柔らかな日差しが差し込む、爽やかな朝。
まどろみの中、初秋のひんやりとした風が頬を撫で、小鳥のさえずりが聞こえる清々しい朝の目覚めは、地獄だった。
激しい筋肉痛に見舞われ、体の節々が悲鳴を上げている。僅かでも体を動かそうものなら、容赦なく激痛が襲いかかってくる。
それでも何とか立ち上がり、壁伝いに隣の部屋へ。
アホ面でいびきをかいて眠っている、
「い、いってぇ~!」
「アイタッ! な、何すんだよ、って、チョーイテぇ! し、死ぬぅーッ!?」
転げ回る度に、痛みが襲ってくると言う終わりのない拷問のような状態。
その様は正に、地獄絵図そのものだった。
「あ、あのさぁ......起こして貰ってあれなんだけど。もう少し穏やかに起こしてくれませんか?」
「体を屈めるのもキツかったんだよ。起こしてやっただけありがたく思ってくれ......」
朝飯を済ませ、自室へ戻り、制服に着替える。
「おい。着替えないと遅れるぞ?」
おそらく、昨日の倍近く登校に時間を要するだろう。
「今日は、ちょっと休もうかな? ほら、体の調子が悪いって言うか......」
「あっそ。別に、いいけど。言っておくけど、お前の方がリミット迎えるの早いからな?」
「はい?」
「五十歩百歩でも、俺は、お前よりは出席率が高い。先に退学を宣告されるとすれば、お前の方だ。つまり、指針なんだよ」
「さ、さーて、今日も、ワンダフルで楽しい学生生活をエンジョイしようかな~! あは、あはは......」
いろいろとツッコミどころが満載だけど、何も言うまい。
一足先に部屋を出て、激痛が走る足を引きずりながら通学路を歩き、やっとの思いで学校に到着。先に登校してクラスの女子達とお喋りしていた
「あ、
「ああ......早いな」
笑顔が、若干むくれっ面に変わった。
「ダメですよ。朝の挨拶は、おはようございます。小さい頃、教わりませんでしたか?」
「......おはよ。これでいいか?」
「はい。おはようございますっ」
満足したらしい。笑顔に戻った。
小さくタメ息をついて、ゆっくり腰を下ろす。
「あのー、もう一人の方は?」
「ん?
「えっ、格闘!?」
「ああ。それも、超強敵を相手にな。おそらく、教室に来る頃には足腰が立たなくなっているはずだ。生まれ立ての子鹿の様に......」
「あわわわっ、スポーツの特待生と聞きましたが。ま、まさか、格闘技だったなんて......!」
どうやら、冗談は通じないタイプらしい。本気で驚いている。
「ハァ、なんだ、そう言うことでしたか。もぅ、ビックリしたじゃないですか。脅かさないでくださいよっ」
「悪かった。で、いいのか?」
俺達のやり取りを、遠目に眺めていた女子達へ視線を向ける。
「あっ! ごめんなさいっ」
「ううん、気にしないで。ちょっと驚いてただけだから」
「驚いた? 何に?」
「えっと。昨日は、話しかけるなオーラがスゴかったから。普通に話しててスゴいなーって、ね?」
隣の女子が、うんうんと大きく頷いている。
なるほど、そう言う理由か。確かに、人付き合いは得意な方じゃない。けど昨日のことは、明らかに調子に乗っていた
「じゃあいいか?」
「あ、求人雑誌。アルバイトですか?」
「生活費を稼がないといけないんだ」
年齢、時間、資格、他にも縛りがあって、候補を見つけるだけでも一苦労だ。とりあえず、徒歩で通えるところなら――。
「スゴいね。バイトと部活の両立なんて」
「うん。昨日の体育でも、二人とも目立ってたし」
女子達の会話に、手が止まる。ダメだ、言うな。
「......俺は――」
「
突然、
そして、その場でくるりと一周回る。
「今日の私は、昨日とどこが違うでしょーかっ?」
「はぁ?」
何の前触れもなく、唐突に始まったクイズにあっけにとられ、自分でも驚くほどすっとんきょうな声を上げてしまった。
「制限時間は、10秒です! さあ、どこでしょうっ?」
「どこって......」
「はい、あと5秒! ヒントは――」
「制服」
「首から下です。はい、大正解! パチパチパチっ!」
わざとらしく、大袈裟に拍手して周囲を巻き込んだ。
「へぇ、ちゃんと見てるんだ」
「そう言うの、大事だよね」
「よかったですね、クラスの女子からは高評価ですよ。しししっ」
何か、どうでも良くなったな。
「ちょっといいかな? そこ、通して貰える......」
「わっ、本当にカクカクしてるっ!」
粗末な木の棒を杖の代わりにした
* * *
午前の授業が終わり、昼休み。
俺と
「イテテ、一年間のブランク舐めてたよ......」
「だから、言っただろ」
スポーツは、一日練習を怠ると戻すのに三日かかると言われてる。
「戻る頃には、最後のインハイも選手権も終わってるな」
「フッ、僕を見くびってくれるなよ?
