原作未読の方は、おそらくいらっしゃらないとは思いますが。念のため、花嫁はやや若干ぼかして書いています。
到着を知らせるアナウンスが、列車内に流れた。
荷物を持ち、膝の上に座っていた娘――
するとそこには、迎えが来てくれていた。
あの日、この町を去った時と同じ、五人――。
「ん?」
とある違和感に気がついた。知っている顔が、ふたつ足りない。迎えてくれたのは、三人だった。疑問に思いながらもとりあえず、手を振ってくれている彼女たちの元へ向かう。
「ひさしぶり、
微笑みながら声をかけてくれたのは、あの頃とは、まるで別人のように明るくなった
「お前たちも、元気そうで安心したよ」
「少し見ないうちに大きくなったわね。前に会ったのは、年末だから......三ヶ月くらいかしら?」
ツーサイドアップからふたつ結びのお下げ髪に髪形を変えた
「
「ん? ああ、嫌がらなければ」
「やった。おいで~」
俺の顔を見上げてから、たどたどしく、手を広げる
「うーん、カワイイ! 連れて帰っていいっ?」
「ダメに決まってるだろ。なにを言ってるんだ、お前は」
「むむっ、かくなる上は、家裁に養子縁組の虚偽申請という禁じ手を使って、合法的に――」
「あんた、昔の
一番変わったのは間違いなく、
見た目の変化は髪を伸ばしたのと、メガネをかけたくらいだけど、いつの頃からか、あの堅苦しい丁寧語をあまり使わなくなった。使い始めの頃は、両方が入り混じって変な言葉使いになっていたのが懐かしい。
「
「あっ! じゃあ、行ってくるね。
「うんー」
名残惜しそうに手を振った
「どこ行ったんだ?」
「空港よ。
「空港?」
「
お言葉に甘えて、住宅街の中にある、二人が切り盛りする喫茶店で、朝食をご馳走してもらう。
「美味しい?」
「うん、おいしー」
「よかった」
「
「簡単を言ってくれるなよ」
「冗談よ。はい、コーヒー」
「サンキュー」
湯気の立つカップを持つ。ふと、カウンターの奥にひっそりと置かれたラジカセが目に入った。
「置いてあるんだな。ラジカセ」
「うん。ふたりで出し合って買った、大切な物だから」
「今も現役よ。前に、
「ロックだからな」
曲調はロックなのに、歌詞は、思い切りバラードのラブソング。さすがに、この落ち着いた店の雰囲気には合わないだろう。
「ところで、
「まだ来てないわ」
「アイツ、二、三日前に出たはずだけど?」
「え? そうなの? でもさっき、もうすぐ
「ま、まあ、まだ全然間に合うわよ」
だといいけど。遅れでもしたら、さすがに笑えない。
コーヒーを飲み干して、席を立つ。
「
「わかった。見ておくから」
「頼むな。
「うん」
こくっと頷いた。
「
「ほっとけ。すぐ戻ってくるから」
二人に任せて、店を出る。店舗兼住宅の階段を登り、玄関先で呼び鈴を押す。返事は、すぐに返ってきた。ドアが開いて、顔を出したのは、
「お久しぶりです。
「ご無沙汰、らいはちゃん。
「はい。どうぞ」
家に上がらせてもらう。
「よう」
「なんだ、お前か」
「悪いな。忙しい時に押しかけちまって」
「まったくだ」
「コラ! 遠いところからお祝いに来てくれたんだから」
苦言と共に、コーンッ! と、気持ちの良い音が響いた。
「お玉で叩いてくれるな......。ひとりか?」
「
「そうか。
「まだ。披露宴には間に合うように来るって言ってた。
海外留学中の
「けど、安心したよ。あの自己中で、無神経で、鈍感なお兄ちゃんに、遠くから駆けつけてくれる友達ができたなんて。ずっと不安だったんだ」
「らいは、さすがに傷つくぞ?」
卒業後、東京の大学へ進学した
入れ替わる形で、
――救われていたのは、きっと、俺の方だな。
久しぶりに、
目をつむり、静かに手を合わせていると。静けさを切り裂く大声が下の階から聞こえた。
「ん? なんだ?」
「今、悲鳴みたいなのが聞こえたような......って、お兄ちゃん、時間!」
「マズい!」
荷物を詰め込んだバッグを肩に担いだ
「忘れ物ない?」
「たぶんない。じゃあ、先に行ってるぞ。アイツらに伝えておいてくれ!」
返事をする前に、まるで嵐のように去って行ってしまった。
「もー、大丈夫なのかな?」
「まぁ、大丈夫だろ、たぶん。さて、そろそろ戻るよ。声をかけてくる」
「はい。ありがとうございましたー」
玄関を出て階段を降りると、
「やっほー、
「マジでチャリで来たのか? 県境くらいまでは行くかと思ってたけど、スゲー根性だな」
今や、大女優の仲間入りした
「あはは~、実は、ついさっき着いたばかりで。手荒い歓迎を受けていたところです」
「相変わらず仲がよさそうでなによりだ。てか、行かなくていいのか?
