~辿り着く場所~   作:ナナシの新人

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Episode29

 商店街を離れ、住宅街の高台にある公園のベンチに並んで座る。以前話しをした時と同じくらいの時間帯なのに、空はまだ明るく、人の姿も少なくない。はしゃぐ子ども、ペットの散歩に来ている人。別のベンチには、仲よさげなカップルの姿もある。

 

「私たちも、デートって思われているかもですねー」

「むしろ破局寸前って感じじゃないか」

「えぇ~、そんなに冷めた関係に見えますか。私たち」

「さーな」

 

 テキトーに流し、遠くの景色を眺めながら話しを切り出す。

 

「今度は、何と決別するつもりだったんだ?」

「あはは、パスと同じで鋭いですね。岡崎(おかざき)さんは」

「何言ってんだ。先にパスを出したのは、お前だろ。それこそ、ここで――」

 

 新年三ヶ日の夜。この公園からの帰り道で、思い出させるきっかけを作ったのは、他の誰でもない。四葉(よつば)自身だ。

 

「いつから気づいてた?」

「私、人とぶつかることって殆どないんです。自然と受け身をとってしまうといいますか。なのであの時、どうしてぶつかっちゃったんだろうって不思議に思ってました」

「お前が、急に動いたからだろ」

「ちゃんと避けました、私のせいにしないでくださいよぉっ」

「俺も、避けたぞ」

 

 突然、目の前に人影が現れたから咄嗟に、ショップが邪魔にならない方へ避けた。四葉(よつば)も同じように避けた。そして、お互い避けられたと思ったのに、左腕同士が軽く当たった。つまり、それは......。

 

「ぶつかって当然だな」

「同じ方に避けてたんですね」

 

 おそらく、理不尽な攻撃を回避し続けて身に付いた後天性の反射神経と、四葉(よつば)の天性の反射神経が悪いカタチで重なった結果だろう。

 

「実はあの時、少し右肩を気にしていたように感じたんです。おケガをさせてしまったのではないか、と思ったんですけど」

「経験か」

「......はい」

 

 あの時、右肩を気にした覚えは俺にはない。

 たぶん、転校前も転校後も、部活の助っ人をしていた四葉(よつば)は、ケガ人を見慣れているから微かな違和感を拾ったんだろう。

 

「もしかしたらって思ったのは、体力測定の時です」

「ハンドボール投げだな」

「正解です。右肩を庇って投げていらしたので、あの時の方ではないかと」

 

 すぐに確かめなかったのは、実に四葉(よつば)らしい理由だった。触れちゃいけない、と思ったからだそうだ。

 正直に言うと。俺は最初、四葉(よつば)だとは分からなかった。

 それはそうだろう。何せ、膝の後ろ近くまであった綺麗で長い髪が、肩に掛かるくらいまでバッサリ短くなっていたのだから。

 それにあの時の四葉(よつば)は、トレードマークのリボンもしてなかった。なんでも、美容室へ行く前に、ショップのガラスに映る自分の姿と向かい合っていたそうだ。

 そして、過去の自分に別れを告げ、ショップから離れようと前を向いた時、偶然、歩いて来た俺とぶつかった、というのが事の顛末。

 

 ただ――無理して作ったあの悲痛な笑顔は、目に焼き付いていた。

 

 印象深く残っていたこと、越して来てから日が浅かったことも相まって。転校初日の学食で、上杉(うえすぎ)と言い争う五月(いつき)を見た時、凄い似てると思った。だけど、実際に言葉を交わして人違いだと分かって。そこへ、四葉(よつば)が同じクラスに転入して来た。話し方なんかはよく似ていたけど、髪形とリボンの存在が邪魔をして確信を持てなかった。

 聞けば早いと思って聞こうとも思った。でも、タイミングが合わず、転校初日と体力測定の疲れもあって聞きそびれてしまった。

 ただ、次の日の午後からは、あの悲痛な作り笑いが嘘だったみたいに嬉しそうだったから、聞くのは止めることにした。

 それから、しばらくの間は謎のままだった。

 他の姉妹たちと知り合って、更に特定し難くなって、本当に六人目の姉妹が居るんじゃないかと疑ったこともあった。

 けど、俺自身半分忘れかけた頃、林間学校の出発前の四葉(よつば)の表情を見て確信を持った。

 

 ――ああ、やっぱりあの女子は、四葉(よつば)だったんだ......と。

 

 そして今も、同じ表情(かお)をしている。

 

「ご心配おかけしてすみません。でも、大丈夫です。明日になれば、いつもの私になってますから」

「そうかよ。だったら、今日だけは無理して笑うな」

 

 言ったそばから、困り顔で苦笑いを見せる。

 まったく、試験よりも難解なヤツだ。

 

