~辿り着く場所~   作:ナナシの新人

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Episode27

 遥か彼方、遠い北の大地へ降り立った。

 

「いやー、速かったね。ホント驚いたよ」

「ああ......。まさか、飛行機で移動することになるなんて夢にも思わなかった」

 

 東京までは越してきた時と同様、高速バスで移動。

 その後羽田から、格安航空機に搭乗し、連なる雄大な山々を全てすっ飛ばして、春原(すのはら)の実家がある東北地方へ一気に飛んだ。

 

「下手に陸路を行くよりも、安上がりで速いからね」

「旅のロマンなんてものは何もなかったな。つーか、スゲー寒いのな」

 

 手袋、マフラー、厚手のコート、と入念に準備してきたつもりだったが、予想を遥かに上回る寒さに体が震える。

 

「暖かい方だぞ。真冬なんて、背丈を超す積雪は日常茶飯事だっての」

「マジかよ。とりあえず、ほらよ」

 

 用意しておいたカイロを、二人に放り投げる。

 

「おっ、サンキュー」

「ありがとう」

「それで、これからどうするんだ?」

「先ずは今日、宿泊予定の宿へ向かおうか。荷物もかさばるしね」

「だな。で、どこなんだ?」

「さぁ? 春原(すのはら)君が、任せておけと豪語していたから、彼に聞いておくれよ」

 

 春原(すのはら)へ視線を移すと「じゃあ行きますか!」と、とても得意気な顔で歩き出した。不安に思いながらも、春原(すのはら)の後を付いていく。

 

「おい。こんなところに本当に宿なんてあるのか?」

 

 空港のバス停から、市営バスで駅前へ移動、別の路線バスへ乗り換え、郊外へ向かって走行している。

 

「まぁ、そう、自暴自棄になるなよ」

「いや、そこまで絶望しちゃいないけどさ」

 

 言葉のチョイスは絶望的に間違えているけど。

 

「この場合は、疑心暗鬼、後顧之憂当たりが適当だね」

「とにかく。細かいこと気にすんなってことだよ。次、降りるぞー」

 

 荷物を担いで、バスを降りる。

 目の前には、うっすらと積もった雪原が広がり、ポツリポツリと住宅が点在している。米の名産地だから、おそらくこの辺りは本来、田園地帯なのだろう。反対側には、学校の校舎らしき建物。春休みのためか、人の気配は感じられない。

 バス停からは、徒歩で移動。先導して歩いていた春原(すのはら)は、とある家の前で足を止めた。

 

「ここだよ」

「ここって......」

「ふむ」

 

 看板や、のぼりの類いは掲げられておらず、民宿といった雰囲気ではない。どうみても、ごく普通の一軒家。

 まさか、とは想うが――。

 

「僕の、宮殿さ!」

「宿って、お前の実家かよ!?」

「これはさすがに、予想の斜め上をいく展開だね」

「サプライズってやつさ。宿代も浮いただろ? そういうことだからさ、遠慮せずに上がってくれよ」

「アホか! こういう大事なことは事前に話せ!」

 

 もはや宿代なんて些細な問題だ、それ以上の難題が新に生まれた。世話になる身でありながら、手土産ひとつ用意してない。悪い予感が見事的中してしまった。

 

「んな、かしこまることでもないじゃん?」

「お前はな!」

「親しき仲にも礼儀ありと云う言葉があるんだよ。春原(すのはら)君、確か、空港の土産物屋で何か買っていたよね?」

「ん? ああ~、人形焼。移動中に食べようと思ってたけどさ――」

「それだ!」

 

 手つかずの人形焼を、少し色を付けて買い上げ、どうにか窮地を乗り切ることが出来た。

 

「いらっしゃいませ。兄が、いつもご迷惑をおかけしています」

 

 いいえ、そんなことありません、と否定できないのが辛いところだ。

 それはさて置き。玄関で出迎えてくれたのは、春原(すのはら)の妹で、名前は、春原(すのはら)芽衣(めい)

 

「粗茶ですが。あと今、お茶請けを――」

 

 客間に通され、コタツで暖をとらせていただく。

 