それ、悪い意味だろう。敵味方お構いなしに被害があるって意味じゃないか。
「つまり、不可能を可能にする天才ってことさ!」
「あっそ。まあ、頑張れ」
俺は俺で、地道にやらせて貰う。と言うか、そうする以外の道はない。試験勉強も、バイトも探さないといけない。前途多難もいいところだ。
「おやおや、大繁盛だねぇ~」
「出遅れたからな」
昼休み前の授業は教室移動、ついでに筋肉痛のお陰で足取りも重かったことも相まって、学食は既に満席。仕方なく、購買でパンを買うことにしたのだが、こちらも総菜系のパンは全滅。売れ残りは、あんパンを筆頭とした甘い系統のパンばかりだった。
「まいったな......」
「この際、あんパンで妥協するしかないでしょ。食べとかないと、放課後まで持たないよ。それとも、抜け出してファミレスにでも行く?」
「その体でか?」
「よし! あんパンだ。すみませーん!」
あんパンとアイスコーヒーを購入し、入り口近くの壁に寄りかかって、ようやく昼食にありつく。久しぶりに食べるあんパンは、どこか懐かしい味がした。どうしてだろうか。たまには、こう言うのも悪くないと思った。
「ん? あれ、うちのクラスの三つ子ちゃんじゃない?」
「あん? ああ、そうみたいだな」
あの緑色の大きなリボンは、
「あれ? どうして、こんなところで食べてるの?」
声をかけてきたのは、トレイを持った女子。
「隣のクラスの三つ子ちゃんじゃん」
「やっほー」
「出遅れて、満席だったんだよ」
「そうなんだね。言ってくれれば、相席してあげたのに」
返却口にトレイを置いた
「そもそも、見つけられないだろ」
「スマホは?」
「持ってない」
「えっ? 今時?」
ちょっと引かれた。特に気にせずに会話を続ける。
「別に、常時連絡を取り合うようなヤツも居ないしねぇ」
「ああ。必要性を感じたこともなかった」
「え、えぇ~......じゃあ、どうやって情報集めてるの? テレビとか、雑誌だけ?」
「雑誌の立ち読みはたまにするけど。つーか、テレビあったけ?」
「知らん」
少なくとも、俺が使ってる部屋にはなかった。
「あ、あれ? 何だろう? 二人と話してると、私の方がおかしいような気持ちになってくるんだけど......?」
「
星形のヘアピン、三姉妹の一人、
「あなたたちは、昨日の――」
「よう、また会ったな」
「ども、昨日は助かったよ」
「いえ、あのくらいことでしたら......」
「
「な、何ですか? 唐突に――」
「ちょっと何してんのよ? 他の人の迷惑でしょ」
姉妹の後ろから姿を見せた女子に、俺と
「なあ、
「ああ、そうだ。お前は今、夢を見ているんだ」
「あ、あはは、やっぱりそうだよね! 同じ顔が四つもあるわけないもんね!」
「そうだ。だから、確かめてやるよ」
軽く蹴りを入れる。反動で足に激痛が走った。
「......普通に痛いっす」
「......夢じゃなかったな」
今、目の前に居る。
四人目の同じ顔の女子も、実在する本物のようだ。
* * *
「ありえない、ありえないんですけど!」
邪魔になると言う理由で、中庭に場所を移した後、開口一番に言葉を発したのは、新しい姉妹――
「スマホが必要ないとか、マジありえないから! 私なら、絶対耐えられないわ!」
「私も、無いと不便に思います。お店のチェックや予約に欠かせませんし」
「だよね? よかった~。私が、おかしくなったかと思ったよ」
何だか、いろいろとディスられている様な気がする。
少しからかってやるか、と
「果たして、本当にそうなのかな?」
「なによ、どう言う意味よっ?」
「もし、手元にないと不安に感じるなら依存症の傾向にあるんじゃない? 例えば、ふと気がつくと用もなく触ってたり......」
「四六時中、メールチェックしてたりしてな」
軽く乗っかってみた。
「そうそう。もし、返信を怠ると仲間外れにされるんじゃないかとか、他人の目ばかりを気にしてるんじゃないの?」
「うっ、そ、それは......」
三人ともが、似たような反応を見せた。本当に心当たりがあるみたいだ。テキトーに言っただけなのに、案外当たるものだな。
「あーあ、それは重症だ。もう後戻り出来ないねぇ」
「まぁ、その辺にしとけよ」
「ええ~、ここからが面白いところなのに?」
「なっ!? からかうとかサイテー!」
眉尻を上げた
「......ですが、一理あるのかも知れません」
「なに?
