遥か彼方、遠い北の大地へ降り立った。
「いやー、速かったね。ホント驚いたよ」
「ああ......。まさか、飛行機で移動することになるなんて夢にも思わなかった」
東京までは越してきた時と同様、高速バスで移動。
その後羽田から、格安航空機に搭乗し、連なる雄大な山々を全てすっ飛ばして、
「下手に陸路を行くよりも、安上がりで速いからね」
「旅のロマンなんてものは何もなかったな。つーか、スゲー寒いのな」
手袋、マフラー、厚手のコート、と入念に準備してきたつもりだったが、予想を遥かに上回る寒さに体が震える。
「暖かい方だぞ。真冬なんて、背丈を超す積雪は日常茶飯事だっての」
「マジかよ。とりあえず、ほらよ」
用意しておいたカイロを、二人に放り投げる。
「おっ、サンキュー」
「ありがとう」
「それで、これからどうするんだ?」
「先ずは今日、宿泊予定の宿へ向かおうか。荷物もかさばるしね」
「だな。で、どこなんだ?」
「さぁ?
「おい。こんなところに本当に宿なんてあるのか?」
空港のバス停から、市営バスで駅前へ移動、別の路線バスへ乗り換え、郊外へ向かって走行している。
「まぁ、そう、自暴自棄になるなよ」
「いや、そこまで絶望しちゃいないけどさ」
言葉のチョイスは絶望的に間違えているけど。
「この場合は、疑心暗鬼、後顧之憂当たりが適当だね」
「とにかく。細かいこと気にすんなってことだよ。次、降りるぞー」
荷物を担いで、バスを降りる。
目の前には、うっすらと積もった雪原が広がり、ポツリポツリと住宅が点在している。米の名産地だから、おそらくこの辺りは本来、田園地帯なのだろう。反対側には、学校の校舎らしき建物。春休みのためか、人の気配は感じられない。
バス停からは、徒歩で移動。先導して歩いていた
「ここだよ」
「ここって......」
「ふむ」
看板や、のぼりの類いは掲げられておらず、民宿といった雰囲気ではない。どうみても、ごく普通の一軒家。
まさか、とは想うが――。
「僕の、宮殿さ!」
「宿って、お前の実家かよ!?」
「これはさすがに、予想の斜め上をいく展開だね」
「サプライズってやつさ。宿代も浮いただろ? そういうことだからさ、遠慮せずに上がってくれよ」
「アホか! こういう大事なことは事前に話せ!」
もはや宿代なんて些細な問題だ、それ以上の難題が新に生まれた。世話になる身でありながら、手土産ひとつ用意してない。悪い予感が見事的中してしまった。
「んな、かしこまることでもないじゃん?」
「お前はな!」
「親しき仲にも礼儀ありと云う言葉があるんだよ。
「ん? ああ~、人形焼。移動中に食べようと思ってたけどさ――」
「それだ!」
手つかずの人形焼を、少し色を付けて買い上げ、どうにか窮地を乗り切ることが出来た。
「いらっしゃいませ。兄が、いつもご迷惑をおかけしています」
いいえ、そんなことありません、と否定できないのが辛いところだ。
それはさて置き。玄関で出迎えてくれたのは、
「粗茶ですが。あと今、お茶請けを――」
客間に通され、コタツで暖をとらせていただく。
「あ、お構いなく、ご丁寧にどうも......」
「いただきます。ふぅ、暖まるね」
「
「留守。と言うか、お兄ちゃん。ちゃんと連絡してよね?」
「申し訳ない。それに関しては、僕のミスが招いた結果だよ」
近しい場所に一致した候補地がなかったため、気を利かせてくれた移動手段だったが。
「文字通り飛んで来たからね、飛行機でさ! だから、予定よりも速く着いたんだよ」
「えっ、飛行機!? いいな~」
「
「はい。飛行機で移動するほど遠出をする機会もなくて。大人になったら、自分で乗れるようにと想っています」
「そうか、アレか。同じオイルでも上澄みだったか」
「どこぞの子守りロボットの設定だよ!」
「あはは......あの、お昼は、もう済みましたか?」