「あ、お構いなく、ご丁寧にどうも......」

「いただきます。ふぅ、暖まるね」

芽衣(めい)。母さんは?」

「留守。と言うか、お兄ちゃん。ちゃんと連絡してよね?」

「申し訳ない。それに関しては、僕のミスが招いた結果だよ」

 

 近しい場所に一致した候補地がなかったため、気を利かせてくれた移動手段だったが。春原(すのはら)のサプライズにより、結果的に裏目に出てしまった。情報の伝達と共有の重要性を再認識出来た。

 

「文字通り飛んで来たからね、飛行機でさ! だから、予定よりも速く着いたんだよ」

「えっ、飛行機!? いいな~」

芽衣(めい)ちゃんは、乗ったことないのか?」

「はい。飛行機で移動するほど遠出をする機会もなくて。大人になったら、自分で乗れるようにと想っています」

 

 春原(すのはら)と血を分けた兄妹とは想えないほど礼儀正しく、しっかり者で快活な子だった。

 

「そうか、アレか。同じオイルでも上澄みだったか」

「どこぞの子守りロボットの設定だよ!」

「あはは......あの、お昼は、もう済みましたか?」

 

 言われてみれば、空港から直行してきたから何も食べていない。時計の針は、午後二時過ぎを指している。意識した途端に、空腹を覚えた。

 

「何かある?」

「それを買いに行ってるの。少し歩いたところに、美味しい軽食屋さんがあります。そちらへ行きましょう」

「なんで勝手決めてんだよ。飯屋くらい知ってるっての」

「お兄ちゃんのことだから、全国チェーンのお店に連れて行きそうだもん」

「うぐっ......」

 

 春原(すのはら)の兄としての威厳は、皆無に等しかった。

 夕食は、郷土料理の鍋をご馳走してくれるとのことで、軽めのチョイス。案内してくれた芽衣(めい)ちゃんには、デザートをご馳走。とても美味しそうにパフェを食べる姿は、しっかりしていても年相応の女の子だった。

 

「さーて、腹も満たされたことだし。街にくり出すとしますか!」

「何か目的があって来たんでしょ?」

「ああ......そういえば、そうだったね。で、どうすんの?」

「もぅ、お兄ちゃんってば。すみません」

 

 本当に、どちらが年上かわからない。

 血が繋がっているかも怪しく想えてきた。

 

「どちらへ行かれるのですか?」

「ここだよ」

 

 武田(たけだ)は、芽衣(めい)ちゃんに見えるようにスマホを向けて置いた。

 

「わぁ、綺麗なお花畑ですね」

「ここから、わりと近くだよね?」

「え~と、はい。最寄りのバス停から歩いて、十分くらいかな? でも、今はまだ、見頃じゃないですよ。この辺りの春は、もう少しのんびりやって来ますから」

「ははっ、そうなんだね。けど、それは構わないんだよ。僕たちの目的は、想い出の場所だから、ね」

「へっ?」

 

 武田(たけだ)の見慣れた爽やかスマイルを、初めて目の当たりにした芽衣(めい)ちゃんは、目を丸くして、キョトンとした表情(かお)を浮かべていた。

 目的地の最寄りのバス停へ向かう車内では、彼女からのリクエストを受け、学校生活の話しで暇を過ごしている。

 

「えっ? じゃあ、五つ子の同級生って本当に居るんですかっ?」

「お前、信じてなかったのかよ?」

「だって、いつも盛って話すから。全部信じてたら保たないもん」

「信用ないのな。お前」

「ほっとけよ」

 

 へそを曲げて車窓へ顔を向けた春原(すのはら)のことは、本人の希望通り放置しておき。スマホのアルバムを開いて、球技大会の終わりに、みんなで撮った写真を見せてあげる。

 

「本当にそっくりさんだー!」

 

 最寄りのバス停で降り、そこから徒歩で十分弱、目的の菜の花畑に到着。まだ花は咲いておらず、黄色いつぼみをつけているだけで。俺たち以外の観光客の姿は見受けられなかった。

 そして、何より――。

 

「どうだい?」

「いや......」

 

 周りの景色も、空気も、懐かしさに似た感情は一切湧いてこない。

 

「やはり、空振りのようだね。次へ行こう。徒歩で行ける距離に、もう一カ所候補がある」

 

