電車での長時間移動を終え、最寄り駅の改札を出る。
するとそこには、
「やあ、お疲れ。どうだった? 話しは出来たかい?」
「......ああ。ひとまず片は付いた。いろんなことに、な」
「そう。それは、なによりだよ」
「つーか、マジで疲れた。遠いよな、実際......」
軽く首を鳴らし、左手で腰を叩く。
「ははっ、各駅停車の在来線だからね。どこかへ入ろう。そこの、ファミレスでいいかな?」
提案を受け入れ、駅前のファミレスに入る。軽くつまめるモノとドリンクバーを注文し、アイスコーヒーで喉を潤して、ようやく落ち着くことが出来た。
「ところで、
テーブルに肘をつき、顔の前で手を組み、爽やかな笑顔は鳴りを潜め、真剣な面持ちで聞いてきた。
「今回の件。彼女たちには......?」
「整理がついてから、な。わかってる。ちゃんと話すから」
「その言葉を聞けて安心したよ。後腐れがないようにしておかないとね」
未練や心残りなんてものは残さない。全部、綺麗に片付けて終わらせるつもりだ。しかし、そう決意してはいるものの。どうしても、解消できない心残りが、ふたつある。
ひとつは、バレンタインのお返しが出来ていないこと。これはもう、どうしようもない。
そして、もうひとつの心残りは――。
この物語の行く末を見届けられないこと。
* * *
習慣なのか、特に目的もなく適当に歩いていたつもりが、バイト先のパン屋まで来てしまった。たまには客として立ち寄ろうとしたところで、目立つ金髪の客が店から出てきた。
「おっ、これまた妙なところで会ったもんだねぇ」
「不自然なのは、お前の方だろ」
それは別に構わないのだが、少し気になったことがある。
「顔が悪いぞ?」
「色を付けろよ、色をっ! 意味合いが全然違ってくるだろ! ったく、まあいいや。アニキ、お勤めご苦労さんです!」
「どこぞの若い衆のお出迎えだよ。で、なにしてたんだ?」
「パン屋なんだから、パンが目的に決まってるだろ」
普通ならそうなのだろうが。
「すぐそこのクリーニング屋に行った後、小腹が減ったから立ち寄ったんだよ」
「それで食い過ぎたのか?」
「いや、食べたのはひとつだけだよ......」
表情と言葉で、全てを察した。
「向かいのケーキ屋にでも行くか。冷やかしついでに」
「
踵を返し、向かいのケーキ屋に入る。
「いらっしゃいませ......って、お前たちか」
「
「そうだな。口コミサイトで酷評しておこう」
「止めてくれ」
「
「厨房だ」
「そういえば、初日からケーキ作ってるって言ってたな」
「速攻で時給並ばれたぞ......」
「アハハッ、そりゃ凄いねぇ。じゃあ僕は、
俺は、甘さ控えめの軽い物を頼む。女性客が大半を占める店内に若干アウェイ感を覚えつつ、ダベりながら
「なぜ、俺たちは肩を並べて歩いているんだ?」
「用事があったんだよ、お前に。これ、東京帰りの土産」
「悪いな。つーか、また出掛けて来たのか?」
「遊びに行ってたわけじゃねーよ」
「ふーん。まぁ、どうでもいいがな」
相変わらず、他人に興味を示さないやつだ。
いつもと変わらない態度に、何となく安心した。
「それと俺たち、来月から居ないから」
「そうか」
しばしの沈黙あと、
「どうした?」
「いや、聞き間違いか? 今、来月から居なくなるとか聞こえた気がしたんだが......」
「聞き間違いじゃない。東京の学校へ戻ることになった」
「それはまた、ずいぶんと唐突な話しだな。冗談なら笑えないぞ?」
「いろいろあったんだよ。本当に......いろいろな」
「そうか、冗談じゃないのか。まぁ、なんだ、寂しくなるな」
今度は、俺たちが足を止めて驚いた。
「お前にも、そういう感情あったんだな」
「サイボーグじゃなかったんだねぇ」
「失礼なやつらだな、お前ら。何だかんだ言って、あいつらの次に言葉を交わしているからな。だが、一昔前の俺なら、特別な感情は抱かなかったかもしれん」
そう呟いた
その姿を見て、自身が変わりつつあることを自覚していることが解った。隣で
「おい、
「なんだ? って――」
