~辿り着く場所~   作:ナナシの新人

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Episode3

 柔らかな日差しが差し込む、爽やかな朝。

 まどろみの中、初秋のひんやりとした風が頬を撫で、小鳥のさえずりが聞こえる清々しい朝の目覚めは、地獄だった。

 激しい筋肉痛に見舞われ、体の節々が悲鳴を上げている。僅かでも体を動かそうものなら、容赦なく激痛が襲いかかってくる。

 それでも何とか立ち上がり、壁伝いに隣の部屋へ。

 アホ面でいびきをかいて眠っている、春原(すのはら)に蹴りを入れる。反動で体中に激痛が走った。

 

「い、いってぇ~!」

「アイタッ! な、何すんだよ、って、チョーイテぇ! し、死ぬぅーッ!?」

 

 転げ回る度に、痛みが襲ってくると言う終わりのない拷問のような状態。

 その様は正に、地獄絵図そのものだった。

 

「あ、あのさぁ......起こして貰ってあれなんだけど。もう少し穏やかに起こしてくれませんか?」

「体を屈めるのもキツかったんだよ。起こしてやっただけありがたく思ってくれ......」

 

 朝飯を済ませ、自室へ戻り、制服に着替える。

 春原(すのはら)は、優雅にコーヒーをすすっていた。

 

「おい。着替えないと遅れるぞ?」

 

 おそらく、昨日の倍近く登校に時間を要するだろう。

 

「今日は、ちょっと休もうかな? ほら、体の調子が悪いって言うか......」

「あっそ。別に、いいけど。言っておくけど、お前の方がリミット迎えるの早いからな?」

「はい?」

「五十歩百歩でも、俺は、お前よりは出席率が高い。先に退学を宣告されるとすれば、お前の方だ。つまり、指針なんだよ」

「さ、さーて、今日も、ワンダフルで楽しい学生生活をエンジョイしようかな~! あは、あはは......」

 

 いろいろとツッコミどころが満載だけど、何も言うまい。

 一足先に部屋を出て、激痛が走る足を引きずりながら通学路を歩き、やっとの思いで学校に到着。先に登校してクラスの女子達とお喋りしていた四葉(よつば)が、元気いっぱいの笑顔で挨拶をしてきた。

 

「あ、岡崎(おかざき)さん。おはよーございまーす!」

「ああ......早いな」

 

 笑顔が、若干むくれっ面に変わった。

 

「ダメですよ。朝の挨拶は、おはようございます。小さい頃、教わりませんでしたか?」

「......おはよ。これでいいか?」

「はい。おはようございますっ」

 

 満足したらしい。笑顔に戻った。

 小さくタメ息をついて、ゆっくり腰を下ろす。

 

「あのー、もう一人の方は?」

「ん? 春原(すのはら)のことか? たぶん今頃、格闘してるんじゃないか」

「えっ、格闘!?」

「ああ。それも、超強敵を相手にな。おそらく、教室に来る頃には足腰が立たなくなっているはずだ。生まれ立ての子鹿の様に......」

「あわわわっ、スポーツの特待生と聞きましたが。ま、まさか、格闘技だったなんて......!」

 

 どうやら、冗談は通じないタイプらしい。本気で驚いている。

 

「ハァ、なんだ、そう言うことでしたか。もぅ、ビックリしたじゃないですか。脅かさないでくださいよっ」

「悪かった。で、いいのか?」

 

 俺達のやり取りを、遠目に眺めていた女子達へ視線を向ける。

 

「あっ! ごめんなさいっ」

「ううん、気にしないで。ちょっと驚いてただけだから」

「驚いた? 何に?」

 

 四葉(よつば)が、小さく首を傾げる。俺も同じ感想だ。ただ、普通にダベっていただけなのに、いったい何を驚くことがあるのだろうか。

 

「えっと。昨日は、話しかけるなオーラがスゴかったから。普通に話しててスゴいなーって、ね?」

 

 隣の女子が、うんうんと大きく頷いている。

 なるほど、そう言う理由か。確かに、人付き合いは得意な方じゃない。けど昨日のことは、明らかに調子に乗っていた春原(すのはら)と同列にされたくなかっただけで。話しかけられれば、話し返すくらいのことはする。まあ、面倒な時は切るけど。

 

「じゃあいいか?」

「あ、求人雑誌。アルバイトですか?」

「生活費を稼がないといけないんだ」

 

 年齢、時間、資格、他にも縛りがあって、候補を見つけるだけでも一苦労だ。とりあえず、徒歩で通えるところなら――。

 

