~辿り着く場所~   作:ナナシの新人

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Episode24

 試験結果返却日後日の昼休み。

 凍える厳しい寒さの冬が過ぎ、暖かな春の陽気が感じられるようになった今日この頃、 中庭の芝生で寝転んでいたところ、突如、日差しが陰った。

 

「ちょっといい?」

「ん?」

 

 まぶたを開けて、声の主を確認すると、蝶のような形の黒いリボンが目に入った。身体を起こして、二・三度首を鳴らして座り直す。

 

「どうした? 二乃(にの)

「話したいことがあって」

 

 辺りを見回すようにしてから、二乃(にの)は隣に腰を降ろす。

 

春原(すのはら)は?」

「豪遊中」

 

 赤点回避の結果により無事進級が決まり、念願のスマホ獲得が濃厚になったと、朝からテンションが高かった。たぶん今頃、前祝いで、キンキンに冷えた炭酸ジュースでも引っかけてるだろう。

 

「そう。ちょうど良かったわ」

「ちょうど良い?」

 

 春原(すのはら)が居ると、話し辛いことなのだろうか。

 

「バレンタインのことよ。結果はどうあれ、きっかけになったから。ありがと」

「そっか、どういたしまして」

「で、何かやってるでしょ?」

「はぁ? なんのことだよ」

「昨日の夜、パパとの話し合いは、物別れで終わったわ。だけど、その日のうちにメッセージが届いたのよ。食事はしっかり摂るようにって。マンションを出てから今まで、一度も連絡すらして来なかったのに。何より私たちの行動を、素直にぶつけた気持ちを完全否定したあとによ? どう考えてもおかしいでしょ」

 

 受け取った時間的にメッセージは、俺との電話の後。

 父親のプライベート用のアドレスを知っている人物は限られているわけだから、短時間で心変わりが起きたことに関係しているかもと疑われたわけか。

 

「普通心配くらいするだろ。年頃の娘なんだし」

 

 何せ、心配性のくせして、愛情表現が致命的に下手で、姉妹たちのことを心から大切に思っている頭に超が付くほどの親バカな人だ。

 

「......しらを切るつもりね。いいわ。必ず暴いてあげるから覚悟しておきなさい!」

 

 また、面倒なことになりそうだ。いっそのこと逃げるか? その権利を持っていることだし。少し真面目に考えてみたところ、逃げるにしても、留まるにしても、どっちにしろ面倒という結論に至ったため、考えるのは止めることにした。

 

「ところでさ」

「今度は、なんだよ?」

「前の学校で、仲の良い女の子が居たって言ってたわよね?」

「ん? ああ~......まぁ、やたらと絡んで来る物好きなヤツがな。それがどうかした?」

「その子とは、なんて呼び合ってたの? 苗字?」

「いや、お互い下の名前だった。双子で苗字呼びだと紛らわしいからって」

 

 それでも、しばらくは苗字呼びだった。それが、春原(すのはら)の悪ふざけがきっかけで「お互い楽でしょ」とかなんとか、よく分からない理由で、お互い下の名前で呼び合うようになった。

 

「そっ、じゃあ名前で呼ばれ慣れてるわけね。好都合だわ。ちょっと付き合って」

「何に?」

「名前呼びの練習。もう、知り合って半年くらい経つし。不公平でしょ?」

「まぁ、好きに呼んでくれて構わないけど......」

「下の名前なんだっけ?」

 

 今、もの凄く失礼なことを言われたような気がしたのは、気のせいだろうか。

 どうあれ、昼休み終了を知らせる予鈴が鳴るまで、名前呼びの練習に付き合わされることになった。

 

 

           * * *

 

 

「二人とも、おめでとう」

 

 放課後の図書室。俺たちのテスト結果を知った武田(たけだ)は、まるで自分のことのように喜び、労いの言葉をかけてくれた。

 

「一日遅れてしまったけど、改めて賛辞を贈らせていただくよ」

「お前のおかげだ。俺たちだけの力だけじゃ到底無理だった。それに結構、無茶なこと頼んじまったし」

「いいや、構わないさ。力になれて、家庭教師冥利に尽きるというものさ」

 

 そう言って、爽やかな笑顔を見せた武田(たけだ)の表情が曇った。

 

