~辿り着く場所~   作:ナナシの新人

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Episode22

 朝、バイト終わりの通学路は普段よりも、制服姿の学生の数が多く見受けられた。それに加えて、どこかそわそわしていて落ち着きがないように感じる。

 理由は言わずもがな。今日が、二月十四日だから。

 同じ理由で、バイト先のパン屋でも普段の商品に加えて、バレンタインデー限定商品を販売、おかげでいつもよりも商品の陳列に時間がかかった。

 

「あっ、岡崎(おかざき)君、おはようございます」

五月(いつき)か。おはよ、早いな」

 

 交差点で信号待ちをしていたところを、後ろからやって来た五月(いつき)に声をかけられた。他の姉妹たちの姿はない。どうやら、ひとりのようだ。

 

「今日、日直なので一足先に家を出たんです。それにしても今日は、なんだか人通りが多いですね。やっぱり、アレですよね?」

「コレだろうな」

 

 赤から青に替わった横断歩道を歩きながら、こじゃれた紙袋を軽く持ち上げて見せる。

 

「もう、貰ったんですか?」

「店長からだよ。五月(いつき)は、誰かあげる予定は?」

「ありません。そもそも学生の本分は、学業です。恋愛にかまけている余裕はありませんっ!」

「そういえば、憧れてる職業には学力が必須とか言ってたな。何を目指してるんだ?」

「えっと、先生です」

「先生っつーと、教師? それとも、親父さんと同じ医者か?」

「前者の方です。お母さん......私達の母は生前、学校の先生をしていたんです」

「へぇ、そうだったのか」

 

 教員免許を取る必要があるから、大学へ進学しないといけないわけだ。学力が必須という理由も納得。女優、宇宙飛行士、教師と、それぞれ違う道だけど、三人とも険しい道のりの先にある頂を目指して歩いている。

 

「――ですが。やはり、今の私の学力では前途多難でして......」

「大学の入試試験まで、まだ一年もあるじゃないか。転校直後の中間試験と比べると、成績は上がってるんだろ?」

「そうなんですけど、あまり悠長なことを言っていられない事情がありまして。来月の年度末の試験では、結果を残さなければならないんです。いえ、必ず成し遂げてみせます......!」

 

 両手を胸の前で握った五月(いつき)の目は、決意で満ちあふれていた。

 きっと、何か特別な事情があるに違いない。どういった理由かは分からないけど、たぶん、親父さん絡みの事情であることは大方の察しがついた。

 

「そっか。なら、頑張らないとな」

「もちろんです。赤点回避はもちろん、私自身の目標のためにも――!」

 

 話しをしている間に、学校へ到着。

 昇降口で靴を履き替え、五月(いつき)と別れて教室に入ったところ、想わぬ人物が先に着席していた。

 

「やあ、岡崎(おかざき)! 今日は、清々しい朝だね!」

 

 いつも登校時間ギリギリに駆け込んでくる春原(すのはら)が、俺よりも早く登校しているなんてあり得ない。夢でも見ているのだろうか、あるいは、一周回って壊れたか。

 

「ついに、正気を失ったか。腕の良い医者紹介してやるぞ」

「酷い言われようですねぇ。僕だって、たまには早く登校することだってあるさ」

「あっそ」

 

 荷物を置いて席に着き、普段よりも遅め朝食にありつく。

 

「んで、どういう風の吹き回しだ?」

「って、聞くのかよ! 放置プレイで僕が突っ込むのが、いつものパターンだろ」

「聞いて欲しいんだろ? 早くしろよ」

 

 どうせ、大した理由じゃないんだろうけど。

 

「何か釈然としないんすけど、まあいいや」

 

 突如儚げな表情を浮かべた春原(すのはら)は、どこか遠い目で窓の外へ視線を向けた。

 

「待ってるのさ。勇気を出して一歩を踏み出そうとしている健気な女の子をね......」

 

 やはり、ろくでもない理由だった。

 

「こんな人の目が多い教室(ところ)に居たら、逆に声をかけづらいんじゃないのか?」

「おっ、それもそうだね! ちょっと行ってくるよ!」

 

 ハイテンションで教室を出て行った春原(すのはら)の背中を見送り、優雅に食後のコーヒーを嗜んでいると、四葉(よつば)が登校してきた。

 