「スゴいね。バイトと部活の両立なんて」

「うん。昨日の体育でも、二人とも目立ってたし」

 

 女子達の会話に、手が止まる。ダメだ、言うな。

 

「......俺は――」

岡崎(おかざき)さん、問題です!」

 

 突然、四葉(よつば)が目の前で大声を上げた。

 そして、その場でくるりと一周回る。

 

「今日の私は、昨日とどこが違うでしょーかっ?」

「はぁ?」

 

 何の前触れもなく、唐突に始まったクイズにあっけにとられ、自分でも驚くほどすっとんきょうな声を上げてしまった。

 

「制限時間は、10秒です! さあ、どこでしょうっ?」

「どこって......」

「はい、あと5秒! ヒントは――」

「制服」

「首から下です。はい、大正解! パチパチパチっ!」

 

 わざとらしく、大袈裟に拍手して周囲を巻き込んだ。

 

「へぇ、ちゃんと見てるんだ」

「そう言うの、大事だよね」

「よかったですね、クラスの女子からは高評価ですよ。しししっ」

 

 何か、どうでも良くなったな。

 

「ちょっといいかな? そこ、通して貰える......」

「わっ、本当にカクカクしてるっ!」

 

 粗末な木の棒を杖の代わりにした春原(すのはら)が、始業時間ギリギリで登校してきた。

 

 

           * * *

 

 

 午前の授業が終わり、昼休み。

 俺と春原(すのはら)は、重い足取りで学食へ向かっていた。

 

「イテテ、一年間のブランク舐めてたよ......」

「だから、言っただろ」

 

 スポーツは、一日練習を怠ると戻すのに三日かかると言われてる。

 

「戻る頃には、最後のインハイも選手権も終わってるな」

「フッ、僕を見くびってくれるなよ? 岡崎(おかざき)。僕は、向陽中の諸刃のエースストライカーと恐れられた存在なんだぜ?」

 

 それ、悪い意味だろう。敵味方お構いなしに被害があるって意味じゃないか。

 

「つまり、不可能を可能にする天才ってことさ!」

「あっそ。まあ、頑張れ」

 

 俺は俺で、地道にやらせて貰う。と言うか、そうする以外の道はない。試験勉強も、バイトも探さないといけない。前途多難もいいところだ。

 

「おやおや、大繁盛だねぇ~」

「出遅れたからな」

 

 昼休み前の授業は教室移動、ついでに筋肉痛のお陰で足取りも重かったことも相まって、学食は既に満席。仕方なく、購買でパンを買うことにしたのだが、こちらも総菜系のパンは全滅。売れ残りは、あんパンを筆頭とした甘い系統のパンばかりだった。

 

「まいったな......」

「この際、あんパンで妥協するしかないでしょ。食べとかないと、放課後まで持たないよ。それとも、抜け出してファミレスにでも行く?」

「その体でか?」

「よし! あんパンだ。すみませーん!」

 

 あんパンとアイスコーヒーを購入し、入り口近くの壁に寄りかかって、ようやく昼食にありつく。久しぶりに食べるあんパンは、どこか懐かしい味がした。どうしてだろうか。たまには、こう言うのも悪くないと思った。

 

「ん? あれ、うちのクラスの三つ子ちゃんじゃない?」

「あん? ああ、そうみたいだな」

 

 あの緑色の大きなリボンは、四葉(よつば)で間違いない。話している男子、どこかで見たことがあるような。

 

「あれ? どうして、こんなところで食べてるの?」

 

 声をかけてきたのは、トレイを持った女子。四葉(よつば)の姉妹の、一花(いちか)だった。

 

「隣のクラスの三つ子ちゃんじゃん」

「やっほー」

「出遅れて、満席だったんだよ」

「そうなんだね。言ってくれれば、相席してあげたのに」

 

 返却口にトレイを置いた一花(いちか)は、こちらへ向き直した。どうやら、話しを続けるつもりの様だ。

 

「そもそも、見つけられないだろ」

「スマホは?」

「持ってない」

「えっ? 今時?」

 

 ちょっと引かれた。特に気にせずに会話を続ける。

 

「別に、常時連絡を取り合うようなヤツも居ないしねぇ」

「ああ。必要性を感じたこともなかった」

「え、えぇ~......じゃあ、どうやって情報集めてるの? テレビとか、雑誌だけ?」

「雑誌の立ち読みはたまにするけど。つーか、テレビあったけ?」

「知らん」

 

 少なくとも、俺が使ってる部屋にはなかった。

 