「しかしながら、恐れていたことが現実のものになってしまった」

「なにが?」

「これだよ」

 

 テーブルに置かれたのは、試験結果の紙。

 武田(たけだ)の名前の横に、合計点数と共に数字の「1」が記されていた。

 

「おおっ、やったじゃん! ついに、学年トップの座を奪ってことっしょ」

「お前は、本望じゃないって感じだな」

「その通りだよ。僕は今回、本気で満点を取りにいったんだ。例え、上杉(うえすぎ)君が満点を逃そうとも。だけど結果は、満点に届かず終いだった。これじゃまだ、背中にすら届いていない......!」

 

 春原(すのはら)は呆れ気味だけど、この飽くなき向上心は素直に尊敬に値する。

 

「フゥ、吐き出してスッキリしたよ。さて、約束通り話そうか」

 

 爽やかな笑顔でも、決意に満ちた顔でもなく、初めて見るやや強張った表情に変わった。

 

「何だっけ?」

「二学期の期末の後、意味深に言ってただろ」

「そうだっけ?」

「こういうヤツだから、無理に話さなくていいぞ」

 

 表情を見る限り、間違いなく言いづらいことだろうから。

 

「心遣いはありがたいけど。これを話さずして、今まで通り振る舞うことは、僕には出来ないよ」

 

 覚悟を感じた。

 自身の成績を二の次にした、あの時の上杉(うえすぎ)と同等の覚悟を――。

 他人の耳に入らないよう配慮し、昼休み二乃(にの)と話した中庭へ場所を移し、武田(たけだ)から聞かされた話は、予想よりも生々しい話しだった。

 

「つまり、僕たちは利用されてたってこと?」

「そう。学校の宣伝のために、ね......」

 

 道理で言いづらいわけだな。

 春原(すのはら)は、大きなタメ息をついた。

 

「ハァ、合点がいったよ。もう終わったことだから話すけどさ。僕、テスト前に顧問から言われたんだ。試験落としても退学にはならないって」

 

 転校前、春原(すのはら)自身が言っていた部活で結果を残せばいい。正に、あの思惑を実現していたということか。

 それでも、試験勉強に取り組んでいたのは、俺と同じ理由......いや、嫌な顔ひとつせずに勉強を教えてくれた武田(たけだ)に報いるためか。ちゃらんぽらんに見えて、案外義理堅いところがあるからな、春原(コイツ)も。

 

「学校経営は、綺麗事じゃ済まされない。それは、理解してる。経営が傾けば結果的に、通っている生徒たちが路頭に迷ってしまうからね。ゆえに運営を健全に保つには、莫大な資金や後ろ盾が必要になる。手っ取り早く生徒を集めるには、学業や部活で、学校の知名度を上げること。あるいは......」

 

 俺も、合点がいった。

 なぜ、期末試験前の騒動がお咎めなしだったのか、復学の話しを知った武田(たけだ)が見せた、あの儚げな表情も――全てに。

 

「政財界と太いパイプを持つ。例えば、大病院の経営者とか」

 

 負傷の事情を知った中野(なかの)姉妹の父親から、武田(たけだ)の親父さんに何かしらの口添えがあり、お咎めを受けなかった。そんなところだろう。たぶん、大きく外れてはいないと思う。

 

「そりゃ微塵もムカつかないって言ったら嘘になるけどさ。ぶっちゃけ、内部の事情なんて僕たちが知ったことじゃないし」

「いろいろあんだろ。お前自身もさ」

 

 敷かれたレールの上を歩いていた、武田(たけだ)が言っていた言葉だ。俺たちの想像を絶するほどの重圧を、子供の頃から背負って来たに違いない。

 

「......違うんだよ、僕が納得いかなかったのは、身を案じる言葉を一番に聞けなかったことなんだ。岡崎(おかざき)君が、病院に担ぎ込まれた時、中野(なかの)医院長から連絡を受けた父の口から......それが、どうしても許せなかったんだ」

 

 それが、本音か。

 頭では理解してるけど、心が納得しない。

 何ていったらいいか、本当に――。

 