「おはようございまーすっ」

「おはよ。今日は、いつもより遅かったな」

「あはは、寝坊した二乃(にの)を起こしていまして。昨日、三玖(みく)と一緒に遅くまでお菓子作りをしていたそうです。ところで、春原(すのはら)さんは? 靴はあったんですけど......」

「愛を求めて旅に出た」

「はぁ? そうですか。ところでですね」

 

 不思議そうな顔で席に着いた四葉(よつば)は、後ろを振り向いて、数種類の駄菓子を机の上に広げた。

 さながら、小さな駄菓子屋みたいだ。

 

「ハッピーバレンタイン! お好きなのをどうぞっ」

「懐かしいのが揃ってるな」

 

 ふと目に止まった、駄菓子を手に取る。

 チョコがコーティングされた安価の定番駄菓子。

 いつ以来だろうか。子どもの頃、たまに食べた記憶がある。

 

「美味しいですよね、それ。勉強中に摘まむのにちょうどいいですし。定番はミルクですけど、味のバリエーションも豊富で、中には、かなり攻めた商品もあるんですよ。岡崎(おかざき)さんは、何味を好んで食べていましたか?」

「どうだったかな。つーか、最近根を詰め過ぎじゃないか?」

「あはは、ご心配おかけしてすみません。でも、どうしても成し遂げたいんです」

 

 五月(いつき)と同じセリフ。

 仮説が、確信に変わった。間違いなく親父さん絡みの問題だな、これは。

 

「あ、二人ともー」

「友チョコ持ってきたよ。一緒に食べよ」

「ありがとうございますっ」

「サンキュー。そうだ、これも一緒に食べてくれ」

 

 店長からいただいた菓子の箱を開けて、机に置く。

 

「まさかの逆チョコですかっ。いただきまーす」

 

 同じ班の女子二人も加わり、予鈴がなった頃、春原(すのはら)が戻ってきた。

 

「お前、何周して来たんだ?」

 

 うっすら涙を浮かべた春原(すのはら)は、無言で指を三本立てると机に突っ伏した。

 

 

           * * *

 

 

 放課後の図書室、日課の勉強会が終わり。

 

「くっそ~」

 

 武田(たけだ)の荷物の横に置かれた山積みのチョコを改めて見た春原(すのはら)は、嫉妬の炎を燃やした。ざっと見て十個近くはある。これだけ多いと返すのが大変そうだ。

 

「もっと知名度が上がれば貰えるようになるんじゃないか?」

「そっか! 勝ち上がって、テレビに出れば、モテモテだよね! やべぇ! そのまま、芸能界デビューもあり得るかも! よーし!」

 

 荷物を担ぐとダッシュで、図書室を出て行ってしまった。

 

「全く、相変わらずゲンキンなヤツだな、アイツは」

「はははっ。だけど、本当に貰えなかったのかい? 先の球技大会の件は、僕のクラスでも話題に上がっていたけど」

「お前が貰ったみたいな、ガチな感じのはな」

 

 数自体は結構貰った。四葉(よつば)たちと一緒に、駄弁りながら摘まむ感じで。俗に云う、本命というやつはひとつもない。

 

「なるほど、そう言うことか」

「何ひとりで納得してるんだ」

「いや、何でもないさ。じゃあ今日は、ここまでにしよう」

 

 要領を得ないが、荷物を片付け、図書室を後にする。

 

「しかし、今思い出しても、あの時の悔しさが込み上げてくるよ。あと一歩のところで逆転を許してしまった。前田(まえだ)君も、決定機で落としてしまったことを、しばらく引きずっていたからね」

 

 眉間にシワを寄せながら、ヤンキー座りでブツブツ言っている姿が目に浮かぶ。

 

「そら、残念だったな」

「肩の状態は?」

「悪化はしてないってさ。けど、めでたく通院を言い渡された。今日も、これから通院だ」

「大事に至らなくて何よりだよ。バスケ部の両部長も、心配していたからね。話しは変わるけど、実は最近、トレーニングを始めたんだ。宇宙飛行士は、知識だけではなく、運動能力や体力、精神力が必要だからね。良ければ、基礎的なトレーニングのメニューを指導して貰えると助かるんだけど」

「中学の時ので良ければ」

「是非お願いするよ」

 

 と頼まれたため、自主練で行っていたトレーニングメニューを口頭で伝える。すると、武田(たけだ)の足がピタリと止まった。

 