「あの、どうして、これほどまで気にかけていただけるんですか?」

 

 ――どうして、か。

 そんなこと決まっている。考えるまでもない。

 誰にでも分かる、至極単純な理由だ。

 

「友達だから、だろ。悩んでたり、苦しんでるなら、出来る限り力になってやりたい。お前が、一番よく分かってるだろ」

「あっ......そう、ですね」

 

 顔を伏せ、膝に置いた手を軽く握り、ゆっくり顔を上げた。

 

「世話焼きは、私の専売特許です。ですので、勝手に使うは禁止です。それ相応の使用料を支払っていただきますよ」

「あん? なんだよ」

「ふっふっふ、それはですね。一緒に、ブランコに乗っていただきますっ」

「はぁ?」

「さあさあ、行きましょー!」

 

 腕を取られ、無人のブランコへ強制連行。

 俺は、ただ座ったままで。四葉(よつば)は隣で、立ち漕ぎで揺られている。

 

「一緒にやりましょーよ。楽しいですよー」

「なぁ、四葉(よつば)......」

「はい?」

「我慢するのもいいけどさ。本当に大切なモノ掴み損ねちまうぞ」

 

 夕日が沈み始め、人もまばらになり、東の空に星が見え始めた頃、黙ってブランコを漕いでいた四葉(よつば)は、重い口を開いた。

 

「......ここで、大切なモノをいただきました。カタチには残っていませんが、とても大切なモノです。私には、十分すぎる宝物です。ですので――」

 

 反動を利用して勢いよく跳んだ四葉(よつば)は、安全柵を越えた先で着地して、くるっと振り向き見せた笑顔は――いたたまれないほど儚げな笑顔だった。

 

「もう、いいんです。ありがとうございます」

「そっか。お前が決めたことだから無理には止めない。悩んで、迷って、苦しんだ上で決めたんだろうし。まぁ、気は進まないけど」

 

 本音を言うと。どんな事情があろうと、後悔するような選択はして欲しくない。けど、これほどまで自己犠牲を強いる特別な理由があるのなら、俺には、これ以上先の言葉を持ち合わせてはいない。

 ブランコを降りて、安全柵に腰を掛ける。

 

「お前に、伝えたいことがあるんだ」

「何でしょうか? はっ! まさか、告白ですかっ?」

「察しがいいな。その通りだよ」

「え......えぇーっ!?」

 

 もの凄い勢いであたふたし出した。

 

「えっと、その、お気持ちはとても嬉しいですしっ。でも、愛の告白を受けるのは初めて経験でして! あの、こういう時、いったいどうすればっ!」

「誰が愛の告白って言った?」

 

 つーか、春原(すのはら)の告白はノーカウントなんだな。

 まぁ俺は、誰かさんの代わりにはなれないし。そんなものになるつもりはない。

 

「あ、あはは~......とんだ早とちりを。でも、ドキドキしたのは嘘じゃありませんよ。それで、愛ではない告白とは?」

 

 安全柵から立ち上がり、四葉(よつば)と視線を合わせる。

 言葉通りなのか、沈みかけの夕日のせいなのか、頬が少し染まっているように見えた。

 彼女の言ったように、シチュエーション的には、完全に愛の告白だ。

 なんだか、意識した途端に緊張してきた。上手く伝えられるだろうか。

 ひとつ息を吐いて、心を落ち着かせ、しっかりと言葉にして伝える。

 

四葉(よつば)――」

 

 伝えたかった言葉。

 たったのひと言だけど、ずっと想っていた言葉――ありがとう。

 

 

           * * *

 

 

 三月下旬の、ある日のこと。

 バイト先のパン屋を出たところで、二乃(にの)三玖(みく)と出会った。二人は、上杉(うえすぎ)のバイトであるケーキ屋から対照的な表情で出てきた。二乃(にの)はどこか申し訳なさそうにして。三玖(みく)は、あからさまに肩を落としてた。

 

「よう。どうしたんだ?」

「あ、朋也(ともや)......」

 

 いつにも増して、三玖(みく)のテンションが低い。

 何ごとかと思って話しを聞くと。

 

「バイトねぇ」

「ラジカセのこともあるけど。やっぱり、一花(いちか)にだけ負担をかけたくないから。だけど、負けた......」

「そもそも、あんたが料理で勝負しようなんて言い出すから......」

 

 そりゃ相手が悪い。

 

「なら、うちでやるか?」

「え?」

「今月いっぱいで欠員が出るんだ。ちょうど探してたところなんだよ。俺、こんなんだし」

 

 吊った状態で固定してある、右腕を見せる。

 これは先日、四葉(よつば)に感謝の言葉を伝えた後日に受けた、肩の手術によるもの。

 旅に出る直前の通院で、主治医である姉妹の父親から勧められた再生手術を受けた。部活が出来るようになる......とまではいかないが、今よりも上がるようになるのは間違いないとのことだ。