「あ、あれ? 何だろう? 二人と話してると、私の方がおかしいような気持ちになってくるんだけど......?」

一花(いちか)、何をしているのですか?」

 

 星形のヘアピン、三姉妹の一人、五月(いつき)がやって来た。

 

「あなたたちは、昨日の――」

「よう、また会ったな」

「ども、昨日は助かったよ」

「いえ、あのくらいことでしたら......」

 

 一花(いちか)が、五月(いつき)に迫る。

 

五月(いつき)ちゃん、聞いて!」

「な、何ですか? 唐突に――」

「ちょっと何してんのよ? 他の人の迷惑でしょ」

 

 姉妹の後ろから姿を見せた女子に、俺と春原(すのはら)は目を疑った。

 

「なあ、岡崎(おかざき)。僕は、夢を見てるのかな?」

「ああ、そうだ。お前は今、夢を見ているんだ」

「あ、あはは、やっぱりそうだよね! 同じ顔が四つもあるわけないもんね!」

「そうだ。だから、確かめてやるよ」

 

 軽く蹴りを入れる。反動で足に激痛が走った。

 

「......普通に痛いっす」

「......夢じゃなかったな」

 

 今、目の前に居る。

 四人目の同じ顔の女子も、実在する本物のようだ。

 

 

           * * *

 

 

「ありえない、ありえないんですけど!」

 

 邪魔になると言う理由で、中庭に場所を移した後、開口一番に言葉を発したのは、新しい姉妹――中野(なかの)二乃(にの)。四人の姉妹の中で一番後ろ髪が長く、まるで蝶のような黒色のリボンでツーサイドアップに結っている。

 

「スマホが必要ないとか、マジありえないから! 私なら、絶対耐えられないわ!」

「私も、無いと不便に思います。お店のチェックや予約に欠かせませんし」

「だよね? よかった~。私が、おかしくなったかと思ったよ」

 

 何だか、いろいろとディスられている様な気がする。

 少しからかってやるか、と春原(すのはら)は悪い笑みを浮かべた。

 

「果たして、本当にそうなのかな?」

「なによ、どう言う意味よっ?」

「もし、手元にないと不安に感じるなら依存症の傾向にあるんじゃない? 例えば、ふと気がつくと用もなく触ってたり......」

「四六時中、メールチェックしてたりしてな」

 

 軽く乗っかってみた。

 

「そうそう。もし、返信を怠ると仲間外れにされるんじゃないかとか、他人の目ばかりを気にしてるんじゃないの?」

「うっ、そ、それは......」

 

 三人ともが、似たような反応を見せた。本当に心当たりがあるみたいだ。テキトーに言っただけなのに、案外当たるものだな。

 

「あーあ、それは重症だ。もう後戻り出来ないねぇ」

「まぁ、その辺にしとけよ」

「ええ~、ここからが面白いところなのに?」

「なっ!? からかうとかサイテー!」

 

 眉尻を上げた二乃(にの)は、プイッと顔を横に向けてしまった。

 

「......ですが、一理あるのかも知れません」

「なに? 五月(いつき)。あんた、そっち側に付くつもり」

「いえ、そうではなく。勉強が疎かになっている原因のひとつなのではないかと」

「そこを指摘されちゃうと、ちょっと否定できないかも?」

「別に、全部スマホの影響とは言えないわっ」

「ですが。家庭教師が付くことになったことは、事実です」

 

 何やら、姉妹で口論が始まってしまった。と言うか、大丈夫なんだろうか。

 

「なんか、僕達、置いて行かれちゃったね」

「ああ。それより、中野(なかの)――」

「なにー?」

「なによっ?」

「なんですか?」

 

 三人同時に反応した。そうだった、全員が中野(なかの)だった。まあ、この際誰でもいい。

 

「今、何時か分かるか?」

「時間ですか? えっと、一時――」

 

 五月(いつき)がスマホで時刻読み上げようとした正にその瞬間、昼休みの終了を告げる予鈴が鳴り響いた。

 

「お、遅れてしまいますっ!」

「おい、急ぐぞ!」

「なんでこうなるのよー!」

「あははっ、どうしてだろうねっ!」

「ちょっ、僕を置いていかないでいただけませんかーッ!?」

 

 筋肉痛に耐えながら階段を駆け上がり、本鈴の前に教室に到着。着席すると、四葉(よつば)が後ろを向いた。

 

「どうしたんですか? 顔色が優れていないですよ」

「あ、ああ、ちょっとな......」

 

 食後のダッシュはキツい。横っ腹が激しく痛い。

 