「今のメニューを、毎日こなしていたのかい......?」

「最終的にはな。別に、いきなりじゃなくて徐々に延ばしていけばいいんだよ。方向性が違うってだけで、勉強だって同じだろ」

「その通りだね。メニューを参考に、地道に行っていくことにするよ」

 

 昇降口に着くと、武田(たけだ)は爽やかに笑った。

 

「ふふっ、やるね」

「茶化すなよ」

 

 下駄箱の中にキレイにラッピングされた菓子箱が複数個置かれていた。しかし困ったことに、どれも差出人が分からない。これじゃあ返しようがない。

 

「おや。じゃあ僕は、これで退散するよ。健闘を祈っているよ」

「はぁ?」

 

 また無駄に爽やかな笑顔を残して、先に行ってしまった。

 とりあえず、靴に履き替え、玄関を出たところで、武田(たけだ)がとった行動の理由が分かった。

 ベンチに座っていた二乃(にの)が、こちらへ歩いて来る。どうやら、勘違いされたらしい。

 

「遅いわよ、待ちくたびれたわ」

「待ち合わせは、病院の中庭だったと思ったんだが?」

「......気が変わったの。はい、これ、よろしく」

 

 親父さんへの、バレンタインのプレゼントを受け取る。

 

「自分で渡さなくていいのか?」

「......今はまだ、面と向かって話せない。話せる時が来たら、ちゃんと伝えるわ。だから、お願い」

「そうかよ。じゃあ行ってくる」

 

 正門を出て、病院へ向かう。

 

「で、何で一緒に歩いてるんだ?」

「途中まで同じ道じゃない。貰えて良かったわね、チョコ。返事はしたの?」

「どれも知らないうちに置いてあったから、顔も名前も分からない。心当たりもないし、返事どころか、返しようもなくてな」

「ふーん、そう。でも、言われてみれば、こういうのって相手に認識されないと意味ないわよね」

 

 何やら、真剣な表情(かお)で考え込んでいる。

 朝、五月(いつき)と出会った交差点で二乃(にの)と別れ、俺はひとり、病院へ向かった。受付を済ませ、診察室に入る。

 

「確か、次回の診察予定日は週末だったはずだけど。何か緊急事態かな?」

「どうしても、今日じゃないといけない事情があったんで」

「そうかい。何かな?」

 

 二乃(にの)から預かった、紙袋を差し出す。

 いつもと変わらぬポーカーフェイスで、紙袋をジッと見つめている姉妹の父親が、ゆっくりと口を開いた。

 

「すまないが、キミの気持ちには――」

「俺じゃない。二乃(にの)から」

 

 ポーカーフェイスを崩さず言わない貰いたい。本気か冗談か判断しづらい。

 

二乃(にの)君から......礼を――」

「自分で伝えてください」

 

 こればかりは、折れるわけにはいかない。

 この親子の間に、何があったかなんて知ったことじゃない。

 ただ、姉妹総出で家出したほどだ。問題は深刻なんだろうけど、そんな状況でも、悩んだ末に渡すと決めたんだ。

 ここは、絶対に退かない。

 無言のまま向き合い数十秒後、すっと目をつむり、紙袋を静かにテーブルに置いた。

 

「そうしよう」

 

 その返事を聞いて、詰まりそうだった息を吐き出す。

 

「これは、キミの発案かい?」

「まさか。知り合いの子が父親にあげるって言っていたんで、あげるのか聞いただけですよ、俺は。贈ると判断したのは、二乃(にの)自身です」

 

 今、一瞬口元が緩んだような......気のせいか。

 

「そうかい。年度末試験まで、ひと月あまりか。どうかな?」

「礼のついでに聞いてみたらどうですか?」

「彼女達のことではなく、キミの話しだよ」

「俺の?」

「話しは聞いているよ。成績如何によっては、転校前の、東京の学校へ復学出来るとね」

 

 武田(たけだ)が、他言したとは思えない。

 武田(たけだ)の親父さん経由か、同じ立食パーティーに参加していて情報を得たのだろうか。

 しかし、今のは特別大した話しではなかった。

 本当に重要なのは、この次に続いた言葉の方――。

 それは、今の俺の考えを、全て根底から変えてしまうほど衝撃的な言葉だった......。

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