商店街を離れ、住宅街の高台にある公園のベンチに並んで座る。以前話しをした時と同じくらいの時間帯なのに、空はまだ明るく、人の姿も少なくない。はしゃぐ子ども、ペットの散歩に来ている人。別のベンチには、仲よさげなカップルの姿もある。
「私たちも、デートって思われているかもですねー」
「むしろ破局寸前って感じじゃないか」
「えぇ~、そんなに冷めた関係に見えますか。私たち」
「さーな」
テキトーに流し、遠くの景色を眺めながら話しを切り出す。
「今度は、何と決別するつもりだったんだ?」
「あはは、パスと同じで鋭いですね。
「何言ってんだ。先にパスを出したのは、お前だろ。それこそ、ここで――」
新年三ヶ日の夜。この公園からの帰り道で、思い出させるきっかけを作ったのは、他の誰でもない。
「いつから気づいてた?」
「私、人とぶつかることって殆どないんです。自然と受け身をとってしまうといいますか。なのであの時、どうしてぶつかっちゃったんだろうって不思議に思ってました」
「お前が、急に動いたからだろ」
「ちゃんと避けました、私のせいにしないでくださいよぉっ」
「俺も、避けたぞ」
突然、目の前に人影が現れたから咄嗟に、ショップが邪魔にならない方へ避けた。
「ぶつかって当然だな」
「同じ方に避けてたんですね」
おそらく、理不尽な攻撃を回避し続けて身に付いた後天性の反射神経と、
「実はあの時、少し右肩を気にしていたように感じたんです。おケガをさせてしまったのではないか、と思ったんですけど」
「経験か」
「......はい」
あの時、右肩を気にした覚えは俺にはない。
たぶん、転校前も転校後も、部活の助っ人をしていた
「もしかしたらって思ったのは、体力測定の時です」
「ハンドボール投げだな」
「正解です。右肩を庇って投げていらしたので、あの時の方ではないかと」
すぐに確かめなかったのは、実に
正直に言うと。俺は最初、
それはそうだろう。何せ、膝の後ろ近くまであった綺麗で長い髪が、肩に掛かるくらいまでバッサリ短くなっていたのだから。
それにあの時の
そして、過去の自分に別れを告げ、ショップから離れようと前を向いた時、偶然、歩いて来た俺とぶつかった、というのが事の顛末。
ただ――無理して作ったあの悲痛な笑顔は、目に焼き付いていた。
印象深く残っていたこと、越して来てから日が浅かったことも相まって。転校初日の学食で、
聞けば早いと思って聞こうとも思った。でも、タイミングが合わず、転校初日と体力測定の疲れもあって聞きそびれてしまった。
ただ、次の日の午後からは、あの悲痛な作り笑いが嘘だったみたいに嬉しそうだったから、聞くのは止めることにした。
それから、しばらくの間は謎のままだった。
他の姉妹たちと知り合って、更に特定し難くなって、本当に六人目の姉妹が居るんじゃないかと疑ったこともあった。
けど、俺自身半分忘れかけた頃、林間学校の出発前の
――ああ、やっぱりあの女子は、
そして今も、同じ
「ご心配おかけしてすみません。でも、大丈夫です。明日になれば、いつもの私になってますから」
「そうかよ。だったら、今日だけは無理して笑うな」
言ったそばから、困り顔で苦笑いを見せる。
まったく、試験よりも難解なヤツだ。
「あの、どうして、これほどまで気にかけていただけるんですか?」
――どうして、か。
そんなこと決まっている。考えるまでもない。
誰にでも分かる、至極単純な理由だ。
「友達だから、だろ。悩んでたり、苦しんでるなら、出来る限り力になってやりたい。お前が、一番よく分かってるだろ」
「あっ......そう、ですね」
顔を伏せ、膝に置いた手を軽く握り、ゆっくり顔を上げた。
「世話焼きは、私の専売特許です。ですので、勝手に使うは禁止です。それ相応の使用料を支払っていただきますよ」
「あん? なんだよ」
「ふっふっふ、それはですね。一緒に、ブランコに乗っていただきますっ」
「はぁ?」
「さあさあ、行きましょー!」
腕を取られ、無人のブランコへ強制連行。
俺は、ただ座ったままで。
「一緒にやりましょーよ。楽しいですよー」
「なぁ、
「はい?」
「我慢するのもいいけどさ。本当に大切なモノ掴み損ねちまうぞ」
夕日が沈み始め、人もまばらになり、東の空に星が見え始めた頃、黙ってブランコを漕いでいた
「......ここで、大切なモノをいただきました。カタチには残っていませんが、とても大切なモノです。私には、十分すぎる宝物です。ですので――」
反動を利用して勢いよく跳んだ
「もう、いいんです。ありがとうございます」
「そっか。お前が決めたことだから無理には止めない。悩んで、迷って、苦しんだ上で決めたんだろうし。まぁ、気は進まないけど」
本音を言うと。どんな事情があろうと、後悔するような選択はして欲しくない。けど、これほどまで自己犠牲を強いる特別な理由があるのなら、俺には、これ以上先の言葉を持ち合わせてはいない。
ブランコを降りて、安全柵に腰を掛ける。
「お前に、伝えたいことがあるんだ」
「何でしょうか? はっ! まさか、告白ですかっ?」
「察しがいいな。その通りだよ」
「え......えぇーっ!?」
もの凄い勢いであたふたし出した。
「えっと、その、お気持ちはとても嬉しいですしっ。でも、愛の告白を受けるのは初めて経験でして! あの、こういう時、いったいどうすればっ!」