「今時、肩パンって。お前、いつの時代の人間だ......?」
「こんくらい受けたってバチ当たんねーっての。余計なお世話かも知んないけどさ。ちゃんと答えてやれよ」
「......何のことだ?」
殴られた左肩をさすりながら眉をひそめる
「お前たちの話し、だろ。これはお前の、お前たちの物語なんだから」
俺たちは、見届けることは出来ない。
「そういうこと。今からどう動いたって、もう、誰かを傷つけることになるのは決まってるんだ。お前も、痛い想いをしないといけない。だからって、ヘタレなことだけはするなよ? 誰のためにも、お前のためにもならないからさ」
忠告を真摯に受け止めていることは間違いない。要らないお節介だったか。無駄に済むなら越したことはない。
「さてと――」
別れ道に、辿り着いた。
「じゃあな、
「ビシッと決めろよ、色男!」
「あと。携帯の充電は、ちゃんとしておけ。俺が怒られる」
「ああ、気をつける」
「さて、僕たちも終わらせないとね」
「そうだな。今さらだけど、お前は、別に付き合う必要はないぞ」
「ほんと今さらだね。ツレないこと言うなよ。『
「暑苦しいから止めてくれ。あとbyの前後逆な」
「細かいこと気にすんなよ。さあ、飯だ飯!」
翌日、引っ越しの前々日の朝。姉妹たちの部屋を訪れ、別れの挨拶を告げた。反応は、三者三様ならぬ五者五様。
その日の昼は、
「マジかよ......!」
「いつでも会えるって。これでな」
スマホを取り出す。
「そういうことだからさ。僕たちが帰って来られる場所で居てくれよ」
「ああ。まぁ、元気でやれや」
「上手くいくといいな。意中の彼女と」
「なっ!? どこ情報だコラ!?」
「フッ、もちろん僕さ。僕は、多方面に顔が広いから、ね?」
「
「うーん、僕も、情報通を目指すことにするよ」
「おいおい。厄介なことには巻き込んでくれるなよな」
夜は、姉妹たちと
そして迎えた、引っ越し当日の朝。
始発前、駅前のターミナルまで、姉妹たち全員が見送りに来てくれた。
「
「うん、がんばってみる。私らしく、ねっ!」
後ろで手を組んで、
「これ。私と
「バスの中で食べて」
「サンキューな。ありがたくいただく。店長によろしく伝えてくれ」
「任せて。伝えておくから」
「
「別にいいわよ。そう言うの」
「そうかよ。またいつか、美味い飯ご馳走してくれ」
「......ちゃんと、食べなさいよ? パンばっかじゃ栄養バランス崩れちゃうんだから」
「ああ。気をつける」
「いい先生になれよ、
「最大限の努力をします。お元気で」
「お前たちもな」
そして、最後に
「短い間だったけど楽しかった。お前が、クラスメイトで本当に良かったよ」
俺と
――だから、ありがとうと伝えた。
「......私も、とても楽しかったです。毎日、楽しいことでいっぱいでした。ありがとうございました」
出発を知らせる、アナウンスが流れた。
自販機に飲み物の調達に行っていた
「挨拶は済んだみたいだね。じゃあ、僕からもひと言。みんな、愛してるよ!」
ドン滑り。放送事故が起きた。他人のふりを決め込むとしよう。
「さっさと行きなさい」
「冗談っす!」
「マジで乗り遅れるぞ。じゃあな」
五人に別れを告げ、高速バスに乗り込む。
バスは、定刻通り出発。見送りに来てくれた五人の姿が徐々に遠ざかって行き、やがて見えなくなった。
「部活、どうするんだ?」
「あん? やるわけないだろ、あんないけ好かない連中なんかと。僕のチームメイトは、アイツらだけだっての」
「そっか」
「でも、そうだね。フットサルコートでバイトでもしようかな? 遊べるし、一石二鳥だよね」
「そうだな。あとお前、どこに住むんだ? また、学生寮か」
「いや、もう撤去されちゃったみたいなんだ」
「なら、アパート借りるのか?」
「心配はいらないよ、下宿させて貰えることになったんだ。
「マジか」
「空き部屋はいっぱいあるから遠慮するなってさ」
「ふーん、よかったな。二度と遅刻出来ないけど」
「......やっぱ僕、こっちに残るっす!」
「もう無理だ、諦めろ」
隣で、それはそれは大きなタメ息を漏らした。