「サンキューな。怒ってくれて」

「お前って、ホント真っ直ぐなヤツだよね。気持ちいいくらいにさ!」

岡崎(おかざき)君、春原(すのはら)君......」

 

 俺たちの言葉を聞いてなのか。

 まるで緊張の糸が切れたかのように、安堵の表情(かお)に変わった。

 

 

           * * *

 

 

 バイト終わり、そこそこの頻度で帰り時間が同じになる上杉(うえすぎ)と、途中まで同じ帰り道を話しながら歩いている。

 

「今回の試験、結構落としたんだってな」

「なぜ知っている?」

 

 名前呼びの練習中にした二乃(にの)との雑談の中で、それとなく聞いた。

 

「マジで恥ずい。一生の不覚だ」

「少なくとも間違ってはなかっただろ。姉妹全員、赤点回避の目的を達成したんだから。有言実行したじゃないか」

「......その通りだな、成績なんて取り戻せばいいだけだ。だが、驚いたぞ。お前と春原(すのはら)の結果には。あれだけ苦労して教えたってのに、いとも簡単に上を行きやがって」

「やり方が、上手いことハマっただけだよ」

 

 高校に上がるまで、全ての教科に家庭教師が付いていた武田(たけだ)は、多種多様な勉強法を知っていた。それらの方法の中から、自分に合った勉強法に巡り合えたことが大きい。

 

「やはり、自分が正しいと思っている方法だけでは限界があるな。引き出しを増やす必要がありそうだ」

 

 どこか納得したように頷いた上杉(うえすぎ)は、まったく別の話題を振ってきた。らしくもない、ホワイトデーの話し。

 

「らいは、ホワイトデーのお返し喜んでた。礼を伝えてくれって」

「そら良かった。お前は、ちゃんと返したのか?」

「ああ。バイト先のプリンをな」

「で、返事は?」

「返事?」

「貰ったんだろ? バレンタイン」

「らいはからな」

「はぁ?」

 

 なんだか話しが噛み合ってない。

 

「他には? それこそ、五つ子の誰かとか」

「お前も、うちの店長と同じことを言うんだな。まぁ、一時期三玖(みく)に、やたらとチョコを食べさせられたことはあったな。だがそれも、試験のひと月前辺りにからはなくなったがな」

「ハァ......」

 

 ――お前の言った通りだよ、二乃(にの)

 どれほど好意を寄せていても、相手に認識されないと意味がないんだな。心中察するぞ、気の毒に。

 

「そもそも、恋愛なんてものは、学業から最もかけ離れた愚かな行為だ。とも、最近は言い切れん......俺自身よく分からなくなっている」

「どうした? らしくもない。誰かから告られたか?」

 

 上杉(うえすぎ)の足が止まった。

 

「マジか」

 

 今までの話しの流れからすると、三玖(みく)ではなさそうだ。となると......いや、止めておこう。この詮索は、無粋にもほどがある。

 

「......返事は求めてないと言われたが。正直、どう接すればいいのか戸惑ってる」

「まぁ、あれだ、相手が分かってるだけマシだぞ? 相手が分からないと返事のしようがないからな」

「なんだ? その自虐風の自慢は」

「直で告られたヤツに言われたかねーよ」

「くっ......! しかし幸い、もうすぐ春休みだ。いったん全てを忘れて、自分の勉強に集中することにしよう。うん、それがいいな!」

 

 腕を組み、強引に自分自身を納得させるかのように、とてもわざとらしく頷いた。

 

「ハァ。で、家庭教師には復帰できたのか?」

「......さぁ、どうなんだろうな。それ以前に――いや、なんでもない」

「そうかよ」

 

 止まっていた歩みを進め、別れ道。

 

「じゃあな」

上杉(うえすぎ)

 

 背中を呼び止める。

 

「なんだ?」

「心配するなよ。あの親子は、きっと大丈夫だ」

「なぜ、言い切れる?」

「――家族だから。他に特別な理由なんて要らないだろ? じゃあな」

 

 上杉(うえすぎ)の答えを聞く前に、背を向けて歩き出す。

 

「――家族だから、か」

 

 何でだろうな、自分でもよく分からない。

 この言葉が頭に浮かび、自然と声に出たのは。

 もしかしたら......そう、信じたかったのかも知れない。

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