ることで断ち切りに来た。いったんベンチへ戻って、水分補給。

 

「やるじゃない。ちょっと見直したわ」

「なに? もしかして、僕に惚れちゃ――」

「ないわ」

「......ほんのちょっとでいいんで、夢を見させてください」

 

 食い気味に完全否定された春原(すのはら)は、背中を向けて体育座り、わざとらしく落ち込んで見せた。

 

「ところで四葉(よつば)は、いつもと少し違いますね」

「えっ? そうかな?」

「私も、五月(いつき)と同じことを想った。前の学校の時は、ひとり汗だくでコートを走り回ってたし」

「う~ん、あっ! きっと、二人のおかげだよ。春原(すのはら)さんがスペース作ってくれて、そこへ行くと必ず、岡崎(おかざき)さんからパスが来るんだ」

「お前が、いいところに居るからだよ。つーか、転校してくる前は、バスケ部だったのか?」

「あ、えっと、はい。陸上部の時と同じで、助っ人でですけど」

 

 今、少し歯切れが悪かったような気がした。

 

「ん? おい。一花(いちか)のクラスが動いたぞ」

 

 上杉(うえすぎ)の声で視線を移すと、一花(いちか)が軽くストレッチしていた。交代するのは、前田(まえだ)のようだ。

 

一花(いちか)ちゃんって、運動神経いいの?」

四葉(よつば)の次にいいわ」

「毎日走っていますからね、一花(いちか)は」

「へぇ~、ん? 待てよ、前田(まえだ)が交代ってことは......僕が、一花(いちか)ちゃんの相手ってことだよね!」

 

 煩悩まみれの思考に至った春原(すのはら)。当然、姉妹たちから痛烈な軽蔑の眼差しが向けられ、これでもかと小さくなって土下座。相変わらず懲りないヤツだ。

 その後姉妹たちは、中立を保つために両ベンチの真ん中へ移動。上杉(うえすぎ)は動かずこの場所に留まって、ノートにペンを走らせている。

 

「お前は、行かないのか?」

「まだ、問題をピックアップしている途中なんだ。三人とも敗退したそうだから、この試合が終わり次第、すぐに試験勉強に移れるようにな......!」

 

 こちらも相変わらず、勤勉なヤツだった。

 

「あのさ、真面目な話し。相手、女の子が二人になっちゃったけど。僕達も交代する?」

「そうだな」

 

 点差は、ツーゴール差。少し余裕があるし、このタイムで少し熱が冷めた。体力面を考慮し、春原(すのはら)にゲームメイクを託し、この試合出場していない女子と交代。

 

「ふふふ......」

 

 コートに出た面子を見た武田(たけだ)は口元に手を添え、意味深に笑う。

 

「なんだよ?」

「フッ、すぐに分かるさ」

「はぁ?」

 

 相手の攻撃で、試合再開。最初のチャンスは相手側、交代して入ったばかりの一花(いちか)のシュート。しかし、リングに当たって落ちた。春原(すのはら)がリバウンドを制して反撃へ転じる、が、ここで仕掛けてきた。両バスケ部の部長がダブルチームで、春原(すのはら)を潰しにきた。

 

春原(すのはら)君、こっちですっ」

四葉(よつば)ちゃん――じゃない!?」

「あははっ、ナイスパス!」

 

 春原(すのはら)のパスを受けたのは、四葉(よつば)と同じリボンを付けた、一花(いちか)

 

「これぞ、知りがたきこと陰の如く! 切り札とは、ここぞという場面で使ってこそ真価を発揮するのさ」

「ほぅ、ドッペルゲンガー作戦か」

「ただの、かく乱じゃねーかよ」

 

 爽やかにいうことでも、感心するようなことでもない。

 しかし、今のミスで相手との点差が開いてしまったことは事実、と想っていたら――。

 

中野(なかの)さん、あっ!」

「わっ!」

 

 今度は相手側が、一花(いちか)四葉(よつば)を間違えた。

 

「敵味方お構いなしか」

「もはや何の競技か分からないな」

「想定内だよ。中野(なかの)さん、前田(まえだ)君」

 

 ここで一花(いちか)が、前田(まえだ)と交代。

 

「あとは、よろしくねっ」

「は、はい!」

「お願い」

「ああ」

 

 相手の動きに合わせて、こちらも交代。

 残り時間二分、二本差。かく乱の本命は、前田(まえだ)の休息を兼ねた時間稼ぎ。軍師を自称しただけあって、よく考えている。焦る必要のない相手は、じっくり時間をかけるディレイ攻撃。迂闊に手を出せば、勝負を決めかねられない。

