~辿り着く場所~   作:ナナシの新人

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エピローグとなります。
原作未読の方は、おそらくいらっしゃらないとは思いますが。念のため、花嫁はやや若干ぼかして書いています。


Epilogue

 到着を知らせるアナウンスが、列車内に流れた。

 荷物を持ち、膝の上に座っていた娘――(うしお)とはぐれないように手を繋いで、駅のホームに降り、始発のためか人通りもまばらな通路を抜けて、改札を潜り、駅の外へ出る。

 するとそこには、迎えが来てくれていた。

 あの日、この町を去った時と同じ、五人――。

 

「ん?」

 

 とある違和感に気がついた。知っている顔が、ふたつ足りない。迎えてくれたのは、三人だった。疑問に思いながらもとりあえず、手を振ってくれている彼女たちの元へ向かう。

 

「ひさしぶり、朋也(ともや)(うしお)ちゃんも、元気だった?」

 

 微笑みながら声をかけてくれたのは、あの頃とは、まるで別人のように明るくなった三玖(みく)。長い前髪で半分近く隠れていた顔も、今は、しっかりわかる。

 

「お前たちも、元気そうで安心したよ」

「少し見ないうちに大きくなったわね。前に会ったのは、年末だから......三ヶ月くらいかしら?」

 

 ツーサイドアップからふたつ結びのお下げ髪に髪形を変えた二乃(にの)は、膝に手を添えてしゃがむと優しく、頭を撫でた。されるがまま、少しくすぐったそうだ。嬉しそうに笑ってるからいいけど。

 

岡崎(おかざき)君、抱かせてもらってもいいかな?」

「ん? ああ、嫌がらなければ」

「やった。おいで~」

 

 俺の顔を見上げてから、たどたどしく、手を広げる五月(いつき)の元へ歩いていった。そして、抱きかかえられる。

 

「うーん、カワイイ! 連れて帰っていいっ?」

「ダメに決まってるだろ。なにを言ってるんだ、お前は」

「むむっ、かくなる上は、家裁に養子縁組の虚偽申請という禁じ手を使って、合法的に――」

「あんた、昔の四葉(よつば)みたいなこと言ってるわよ?」

 

 一番変わったのは間違いなく、五月(いつき)だろう。

 見た目の変化は髪を伸ばしたのと、メガネをかけたくらいだけど、いつの頃からか、あの堅苦しい丁寧語をあまり使わなくなった。使い始めの頃は、両方が入り混じって変な言葉使いになっていたのが懐かしい。

 

五月(いつき)、そろそろ時間じゃないの?」

「あっ! じゃあ、行ってくるね。(うしお)ちゃん、またあとで遊ぼうね」

「うんー」

 

 名残惜しそうに手を振った五月(いつき)は、早足で近くのコインパーキングに入り、車を運転して別の方向へと走り去っていった。

 

「どこ行ったんだ?」

「空港よ。一花(いちか)を迎えにね」

「空港?」

一花(いちか)は今、撮影で海外に行ってて。今日、戻って来るんだ。私たちも行こう。朝ご飯、まだだよね? 用意するから」

 

 お言葉に甘えて、住宅街の中にある、二人が切り盛りする喫茶店で、朝食をご馳走してもらう。

 

「美味しい?」

「うん、おいしー」

「よかった」

五月(いつき)じゃないけど、気持ちは分かるわ。いっそのこと、こっちに越してくれば?」

「簡単を言ってくれるなよ」

「冗談よ。はい、コーヒー」

「サンキュー」

 

 湯気の立つカップを持つ。ふと、カウンターの奥にひっそりと置かれたラジカセが目に入った。

 

「置いてあるんだな。ラジカセ」

「うん。ふたりで出し合って買った、大切な物だから」

「今も現役よ。前に、朋也(ともや)に貰った新譜も、時々あれで聴いてるわ。営業中は流せないけど」

「ロックだからな」

 

 曲調はロックなのに、歌詞は、思い切りバラードのラブソング。さすがに、この落ち着いた店の雰囲気には合わないだろう。

 

「ところで、四葉(よつば)は?」

「まだ来てないわ」

「アイツ、二、三日前に出たはずだけど?」

「え? そうなの? でもさっき、もうすぐ喫茶店(ここ)に着くってメッセージが届いたんだけど......」

「ま、まあ、まだ全然間に合うわよ」

 

 だといいけど。遅れでもしたら、さすがに笑えない。

 コーヒーを飲み干して、席を立つ。

 