言われてみれば、空港から直行してきたから何も食べていない。時計の針は、午後二時過ぎを指している。意識した途端に、空腹を覚えた。
「何かある?」
「それを買いに行ってるの。少し歩いたところに、美味しい軽食屋さんがあります。そちらへ行きましょう」
「なんで勝手決めてんだよ。飯屋くらい知ってるっての」
「お兄ちゃんのことだから、全国チェーンのお店に連れて行きそうだもん」
「うぐっ......」
夕食は、郷土料理の鍋をご馳走してくれるとのことで、軽めのチョイス。案内してくれた
「さーて、腹も満たされたことだし。街にくり出すとしますか!」
「何か目的があって来たんでしょ?」
「ああ......そういえば、そうだったね。で、どうすんの?」
「もぅ、お兄ちゃんってば。すみません」
本当に、どちらが年上かわからない。
血が繋がっているかも怪しく想えてきた。
「どちらへ行かれるのですか?」
「ここだよ」
「わぁ、綺麗なお花畑ですね」
「ここから、わりと近くだよね?」
「え~と、はい。最寄りのバス停から歩いて、十分くらいかな? でも、今はまだ、見頃じゃないですよ。この辺りの春は、もう少しのんびりやって来ますから」
「ははっ、そうなんだね。けど、それは構わないんだよ。僕たちの目的は、想い出の場所だから、ね」
「へっ?」
目的地の最寄りのバス停へ向かう車内では、彼女からのリクエストを受け、学校生活の話しで暇を過ごしている。
「えっ? じゃあ、五つ子の同級生って本当に居るんですかっ?」
「お前、信じてなかったのかよ?」
「だって、いつも盛って話すから。全部信じてたら保たないもん」
「信用ないのな。お前」
「ほっとけよ」
へそを曲げて車窓へ顔を向けた
「本当にそっくりさんだー!」
最寄りのバス停で降り、そこから徒歩で十分弱、目的の菜の花畑に到着。まだ花は咲いておらず、黄色いつぼみをつけているだけで。俺たち以外の観光客の姿は見受けられなかった。
そして、何より――。
「どうだい?」
「いや......」
周りの景色も、空気も、懐かしさに似た感情は一切湧いてこない。
「やはり、空振りのようだね。次へ行こう。徒歩で行ける距離に、もう一カ所候補がある」
しかしそこも、空振りに終わった。
日が暮れ始めた頃。今日厄介になる、
「重ね重ねすみません」
「まぁ、新年以来の帰省だし。積もる話もあるだろ」
「明日は、朝早くに出るんですよね?」
「ああ。帰りの時間が決まってるからな」
「寝坊したら置いていってくれて構いませんので」
「あははっ。妹さん、地図あるかな?」
「あ、はい、少々お待ちください」
地理の資料集を受け取った
「明日は、このルートで太平洋側へ抜けていこう」
「内陸を通って行くのか」
「条件に合った候補がなかったからね。寄り道しながら行動できるよ」
「別に、拘らなくていいぞ」
そもそも、実在する場所なのかも分からないし。仮に存在していたとしても、同じ姿で残っているとも限らない。
正しく、雲を掴むような話しだ。
ただただ、無駄な時間を過ごしているだけなのかも知れない。
それでも
「僕自身、この旅を純粋に楽しんでいるんだよ。友達と同じ時間を過ごし、友達が暮らしていた街を歩き、友達の家に泊まる。何もかもが初めての経験、かけがえのない時間を過ごしてる。
「ロマン、ね」
しかし、よくもこうも恥ずかしげもなく言えるものだ。
「どれだけ心で想っていても、声にしなければ想いは伝わらないよ」
「そりゃそうだ。けど、
「おっと、それは失礼」
「あ、いえ。私の好きなアーティストが、似たような詩を歌っていた方だったので。少しだけ、懐かしく思っちゃいました」
「へぇ、どんな音楽なんだ?」
「ロックなんですけど。聴きますか?」
資料集の代わりに、可愛らしいデザインのラジカセを持って戻ってきた。
再生ボタンが押され、両サイドのスピーカーから音楽が流れる。
激しい曲調、真っ直ぐな歌詞、心に訴えかけるような力強い歌声。