 けど、手術の話しを聞いた時、二つ返事で答えられなかった。

 今思えば、戒めのように感じていたのかも知れない。

 俺の、過ちの――。

 

三玖(みく)に、やる気があるなら、店長に話すけど?」

「じゃあ、お願いしてもいい?」

「切り替え早いわね、本当にいいのっ?」

「うん。さっきので改めて思ったんだ。どうやら私、作るのは好きみたいだから」

「......あっそ。じゃあ、さっさと話しに行きましょ!」

二乃(にの)も来るの?」

「なによ、悪いっ?」

「別に」

 

 二乃(にの)三玖(みく)は、またしても対照的な表情だった。

 そして、三玖(みく)の面接は、顔馴染みだったこともあってすんなりと決まった。

 そのことを、夕食を食べながら、春原(すのはら)に話す。

 

「ふーん、三玖(みく)ちゃんが、あのパン屋でね」

「しかも、作る方に興味があるみたいだ」

 

 仕出しとレジ打ち、接客しかしてなかったから、パン作りのノウハウは教えてやれないのが何とも複雑だ。

 

「へぇ、そりゃ食べてみたいもんだねぇ」

「スゲーのが出来上がると思うぞ」

「おっ、それはますます楽しみだねぇ!」

「そうだな」

 

 ある意味で。

 これが、怖いもの見たさってやつだろうか。

 

「これでひとつ、問題は解決したわけだね」

「まーな」

「どうすんの? って、決まってるか」

「ああ。ケリつけてくる」

「んじゃあ、これ持ってけ!」

 

 春原(すのはら)が、テーブルに置いたのは、旅の二日目に使った切符。俺と春原(すのはら)武田(たけだ)、三人で割り勘して出した切符の残りだった。

 

「あと二日分残ってる。僕たちからの餞別だよ。覚悟を決める時間も必要だろ?」

「......悪いな。使わせてもらう」

「おう!」

 

 差し出された拳に、軽く拳を合わせる。

 旅支度を整え。翌日、俺はひとり、東京へと向かった。

 長年抱えていた問題に、決着をつけるために――。

 

 

           * * *

 

 

 戸にかけた手が、開けるのを躊躇する。

 ここを出たのは、もう半年以上前のこと。

 あの日、顔を合わせることもなく、置き手紙だけを残して、この家を出た。

 今、どうなっているか分からない。

 逃げ出してしまいたい。そんなネガティブな想いが心を揺さぶる。

 それでも――今を逃せば、もう二度と向かい合うことは出来ない。

 目を閉じて、ひとつ深く、大きく深呼吸。

 意を決して、玄関の戸を開ける。

 玄関には、無造作に脱いだ靴が転がり。掃除をしていないのか、若干の埃っぽさを感じた。靴を脱いで、家に上がり、昼間なのに薄暗い廊下を歩いて、微かな音が漏れる居間へ向かう。

 カーテンが閉じられたままの居間は、テーブルに置かれた酒とタバコの臭いで満ちていた。

 まるで部屋に溶け込むかの様に、あの人が、父親が横になっていた。

 閉じられたカーテンと、窓を開け放つ。目映い光りと風が部屋に入り込む。違和感に気づいた親父は、身じろぎをして、こちらを向いた。

 

「親父」

「......朋也(ともや)くん?」

 

 沸き上がりそうになる感情を抑え、冷静に向かい合う。

 

「久しぶりだな」

「ああ、久しぶりだね。元気だったかい? その、腕は?」

「手術したんだ。転校先に、腕のいい医者がいて。完璧とまではいかないけど、今までよりも上がるようになるって。日常生活には支障がない位までに」

「......そうかい。それは、よかった。手術費用を――」

「それも大丈夫だ。補助が出たから」

 

 テレビを消して、正面に腰を降ろし、真っ直ぐ顔を見る。

 気のせいだろうか、記憶の中の姿よりも、老け込んだ気がする。

 

「この春。向こうで出来た友達と一緒に旅に出たんだ。ここよりも遠いずっと北の大地へ。そこで偶然、ある人に会ったんだ。あんたの母親だよ」

 

 虚ろだった目が開かれ、体を起こした。

 

「全部、聞いた。俺の、母親のことも。墓参りして、写真も見せてもらった。凄い優しそうな人だった。きっと俺なら、絶望してたと想う」

「そうか......」

「俺、避けてたんだ。苦しんでること知ってたのに、気づかないふりをして分かろうともしなかった」

 

 ――ずっと、謝りたかった。

 

「俺はもう、大丈夫だから。きっと、いろいろしんどいだろうけどさ」

 

 ――二人でなら、生きてはいけるから。

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