「あ、そうなんだ。そろそろ、私たちも行こっか。お店のシャッター降ろしてくるね」
「じゃあ私、車回してくるから。出られるように準備しておいて」
「あっ、私の担当メイクさん来てくれるって」
「ほ、本当にやるのっ!?」
「何を今さら怖じ気付いてんのよ。あんたも乗り気だったじゃない」
「それは、そうだけど......」
「何の話しだ?」
「ちょっとしたサプライズだよ。フータロー君にねっ」
後ろで手を組んで、悪戯な笑顔でウインク。
いったい、何を企んでいるのやら。
ただひとつ確かなことは、苦労するな、
同情しつつ、荷物を持って、姉妹たちと一緒に店を出る。
「一緒に行かないんですか?」
「寄っておきたい場所があるんだ。それに、五人乗りだろ? この車」
「ですね。それでは、お待ちしてます。またあとでね」
微笑みながら頭を撫でた
そして俺たちは、車とは反対側へと歩き出した。
* * *
何年ぶりだろうか。町の商店街を、手を繋いで歩く。
見覚えのない建物、知らないショップも増えた。逆に、なくなってしまった店もある。半年以上住んでいたアパートも、もうないそうだ。
それでも、変わらないところもある。
例えば、世話になったバイト先のパン屋。向かいのケーキ屋なんかも、そのひとつだ。
花屋で生花を買い求め、向かった先、姉妹の母親が眠る墓前には、先客が居た。
知っている顔。
何かと世話になった主治医であり、五つ子姉妹の父親。
「ご無沙汰してます」
「久しぶりだね。この子は......あの時の?」
「はい。娘の、
「こんにちはー」
「こんにちは。大きくなったね」
ポーカーフェイスなのは変わらないが、昔の印象よりも気持ち、穏やかな目をしているような気がする。
「優しい瞳をしている。とても真っ直ぐ育っているようだね」
「支えてくれた人たちのおかげです。今も、多くの人に支えられ、助けられています」
家族、姉妹たち、
他にも、挙げきれない人たちに支えられて生きている。
「――だとすれば。それは、キミの人徳によるものだよ。話しは、娘たちから聞いていた。食事中、よく話題に上がっていたからね。にわかには信じがたい話しもままあった」
部活の手伝い、学校で結婚式を挙げる手伝い、不良の抗争を収めるためにケンカをしたことも。卒業した後も、いろいろなことがあった。時には、
今となっては、どれも懐かしい思い出だ。
「僕は、僕の未熟さ故に、大切な娘たちの成長を傍で見守ることができなかった。キミは立派に果たしているよ、
――はい、と会釈をして答えたその時、父親のスマホが鳴った。「失礼」と、画面を見た瞬間、先ほどとは打って変わって、あからさまに目が据わった。
「私だ。さてね。確認してみたが、今日のスケジュールは真っ白だ」
よく言う。きっちり正装して、準備万端なのに。
親バカなところは相変わらずのようだ。
「.....今日はオフだったはずだったが、キミに会う予定ができた」
それだけを告げると、通話をぶった切り。何ごともなかったかのように振る舞う。
「さて。では、行こうか」
「先に、挨拶させていただければと思います」
「そうかい。彼女も、喜んでくれていると想う。では、失礼するよ」
背中に向けて、頭を下げる。
振り返り、墓前に花を手向けて、手を合わせる。
「......よし。少し急ぐぞ。お姉ちゃんの結婚式に遅れちゃうからな」
「うんっ」
手を繋ぎ直し、結婚式場へ向かう。
この繋いだ小さな手も、いつの日か離れていくのだろう。
どのような物語を紡ぎ、どのような場所へ辿り着くのか。
それは、誰にもわからない。
ただ、今は一緒に歩いて、一番近くで見守っていこうと思う。
今、この瞬間を後悔しないように......。
いつの日か、この手を離れていく、その時まで――。
今話で完結になります。
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
「成長」と「家族愛」をテーマに構成しました。
最終的なルートとしては『汐END if』という流れになります。
見方によってはバッドエンド、ビターエンドに感じる方もいると思いますが。テーマを思いついた時、着地点としては、ここがベターなのかなという形で締めました。
改めまして、最後までお付き合いくださりありがとうございました。
――参考資料。
〇五等分の花嫁/春場ねぎ先生
〇CLANNAD/key
〇CLANNAD ~光見守る坂道で~/key