 しかしそこも、空振りに終わった。

 日が暮れ始めた頃。今日厄介になる、春原(すのはら)兄妹の自宅へと戻る。春原(すのはら)のご両親に挨拶をし、夕飯と風呂をいただき、客間で明日の支度をしていると。芽衣(めい)ちゃんが、とても申し訳なさそうな表情(かお)で座布団に座った。

 

「重ね重ねすみません」

「まぁ、新年以来の帰省だし。積もる話もあるだろ」

 

 春原(すのはら)は夕食の後「ちょっと、ツレんとこ行ってくるよ」と、飛び出して行ったきり戻ってこない。

 

「明日は、朝早くに出るんですよね?」

「ああ。帰りの時間が決まってるからな」

「寝坊したら置いていってくれて構いませんので」

「あははっ。妹さん、地図あるかな?」

「あ、はい、少々お待ちください」

 

 地理の資料集を受け取った武田(たけだ)は、東北地方のページを開き、最寄り駅から鉄道表示を指でなぞる。

 

「明日は、このルートで太平洋側へ抜けていこう」

「内陸を通って行くのか」

「条件に合った候補がなかったからね。寄り道しながら行動できるよ」

「別に、拘らなくていいぞ」

 

 そもそも、実在する場所なのかも分からないし。仮に存在していたとしても、同じ姿で残っているとも限らない。

 正しく、雲を掴むような話しだ。

 ただただ、無駄な時間を過ごしているだけなのかも知れない。

 それでも武田(たけだ)は、嫌な顔など一切見せることなく笑った。

 

「僕自身、この旅を純粋に楽しんでいるんだよ。友達と同じ時間を過ごし、友達が暮らしていた街を歩き、友達の家に泊まる。何もかもが初めての経験、かけがえのない時間を過ごしてる。春原(すのはら)君の言葉を借りれば、そう、ロマン。良い響きの言葉だと想わないかい?」

「ロマン、ね」

 

 しかし、よくもこうも恥ずかしげもなく言えるものだ。

 

「どれだけ心で想っていても、声にしなければ想いは伝わらないよ」

「そりゃそうだ。けど、芽衣(めい)ちゃんが戸惑ってるぞ」

「おっと、それは失礼」

「あ、いえ。私の好きなアーティストが、似たような詩を歌っていた方だったので。少しだけ、懐かしく思っちゃいました」

「へぇ、どんな音楽なんだ?」

「ロックなんですけど。聴きますか?」

 

 資料集の代わりに、可愛らしいデザインのラジカセを持って戻ってきた。春原(すのはら)の家では、ラジカセが標準装備のようだ。ただ、カセットテープではなく、CD。他にもUSBやスロットがついていたりと、春原(すのはら)の物と比べると新型だった。

 再生ボタンが押され、両サイドのスピーカーから音楽が流れる。

 激しい曲調、真っ直ぐな歌詞、心に訴えかけるような力強い歌声。

 

「スゲーな。ロックなのに、ラブソングだ」

「こういった音楽は、あまり聴かないけど。何か惹かれるモノを感じるね」

「誰?」

「えーと、ですね――」

 

 聞き覚えのない歌手だった。

 それもそのはず。既に引退しているそうで、音楽の配信もされいない。CDも、定価の倍以上の値段で取引されていた。

 

「よかったら、コピーしましょうか?」

 

 好意に甘えて、親父さんのパソコンを借り、スマホに取り込ませてもらった。

 そして、翌朝を迎える。

 ご両親にお礼を伝え、見送りに来てくれた芽衣(めい)ちゃんとは、改札の前で別れて。乗客も殆ど居ない始発の列車に乗り込み、旅の最終日がスタート。

 

「すんげー眠いんすが......」

「結局、いつ帰ってきたんだい?」

「家で寝てていいぞ」

「いや、行くよ。僕、キーパーソンだからさ」

「キーパーソンは、自分で言わねーよ」

 

 と言ってるそばから、いびきをかいて眠てしまった。

 昼前に、終点の隣県の駅に到着。少し早めに昼食を済ませ、都市で買い物。昨日の二の舞にならないため、春原(すのはら)に今日の宿泊先を問いただしたところ、俺たちに転校の話しを持ち出した幸村(こうむら)の爺さんの家であることが判明。姉妹たちの分と一緒に土産を用意しておき。