 ここまで来たんだ、最後はスッキリ終わりたい。

 前田(まえだ)のマークから外れた春原(すのはら)が、男バスの部長に向かって手を伸ばした。

 

「よこせよ!」

「――前田(まえだ)!」

 

 フリーの前田(まえだ)へパスが出る。手を伸ばすも、ギリギリ届かない。

 

「よっしゃ、もらったぜ!」

「いかせませんっ!」

「――ッ!?」

 

 女バスの部長に付いていたはずの四葉(よつば)がいつの間にか、前田(まえだ)の目の前で跳んでいた。だが、僅かに届かない。シュートは、リングに弾かれた。リバウンドを掴んで速攻、ついに一本差に詰め寄る。

 ここから勝負は、一進一退。お互い一歩も譲らず決定打を決めきれないまま残り一分を切った。またしても、春原(すのはら)が突っ込む。そして、フリーの前田(まえだ)へパスが渡る。

 

「リバウンド!」

 

 得意なはずのアウトサイドからのシュートが、連続で落ちた。いくら得意といっても、脅威的な瞬発力と跳躍力でブロックに跳ぶ四葉(よつば)がプレッシャーになっている。

 そうと分かれば、もう怖くない。

 

「どこでもいい、二人とも動け!」

 

 指示を飛ばし、男バスの部長とマッチアップ。ドライブで切り込み、手を出して来た瞬間、反射的にルーレットでかわし、食らい付いて来た股の間を抜く。

 ――何なのだろうか、この感覚は。

 自分でも驚くほど思い通りのプレーが出来る。全盛期と同じ......いや、それ以上だ。故障で現役を退き、もう二年以上の月日が経つのに。どうして、これほどのプレーが出来るのだろう。

 

岡崎(おかざき)さんっ!」

「こっちだ!」

 

 共にマークを振り切り、フリーになった四葉(よつば)春原(すのはら)が、同時にパスを要求。

 ――そうか、そういうことか。

 パスを出そうと想う瞬間、居て欲しい場所に、必ず顔を出してくれる。まるで、二人の動きに引っ張られるように、頭の中で、得点へと繋がるルートが次々と頭に思い浮かんでくる。

 春原(すのはら)へ出し、リターンパスを受ける。

 

「いかせない!」

 

 振り切ったはずの男バスの部長が、必死に追いすがって来た。

 

「ポンプフェイク!?」

 

 シュートフェイクにかかって跳んだ脇を抜け、リングに向かってジャンプ。ボールを逆手に持ち替え、ブロックに跳んだ前田(まえだ)の裏側へ回り込む。対バスケ部で決めた技。

 これで、同点。そう確信した次の瞬間――右肩に、強烈な激痛が走った。

 右手からボールが落ち、着地と同時に痛みが走る肩を抱え込む。自然と、乾いた笑いがこぼれる。

 

「はは、結局――」

 

 ――これが、付きまとうのか。どれほど離れようとも。

 何を勘違いしていたんだろうな、俺は。二人に引っ張られて、もっと出来るとか、もっと高く跳べるとか、そんなこと叶うはずないのに。

 すぐ近くでボールが弾む音と、緑色のリボンが視界に映った。

 

「同点ですよ、岡崎(おかざき)さん、まだ終わってません! 私が、跳びます!」

「勝負の最中にヘタレてんなよ。一生笑ってやるからな!」

「......ざけんな、決めてから言いやがれ!」

 

 最後の守備に付く。残り時間、三十秒。

 ボールを奪い取り、ドリブルで切り込んだ春原(すのはら)が、シュートと見せかけ空中で出したパスをゴール正面、フリースローライン上で受け、左で構えてジャンプ。

 決まれば、勝ち。主人公なら、カッコよく決める場面。

 

「逸れた!」

 

 そりゃそうだ。そう都合よくも、カッコよくも決まりはしない。

 けど、ゴールは無理でも、ボードの付近へ放れば――。

 リバウンドに備える相手の頭上を、緑色のリボンが、四葉(よつば)がダイレクトで掴んで、そのままゴールに押し込んだ。

 そして、彼女の着地とほぼ同時に、試合終了を告げる笛の音が鳴り響いた。

 大きく息を吐いて、天井を仰ぐ。

 

「あーあ、美味しいところ持ってかれちゃったよ」

「残念だったな」

「ししし、ナイスパスでしたっ!」

 

 左手を大きく上げた四葉(よつば)とハイタッチを交わし、春原(すのはら)と拳を合わせ、痛む右肩を抱えながら笑い合う。

 あの時からずっと、一生付きまとう呪縛のようなものだと想っていた。

 だけど、悪いことばかりじゃないのかも知れない。

 今は、ほんの少しだけ、そう想えた――。

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