「ハァ、僕たちってさぁ。つくづく損な役回りだよね?」
「損を出来るのはいい男なんだろ? それに、仕方ないだろ。俺たちは――」
――この物語の主役じゃないんだから。
* * *
あの別れの日から、二週間後の夜。
俺は再び、姉妹たちと過ごした町を訪れてた。
「順調に回復しているようだね。この調子なら次回は、抜糸できそうだ。どうだい? 学校生活の方は」
カルテにペンを走らせながら、姉妹の父親が話題を振る。
「まぁ、それなりに」
「そうかい」
「娘さんたちは、元気ですか?」
「生憎、家出中でね。困ったことに、近状を知る術を失ってしまった」
「聞いたらどうです?」
「なかなか忙しくてね」
相変わらずだな、この人も。
「嬉しそうでしたよ。みんな、同じクラスになれて」
「それは何よりだよ。偶然とはいえ」
――偶然ね。裏で手を回していそうなニオイがプンプンするのは気のせいだろうか。
「あの、ところで。交通費がバカにならないんですけど」
「ふむ。しかし、キミの主治医としては――」
「ああーそういえば、CMが決まったってメッセージを
「それは、初耳だね。さて、通院の話しだったね。ではこうしよう。紹介状を書こう。僕の知り合いが経営している病院がある。腕は保証するよ。ただし――」
「定期的に連絡を入れます」
「そうしてくれたまえ」
紹介状を書き終わるのを待っていると、ふと壁に掛けられたカレンダーが目に入った。4月14日。
「あの」
「なんだい?」
「帰る前に、挨拶させてもらっていいですか?」
返事は、頷くだけだった。ダメというわけはないようだ。
姉妹の母親が眠る墓に花を供え、手を合わせる。
「さて、帰るか」
次は、いつ来られるか分からない。
けど、忘れることは決してない。
何せこの町は、俺を変えてくれた場所だから――。
「って、おいおい、マジかよ......」
掲示板に、事故渋滞の情報が表示されていた。
今日中に、帰れるのかよ。
しかし、悪い予感ってのは、得てして的中してしまうもので。家に着いたのは、午前0時を回った、草木も眠る丑三つ時だった。
* * *
この町は嫌いだった。
忘れたい思い出が染みついた場所だから。
東京なのに、そこそこ自然豊かな町。迂回をしての通学。最短で直線距離をぶち抜けば、どれくらい短縮出来るのだろうか。止めておこう。野暮にもほどがある。
学校へ続く、町の大通り。しかし、同じ学校の生徒の姿はない。今日が、休みというわけでもない。
つまり、登校する時間ではないということだ。
夜遅くだったおかげで、思い切り遅刻。
たまには、いいだろう。担任には、通院していることを事前に伝えてあるし。問題ない。
大通りから横道に入って、満開の桜が咲き誇る坂道を登る。
校門まで、あと200メートル。あるはずのない生徒の姿があった。
――女子生徒。
坂道の途中で、立ち尽くしている。
「この学校は、好きですか?」
「ん?」
隣に並んだ瞬間、問いかけられた。
「私は、とってもとっても好きです」
俺に問いかけたわけではなかった。
「でも、なにもかも変わらずにはいられないです。楽しいこととか、嬉しいこととか、全部――」
儚げな表情で、たどたどしく話し続ける。
何か、辛いことがあったんだろうか。
「全部、変わらずにはいられないです。それでも、この場所が好きでいられますか? 私は――」
「見つければいいだけだろ」
「えっ?」
強い風が吹き抜けた。
まるで粉雪のように舞う薄紅色の桜吹雪の中、こちらを向いた彼女は、とても驚いていた。
誰かが居るだなんて、微塵も思っていなかったのだろう。
「新しいこと見つければいいだけだろ。それにさ――」
去年と変わらず、咲き誇る薄紅色の桜の木々へと目を移す。
変わるものもあるし。変わらないものだってある。
球技大会の時の写真を設定した待ち受けは、しばらく変えられそうにない。
「いろいろしんどいこともあるけどさ。変わっていくのも、そんな悪いことばかりじゃねーよ」
俺は、それを知っているから――。
「ほら、行こうぜ。遅刻だ」
「あ、はいっ」
俺たちは登り始める。
長い、長い坂道を――。