学食で出会った女子と瓜二つ顔で、大きな緑色のリボンを頭に巻いた女子は、
「よろしくお願いしますっ」
とても人懐っこい笑顔での挨拶に、思わず面を喰らってしまう。
「あ、ああ......。
「はい。
「さっき学食で、お前にそっくりな顔の女子と会った。星形のヘアピンをしてる女子。もしかして――」
「
やっぱり、そうか。道理でそっくりな顔なわけだ。もう一人の
「でも、スゴいです。初対面で、私たちを見分けられる方は珍しいですからっ」
席に着いた
「よく間違われるのか?」
「それはもう。前の学校の先生も、最後まで完璧には見分けられなかったのではないかと」
それ、教師としてどうなんだ。身に付けているアクセサリーも、雰囲気も違うし、普通は見分けられるだろう。資質を疑われるぞ。
「と言うわけで、私たちを初見で見分けたスゴい人に認定です。おめでとうございますっ! と言っても、まだ初級ですが」
「初級? まあ、いい。それより――」
質問しようとした時、教師に注意を促された。
「一瞬で持っていかれたな」
「く、悔しくなんてないやいっ!」
考えることは皆同じ。気を引くパンダの対象はあっという間に、
「その制服、黒薔薇女子だよね?」
「はい、一応......」
「スゲー、本物のお嬢様学校出身だ! 挨拶は、ごきげんようって噂は――」
「あ、あはは......」
姉妹の話をしていた時と違って、何やら歯切れの悪い受け答え。何か、特別な事情があるような感じに思えたけど、俺には関係のないことだ。わざわざ首を突っ込む理由もない。午後最後の授業の準備に取りかかる。
「次って、何だっけ?」
「体育。体力測定って話しだ」
「ふーん、体力測定ねぇ。ちょっと本気出しちゃおうかな~?」
内容が体力測定と知った
更衣室で体操着に着替え、グラウンドへ移動。
「あれ? 隣のクラスと合同でやるんだ」
「体力測定だからだろ。どうせ、やる内容は同じだからな」
「ふふーん、それは、ますますチャンスだねぇ~。ストレッチ、付き合ってくれよ」
「ハァ、仕方ないな」
嫌々言いつつも、ケガをしたくないのは本音。ストレッチに付き合い、軽く体をほぐす。やってみて思い知らされた。想像以上に体が硬い。
「集合!」
ガタイの良い体育教師から号令が掛かった。クラスごとにまとまって集まる。全体でストレッチを行い、体力測定へ移行。最初の種目は、50メートル走。出席番号順に名前を呼ばれ、俺の順番が回ってきた。久々に全力で走った感想は――しんどい、以外出てこない。
「
まだ十人も走っていないが、とりあえず暫定一位。
「やるじゃん」
「とりあえず、面目は保てただろ?」
ベストからはほど遠い記録、正直、体力の低下を思い知らされた。深く大きく深呼吸して、上がった息を整える。そうしている間に、
「よーし、いっちょやってやるか!」
「ああー、待て」
「何だよ?」
「飛ばし過ぎない方がいいぞ」
「あん? ああ、そう言うことね。僕に、抜かれたくないってことでしょ。大丈夫だって、そこまで無慈悲じゃないからさ!」
「一応、忠告はしたからな」
自信満々の
「ううっ......」
涙を浮かべながら、トボトボと戻ってきた。
「だから言ったじゃないか」
真面目に走ることが久しぶり過ぎて、思うように足が上手く回らなかった。運動会で父親が足を取られるのは、きっとあんな感じ何だろう。男子が走り終わり、女子の番。男子は、別の種目へ移行。
「――七秒フラット!」
大きな歓声が上がる。
「おっ。
「みたいだな」
走り終えたランナーの頭には、目立つ緑色の大きなリボンが揺れていた。転校生の、
「あはは、やっぱり速いねー、
「もぅ~、ちゃんと真面目に走りなよぉ」
「いやいや、お姉ちゃん、全力で走ってたよ?」
――お姉ちゃん。姉妹ということは、
「呼ばれてるぞー」
「あ、ああ」
次の種目は、ハンドボール投げ。事情を知っているらしく、体育教師が確認して来た。
「どうする?」
「えっと、じゃあ棄権――」
「やるよな!」
「おい。お前、知ってるだろ?」
「分かってるって。でも、お前なら出来る!」
「無茶言うなよ......」
「別にいいじゃん、オーバーで投げなきゃいけないって決まりもないし。ですよね?」
「ん? まぁ、どんな投げ方でも構わないが」
「ほらな。一緒に恥かこうぜー」
「それが、本音かよ。ったく......」
棄権するよりも評価してくれるということで、仕方なく参加することに。50メートル走でそこそこの結果を残したこともあってか、結構注目が集まっている。
――こうなったら、ヤケだ。
軸足に体重を乗せて、思い切り腕を振り抜く。低い軌道を描いたボールは、20メートル辺りに落下した。
「ナイスピッチ! いやー、全盛期の斉藤を思わせる見事なサイドスローだったね~」
「何十年前の選手だよ、現役選手で例えてくれ」