「誰が愛の告白って言った?」
つーか、
まぁ俺は、誰かさんの代わりにはなれないし。そんなものになるつもりはない。
「あ、あはは~......とんだ早とちりを。でも、ドキドキしたのは嘘じゃありませんよ。それで、愛ではない告白とは?」
安全柵から立ち上がり、
言葉通りなのか、沈みかけの夕日のせいなのか、頬が少し染まっているように見えた。
彼女の言ったように、シチュエーション的には、完全に愛の告白だ。
なんだか、意識した途端に緊張してきた。上手く伝えられるだろうか。
ひとつ息を吐いて、心を落ち着かせ、しっかりと言葉にして伝える。
「
伝えたかった言葉。
たったのひと言だけど、ずっと想っていた言葉――ありがとう。
* * *
三月下旬の、ある日のこと。
バイト先のパン屋を出たところで、
「よう。どうしたんだ?」
「あ、
いつにも増して、
何ごとかと思って話しを聞くと。
「バイトねぇ」
「ラジカセのこともあるけど。やっぱり、
「そもそも、あんたが料理で勝負しようなんて言い出すから......」
そりゃ相手が悪い。
「なら、うちでやるか?」
「え?」
「今月いっぱいで欠員が出るんだ。ちょうど探してたところなんだよ。俺、こんなんだし」
吊った状態で固定してある、右腕を見せる。
これは先日、
旅に出る直前の通院で、主治医である姉妹の父親から勧められた再生手術を受けた。部活が出来るようになる......とまではいかないが、今よりも上がるようになるのは間違いないとのことだ。
けど、手術の話しを聞いた時、二つ返事で答えられなかった。
今思えば、戒めのように感じていたのかも知れない。
俺の、過ちの――。
「
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「切り替え早いわね、本当にいいのっ?」
「うん。さっきので改めて思ったんだ。どうやら私、作るのは好きみたいだから」
「......あっそ。じゃあ、さっさと話しに行きましょ!」
「
「なによ、悪いっ?」
「別に」
そして、
そのことを、夕食を食べながら、
「ふーん、
「しかも、作る方に興味があるみたいだ」
仕出しとレジ打ち、接客しかしてなかったから、パン作りのノウハウは教えてやれないのが何とも複雑だ。
「へぇ、そりゃ食べてみたいもんだねぇ」
「スゲーのが出来上がると思うぞ」
「おっ、それはますます楽しみだねぇ!」
「そうだな」
ある意味で。
これが、怖いもの見たさってやつだろうか。
「これでひとつ、問題は解決したわけだね」
「まーな」
「どうすんの? って、決まってるか」
「ああ。ケリつけてくる」
「んじゃあ、これ持ってけ!」
「あと二日分残ってる。僕たちからの餞別だよ。覚悟を決める時間も必要だろ?」
「......悪いな。使わせてもらう」
「おう!」
差し出された拳に、軽く拳を合わせる。
旅支度を整え。翌日、俺はひとり、東京へと向かった。
長年抱えていた問題に、決着をつけるために――。
* * *
戸にかけた手が、開けるのを躊躇する。
ここを出たのは、もう半年以上前のこと。
あの日、顔を合わせることもなく、置き手紙だけを残して、この家を出た。
今、どうなっているか分からない。
逃げ出してしまいたい。そんなネガティブな想いが心を揺さぶる。
それでも――今を逃せば、もう二度と向かい合うことは出来ない。
目を閉じて、ひとつ深く、大きく深呼吸。
意を決して、玄関の戸を開ける。
玄関には、無造作に脱いだ靴が転がり。掃除をしていないのか、若干の埃っぽさを感じた。靴を脱いで、家に上がり、昼間なのに薄暗い廊下を歩いて、微かな音が漏れる居間へ向かう。
カーテンが閉じられたままの居間は、テーブルに置かれた酒とタバコの臭いで満ちていた。
まるで部屋に溶け込むかの様に、あの人が、父親が横になっていた。
閉じられたカーテンと、窓を開け放つ。目映い光りと風が部屋に入り込む。違和感に気づいた親父は、身じろぎをして、こちらを向いた。
「親父」
「......
沸き上がりそうになる感情を抑え、冷静に向かい合う。
「久しぶりだな」
「ああ、久しぶりだね。元気だったかい? その、腕は?」
「手術したんだ。転校先に、腕のいい医者がいて。完璧とまではいかないけど、今までよりも上がるようになるって。日常生活には支障がない位までに」
「......そうかい。それは、よかった。手術費用を――」
「それも大丈夫だ。補助が出たから」
テレビを消して、正面に腰を降ろし、真っ直ぐ顔を見る。
気のせいだろうか、記憶の中の姿よりも、老け込んだ気がする。
「この春。向こうで出来た友達と一緒に旅に出たんだ。ここよりも遠いずっと北の大地へ。そこで偶然、ある人に会ったんだ。あんたの母親だよ」
虚ろだった目が開かれ、体を起こした。
「全部、聞いた。俺の、母親のことも。墓参りして、写真も見せてもらった。凄い優しそうな人だった。きっと俺なら、絶望してたと想う」
「そうか......」
「俺、避けてたんだ。苦しんでること知ってたのに、気づかないふりをして分かろうともしなかった」
――ずっと、謝りたかった。
「俺はもう、大丈夫だから。きっと、いろいろしんどいだろうけどさ」
――二人でなら、生きてはいけるから。