上杉(うえすぎ)、上にいるよな? ちょっと挨拶してくる」

「わかった。見ておくから」

「頼むな。上杉(うえすぎ)の兄ちゃんと話してくるから、お姉ちゃんたちの言うこと、ちゃんと聞いて、いい子で待ってるんだぞ」

「うん」

 

 こくっと頷いた。

 

朋也(ともや)の子とは思えないくらい素直な子よね」

「ほっとけ。すぐ戻ってくるから」

 

 二人に任せて、店を出る。店舗兼住宅の階段を登り、玄関先で呼び鈴を押す。返事は、すぐに返ってきた。ドアが開いて、顔を出したのは、上杉(うえすぎ)の妹――らいはちゃん。高校生になって、すっかり大人びた印象を受ける。

 

「お久しぶりです。岡崎(おかざき)さん」

「ご無沙汰、らいはちゃん。上杉(うえすぎ)、起きてる?」

「はい。どうぞ」

 

 家に上がらせてもらう。

 上杉(うえすぎ)は忙しなく、身支度をしていた。

 

「よう」

「なんだ、お前か」

「悪いな。忙しい時に押しかけちまって」

「まったくだ」

「コラ! 遠いところからお祝いに来てくれたんだから」

 

 苦言と共に、コーンッ! と、気持ちの良い音が響いた。

 

「お玉で叩いてくれるな......。ひとりか?」

二乃(にの)三玖(みく)が見てくれてる」

「そうか。春原(すのはら)のヤツは?」

「まだ。披露宴には間に合うように来るって言ってた。武田(たけだ)は、残念だったな」

 

 海外留学中の武田(たけだ)は、どうしても都合が合わなかった。代わりに、ビデオレターを預かっている。披露宴で流す予定。

 

「けど、安心したよ。あの自己中で、無神経で、鈍感なお兄ちゃんに、遠くから駆けつけてくれる友達ができたなんて。ずっと不安だったんだ」

「らいは、さすがに傷つくぞ?」

 

 卒業後、東京の大学へ進学した上杉(うえすぎ)

 入れ替わる形で、春原(すのはら)が地元へ帰ったこともあって、同じく東京へ進学した武田(たけだ)を含めた三人で過ごすことも少なくなかった。単純な時間だけで言えば、五つ子や春原(すのはら)よりも付き合いは長いのかもしれない。

 ――救われていたのは、きっと、俺の方だな。

 久しぶりに、上杉(うえすぎ)の母親に挨拶させてもらう。

 目をつむり、静かに手を合わせていると。静けさを切り裂く大声が下の階から聞こえた。

 

「ん? なんだ?」

「今、悲鳴みたいなのが聞こえたような......って、お兄ちゃん、時間!」

「マズい!」

 

 荷物を詰め込んだバッグを肩に担いだ上杉(うえすぎ)は、玄関のドアノブに手をかける。

 

「忘れ物ない?」

「たぶんない。じゃあ、先に行ってるぞ。アイツらに伝えておいてくれ!」

 

 返事をする前に、まるで嵐のように去って行ってしまった。

 

「もー、大丈夫なのかな?」

「まぁ、大丈夫だろ、たぶん。さて、そろそろ戻るよ。声をかけてくる」

「はい。ありがとうございましたー」

 

 玄関を出て階段を降りると、五月(いつき)が運転していた車とロードバイクが軒先に停めてあった。どうやら、全員合流したようだ。店に入る。

 

「やっほー、朋也(ともや)君。久しぶりだね。ねぇ、聞いて。四葉(よつば)ってば、ここまで、自転車で来たんだって!」

「マジでチャリで来たのか? 県境くらいまでは行くかと思ってたけど、スゲー根性だな」

 

 今や、大女優の仲間入りした一花(いちか)との再会に感動なんてものはなく、挨拶もそこそこに、(うしお)を抱いている四葉(よつば)に顔を向ける。

 

「あはは~、実は、ついさっき着いたばかりで。手荒い歓迎を受けていたところです」

「相変わらず仲がよさそうでなによりだ。てか、行かなくていいのか? 上杉(うえすぎ)はもう、式場に行ったぞ」

「あ、そうなんだ。そろそろ、私たちも行こっか。お店のシャッター降ろしてくるね」

「じゃあ私、車回してくるから。出られるように準備しておいて」

 

 三玖(みく)五月(いつき)は、店の外へ。三人も身支度を始める。

 

「あっ、私の担当メイクさん来てくれるって」

「ほ、本当にやるのっ!?」

「何を今さら怖じ気付いてんのよ。あんたも乗り気だったじゃない」

「それは、そうだけど......」

「何の話しだ?」

「ちょっとしたサプライズだよ。フータロー君にねっ」

 