 沿岸沿いを行く単線路線の汽車に乗り、更に北上して進む。

 車窓には、白波を立てる荒れた海が広がっていた。

 その何気ない景色は、煽るかのように、俺の心をざわつかせる。

 

「さぁ、次の駅だよ。帰り時間を考慮すると。次を含めて、あと二箇所くらいが限界かな」

「結局、見つからなかったねぇ」

「お前、キーパーソンじゃなかったのか?」

「外れることだってあるさ。まぁ、契約通り出来高ゲットしたから満足だけどね」

 

 もしかして、それを目的に実家を選んじゃないんだろうな。

 無人の最寄り駅で下車。目的地は、バスも通っていない、山の中。地図アプリのナビを頼りに、寂れた田舎町を歩き。舗装もされていない、薄暗い山道へ入る。

 やがて、日の当たる開けた場所に出た。

 

「こりゃまた広いねぇ」

「見頃には、一面黄色い絨毯になるんだろうね。岡崎(おかざき)君?」

 

 今までとは、違う感覚を覚えていた。

 菜の花畑、周囲を囲む小高い山々。見覚えがある、そんな気がする。

 

岡崎(おかざき)? おい、どうしたんだよ」

「僕たちも、行こう」

 

 まるで何かに導かれるように、俺は歩き出していた。

 山道の横道へ入り、更に奥へと進んで行く。

 そして、その先に現れたのは――。

 

「ここは、岬のようだね」

「あの遠くに見える島って、北海道?」

「おそらくね。ここが、本州の最北端かな?」

「またずいぶんと遠くまで来たもんだねぇ。僕の実家よりも北だよ。大地の果てって感じだ。それで、ここなの?」

 

 春原(すのはら)からの問いかけに、はっきりとした答えは出せなかった。

 

「心当たりがあるのかい?」

「マジっすか」

「いや。ただ、この景色を見たことがある。そんな気がするだけだ」

 

 もしかすると、テレビか何かで観ただけなのかも知れない。

 けど、何かが引っかかる。それだけは、確かだ。

 

「近くを散策してみよう。手がかりが見つかるかも知れないよ」

「あ、ああ......」

「まだ歩くんすか?」

 

 武田(たけだ)の提案を聞き入れ、後ろ髪を引かれる思いを感じながら、岬を離れる。

 

「この辺りは、旧家屋が多いね。どう?」

「特に、何もないな」

 

 年度末ということもあってなのか、あちらこちらで工事をしている。この町も、日々姿を変えている。もし何か見つかるようなことがあれば、それはきっと、奇跡的な確率だろう。

 

「どうした?」

春原(すのはら)君?」

 

 ダルそうに後ろを歩いていた春原(すのはら)が、純和風造りの家屋の前で、らしくもなく神妙な面持ちをしていた。

 

「たぶんさ。僕の思い過ごしだと思うんだけどさ。これ――」

 

 少し戻って、春原(すのはら)が指を差した先にある表札を読む。

 

「なるほど、偶然にしては出来すぎているよね?」

「奇遇だな。俺も同じことを思った」

 

 掲げられた表札には、岡崎(おかざき)と記されていた。

 

「さて、どうしようか?」

「いや、さすがにあり得ないだろ。って、お前なぁ」

 

 葛藤も虚しく。春原(すのはら)は、インターフォンを押していた。

 

「聞いた方が早いじゃん。あとは野となれ山となれ、旅の恥はかき捨てろってね!」

 

 それ、使い方間違ってるからな、とツッコむ間もなく、女性の声で応答があった。

 

「あ、すみませーん。僕、春原(すのはら)っていいます。ちょっと聞きたいんですけどー。なぁ、岡崎(おかざき)、お前の親父さんの名前って?」

 

 ひとつタメ息をつき、親父の名前を伝える。

 すると、しばらく間が開き「少々お待ちください」と、返事と同時に通話が途絶えた。

 

「お待たせしました」

 

 着物姿の品のある女性が、玄関から出てきた。

 その女性は、俺たちを見るなり。驚きの表情(かお)を浮かべ、口元に手を添え、絞り出すようなか細い声で言った。

 

「......な、直幸(なおゆき)

 

 それは、俺の父親の名前だった。

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