「お前は、朝より調子が良いみたいだな。何か、いいことでもあったか?」

「えっ、そう見えますかっ?」

 

 見えるから言ってるんだけどな。

 俺には、今の彼女の笑顔が、朝の三割増しくらいに思えた。

 

「ああ~、そうだ。学食で、姉妹にあったぞ。四人目のな」

「あっ!」

「二度あることは三度あるって言うけど、四度目があるとは思わなかったぞ」

「あはは......、すみません。一花(いちか)が内緒にしておこうと。その方が、リアクションが面白いからって」

「昨日のやり取りはそれかよ」

 

 全く、しょうの無いいたずらを。

 

「因みに、その子、どんな感じでしたか?」

「どんなって。一番強気な感じで表情が豊かだった」

「ああ~、二乃(にの)ですね」

「ちょっと待て。今の口ぶり、他にも姉妹が居るように聞こえたんだが......?」

「さー! 授業ですよ!」

 

 笑顔で誤魔化しやがった、マジで他にも居るのか? それとも、いたずらの延長なのだろうか。

 

「席つけ、始めるぞ」

 

 案内してくれた主任、日本史の担当教師が教室に入って来た。数秒遅れてで到着した春原(すのはら)はそのまま、教師の元へ行き。

 

「先生......僕、頑張ったっす。横っ腹押さえて、足を引きずって、めいっぱい急いだんです! だから、どうか!」

「分かった分かった、いいから席につけ!」

「あざっす!」

 

 必死の形相での懇願に、教師の方が折れ、勝ち誇った様にどや顔で席ついた春原(すのはら)は、まるで息絶えるように机に突っ伏した。

 そして――。

 

「放課後だね」

「お前、本当に何ごともなかったかのように振る舞うのな」

 

 授業が終わった途端に復活。四葉(よつば)はおかしそうに笑って、バッグを肩にかけた。

 

「それでは、私は――」

「あっ、待ってー」

 

 朝、彼女と話していた女子たちが呼び止める。

 

「歓迎会しようって話しになったんだけど」

「えっと、とっても嬉しいお誘いなのですが。実は今日、家庭教師の先生がいらっしゃる予定がありまして......ごめんなさいっ!」

「そっかー。じゃあ、また明日」

「はーい! お二人も、また明日ー!」

 

 元気よく教室を出て行った。俺も、席を立つ。

 

岡崎(おかざき)くんも、用事あるの?」

中野(なかの)が居ないと意味ないだろ?」

「うん、そうだね。また今度にしよ」

 

 変に気を回させるのも、こっちとしても気を使う。それは互い損しかしない。穏便に済ませておく方がいい。

 

「じゃあな」

「またねー」

「って、お前は、部活の見学だろ?」

「いや、今日はもう、ゆっくりしたいなーって」

「来週、小テストを行うそうだ。お前が寝てた、日本史な。中間・期末試験ほどじゃないが、多少なりとも内申に関わるそうだぞ」

「......行ってきます」

 

 うっすら涙を浮かべた春原(すのはら)は、とぼとぼと歩いて行った。

 校舎を出た俺は、アパートに荷物を置き、町へ出た。

 

「ハァ......」

 

 団地付近にあった公園のブランコに座って、沈み行く夕日を眺めていると、自然と大きなタメ息が漏れる。求人情報を片手に何軒か回ってみたが、時間だったり、距離だったり、とどこかしらで引っかかる。

 そうしている間に日は沈み、夜空に星が瞬き始めた。

 ――帰るか。

 住宅街を抜けて、初日に訪れたパン屋に立ち寄り、夕食を調達。会計中、ふと、バイト募集のビラが目に入った。

 

「あ、あの!」

「はい?」

 

 店員に詳しい話しを聞き、アパートへ帰る。

 

「パン屋?」

「ああ。通学路の間に店があるんだ。そこで仕出しのバイトをすることになった」

 

 朝、登校前に開店前の手伝いと放課後。まかないで、焼きたてのパンを貰える。食費も浮いて、一石二鳥のバイト。

 

「へぇ、そうなんだ。まっ、ガンバレよ」

「言われなくてもな。お前は、一人で起きろよ」

「......はい?」

「言っただろう? 早朝のバイトだって。今日より早く出ることになる。そのまま学校へ直行だ」

「......なあ、おかざ――」

「さて、明日から早いから俺はもう寝る。お休み」

 

 何かを言いかけた春原(すのはら)を無視して、布団に入った。

 さて、明日から忙しくなるな。

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