 後ろで手を組んで、悪戯な笑顔でウインク。

 いったい、何を企んでいるのやら。

 ただひとつ確かなことは、苦労するな、上杉(うえすぎ)も。

 同情しつつ、荷物を持って、姉妹たちと一緒に店を出る。

 

「一緒に行かないんですか?」

「寄っておきたい場所があるんだ。それに、五人乗りだろ? この車」

「ですね。それでは、お待ちしてます。またあとでね」

 

 微笑みながら頭を撫でた四葉(よつば)が助手席に乗ると、五月(いつき)が運転する車は、式場へ向かって走り出した。

 そして俺たちは、車とは反対側へと歩き出した。

 

 

           * * *

 

 

 何年ぶりだろうか。町の商店街を、手を繋いで歩く。

 見覚えのない建物、知らないショップも増えた。逆に、なくなってしまった店もある。半年以上住んでいたアパートも、もうないそうだ。

 それでも、変わらないところもある。

 例えば、世話になったバイト先のパン屋。向かいのケーキ屋なんかも、そのひとつだ。

 花屋で生花を買い求め、向かった先、姉妹の母親が眠る墓前には、先客が居た。

 知っている顔。

 何かと世話になった主治医であり、五つ子姉妹の父親。

 

「ご無沙汰してます」

「久しぶりだね。この子は......あの時の?」

「はい。娘の、(うしお)です。(うしお)、挨拶」

「こんにちはー」

「こんにちは。大きくなったね」

 

 ポーカーフェイスなのは変わらないが、昔の印象よりも気持ち、穏やかな目をしているような気がする。

 

「優しい瞳をしている。とても真っ直ぐ育っているようだね」

「支えてくれた人たちのおかげです。今も、多くの人に支えられ、助けられています」

 

 家族、姉妹たち、春原(すのはら)上杉(うえすぎ)武田(たけだ)、向こうへ戻ってから出会った新しい友人、知人。

 他にも、挙げきれない人たちに支えられて生きている。

 

「――だとすれば。それは、キミの人徳によるものだよ。話しは、娘たちから聞いていた。食事中、よく話題に上がっていたからね。にわかには信じがたい話しもままあった」

 

 部活の手伝い、学校で結婚式を挙げる手伝い、不良の抗争を収めるためにケンカをしたことも。卒業した後も、いろいろなことがあった。時には、上杉(うえすぎ)武田(たけだ)を巻き込んだこともあった。

 今となっては、どれも懐かしい思い出だ。

 

「僕は、僕の未熟さ故に、大切な娘たちの成長を傍で見守ることができなかった。キミは立派に果たしているよ、岡崎(おかざき)君。これからも励みたまえ、大切な家族のため、キミ自身ために」

 

 ――はい、と会釈をして答えたその時、父親のスマホが鳴った。「失礼」と、画面を見た瞬間、先ほどとは打って変わって、あからさまに目が据わった。

 

「私だ。さてね。確認してみたが、今日のスケジュールは真っ白だ」

 

 よく言う。きっちり正装して、準備万端なのに。

 親バカなところは相変わらずのようだ。

 

「.....今日はオフだったはずだったが、キミに会う予定ができた」

 

 それだけを告げると、通話をぶった切り。何ごともなかったかのように振る舞う。

 

「さて。では、行こうか」

「先に、挨拶させていただければと思います」

「そうかい。彼女も、喜んでくれていると想う。では、失礼するよ」

 

 背中に向けて、頭を下げる。

 振り返り、墓前に花を手向けて、手を合わせる。

 

「......よし。少し急ぐぞ。お姉ちゃんの結婚式に遅れちゃうからな」

「うんっ」

 

 手を繋ぎ直し、結婚式場へ向かう。

 この繋いだ小さな手も、いつの日か離れていくのだろう。

 どのような物語を紡ぎ、どのような場所へ辿り着くのか。

 それは、誰にもわからない。

 ただ、今は一緒に歩いて、一番近くで見守っていこうと思う。

 

 今、この瞬間を後悔しないように......。

 いつの日か、この手を離れていく、その時まで――。




今話で完結になります。
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

「成長」と「家族愛」をテーマに構成しました。
最終的なルートとしては『汐END if』という流れになります。
見方によってはバッドエンド、ビターエンドに感じる方もいると思いますが。テーマを思いついた時、着地点としては、ここがベターなのかなという形で締めました。
改めまして、最後までお付き合いくださりありがとうございました。

――参考資料。
〇五等分の花嫁/春場ねぎ先生
〇CLANNAD/key
〇CLANNAD ~光見守る坂道で~/key

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