「歴史に名を残す名投手じゃん。さーて、僕の番だね。よーし、さっきの汚名をはらして名誉返上してやるぞー!」
名誉を返上してどうするつもりなんだか、そもそも返上する名誉もない。発言には呆れるが、宣言通り平均を大きく超える大遠投を見せ、50メートル走の汚名を返上。
その後は、滞りなく進み。最後の種目を無事に終え、他の連中が終わるのを木々の日陰に入って待つ。
「ハァハァ......ヤバい、マジで死にそうっす」
「お前、この後、部活なんだろ?」
「いや......これ以上動くと、ミートグッバイする自信があるよ」
それ、間違ってるからな、と突っ込む気力すら無い。乱れている息を整えるだけで精一杯。休息を取っていたところ、すぐ近くをショートカットの女子が、使い終わったハンドボールが入ったカゴを運んでいた。よく前が見えないのか、足下がおぼつかない様子。辺りには、他の器具が放置されたままになっている。
「
「ちょっと行ってくる」
見てしまった以上、致し方ない。もし見過ごして、後味の悪い結果になるのは御免被る。足に鞭を打って、彼女の元へ駆け寄り、カゴの反対側から支える。結構重い。こんなの女子に運ばせるなよ。
「手伝う。どこへ運べばいいんだ?」
「あっ、ありがとっ。えっと、体育用具庫なんだけど......」
彼女の足が止まった。
「どこなんだろうね」
「知らないのか?」
「あははっ、実は、私――」
「
声が聞こえた方を見る。ボールで視界が塞がっているため顔は見えないが、緑色のリボンが近づいて来る。どうやら、
「あれれ? あなたは、後ろの席の......」
「よう」
ちらっと顔が見えた。声の主は、思った通り人物。
「
「あ、うん。聞いてきたよ。あの建物だって」
指が差された建物へ運び、指を挟まないようにカゴを降ろす。
「助かったよ、ありがとね!」
「いや、気にする......は?」
一緒にカゴを運んでいた女子の顔を見て、固まってしまった。彼女の隣に立つ女子と顔を見比べる。そんな俺に、
「まさか、もう一人居るなんて思わなかったぞ。だから、初級だったんだな」
「そう言うことですっ。でも――」
「
もう一人の姉妹、
「えっ? どうして?」
「だって、そっちの方が面白そうだしっ」
「もぅ、
「何の話しだ?」
「ううん、こっちの話し、気にしないで。ところで、キミの名前は?」
そう言えば、自己紹介がまだだった。
「俺は――」
「
木陰からやって来た
「いやー、まさか、三姉妹だったとはねぇ~」
「全くだ。さすがに混乱しそうだ」
昇降口へ向かって、四人で歩く。俺と
「だけど二人とも、
「そうなんだよ、私もびっくりしたよ」
「まぁ、たぶんアレだよね?」
「ああ、間違いなくな」
前を歩く二人が、同じタイミングで首を傾げた。
「双子の姉妹が居たんだ。前の学校で」
「へぇ、それでかぁ。あれ? 前の学校?」
「俺達も転校して来たんだよ、今日」
「わぁっ、それはスゴい偶然ですねっ」
「う~ん、こんな時期に、同じ学校から二人揃って......何やら事件のニオイがしますなぁ!」
結構、鋭いな。
「ちょっと、いろいろあったんだよ」
「そっか。聞きたいんだけど、知り合いの双子の姉妹ってどんな感じ?」
イジって来たわりに、空気を読むタイプなんだな。
「分からないのか?」
「自分達だと客観的にはね。知り合いに双子とか居ないし」
「私も、興味ありまーす。やっぱり、容姿とか、性格とか似ていたんですかっ?」
「顔は似てたな。けど......」
「性格は真逆だったね。例えると、姉はゴリラで、妹はハムスター......ひぃ!」
ドシンッ! と真後ろで大きな音がした。驚いて振り向くと――。
「え、英和辞典......?」
「な、何で、こんなところに? まさかっ」
俺と
「すみませーん、大丈夫ですかー!?」
見上げると、校舎のベランダで生徒が手を振っていた。
どうやら、誤って落としてしまったようだ。ホッと胸をなで下ろす。当たり前だ。アイツが、こんなところに居るはずがない。
「あ、危なかったですね」
「ホント、誰にも当たらなくて良かった。こんなのが当たってたら大ケガするところだったよ」
「あ、ああ、そうだな......」
「あ、あはは......」
回収した英和辞典を昇降口に置き、校舎に入る。
「私は、向こうだから。じゃあね!」
廊下で
「いやー、しんどい一日だったねぇ~」
「ああ」
転校初日、真面目に受けた授業、まさかの三つ子。
間違いなく、今までの高校生活の中で一番濃い一日だった。
正直、疲労困憊で、買ってきた夕食にもなかなか手が伸びない。結局半分近くを残して、残りは明日の朝食へ回すことにした。
シャワーを浴びて汗を流し、布団の上に横になる。
――そう言えば、聞き損ねた。まぁ、いいか。またの機会で。
目を瞑ると、すぐに睡魔が襲ってきた。