「いえ、そうではなく。勉強が疎かになっている原因のひとつなのではないかと」
「そこを指摘されちゃうと、ちょっと否定できないかも?」
「別に、全部スマホの影響とは言えないわっ」
「ですが。家庭教師が付くことになったことは、事実です」
何やら、姉妹で口論が始まってしまった。と言うか、大丈夫なんだろうか。
「なんか、僕達、置いて行かれちゃったね」
「ああ。それより、
「なにー?」
「なによっ?」
「なんですか?」
三人同時に反応した。そうだった、全員が
「今、何時か分かるか?」
「時間ですか? えっと、一時――」
「お、遅れてしまいますっ!」
「おい、急ぐぞ!」
「なんでこうなるのよー!」
「あははっ、どうしてだろうねっ!」
「ちょっ、僕を置いていかないでいただけませんかーッ!?」
筋肉痛に耐えながら階段を駆け上がり、本鈴の前に教室に到着。着席すると、
「どうしたんですか? 顔色が優れていないですよ」
「あ、ああ、ちょっとな......」
食後のダッシュはキツい。横っ腹が激しく痛い。
「お前は、朝より調子が良いみたいだな。何か、いいことでもあったか?」
「えっ、そう見えますかっ?」
見えるから言ってるんだけどな。
俺には、今の彼女の笑顔が、朝の三割増しくらいに思えた。
「ああ~、そうだ。学食で、姉妹にあったぞ。四人目のな」
「あっ!」
「二度あることは三度あるって言うけど、四度目があるとは思わなかったぞ」
「あはは......、すみません。
「昨日のやり取りはそれかよ」
全く、しょうの無いいたずらを。
「因みに、その子、どんな感じでしたか?」
「どんなって。一番強気な感じで表情が豊かだった」
「ああ~、
「ちょっと待て。今の口ぶり、他にも姉妹が居るように聞こえたんだが......?」
「さー! 授業ですよ!」
笑顔で誤魔化しやがった、マジで他にも居るのか? それとも、いたずらの延長なのだろうか。
「席つけ、始めるぞ」
案内してくれた主任、日本史の担当教師が教室に入って来た。数秒遅れてで到着した
「先生......僕、頑張ったっす。横っ腹押さえて、足を引きずって、めいっぱい急いだんです! だから、どうか!」
「分かった分かった、いいから席につけ!」
「あざっす!」
必死の形相での懇願に、教師の方が折れ、勝ち誇った様にどや顔で席ついた
そして――。
「放課後だね」
「お前、本当に何ごともなかったかのように振る舞うのな」
授業が終わった途端に復活。
「それでは、私は――」
「あっ、待ってー」
朝、彼女と話していた女子たちが呼び止める。
「歓迎会しようって話しになったんだけど」
「えっと、とっても嬉しいお誘いなのですが。実は今日、家庭教師の先生がいらっしゃる予定がありまして......ごめんなさいっ!」
「そっかー。じゃあ、また明日」
「はーい! お二人も、また明日ー!」
元気よく教室を出て行った。俺も、席を立つ。
「
「
「うん、そうだね。また今度にしよ」
変に気を回させるのも、こっちとしても気を使う。それは互い損しかしない。穏便に済ませておく方がいい。
「じゃあな」
「またねー」
「って、お前は、部活の見学だろ?」
「いや、今日はもう、ゆっくりしたいなーって」
「来週、小テストを行うそうだ。お前が寝てた、日本史な。中間・期末試験ほどじゃないが、多少なりとも内申に関わるそうだぞ」
「......行ってきます」
うっすら涙を浮かべた
校舎を出た俺は、アパートに荷物を置き、町へ出た。
「ハァ......」
団地付近にあった公園のブランコに座って、沈み行く夕日を眺めていると、自然と大きなタメ息が漏れる。求人情報を片手に何軒か回ってみたが、時間だったり、距離だったり、とどこかしらで引っかかる。
そうしている間に日は沈み、夜空に星が瞬き始めた。
――帰るか。
住宅街を抜けて、初日に訪れたパン屋に立ち寄り、夕食を調達。会計中、ふと、バイト募集のビラが目に入った。
「あ、あの!」
「はい?」
店員に詳しい話しを聞き、アパートへ帰る。
「パン屋?」
「ああ。通学路の間に店があるんだ。そこで仕出しのバイトをすることになった」
朝、登校前に開店前の手伝いと放課後。まかないで、焼きたてのパンを貰える。食費も浮いて、一石二鳥のバイト。
「へぇ、そうなんだ。まっ、ガンバレよ」
「言われなくてもな。お前は、一人で起きろよ」
「......はい?」
「言っただろう? 早朝のバイトだって。今日より早く出ることになる。そのまま学校へ直行だ」
「......なあ、おかざ――」
「さて、明日から早いから俺はもう寝る。お休み」
何かを言いかけた
さて、明日から忙しくなるな。