「スゲーな。ロックなのに、ラブソングだ」
「こういった音楽は、あまり聴かないけど。何か惹かれるモノを感じるね」
「誰?」
「えーと、ですね――」
聞き覚えのない歌手だった。
それもそのはず。既に引退しているそうで、音楽の配信もされいない。CDも、定価の倍以上の値段で取引されていた。
「よかったら、コピーしましょうか?」
好意に甘えて、親父さんのパソコンを借り、スマホに取り込ませてもらった。
そして、翌朝を迎える。
ご両親にお礼を伝え、見送りに来てくれた
「すんげー眠いんすが......」
「結局、いつ帰ってきたんだい?」
「家で寝てていいぞ」
「いや、行くよ。僕、キーパーソンだからさ」
「キーパーソンは、自分で言わねーよ」
と言ってるそばから、いびきをかいて眠てしまった。
昼前に、終点の隣県の駅に到着。少し早めに昼食を済ませ、都市で買い物。昨日の二の舞にならないため、
沿岸沿いを行く単線路線の汽車に乗り、更に北上して進む。
車窓には、白波を立てる荒れた海が広がっていた。
その何気ない景色は、煽るかのように、俺の心をざわつかせる。
「さぁ、次の駅だよ。帰り時間を考慮すると。次を含めて、あと二箇所くらいが限界かな」
「結局、見つからなかったねぇ」
「お前、キーパーソンじゃなかったのか?」
「外れることだってあるさ。まぁ、契約通り出来高ゲットしたから満足だけどね」
もしかして、それを目的に実家を選んじゃないんだろうな。
無人の最寄り駅で下車。目的地は、バスも通っていない、山の中。地図アプリのナビを頼りに、寂れた田舎町を歩き。舗装もされていない、薄暗い山道へ入る。
やがて、日の当たる開けた場所に出た。
「こりゃまた広いねぇ」
「見頃には、一面黄色い絨毯になるんだろうね。
今までとは、違う感覚を覚えていた。
菜の花畑、周囲を囲む小高い山々。見覚えがある、そんな気がする。
「
「僕たちも、行こう」
まるで何かに導かれるように、俺は歩き出していた。
山道の横道へ入り、更に奥へと進んで行く。
そして、その先に現れたのは――。
「ここは、岬のようだね」
「あの遠くに見える島って、北海道?」
「おそらくね。ここが、本州の最北端かな?」
「またずいぶんと遠くまで来たもんだねぇ。僕の実家よりも北だよ。大地の果てって感じだ。それで、ここなの?」
「心当たりがあるのかい?」
「マジっすか」
「いや。ただ、この景色を見たことがある。そんな気がするだけだ」
もしかすると、テレビか何かで観ただけなのかも知れない。
けど、何かが引っかかる。それだけは、確かだ。
「近くを散策してみよう。手がかりが見つかるかも知れないよ」
「あ、ああ......」
「まだ歩くんすか?」
「この辺りは、旧家屋が多いね。どう?」
「特に、何もないな」
年度末ということもあってなのか、あちらこちらで工事をしている。この町も、日々姿を変えている。もし何か見つかるようなことがあれば、それはきっと、奇跡的な確率だろう。
「どうした?」
「
ダルそうに後ろを歩いていた
「たぶんさ。僕の思い過ごしだと思うんだけどさ。これ――」
少し戻って、
「なるほど、偶然にしては出来すぎているよね?」
「奇遇だな。俺も同じことを思った」
掲げられた表札には、
「さて、どうしようか?」
「いや、さすがにあり得ないだろ。って、お前なぁ」
葛藤も虚しく。
「聞いた方が早いじゃん。あとは野となれ山となれ、旅の恥はかき捨てろってね!」
それ、使い方間違ってるからな、とツッコむ間もなく、女性の声で応答があった。
「あ、すみませーん。僕、
ひとつタメ息をつき、親父の名前を伝える。
すると、しばらく間が開き「少々お待ちください」と、返事と同時に通話が途絶えた。
「お待たせしました」
着物姿の品のある女性が、玄関から出てきた。
その女性は、俺たちを見るなり。驚きの
「......な、
それは、俺の父親の名前だった。